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5 夜空の下で
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「それって……私も、恋してみたかったって……言った、こと?」
アンネリーゼのその言葉を聞いたレオンハルトの微笑みは、優しさの中で更に熱を帯び彼女の鼓動を速くする。
「なぁ、アン。今は……どう思ってる?」
「どうって……」
(なに? ……どうしよう? こんなレオン、知らない……!)
「まだ、恋したいと思うか?」
「それはっ……」
アンネリーゼは一度続く言葉を飲み込むと、せわしなく跳ねる鼓動を必死に鎮めようと、彼から視線を外しナイフを動かした。
それを見たレオンハルトもまた、彼女の答えを急かすことなく静かに食事を再開し、ゆるやかに沈黙の時間が流れていく。
そして、食後のお茶の香りが二人を包み終わる頃……。
「アン? 少し、バルコニーに出ないか?」
「……ええ」
二人きりで外へ出ると、前日に少しだけ降った雨のせいか、今夜は空気が澄み渡り夜空の星が随分と高くに見える。
ひんやりとした夜の風に、レオンハルトは上着を脱いでアンネリーゼの肩へとかけた。
いつも彼が纏っているシトラスパヒュームの香り。ラストノートのアンバーの甘さがふわりと彼女の鼻をくすぐる。
「ありがとう、レオン……」
「大事な姫様だからな」
その台詞にそっと微笑み、手すりをつかんで空を見上げたアンネリーゼは、ふいに思いも寄らない温もりで背中から包まれ頭が真っ白になった。
彼女をすっぽりと抱きしめるレオンハルトの逞しい腕と、耳を掠める熱い吐息。
「アン」
「……っ」
レオンハルトが囁いたその響きは、今までに呼ばれたどの名前よりも甘くとろけて聞こえ、アンネリーゼを痺れるように震わせた。
「俺にしろよ、アン」
「なに?何を、言って……」
「俺に恋しろよ。もうお前を、誰にも渡したくないんだ」
どこか縋るようにそう言いながら、その腕は強引にアンネリーゼを引き寄せ、更にきつく抱きすくめる。
「どうしたのっ? レオン……こんな……また、からかってる?」
本当はアンネリーゼにもわかっていた。
きっと今振り返れば、彼の熱く真剣な眼差しに射抜かれてしまうだろうことは。
そしてその瞳を見たらきっと、自分の心の柔い部分が暴かれてしまうと……。
壊れてしまうのではないかと思うほどに、彼女の胸が早鐘を打つ。
アンネリーゼは焦りながら懸命に彼の腕から逃れようと体をよじった。
「こんなところ、見られたら……!」
「見られたとしても何も困らない! クラウスに許しはもらった!」
「………え?」
クラウスとレオンハルトもまた、幼馴染として本当の兄弟のように育ってきた。
だがクラウスの即位以来、レオンハルトは分をわきまえ、非公式の場でも決して呼び捨てにすることはなかったのだ。
そのレオンハルトが『陛下』ではなく『クラウス』と言った。
レオンハルトと過ごすたび、アンネリーゼの心の中で同じ場所ばかりが揺れ動くようになったのは、いつからだっただろうか?
