【完結】寝室は、別々のはずですよね!?

水樹風

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Side Story

不器用なプロポーズの結末 2

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「それで?」


 その日の夜──。
 ジョシュアが健やかな眠りについたのを確認して公爵夫妻も自室に入り、夜勤と明日の早番の使用人たちに細かく指示を出してから、レジーは何となく、すぐに自分に与えられている部屋へ戻る気になれず、休憩室でひと息ついていた。
 夜もすっかり更け、持ち場に控える者以外は皆休んでいて、当然ながら薄暗い休憩室にはレジー一人。


 ──なんで、唐突にあんなことを……。何と弁解すれば……。


 出来ることなら、強い酒を一気にあおりたい気分だった。
 自分の誇りである肩書きにかけて、そんなことは出来るはずもないが、昼間の醜態が頭の中で繰り返されてしまうほどに、現実逃避への欲求が溢れ返ってくる。


 レジーがテーブルに肘を付きガックリと落ちる頭を抱え込んだその時、彼の前にコトリとカップが置かれた。
 驚いて視線を上げれば、いつも通りの柔和な笑顔を浮かべたメアリが向かいの席に腰掛けている。
 湯気が立ち上るカップの中からは、ブランデー紅茶ティー・ロワイヤルの芳しい香り。


「私たちには、これがアルコールの限界よね?」
「……まだ、起きていたんですね……。」
「もう休むわよ?明日に差し支えるもの。貴方の話を聞いたらね。」
「…………。」
「それで?」


 彼女との付き合いは長い。それこそ、ウィリアムが王弟ではなく、第二王子だった頃からの付き合いだ。
 メアリがこんな風に尋ねてくるということは、もう大方のことを彼女が理解しているということ。
 そして、その全てを話すまで彼女は席を立たないだろう。


「……聞いて、どうするんだ?」


 もう勤務は終わりだと自分に言い聞かせるようにカップに口をつけ、レジーは砕けた口調で友人に問いかけた。


「わからないわよ、そんなの。聞いてみなきゃ。」
「はぁぁ、メアリらしい返しだね。……聞きたい?俺のポンコツ過ぎる話。」
「ぜひ。」


 メアリはブランデーの香りを楽しんで、ゆったりと背もたれに寄りかかる。
 レジーはそれを見て軽く嘆息すると、カップを両手で包みぼんやりと中を見つめながら口を開いた。


「マーサに、プロポーズした。」
「……えっ?……はい……?」
「返事はもらえなかった。……あれは完全に怒らせた……。」
「………な、何やってるのよ、レジー!」
「……………。」
「マーサと何かあったんだろうなとは思っていたけど、まさかプロポーズって……!?だって、貴方……。」
「はぁぁ、言わないでくれ、メアリ。想いを伝える前にプロポーズなんて、ポンコツにもほどがある……。」
「全く、自覚はあるのね?」
「あるに決まってる!」


 彼はやけくそとばかりに、カップの中身を飲み干す。


「そんなつもり、これっぽっちもなかったんだ。ただ、遅い時間に一人で昼食をとっている姿を見たら……何だか、こう、堪らなくなって……それで、気付いたら……。」
「気付いたら、プロポーズしてたって?……はぁ、重症だわ、これは……。」


 レジーにとってマーサはずっと、優秀で頼りになる同僚の一人でしかなかった。
 そんな彼女の存在が彼の中で違う色を持ち始めたのは、ジュリアが王都でジョシュアを出産し、領地に戻ってきてから。
 あの曲者揃いの王宮で、マーサはジュリアを陰日向に支え続け、主人を無事に我が家へと連れ帰って来た。


 ウィリアムの誘拐事件に、ジュリアの出産。
 いくら古巣だとは言え、一人公爵家から出向き王宮で女主人の側仕えをするのは、途方もなく精神を削られるはずだ。
 それなのに、マーサはそんな状況でも一度たりともレジーやメアリに助けを求めてくることはなかった。
 そして己の役目を十二分に果たしオルコット家に戻った彼女は、ジュリアの全幅の信頼を得て自信に満ち溢れ、眩しく輝いていた。


 そんなマーサを見た瞬間、レジーは生まれて初めて、女性を心から綺麗だと思ったのだ。


 それからは、マーサの一挙手一投足が気になって仕方なかった。
 レジーとマーサは上司と部下。
 これまで色恋とは全くの無縁で、真面目過ぎる彼は、その距離感をどうやって変えていけばいいのかわからないまま、日々仕事に追われ、気付けば三年弱……。


「あんな時間に食事なんて、自分の下に付いている者たちに先に休憩を取らせて、彼女は自分を後回しにしたんだろう……。」
「まあ、マーサのやりそうなことね。」
「厳しく凛と指導して、そうやって優しさを惜しまない……。あの後ろ姿を見たら、そんな愛しさが込み上げてきて、堪らなくなったんだ……。なのに俺ときたら、彼女を褒めて労るどころか、唐突に『結婚してくれ』なんて言って……あぁぁぁ、クソっ!」


 喜怒哀楽が存在するのか疑問なほど、冷静沈着で何事にも動じない彼が、顔を歪めて天を仰ぐ姿を見て、メアリはクスリとしながら穏やかに問いかける。


「もし旦那様が今のレジーの状態だったら、貴方、旦那様に何て言う?」
「っ、それは……。」
「家令の自分を、いつまでも素の自分にしてたらダメよ?レジー。」
「……そうか……そう、だよな……。」
「うん。それじゃ、私は休むわね。ポンコツな家令さん。」
「……勘弁してくれ、メアリ……。」


 軽口を叩き席を立ったメアリは、苦笑いを浮かべるレジーを残し休憩室を出て行った。


「俺も、部屋に戻るか……。」


 シンと静まり返る中、レジーが二つのカップを持ちそう呟いて立ち上がった時だった。
 隣の厨房から聞こえた、カチャリという小さな物音。


「……っ!?」


 ──ま、さか……このティー・ロワイヤル……!


 少し気をつけて状況を見ていれば、メアリの考えそうなことなどすぐにわかるはずだった。
 そう、いつものレジーなら、誰が淹れたお茶かなど、香りだけで判別出来る。

 カップを置いた彼がテーブルのランタンを手に持ち厨房へと足を踏み入れると、そこには予想通り、小さく震えるマーサがいたのだ。


「……あ、あの、申し訳ありません、家令……。私……、家政婦長にはお茶を淹れた後、すぐに下がっていいって言われたんですけど……あの、片付けをと思って……。話を聞くつもりは……。」
「マーサ。いいんだ、マーサ。すまなかった、君をこんなに困らせて。」


 ティーポットを片付けに来て、明かりをつけようとしたところで隣からの声に気付いてしまい、その場から動けなくなってしまったマーサ。
 耳まで赤くした彼女を見た途端、レジーはランタンを調理台の上に置くと、彼女の腕を引き寄せ自分の腕の中に包み込んだ。


「あとでメアリを叱っておくよ。お節介にもほどがある。」
「いえ、そんな……!」
「それに、一番は俺の不甲斐なさだ。もっと早く、君にちゃんと伝えるべきだった。」
「家令……あの、私……本当に?私の自惚れじゃなくて?」
「マーサ?」
「少し前から、家令が私に特別優しくして下さる気がして……。でも、家令みたいな素敵な男性ひとが私みたいな行き遅れ、本気で相手にして下さるわけないって……。」


 その言葉を聞いて、レジーはマーサを抱く腕に力を込める。


「マーサ、君ほど魅力的な女性を俺は他に知らないよ。」
「……っ………。」
「君こそ、こんな三十半ば過ぎで初恋を拗らせた男、願い下げだろ?」
「そんなっ、私、王宮で行儀見習いをしていた頃からずっと……あ………。」
「……マーサ?それは、本当?」


 湯気が出そうなほどに顔を上気させ、小さく小さく頷いた彼女。
 レジーはそんなマーサの髪を優しく撫で、腕を解くと彼女の前で片膝を付いた。


「マーサ・ニコルソン子爵令嬢。貴女に恋焦がれる私に、共に人生を歩む栄誉を与えていただけませんか?」
「家令……本当に、私でいいんですか?私……。」
「愛してる、マーサ。俺は君じゃなきゃダメなんだ。どうか頷いて?」



 誰も知らない、真夜中のプロポーズ。


 この年の夏、オルコット公爵家は幾つもの新しい幸せに、包まれていくのだった……。










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みんなの感想(7件)

すずまる
2023.11.30 すずまる
ネタバレ含む
水樹風
2023.11.30 水樹風

感想ありがとうございます!

く、崩れ落ちちゃいましたか!?
番外編まで楽しんでいただけて嬉しいです!

解除
にゃおん
2023.09.24 にゃおん
ネタバレ含む
水樹風
2023.09.24 水樹風

感想ありがとうございます!

ほのぼのお届け出来てよかったです(*^^*)

解除
翠玉
2023.09.16 翠玉
ネタバレ含む
水樹風
2023.09.16 水樹風

感想ありがとうございます!

ほっこりお届けできてよかったです(*^^*)

番外編もほっこりしていただけるように……しばしお待ち下さいませm(_ _)m

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