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第23話

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「ウィリアムの救出部隊を送り込むんだ。タイタス商会を使ってね。」
「えっ?」
「タイタス商会はエローワにも支店を構えてる。大事な商品の輸送に護衛をつけるのは自然なことだろう?」


 レアンドルがいたずらな子供のようにウィンクしてみせる。


「今回、とてもを運ぶために、レアンドル殿下がエローワの腕利き達を紹介して下さいましてね。奥様、タイタス商会の威信にかけて、必ず無事にお届けに上がります。」


 優雅に腰を折るマルコ。優しく見つめてくれるステファニーが「もう義妹いもうとでいいのよ。」と囁き、しっかりとジュリアの肩を抱き寄せた。


「……居場所は……旦那様の居場所はわかるのですか?」
「はい。」
「っ!?」
「ノエルが知らせてきました。」
「ノエルが?一体どうやって……!?」


 彼女のその問いにマルコが取り出したのは、赤黒く変色した染みが点々とついている、いくつもの布の切れ端だった。


「タイタス商会で使っている、ある種の暗号です。商会内である一定の立場になった者に教えているんです。情報は商人にとっての生命線ですからね。ノエルはエローワ固有の植物を見つけて自分のおおよその居場所を掴んだようで、それをこの血文字で伝えてきました。」


 ノエルはハンカチやシャツを切り裂き、隙を見てこのメッセージを作ったのだろう。


「ジュリア。タイタス商会ではね、情報伝達に鳥を使っているのよ。ね?タイタス殿?」
「流石は陛下。ご存知でしたか。」


 そう言ってマルコはステファニーに許可を取ったあと、窓を開け放ち高く響く口笛を吹いてみせる。


「ある種の鳥笛バードコールです。我々はこれを使って、支店から支店へと伝書の鳥を飛ばすんですよ。」
「すごい……。」


 ジュリアの感嘆と同時に一羽の白い鳥が窓枠にとまった。
 マルコはその鳥の足につけた小さな筒にメモを入れ、再び空へと放つ。


「今、計画に許可が下りたと知らせました。場所の特定に時間がかかってしまいましたが、何度も暗号が届いたことで、居場所も正確に掴めています。大丈夫、ご無事ですよ、奥様。」
「……っ………。」
「タイタス商会の荷馬車は、エローワでノエルから助けを求められ、ノエルと共に一緒にいた人物を救い出し連れ帰ってくる。ただそれだけだ。あくまで、マルコがを助けるだけ。」
「はい。ノエルは孫娘の婿になる男ですからね。身内に手を出されたら黙っている訳には参りませんよ。」
「えっ?小父様?ノエルが婿って……えっ!?」


 あまりの情報過多で、策士の表情かおを見せるレアンドルとマルコを前ににジュリアは頭がフラフラとしてきた。


 ──と、とにかく……ビルも、ノエルも無事なんだわ……。後は計画が上手くいってくれれば……。どうか……。



 落ち着かずに跳ね回る胸の音を抱えながら、ステファニーに寄り添われ祈るようにその後の時間を過ごしたジュリア。


 そのまま眠れぬ夜を越えた彼女が、愛する人の無事を知らされたのは、翌日の午後になってのことだった。
 ジュリアは使いの者から受け取った手紙を抱きしめ、声もなく泣きながらその場に崩れ落ちていた……。






 ◇◇◇






「どうしてだ?何故、妻に手を出さなかった?」


 半地下に監禁されて二週間近く陽の光を浴びていなかったウィリアムは、連れ出された館の庭で眩しさに目を細めながら、エローワの騎士団に抵抗もせず捕まった首領へと近付く。

 エローワ国内での盗賊団の犯罪の証拠がなく手を出せずにいた騎士団も、今回ノエルが誘拐されたことで大義名分が出来た。
 ノエルはタイタス商会に入った際、マルコの勧めでエローワの国籍も取得していたのだ。

 ウィリアムを狡猾に仕組んだ罠にかけながら、あまりにも呆気ない幕引きを許した盗賊団の首領。
 まだ裏があるのでは?そんな疑念を振り払えず、彼は力の入り切らない足で首領の前に立った。


「お前は、私に復讐したかったんじゃないのか?」
「……………。」
「妻が保護されるまでに、手を出す時間も機会もあったはずだ。なのにお前は何もしなかった。何故だ?一体何を企んでいる?」
「……………。」


 その男はただ不敵に笑い、真っ直ぐに緑の双眸を見つめ続ける。
 ウィリアムもまた、そこに漂う無遠慮な沈黙を受け入れ、男を見据え続けた。
 やがて男は愉快そうにクツクツと笑い出す。


「あんた、本当にいいな。俺の最後の獲物に相応しい。」
「獲物?」
「俺はさ、人を甚振いたぶるのが好きみたいでよ。……身体を痛めつけたって傷はすぐ塞がっちまう。だが、心についた傷はそうはいかねぇ。」
「………それは、実体験を話しているのか?」
「さぁ?どうだろうなぁ?」


 更に喉を鳴らして笑った男は、フッと真顔になるとまるで呪詛のようにウィリアムへと言葉を投げつけた。


「あんたはずっと、自分の身より奥方の心配をしてた。そうだろ?……今回は何事もなく過ぎた……だが、これからは?これから一体何度ある?」
「……っ!」
「あんたを恨むならず者は山程いるぞ?軍人を辞めてただのお貴族様になったところで、過去は変わらねぇさ。」
「…………。」
「あぁ、いいねぇ!その顔だよ!その苦悩に満ちた顔、最高じゃねえか!」
「……黙れ………。」


 ウィリアムの地を這う声が鋭利に響く。
 だが男は意に介さず、面白そうにまくし立てた。


「守りきれるか、あんた?あの可愛らしい奥方を、有象無象の汚え手から!あんたの側にいる限り、奥方は一生怯えて暮らすことになるぞ!いっそ手放す?出来るか?あんたにっ!!」
「おいっ!黙れ!」


 主人を挑発する男の態度に我慢も限界になったノエルが、思いきり胸ぐらを掴み上げる。
 ウィリアムはそんなノエルの肩に手を起き、「もういい」と静かに溢して踵を返した。
 その背中に、なおも男は叫び続ける。


「俺はもうじき楽になれる!だがあんたの苦しみはこれからだぜ、公爵さんよぉ!」



 ジュリアを一人にしてしまった。
 あれほどに一人を怖がっていた愛する妻を、孤独と不安の中で過ごさせてしまった……。
 離れ離れになった時間の中で、ウィリアムが抱え続けた恐怖を、あの男はまざまざと彼の中に植え付けてくる。


 ウィリアムは血が滲むほどに拳を握りしめたまま、タイタス商会の馬車へと乗り込んだのだった──。









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