その時アンネリーゼには、既に決められた婚約者がいた。
それは王女として生きる運命を背負った彼女にとって、枷であり、また同時に逃げ道でもあったのだ。
「アンに別の縁談が持ち上がるとしても、それは半年後だ。だから、国王じゃなく兄であるクラウスに頼んだんだ。その時間を俺にくれと」
エルマーとは婚約していただけとはいえ、アンネリーゼはツェラーの王城で暮らしていた。
形としては婚姻と同等に扱われ、子を宿していないことを確認する意味も含め、半年経たなければ次の婚姻は結べない。
レオンハルトは離れようとするアンネリーゼを自分に向き直らせ、夜風に冷えた頬にその大きな右手で触れた。
強引に抱き寄せたままの左腕とはちぐはぐな優しさを纏ったその手の指先が、白く滑らかな肌を滑る。
軽く握るように曲げられた彼の指の背が、甘さを持ってまたそこを撫でては、アンネリーゼに熱を与え続けた。
「アンはどんな時でも王女だった。その生き方に誇りを持ってるお前を大事にしたかったんだ。……でも、アンがアハッツに嫁いだあと、違う男に触れられてると……そう考えるだけで、俺は気が狂いそうだった」
「レオン……お願い、やめてっ、言わないで!」
震えながら耳を塞ごうとするアンネリーゼの手は、いとも容易く彼の手に捕らわれる。
逃げ道を失っている今、この揺れる心の意味と嫌でも向き合わされてしまう。
彼女にはそれが怖くてたまらなかったのだ。
「アン、頼む、俺を見てくれ! 強引なのはわかってる。けど、こうでもしなきゃ、お前は……お前は俺の想いから逃げ続けるだろう!?」
「っ!?」
「アン? ……アンネリーゼ……」
彼女に目線を合わせるように膝を曲げ、両手で頬を包み込んで上向かせたレオンハルトが、溢れる愛しさを込めてその名前を呼んだ。
「その澄んだ夜空のような瞳に俺を映してくれ。……さぁ、いい子だから」
ゆっくりと重なり合う視線。
アンネリーゼはそこで、怯えるように揺れる彼のグレーの瞳に気づき息を呑む。
「アンがなぜ逃げようとするのか、それはわかってるつもりだ」
「レオン、私……私は……」
(私は王女なの……。王女なのよ……。自分の心なんて……)
「でも、その理由じゃなく、俺のことが嫌なら、本気で拒め、アン」
「ズルいわ、そんな……そんな言い方!」
「アン? もうそれが、答えだろう?」
ゆっくりと近付いてくる甘い吐息。
そして重なる寸前で囁やくように紡がれるレオンハルトの想い……。
「愛してる……アンネリーゼ……」
アンネリーゼが戸惑い言葉を探す唇は、優しく……ただ優しく、塞がれていった……。
アンネリーゼのその言葉を聞いたレオンハルトの微笑みは、優しさの中で更に熱を帯び彼女の鼓動を速くする。
「なぁ、アン。今は……どう思ってる?」
「どうって……」
(なに? ……どうしよう? こんなレオン、知らない……!)
「まだ、恋したいと思うか?」
「それはっ……」
アンネリーゼは一度続く言葉を飲み込むと、せわしなく跳ねる鼓動を必死に鎮めようと、彼から視線を外しナイフを動かした。
それを見たレオンハルトもまた、彼女の答えを急かすことなく静かに食事を再開し、ゆるやかに沈黙の時間が流れていく。
そして、食後のお茶の香りが二人を包み終わる頃……。
「アン? 少し、バルコニーに出ないか?」
「……ええ」
二人きりで外へ出ると、前日に少しだけ降った雨のせいか、今夜は空気が澄み渡り夜空の星が随分と高くに見える。
ひんやりとした夜の風に、レオンハルトは上着を脱いでアンネリーゼの肩へとかけた。
いつも彼が纏っているシトラスパヒュームの香り。ラストノートのアンバーの甘さがふわりと彼女の鼻をくすぐる。
「ありがとう、レオン……」
「大事な姫様だからな」
その台詞にそっと微笑み、手すりをつかんで空を見上げたアンネリーゼは、ふいに思いも寄らない温もりで背中から包まれ頭が真っ白になった。
彼女をすっぽりと抱きしめるレオンハルトの逞しい腕と、耳を掠める熱い吐息。
「アン」
「……っ」
レオンハルトが囁いたその響きは、今までに呼ばれたどの名前よりも甘くとろけて聞こえ、アンネリーゼを痺れるように震わせた。
「俺にしろよ、アン」
「なに?何を、言って……」
「俺に恋しろよ。もうお前を、誰にも渡したくないんだ」
どこか縋るようにそう言いながら、その腕は強引にアンネリーゼを引き寄せ、更にきつく抱きすくめる。
「どうしたのっ? レオン……こんな……また、からかってる?」
本当はアンネリーゼにもわかっていた。
きっと今振り返れば、彼の熱く真剣な眼差しに射抜かれてしまうだろうことは。
そしてその瞳を見たらきっと、自分の心の柔い部分が暴かれてしまうと……。
壊れてしまうのではないかと思うほどに、彼女の胸が早鐘を打つ。
アンネリーゼは焦りながら懸命に彼の腕から逃れようと体をよじった。
「こんなところ、見られたら……!」
「見られたとしても何も困らない! クラウスに許しはもらった!」
「………え?」
クラウスとレオンハルトもまた、幼馴染として本当の兄弟のように育ってきた。
だがクラウスの即位以来、レオンハルトは分をわきまえ、非公式の場でも決して呼び捨てにすることはなかったのだ。
そのレオンハルトが『陛下』ではなく『クラウス』と言った。
レオンハルトと過ごすたび、アンネリーゼの心の中で同じ場所ばかりが揺れ動くようになったのは、いつからだっただろうか?
