【R18】二度目の出戻り王女様は、恋を諦めたはずなのに…。

水樹風

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「陛下、ケルナー騎士団長が参りました」
「通せ」

 アンネリーゼのベッドで、彼女を包み込んだまま目覚めた朝。
 表面上はいつも通りの二人に戻り、彼女と共に朝食をとったレオンハルトは、騎士棟にある自身の執務室へと向かう途中でクラウスに呼び出された。

 宰相府にある国王執務室。
 レオンハルトが中に通されると、クラウスはデスクの書類に目を向けたまま小さく手を挙げる。
 側近や侍従たちがそれを見て、静かに部屋から下っていった。

 そしてカチャリとドアが閉まる音を聞くと、彼はおもむろに立ち上がり、ツカツカとレオンハルトの前へ歩み寄る。

「陛下?」
「……っ、このバカ者がっ!」
「いてててっ、何ですか、急に!」

 クラウスは国王の威厳を放り投げ、いきなりレオンハルトの頬をつねりあげたのだ。
 あまりに予想外の行動に、レオンハルトの目が点になる。

「リーゼを自由にするために動いていいとは言った。だが、それはあくまで、リーゼがそう望むならだ。無体を働いてもよいなどとは、ひと言も言っていない!」
「ちょ、ちょっと待て! 落ち着け、クラウス!」

 グイグイと迫ってくる彼に、レオンハルトは慌てて彼の手を払い除けた。

「俺は何も!」
「ではなぜ、リーゼは倒れたんだ? レオンが無理をさせたからじゃないのか!? しかも、朝まで一緒にいたなどと……!」
「っ、確かに無理は……させたかもしれないが、クラウスが誤解してるようなことはしてないぞ。誓ってまだ手は出してない。キスしただけだ!」
「なっ、キ……」

 クラウスはそれを聞くと、目頭を指で押さえながら大きく息をつき、フラフラとソファーに沈み込む。

「聞くんじゃなかった……。私の可愛いリーゼが……お前に……」
「あのなぁ……」

 クラウスは妻のヴィヴィアンヌを深く愛しているが、それとはまた別のベクトルで、たった一人の妹であるアンネリーゼのことも溺愛していた。
 ごくごく一部の人間にしか見せない、若き君主の素の姿。
 レオンハルトはつねられた頬をこすりながら、ガックリと肩を落とすクラウスの向かいに腰を下ろし、幼馴染として口を開いた。

「お前が変な言いがかりをつけてきたんだろうが。勝手に責めて、勝手に落ち込むな」
「うるさいっ。………いいか、レオン。リーゼを泣かせたら承知しないからな」
「当たり前だ。………俺が望むのは、アンを幸せにすることだけだ」
「……………」

 レオンハルトが自身の手をじっと見つめる。
 決意を握りしめた彼の真摯な双眸を見て、クラウスはゆっくりと座り直しその長い脚を組んだ。
 二人の間の空気が色を変える。レオンハルトはそのことを感じ取ると、臣下として居住まいを正した。

「ここからは仕事の話だ、レオンハルト」
「はい、陛下」
「………昨日の夜、ツェラーに入れた影から報告が届いた」
「何か動きが?」
「ああ。王太子が出奔したのと前後して、オイゲン男爵令嬢が死んだらしい」
「死んだ?」
「ああ。……公には、牢で自害したことにされたようだが……」
「他殺、ですか?」

 クラウスが小さく頷く。

「影の報告を読む限り、おそらく毒殺だろう。……一体何が起きているのか……動きが見えない。果たしてツェラー国内だけの問題なのかどうか……」

(確かに。タイミングがタイミングだ。不穏としか言えないな……)

「しばらくは上手く立ち回って、お前が直接アンネリーゼの護衛につけ。いいな」
「御意」



 ◇◇◇
 


 レオンハルトとのから数日──。
 相変わらず公務は何もなく、アンネリーゼは自分に与えられている住まいの柘榴ざくろ宮で読書や刺繍をしたり、城内の馬場で乗馬を楽しんだりして過ごしていた。

 この日も朝食を終えたあと、午前中の爽やかな陽が射し込む主室リビングの窓辺で、一人歴史書を読んでいた彼女。
 するとドアの向こうで何やら話し声がするのに気づき、アンネリーゼは顔を上げて呼び鈴へと手を伸ばした。

「サラ? 何かあった?」
「はい、殿下。ただ今王妃宮より使いの者が参りまして、お時間が空き次第、王妃殿下がお会いになりたいそうでございます。いかがなさいますか?」
「ヴィーが? 急に使いを寄越すなんて珍しいわね。……いいわ。支度をして半刻後に伺うと伝えてちょうだい」
「かしこまりました」

 サラはドアの外で部下の侍女に指示を出すと、アンネリーゼの身支度のために用意を始める。

「アンネリーゼ様、どちらをお召しになられますか?」
「そうね……。ヴィーがプレゼントしてくれたペールブルーのデイドレスにするわ。髪は少し編み込んでまとめて?」
「かしこまりました」

 クローゼットの脇のパウダールームでドレッサーの前に座りサラが長い黒髪にブラシを通すのを見つめながら、アンネリーゼは微かな不安に呼吸が浅くなっていた。

(何かあったのかしら……?この前体調を崩していたようだし……心配だわ……)

「殿下、大丈夫でございますよ」
「サラ……」

 ベテランのサラだけが気づいている、アンネリーゼの緊張のサイン。
 胸元で軽く手を握りしめ小さく息をする主の様子に、彼女はいっそう丁寧に髪を梳かしていく。

「陛下は今朝も、いつも通り執務に向かわれたそうでございますよ」
「……そう。そうね。ヴィーに何かあったのなら、陛下が普通にされているわけがないわね」
「はい」

 ホッと肩の力を抜いてサラと笑い合い、アンネリーゼはヴィヴィアンヌの贈り物に腕を通したのだった。






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