8 / 22
8 報告
しおりを挟む「陛下、ケルナー騎士団長が参りました」
「通せ」
アンネリーゼのベッドで、彼女を包み込んだまま目覚めた朝。
表面上はいつも通りの二人に戻り、彼女と共に朝食をとったレオンハルトは、騎士棟にある自身の執務室へと向かう途中でクラウスに呼び出された。
宰相府にある国王執務室。
レオンハルトが中に通されると、クラウスはデスクの書類に目を向けたまま小さく手を挙げる。
側近や侍従たちがそれを見て、静かに部屋から下っていった。
そしてカチャリとドアが閉まる音を聞くと、彼はおもむろに立ち上がり、ツカツカとレオンハルトの前へ歩み寄る。
「陛下?」
「……っ、このバカ者がっ!」
「いてててっ、何ですか、急に!」
クラウスは国王の威厳を放り投げ、いきなりレオンハルトの頬をつねりあげたのだ。
あまりに予想外の行動に、レオンハルトの目が点になる。
「リーゼを自由にするために動いていいとは言った。だが、それはあくまで、リーゼがそう望むならだ。無体を働いてもよいなどとは、ひと言も言っていない!」
「ちょ、ちょっと待て! 落ち着け、クラウス!」
グイグイと迫ってくる彼に、レオンハルトは慌てて彼の手を払い除けた。
「俺は何も!」
「ではなぜ、リーゼは倒れたんだ? レオンが無理をさせたからじゃないのか!? しかも、朝まで一緒にいたなどと……!」
「っ、確かに無理は……させたかもしれないが、クラウスが誤解してるようなことはしてないぞ。誓ってまだ手は出してない。キスしただけだ!」
「なっ、キ……」
クラウスはそれを聞くと、目頭を指で押さえながら大きく息をつき、フラフラとソファーに沈み込む。
「聞くんじゃなかった……。私の可愛いリーゼが……お前に……」
「あのなぁ……」
クラウスは妻のヴィヴィアンヌを深く愛しているが、それとはまた別のベクトルで、たった一人の妹であるアンネリーゼのことも溺愛していた。
ごくごく一部の人間にしか見せない、若き君主の素の姿。
レオンハルトはつねられた頬をこすりながら、ガックリと肩を落とすクラウスの向かいに腰を下ろし、幼馴染として口を開いた。
「お前が変な言いがかりをつけてきたんだろうが。勝手に責めて、勝手に落ち込むな」
「うるさいっ。………いいか、レオン。リーゼを泣かせたら承知しないからな」
「当たり前だ。………俺が望むのは、アンを幸せにすることだけだ」
「……………」
レオンハルトが自身の手をじっと見つめる。
決意を握りしめた彼の真摯な双眸を見て、クラウスはゆっくりと座り直しその長い脚を組んだ。
二人の間の空気が色を変える。レオンハルトはそのことを感じ取ると、臣下として居住まいを正した。
「ここからは仕事の話だ、レオンハルト」
「はい、陛下」
「………昨日の夜、ツェラーに入れた影から報告が届いた」
「何か動きが?」
「ああ。王太子が出奔したのと前後して、オイゲン男爵令嬢が死んだらしい」
「死んだ?」
「ああ。……公には、牢で自害したことにされたようだが……」
「他殺、ですか?」
クラウスが小さく頷く。
「影の報告を読む限り、おそらく毒殺だろう。……一体何が起きているのか……動きが見えない。果たしてツェラー国内だけの問題なのかどうか……」
(確かに。タイミングがタイミングだ。不穏としか言えないな……)
「しばらくは上手く立ち回って、お前が直接アンネリーゼの護衛につけ。いいな」
「御意」
◇◇◇
レオンハルトとの一夜から数日──。
相変わらず公務は何もなく、アンネリーゼは自分に与えられている住まいの柘榴宮で読書や刺繍をしたり、城内の馬場で乗馬を楽しんだりして過ごしていた。
この日も朝食を終えたあと、午前中の爽やかな陽が射し込む主室の窓辺で、一人歴史書を読んでいた彼女。
するとドアの向こうで何やら話し声がするのに気づき、アンネリーゼは顔を上げて呼び鈴へと手を伸ばした。
「サラ? 何かあった?」
「はい、殿下。ただ今王妃宮より使いの者が参りまして、お時間が空き次第、王妃殿下がお会いになりたいそうでございます。いかがなさいますか?」
「ヴィーが? 急に使いを寄越すなんて珍しいわね。……いいわ。支度をして半刻後に伺うと伝えてちょうだい」
「かしこまりました」
サラはドアの外で部下の侍女に指示を出すと、アンネリーゼの身支度のために用意を始める。
「アンネリーゼ様、どちらをお召しになられますか?」
「そうね……。ヴィーがプレゼントしてくれたペールブルーのデイドレスにするわ。髪は少し編み込んでまとめて?」
「かしこまりました」
クローゼットの脇のパウダールームでドレッサーの前に座りサラが長い黒髪にブラシを通すのを見つめながら、アンネリーゼは微かな不安に呼吸が浅くなっていた。
(何かあったのかしら……?この前体調を崩していたようだし……心配だわ……)
「殿下、大丈夫でございますよ」
「サラ……」
ベテランのサラだけが気づいている、アンネリーゼの緊張のサイン。
胸元で軽く手を握りしめ小さく息をする主の様子に、彼女はいっそう丁寧に髪を梳かしていく。
「陛下は今朝も、いつも通り執務に向かわれたそうでございますよ」
「……そう。そうね。ヴィーに何かあったのなら、陛下が普通にされているわけがないわね」
「はい」
ホッと肩の力を抜いてサラと笑い合い、アンネリーゼはヴィヴィアンヌの贈り物に腕を通したのだった。
13
お気に入りに追加
253
あなたにおすすめの小説

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。
鯖
恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。
パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる