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Side Story
不器用なプロポーズの結末 1
しおりを挟む「マーサ。今、少しよろしいですか?」
「はい。何でしょうか?家令。」
オルコット公爵家では先日、嫡男ジョシュアの三歳の誕生日パーティーが無事終わり、幸せに満たされた変わらぬ平穏な日々が続いている。
そんな春のある日、主人であるジュリアがジョシュアと共に午睡をとっている間にと、厨房横の使用人の休憩室で遅めの昼食をとっていたマーサに、レジーが声をかけてきた。
この日は上手く時間が取れず、いつもより随分と休憩が遅くなってしまったため、休憩室にはマーサ一人。
レジーはそんな彼女の向かいの席に腰掛けると、おもむろに片眼鏡を外してポケットにしまい、特に表情を変えることもなく、ただ真っ直ぐにマーサの瞳を見つめながら口を開いた。
「マーサ。」
「はい。」
「私と、結婚していただけませんか?」
「……………………………はい?」
凍りつく、二人の間の空気。
随分と長く感じた沈黙の時間は、おそらく数秒だっただろう。
「あっ!マーサさん、こちらにいらしたんですね?奥様がお目覚めです!」
最近入ったばかりの新人メイドが、息を切らして休憩室へとやって来て、やっと固まった時間が動き出した。
「貴女、お屋敷の中は、余程のことがない限り走ってはダメよ。」
「あ、も、申し訳ありません!」
「すぐに行くわ。」
まるでレジーとのやり取りなどなかったかのようにスッと立ち上がり、マーサは食事を終えたトレイを持ち上げる。
「それでは、お先に失礼致します、家令。」
「……………………。」
明らかな苛立ちを声色に乗せてそこに残すと、彼女はスタスタと部屋を出ていってしまった。
一人取り残されたレジーは珍しく色を失い、ポツリと呟く……。
「……おこ……っていましたね、彼女……。はぁぁ……。」
◇◇◇
──何よ、何なのよ、もう!そりゃ、私は三十路も手前の行き遅れよ!だからって、あんな……!別に、私だって……。
「マーサ?何かあった?」
ドレッサーの前でジュリアの髪を梳かしながら、ついさっきの出来事を思い出し悶々としていたマーサは、主人に鏡越しに見つめられながら優しく問いかけられてハッと意識を今に戻す。
「申し訳ございません、奥様。何でも……。」
「そう?」
ジュリアはマーサの答えに被せながらそう聞くと、軽く右手を挙げて控えていたメイド達を退室させた。
「お、奥様?」
「マーサが心ここにあらずなんて今までに一度だってなかったわ。困り事があるなら話して?」
「奥様……。ありがとうございます……。困り事……ではないのです。ただ少し、腹のたつことがありまして……。奥様のお支度の最中にこんな私情で……侍女失格です。本当に、失礼致しました。」
丁寧に頭を下げてから、居心地が悪そうに俯く鏡の中のマーサを見て、ジュリアは彼女へと振り返る。
「そう?私の髪はいつも以上に艶やかに仕上がっているけど?」
「奥様……。」
「ハーフアップにしてくれる?旦那様は少し髪を下ろしていた方がお好きだから。」
「かしこまりました。サイドは編み込んでお纏めしますね。」
「ええ。」
また前を向いた主人の美しいブルネットに触れ編み込んでいると、侍女の性とでも言うべきなのか、マーサはスーッと気持ちが落ち着いて来るのを感じた。
──はぁぁ、奥様は流石だわ……。感謝しないと……。
多くを語ることもなく、それでいて人の心をスーッと掴んでくる。
ジュリアは時々、そんなことを巧みにしてのけるので、マーサはこの自分の主に、惹きつけられてやまないのだ。
「いかがでしょう?」
「うん。いいわ。ありがとう、マーサ。さて、そろそろかしら?」
ジュリアは静かに立ち上がると、嬉しそうに微笑んで部屋を出る。
彼女がゆっくりとエントランスホールに下りたところで、ちょうど車寄せに馬車が止まった。
「おかえりなさいませ、旦那様。」
「ああ、ただいま、ジュリー。出迎えに待っていてくれたの?休んでいなくて大丈夫かい?大事な身体なんだから……。」
「もう、ビルったら。私は病気ではないのよ?」
「わかってるけど……。心配なものは、心配なんだ。」
屋敷に帰ってきたウィリアムは、新婚の時期などとうに過ぎたというのに相変わらずの溺愛ぶりで、ジュリアの髪を一房取って口づけてから、そっとお腹に触れる。
ぽっこりと膨らみ始めたそこには、この夏に会える予定の新しい命が宿っていた。
「旦那様、奥様とご一緒にティータイムになさいますか?」
「ああ、そうだな。レジー、支度は?」
「既に。」
「それじゃ、ジュリー?サロンで話そうか?」
「ええ、早く聞きたいわ!タイタス商会の支店の様子!」
オルコット公爵家でフットマンから執事となり約二年半勤めたノエルは、その肩書きで箔をつけ、無事にタイタス商会会長のマルコに孫娘ニーアムとの結婚を許された。
若夫婦は、ウィリアムがマルコに打診し、公爵領の領都に作られることになった支店を任されることになり、今日がその支店のオープニングセレモニーだったのだ。
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夫の腕に手を添えて楽しそうにサロンへ向かうジュリアの後ろで、ふとレジーと視線が重なってしまったマーサは、分を弁えながらもツンと目を逸らす。
それを見たレジーのほんの僅かな動揺に気付いていたのは、ニッコリとするメアリだけだった。
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