その時アンネリーゼには、既に決められた婚約者がいた。
それは王女として生きる運命を背負った彼女にとって、枷であり、また同時に逃げ道でもあったのだ。
「アンに別の縁談が持ち上がるとしても、それは半年後だ。だから、国王じゃなく兄であるクラウスに頼んだんだ。その時間を俺にくれと」
エルマーとは婚約していただけとはいえ、アンネリーゼはツェラーの王城で暮らしていた。
形としては婚姻と同等に扱われ、子を宿していないことを確認する意味も含め、半年経たなければ次の婚姻は結べない。
レオンハルトは離れようとするアンネリーゼを自分に向き直らせ、夜風に冷えた頬にその大きな右手で触れた。
強引に抱き寄せたままの左腕とはちぐはぐな優しさを纏ったその手の指先が、白く滑らかな肌を滑る。
軽く握るように曲げられた彼の指の背が、甘さを持ってまたそこを撫でては、アンネリーゼに熱を与え続けた。
「アンはどんな時でも王女だった。その生き方に誇りを持ってるお前を大事にしたかったんだ。……でも、アンがアハッツに嫁いだあと、違う男に触れられてると……そう考えるだけで、俺は気が狂いそうだった」
「レオン……お願い、やめてっ、言わないで!」
震えながら耳を塞ごうとするアンネリーゼの手は、いとも容易く彼の手に捕らわれる。
逃げ道を失っている今、この揺れる心の意味と嫌でも向き合わされてしまう。
彼女にはそれが怖くてたまらなかったのだ。
「アン、頼む、俺を見てくれ! 強引なのはわかってる。けど、こうでもしなきゃ、お前は……お前は俺の想いから逃げ続けるだろう!?」
「っ!?」
「アン? ……アンネリーゼ……」
彼女に目線を合わせるように膝を曲げ、両手で頬を包み込んで上向かせたレオンハルトが、溢れる愛しさを込めてその名前を呼んだ。
「その澄んだ夜空のような瞳に俺を映してくれ。……さぁ、いい子だから」
ゆっくりと重なり合う視線。
アンネリーゼはそこで、怯えるように揺れる彼のグレーの瞳に気づき息を呑む。
「アンがなぜ逃げようとするのか、それはわかってるつもりだ」
「レオン、私……私は……」
(私は王女なの……。王女なのよ……。自分の心なんて……)
「でも、その理由じゃなく、俺のことが嫌なら、本気で拒め、アン」
「ズルいわ、そんな……そんな言い方!」
「アン? もうそれが、答えだろう?」
ゆっくりと近付いてくる甘い吐息。
そして重なる寸前で囁やくように紡がれるレオンハルトの想い……。
「愛してる……アンネリーゼ……」
アンネリーゼが戸惑い言葉を探す唇は、優しく……ただ優しく、塞がれていった……。
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