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第24話

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 軽い栄養失調で体力が落ちていたウィリアムとノエルは、ゆっくりとしたペースで四日かけて国境の砦にたどり着いた後、ホワイトリー少佐率いる部隊の護衛を受けながら王都へと出発した。

 王国の西端にある砦から東部に位置する王都までは、馬車で二週間以上かかる。
 ウィリアムの到着を待つ間に、王都は夏の社交シーズンに突入していた。


「レアンドルが帰国して一段落ね。」
「妃殿下が身重な中、こちらに来ていただいていたなんて……感謝ばかりです、本当に……。」


 王家主催の夜会は、レアンドルにエスコートされて出席したジュリア。
 それは国賓をもてなせる程に、公爵夫人として王家に認められた立場だと言うことを周囲に見せつけた。

 口巧者くちごうしゃなレアンドルのおかげで、ウィリアムは軍部での公務があり到着が遅れているのだと社交界には上手く話が広がり、ウィリアムの誘拐事件は外部に漏れることなく、無事終息へと向かっている。

 ウィリアムが国境を越えた知らせを聞き、レアンドルは安堵した様子で帰国の途についたのだった。


「今回の件、ステファニーが貴女に及第点をつけていたわ。」
「まぁ、お義母様、それは本人の前で言うことではないでしょう?もう……。」


 気持ちの良い昼下がり。
 ジュリアは離宮のティールームに、王太后と王妃を招き茶会を開いていた。
 マーサが元王宮女官として頼もしくジュリアを支えてくれ、彼女は離宮でも立派に女主人を務めている。

 
 ウィリアムの無事を聞いた数日後、彼女は王太后への謁見が許され、緊張しながら向かった先で夫の母から想像以上の温かい歓迎を受けた。
 

 『結婚の報告が遅くなったのはあの子がいけないのだから、貴女は気にしなくていいのよ。』


 
 社交界では王族の重鎮として常に厳しい目で王侯貴族の上に立ち、息子である国王への諫言も躊躇わない厳格な人物だとの認識が浸透している王太后は、笑顔の可愛らしい実に穏やかな女性ひとだった。
 ジュリアのことも、初対面の時から義娘として甘やかし過ぎるほどに可愛がってくれている。


「まぁまぁ、ステファニー。そんなに照れなくてもいいじゃない。ジュリア?ステファニーが及第点を出すなんて、本当に珍しいのよ?」
「はい。……お義姉様には、大切なことを沢山教えていただけました。」
「……もう、本当に……私のことはいいのです。」
「ふふふ、ステファニーも、まだまだ可愛いところがあるのね?」
「っ、お義母様っ。」


 この苦しい事件を越えていこうとする中で、王族として誇り高く、自分を厳しく律し、それでいながら女性としての柔らかな包容力を持つ二人の姿は、ジュリアに確かな道標みちしるべを残してくれた。


 ──私もお二人みたいに、静かに流れる深い川のようにいたい……そうなれるように、努力しなきゃ……。


 見ているこちらが微笑ましくなるようなやり取りを繰り広げていた王太后が、ふと母親の顔でジュリアに向き直る。


「ジュリア、一つ、聞いてもいいかしら?」
「はい、お義母様。」
「ウィリアムを愛してる?」
「はい。」


 ただただ柔く静かに交わされた言葉たち……。
 王太后は感慨深げに笑みを深めると、僅かな時間目を伏せてからまたジュリアを見つめた。


「公爵夫人という地位は決して軽くはないでしょう?それでも貴女の懐深さがあれば……そう心配はしていないのよ?ただ……。」
「お義母様?」
「……ウィリアムは軍人として国に尽くす道を選んできたわ……。あの子は、どこかで己の身を犠牲にすることを厭わずにいたのだと思うの。」
「…………。」
「ある意味、守る者を持たない強みだったのかもしれない……。でも、あの子には守るべき存在が出来た……そのことを恐れるようになっていないか不安なの……。」
「………はい。」
「ジュリア。ウィリアムを、頼むわね……。」
「はい。お義母様。」


 そうして、ジュリアの真っ直ぐな答えを耳にした王太后が大きく長く息を吐くと、ステファニーが朗らかに口を開く。


「まぁ、大変なところに嫁いでしまった先輩がここに二人もいるわ。ジュリア?この立場はね、愚痴をこぼすのも大事なのよ?」
「確かにそうね。」


 ──あれ?なんか、お二人ともやけに……あれ?


 明らかな好奇心を見せてグイッと距離を詰めてきた義母と義姉に、ジュリアはきょとんと目をしばたたかせた。


「お、お義姉様?」
「お茶会での会話は女同士秘密にするわ。ジュリアはウィリアム大好きだけど、それでも不満の一つや二つあるんじゃない?」
「えっ?あ、あの……!?」
「ジュリアはいつあの子を好きになったのかしら?恋の話なんて久しぶりだからワクワクしちゃうわっ。」


 ──ええっ!?お義母様まで!?


「あの、えっと……。」
「遠慮しなくていいのよ。ウィリアムがいないうちに、全部話しちゃいなさい。」
「まぁまぁ、赤くなってしまって、ジュリアは本当に可愛らしいわね。」


 圧も強く、興味津々の表情かおをされてしまい、ジュリアは立場上無下にする訳にもいかず、二人の顔を交互に見ながら困り果ててしまう。


 ──に、逃げ場がないわっ……。ビルに不満なんてないし、どうしよう……?


「あの、ビルはいつも優しいですし……その……。」
「まぁっ!いつもはビルって呼んでいるのね?」
「え?あ、………はい……。」
「ステファニー、どうしましょう?ジュリアが本当に可愛いわ。」
「同感です、お義母様っ。」


 ジュリアが赤くなるほどに、勢いづいていく彼女たち。
 火照る頬を彼女が両手で隠した、その時だった──。



「全く。だから私はジュリアを連れてきたくなかったんですよ。」


 ──…………え…………?


 確かに聞こえた愛しい声に、ジュリアの手がすとんと滑り落ちる。
 震えながら振り返った彼女の瞳に、会いたくて堪らなかったその姿が映り込んできた。


「………ビ、ル………?」


 あの日、彼のベッドの上で優しいキスをくれた時と同じ、ウィリアムの笑顔がそこにある……。
 ジュリアは呼吸も忘れて立ち上がると、ただ待ち続けた大切な温もりの中へと駆け込んでいった。



「ただいま、ジュリー。」
「っ!ビルっ!!」








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