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第26話
しおりを挟む「すまない、ジュリー……。こんな……情けない私で……。だけど、どうしても、この恐怖が抜けないんだ……。今回は私だった……。でも次に狙われるのはジュリーかもしれない……。もし、君が傷つくようなことになったら、私は……私は……!」
来るかどうかもわからない未来……。自分にはどうしようもない不確かな何か……。
それに囚われ怯える気持ちが、理屈ではどうにも出来ないことは、ジュリアにも苦しいほどによくわかった。
形は違えど、その恐怖は、ついひと月ほど前まで彼女自身の中にあったのだから。
きっと、ジュリアの二十年の人生だけでは、このウィリアムの想いに向き合っても、為す術がなかっただろう。
──……もしかしたら、全部、このためだったのかな……?
ジュリアは彼の手を引いてベッドまで行くと、二人並んでその縁に腰掛けた。
「ねぇ、ビル?一つ、聞いても、いい?」
「うん。」
「もし、もしもよ?私が、貴方に言われた通りにするって言ったら、貴方は私を手放すの?」
「っ、それは……。」
「お願い、正直に言って?」
彼女がウィリアムへと身体を向け、落ち着かせるように腕に触れる。
彼は前を向いたまま反対の手をそこに重ね、掠れた声で想いを振り絞った。
「……無理…なんだ……。何度も離れたほうがいいって……そう、思った……。でも、無理だ……私には、出来ないよ……。」
「うん。」
「愛してるんだ、ジュリア……君を、何よりも……。もう、正解が、わからないよ……。」
「うん。………ウィリアム?ねぇ、私を見て?」
ジュリアが冷たくなっている彼の頬に手を置き、そっとこちらへ向かせる。
それから俯きがちな顔を下からのぞき込んで、彼と視線を合わせた。
「正解なら、もう出ているじゃない?」
「………ジュリー………?」
「貴方は私から離れたくないと思ってくれてる。もう、それが答えでしょう?私はね、ビル。二人の未来のためなら、何だってするわ。」
「……………。」
「貴方と私は、これからもずっと、二人で寄り添って生きていくの。それが私たちの答えなら、あとはどうすればいいのか、一緒に考えていけばいい……。」
「……ジュリア、君は……。」
戸惑いがちに顔を上げたウィリアム。
ジュリアはそれを見て凛として、微笑む。
「正直に言えば、私はこの事件が起きるまで、ビルの王弟という立場も、軍人だった過去も、それから公爵夫人という肩書きさえも甘く考えていたの。自分のことに精一杯で、本当に未熟だったと思うわ。だけど、私はウィリアム・オルコットに相応しい妻になりたい。もう、清濁併せ呑んでいく覚悟も出来ているのよ?」
「ジュリア……。はぁぁ、凄いな、君は。本当に、どんどんと輝いていって……。そうか……覚悟……。うん。覚悟か。」
自然と、二人は手を取り合っていた。
「私、梨奈の記憶を抱えてしまって、本当に戸惑ったし辛い時のほうが多かった。だけど、私よりずっとずっと長い時間を生きた彼女が教えてくれる事があるの。」
「うん。何だい?」
「あのね……叶うなら年老いて天に召されるまで、ビルと生きていきたいけれど、抗えないこともあるかもしれない。だけどね、万が一、一人残されて悲しみと痛みの中にいても、二人で積み重ねる大切な『今』が時間と共にそれを優しく包んでくれるって……。」
「……そう、か……。」
「いっぱい、幸せな『今』を重ねていこう?誰も知らない未来を怖がるより……。」
「ああ。今も、次の瞬間も君がいる。ちゃんと、こうして、いてくれるんだ。」
「うん。」
二人の『今』を確かめるように、コツンと額を重ね、お互いを真っ直ぐに見つめて笑い合う。
甘く甘く取り戻した、二人だけのキス。
その夜、ジュリアとウィリアムは何もかもを溶かし合い、満たし合って、一つのベッドで眠ったのだった……。
◇◇◇
「母上も義姉上もいい加減にして下さい!いくらジュリアが可愛いからと!」
「ウィリアムこそ、いつまでいるつもりなの?」
「そうですよ?貴方は領地に帰ってからもずっとジュリアを愛でられるんですから、少しは遠慮なさい?」
「母上っ、ジュリアは私の妻です!」
「そうよ。でも、私の娘でもあるわ?ねぇ、ステファニー?」
「はい、お義母様。」
夏の終わりが近付いている──。
この日は、王太后と王妃が揃って離宮を訪れたかと思えば、大量のドレスやアクセサリーが持ち込まれ、シーズン最後の王家の夜会で身につけるジュリアの衣装選びが始まったのだ。
ジュリアと共に池のある王宮の庭園へ散策に行こうとしていたウィリアムは、可愛い妻との時間を邪魔されてすこぶる機嫌が悪かった。
この夏の間、三人のこんなやり取りをずっと見てきたジュリアとマーサは顔を見合わせると、こっそりと吹き出し笑い出す。
「ジュリアのドレスは私から贈ると伝えたでしょう!?」
「武骨な貴方に、ジュリアの愛らしさと美しさを引き出すドレスを選べるとは思いません。」
「なっ……!?」
きっぱりと言い切る母に、絶句し固まるウィリアム。
拗ねた子供の如くふるふる震えている夫が可愛くて、ジュリアは今すぐ抱きしめたくて堪らなかった。
──そろそろ、いいかな?
口を挟むタイミングを見誤ると大惨事になると身を以て知ったジュリアが、今だと判断してソファーに座る義母の隣で膝をつく。
「そんなことを仰らないで、お義母様。ウィリアムが選んでくれたドレス、とっても素敵なんですよ?」
そう言ってジュリアがマーサに目配せすると、彼女はブルーからグリーンへのグラデーションが美しいドレスを着せたトルソーを運び入れてきた。
「ね?素敵でしょう?私、一目見て気に入ってしまって。」
「そうね、確かにいいデザインだわ。」
「母上……。」
「だけど、この素敵なドレスに合わせるアクセサリーにまだ迷っていますの。お義母様とお義姉様に選んでいただけると嬉しいのですけれど……。」
「あらあら、可愛いお願いね。これは最高の品を選んであげないと。どうしましょうか?ステファニー。」
「そうですわね……。」
二人が楽しげにテーブルに並べたアクセサリーを手に取り始め、ジュリアはホッと立ち上がりウィリアムに寄り添った。
「お見事だよ、ジュリー。……散策は夕方にしようか?」
「ええ。そうね。」
「はぁ、早く領地に戻って誰にも邪魔されない時間を過ごしたいよ……。」
「………その、ことなんだけどね、ビル?本当は散策に出た時に話そうと思っていたんだけど……。」
「ん?」
ジュリアはほんの少し迷ってから、頬を染め、背伸びして彼の耳にそっと届ける。
「………えっ…………?」
その刹那、喜びに破顔したウィリアムが彼女を掻き抱いた。
それは、二人の新たな幸せの始まり……。
この直後、上を下への大騒ぎとなった王宮の一画。
そして今度は、王都と領地で『寝室は、別々に』となってしまったジュリアとウィリアム。
やがて、一年後──。
迎えに来てくれたウィリアムと、揃ってオルコット公爵領へと戻ったジュリアの腕の中には、小さな小さな温もりが愛らしい寝息を立てていた……。
「愛してるよ。」
「愛してるわ。」
「「ジョシュア。」」
輝く『今』がそこにある……。
だからずっと、二人、笑って………。
~fin~
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