26 / 29
第26話
しおりを挟む「すまない、ジュリー……。こんな……情けない私で……。だけど、どうしても、この恐怖が抜けないんだ……。今回は私だった……。でも次に狙われるのはジュリーかもしれない……。もし、君が傷つくようなことになったら、私は……私は……!」
来るかどうかもわからない未来……。自分にはどうしようもない不確かな何か……。
それに囚われ怯える気持ちが、理屈ではどうにも出来ないことは、ジュリアにも苦しいほどによくわかった。
形は違えど、その恐怖は、ついひと月ほど前まで彼女自身の中にあったのだから。
きっと、ジュリアの二十年の人生だけでは、このウィリアムの想いに向き合っても、為す術がなかっただろう。
──……もしかしたら、全部、このためだったのかな……?
ジュリアは彼の手を引いてベッドまで行くと、二人並んでその縁に腰掛けた。
「ねぇ、ビル?一つ、聞いても、いい?」
「うん。」
「もし、もしもよ?私が、貴方に言われた通りにするって言ったら、貴方は私を手放すの?」
「っ、それは……。」
「お願い、正直に言って?」
彼女がウィリアムへと身体を向け、落ち着かせるように腕に触れる。
彼は前を向いたまま反対の手をそこに重ね、掠れた声で想いを振り絞った。
「……無理…なんだ……。何度も離れたほうがいいって……そう、思った……。でも、無理だ……私には、出来ないよ……。」
「うん。」
「愛してるんだ、ジュリア……君を、何よりも……。もう、正解が、わからないよ……。」
「うん。………ウィリアム?ねぇ、私を見て?」
ジュリアが冷たくなっている彼の頬に手を置き、そっとこちらへ向かせる。
それから俯きがちな顔を下からのぞき込んで、彼と視線を合わせた。
「正解なら、もう出ているじゃない?」
「………ジュリー………?」
「貴方は私から離れたくないと思ってくれてる。もう、それが答えでしょう?私はね、ビル。二人の未来のためなら、何だってするわ。」
「……………。」
「貴方と私は、これからもずっと、二人で寄り添って生きていくの。それが私たちの答えなら、あとはどうすればいいのか、一緒に考えていけばいい……。」
「……ジュリア、君は……。」
戸惑いがちに顔を上げたウィリアム。
ジュリアはそれを見て凛として、微笑む。
「正直に言えば、私はこの事件が起きるまで、ビルの王弟という立場も、軍人だった過去も、それから公爵夫人という肩書きさえも甘く考えていたの。自分のことに精一杯で、本当に未熟だったと思うわ。だけど、私はウィリアム・オルコットに相応しい妻になりたい。もう、清濁併せ呑んでいく覚悟も出来ているのよ?」
「ジュリア……。はぁぁ、凄いな、君は。本当に、どんどんと輝いていって……。そうか……覚悟……。うん。覚悟か。」
自然と、二人は手を取り合っていた。
「私、梨奈の記憶を抱えてしまって、本当に戸惑ったし辛い時のほうが多かった。だけど、私よりずっとずっと長い時間を生きた彼女が教えてくれる事があるの。」
「うん。何だい?」
「あのね……叶うなら年老いて天に召されるまで、ビルと生きていきたいけれど、抗えないこともあるかもしれない。だけどね、万が一、一人残されて悲しみと痛みの中にいても、二人で積み重ねる大切な『今』が時間と共にそれを優しく包んでくれるって……。」
「……そう、か……。」
「いっぱい、幸せな『今』を重ねていこう?誰も知らない未来を怖がるより……。」
「ああ。今も、次の瞬間も君がいる。ちゃんと、こうして、いてくれるんだ。」
「うん。」
二人の『今』を確かめるように、コツンと額を重ね、お互いを真っ直ぐに見つめて笑い合う。
甘く甘く取り戻した、二人だけのキス。
その夜、ジュリアとウィリアムは何もかもを溶かし合い、満たし合って、一つのベッドで眠ったのだった……。
◇◇◇
「母上も義姉上もいい加減にして下さい!いくらジュリアが可愛いからと!」
「ウィリアムこそ、いつまでいるつもりなの?」
「そうですよ?貴方は領地に帰ってからもずっとジュリアを愛でられるんですから、少しは遠慮なさい?」
「母上っ、ジュリアは私の妻です!」
「そうよ。でも、私の娘でもあるわ?ねぇ、ステファニー?」
「はい、お義母様。」
夏の終わりが近付いている──。
この日は、王太后と王妃が揃って離宮を訪れたかと思えば、大量のドレスやアクセサリーが持ち込まれ、シーズン最後の王家の夜会で身につけるジュリアの衣装選びが始まったのだ。
ジュリアと共に池のある王宮の庭園へ散策に行こうとしていたウィリアムは、可愛い妻との時間を邪魔されてすこぶる機嫌が悪かった。
この夏の間、三人のこんなやり取りをずっと見てきたジュリアとマーサは顔を見合わせると、こっそりと吹き出し笑い出す。
「ジュリアのドレスは私から贈ると伝えたでしょう!?」
「武骨な貴方に、ジュリアの愛らしさと美しさを引き出すドレスを選べるとは思いません。」
「なっ……!?」
きっぱりと言い切る母に、絶句し固まるウィリアム。
拗ねた子供の如くふるふる震えている夫が可愛くて、ジュリアは今すぐ抱きしめたくて堪らなかった。
──そろそろ、いいかな?
口を挟むタイミングを見誤ると大惨事になると身を以て知ったジュリアが、今だと判断してソファーに座る義母の隣で膝をつく。
「そんなことを仰らないで、お義母様。ウィリアムが選んでくれたドレス、とっても素敵なんですよ?」
そう言ってジュリアがマーサに目配せすると、彼女はブルーからグリーンへのグラデーションが美しいドレスを着せたトルソーを運び入れてきた。
「ね?素敵でしょう?私、一目見て気に入ってしまって。」
「そうね、確かにいいデザインだわ。」
「母上……。」
「だけど、この素敵なドレスに合わせるアクセサリーにまだ迷っていますの。お義母様とお義姉様に選んでいただけると嬉しいのですけれど……。」
「あらあら、可愛いお願いね。これは最高の品を選んであげないと。どうしましょうか?ステファニー。」
「そうですわね……。」
二人が楽しげにテーブルに並べたアクセサリーを手に取り始め、ジュリアはホッと立ち上がりウィリアムに寄り添った。
「お見事だよ、ジュリー。……散策は夕方にしようか?」
「ええ。そうね。」
「はぁ、早く領地に戻って誰にも邪魔されない時間を過ごしたいよ……。」
「………その、ことなんだけどね、ビル?本当は散策に出た時に話そうと思っていたんだけど……。」
「ん?」
ジュリアはほんの少し迷ってから、頬を染め、背伸びして彼の耳にそっと届ける。
「………えっ…………?」
その刹那、喜びに破顔したウィリアムが彼女を掻き抱いた。
それは、二人の新たな幸せの始まり……。
この直後、上を下への大騒ぎとなった王宮の一画。
そして今度は、王都と領地で『寝室は、別々に』となってしまったジュリアとウィリアム。
やがて、一年後──。
迎えに来てくれたウィリアムと、揃ってオルコット公爵領へと戻ったジュリアの腕の中には、小さな小さな温もりが愛らしい寝息を立てていた……。
「愛してるよ。」
「愛してるわ。」
「「ジョシュア。」」
輝く『今』がそこにある……。
だからずっと、二人、笑って………。
~fin~
91
お気に入りに追加
1,910
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【溺愛のはずが誘拐?】王子様に婚約破棄された令嬢は引きこもりましたが・・・お城の使用人達に可愛がられて楽しく暮らしています!
五月ふう
恋愛
ザルトル国に来てから一ヶ月後のある日。最愛の婚約者サイラス様のお母様が突然家にやってきた。
「シエリさん。あなたとサイラスの婚約は認められないわ・・・!すぐに荷物をまとめてここから出ていって頂戴!」
「え・・・と・・・。」
私の名前はシエリ・ウォルターン。17歳。デンバー国伯爵家の一人娘だ。一ヶ月前からサイラス様と共に暮らし始め幸せに暮していたのだが・・・。
「わかったかしら?!ほら、早く荷物をまとめて出ていって頂戴!」
義母様に詰め寄られて、思わずうなずきそうになってしまう。
「な・・・なぜですか・・・?」
両手をぎゅっと握り締めて、義母様に尋ねた。
「リングイット家は側近として代々ザルトル王家を支えてきたのよ。貴方のようなスキャンダラスな子をお嫁さんにするわけにはいかないの!!婚約破棄は決定事項です!」
彼女はそう言って、私を家から追い出してしまった。ちょうどサイラス様は行方不明の王子を探して、家を留守にしている。
どうしよう・・・
家を失った私は、サイラス様を追いかけて隣町に向かったのだがーーー。
この作品は【王子様に婚約破棄された令嬢は引きこもりましたが・・・お城の使用人達に可愛がられて楽しく暮らしています!】のスピンオフ作品です。
この作品だけでもお楽しみいただけますが、気になる方は是非上記の作品を手にとってみてください。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
外では氷の騎士なんて呼ばれてる旦那様に今日も溺愛されてます
刻芦葉
恋愛
王国に仕える近衛騎士ユリウスは一切笑顔を見せないことから氷の騎士と呼ばれていた。ただそんな氷の騎士様だけど私の前だけは優しい笑顔を見せてくれる。今日も私は不器用だけど格好いい旦那様に溺愛されています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
せっかくのお誘いですが、謹んでお断りさせて頂きます!~顔面至上主義の王子様との恋愛キャンセル界隈~
待鳥園子
恋愛
突然、王家からの使者が貴族令嬢をとっかえひっかえするという悪い噂がある王子様アレックスからの手紙を持って来た!
このままだと、顔面至上主義の最低王子様と恋人に……早く逃げなきゃ! と、架空の好きな人を設定して、彼からお誘いを断る手紙を書いたフォスター伯爵令嬢ローズ。
その数時間後、彼がフォスター伯爵邸へと訪ねて来て!?
※ヒロインの驚きと行く末を想像してにやにやするだけの短編です。
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
冷徹義兄の密やかな熱愛
橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。
普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。
※王道ヒーローではありません
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
根暗令嬢の華麗なる転身
しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」
ミューズは茶会が嫌いだった。
茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。
公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。
何不自由なく、暮らしていた。
家族からも愛されて育った。
それを壊したのは悪意ある言葉。
「あんな不細工な令嬢見たことない」
それなのに今回の茶会だけは断れなかった。
父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。
婚約者選びのものとして。
国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず…
応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*)
ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。
同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。
立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。
一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。
描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。
ゆるりとお楽しみください。
こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる