7 / 22
7 朝の戸惑い
しおりを挟む聞き慣れた小鳥のさえずりがぼんやりと聞こえる。
瞼越しの明るさに朝の訪れを感じ、アンネリーゼはそっと目を開けた。
「……っ!?」
そして彼女は、今目に映っている現実に、声にならない叫びをもらす。
(な、なんで……何で、レオンがここで寝ているの!?)
ここが自分の部屋……自分の寝室であることは間違いない。
それなのに、彼女のベッドの上でレオンハルトがアンネリーゼの頭の上に腕を伸ばし、その腕で彼女を囲い包むようにして眠っているのだ。
彼女が瞼を持ち上げいの一番に目にしたのは、彼の厚く頑健な胸。しかもシャツの胸元がはだけ、素肌がのぞく艶っぽい姿。
咄嗟に両手で顔を覆ったアンネリーゼの頬に、みるみる熱が集まっていく。
(昨日、私、レオンと食事をして……それから……、それ……から……)
「……キス…………した…………?」
自身が呟いたその言葉で更に耳まで赤くした彼女は、ハッとして自分の身体に視線を落とす。
(良かった、いつもの夜着だわ……って、えっ? 私、いつ着替えたの!?)
そう考えてパニックになっていた時。
アンネリーゼの頭の上からフッと吹き出す声が聞こえてきた。
「なに、朝から百面相してるんだよ」
「っ、レオン、いつから起きて……?」
「さぁ、いつからだろうな?」
余裕溢れる笑みで見つめながら、レオンハルトはゆったりと彼女の髪を撫でる。
(よかった。体は平気そうだな)
「おはよう、アン」
「……お、おはよう……。あのっ、レオン。昨日は……その……」
優しい手の感触と、低く心地いい彼の声に、トクトクとうるさく動き出した胸を押さえ、アンネリーゼは意を決して口を開いた。
「ん? 安心しろよ。昨日はキスしかしてない。……まだ、な」
甘くいじわるにそう言って彼女の瞼に口づけると、レオンハルトはベッドを降りてドアへと歩き出す。
「サラを呼ぶから支度しろよ。朝食は一緒に食べようぜ」
「え? ちょ、ちょっと、レオン!」
「仕事に行くから、早くしろよー」
いつもの軽い口調を取り戻し、あっという間に寝室をあとにした彼に、アンネリーゼは開いた口が塞がらない。
「な、何なのよ、もう! ……レオンのバカ……」
それからレオンハルトと入れ替わるようにして、ティーセットをのせたワゴンを押したサラが部屋に入ってきた。
「おはようございます、アンネリーゼ様」
「おはよう、サラ」
「今朝はどう致しますか?」
「そうね、ハーブティーにしようかしら」
「かしこまりました」
彼女は穏やかにそう返事をして、流れるような手つきでアーリーモーニングティーを淹れ始める。
三十代後半になるサラは子爵家の次女で、継ぐ爵位を持たない別の子爵家の三男と結婚した。
彼女の夫は真面目で優秀な文官で評価も高く、数年前に一代男爵の位を授かり、サラは今、男爵夫人となっている。
十代の頃から長年王宮務めをしているサラは、アンネリーゼがアハッツに嫁ぐ頃、ちょうど息子達が寄宿舎に入って手を離れたため、新たに王女付きに選ばれたのだ。
サラがティーカップをのせたベッドトレイをアンネリーゼの前に置く。
「いい香りね」
「今朝はレモングラスとリンデンにいたしました」
「ありがとう」
そっと口に含めば、レモングラスの爽やかな香りとリンデンのほのかな甘みが柔らかく広がる。
アンネリーゼはやっと肩の力が抜け、頭がスッキリとして、ゆっくりと嘆息した。
「ねぇ、サラ?」
「はい?」
彼女はベテランの侍女で、アンネリーゼよりずっと経験豊富な歳上の女性だ。
今更サラに恥じらっても仕方ないと、アンネリーゼは洗面の支度をする彼女の背中に声をかける。
「あのね、昨日の夜は……私……」
「アンネリーゼ様はお疲れだったのでしょう。フォン・ケルナーとバルコニーでお話なさっている途中で気を失われたのです」
「そ、そう……」
「フォン・ケルナーがベッドに運んでくださいましたので、私がお支度させていただきました」
至って普通に、何でもないように話すサラだが、言葉の端々に小さな棘が見え隠れしていた。
「フォン・ケルナーには何度か退室をお願いしたのですが、陛下のお言葉を持ち出されましては何も申し上げられず……」
「……サラ? もしかして、陛下から何か言われているの?」
「はい。アンネリーゼ様にはご自由にお過ごしいただくようにと」
「……な、っ!」
(お兄様ったら、あれはレオンのことを……!?)
謁見のあとにクラウスに言われた言葉の含みを理解したアンネリーゼは、目元を手で覆い今度は大きく嘆息する。
『せっかくヴォルバルトに戻ったんだ。ゆっくりと、自由に過ごすといい。』
(レオンもお兄様もひどいわ! 私の知らないうちに、こんな……)
何だか外堀をじわじわ埋められている気がする。
だがそれが本気で怒るほどに嫌かと言われれば、そうとは言い切れないアンネリーゼがいた。
しかし……。
「お兄様には……陛下には、もう、私は必要ないってことなのかな……」
サラにも届かないくらい小さく呟やいて、彼女はまたティーカップを傾ける。
(でも、約束したんだもの。私はヴォルバルトの王女として生きるって……。だから……)
「さぁ、レオンを待たせたらきっとまたうるさいわ。支度をしてダイニングに行きましょう」
心の中で不安定に揺れる過去の想い……。
アンネリーゼはそれを振り払うようにつとめて明るくそう言うと、王女の自分に戻ったのだった。
14
お気に入りに追加
254
あなたにおすすめの小説


今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる