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第22話
しおりを挟む明かり取りの小窓から射し込む光で、かろうじて時の流れがわかる牢の中。
全く似つかわしくない軽やかなメロディーがノエルの口から紡がれている。
「上手いものだな。口笛でそれほど色々な音が出せるものなのか。」
「商会で仕込まれまして。得意なんです。……十日、経ちましたね、旦那様。」
「………そうだな。」
また流れ出した心地よい音に身を委ねながら、ウィリアムは先程投げ込まれた固い黒パンに手を伸ばした……。
◇◇◇
「ご拝顔の栄に浴し、恐悦に存じます。」
「顔を上げて下さい、オルコット夫人。いやぁ、オルコット公は実に愛らしくも美しい華を娶られたものだ。」
「恐れ入ります。」
王妃のティールームに入って来たエローワ王国第二王子は、華やかという形容詞がピッタリの男性だった。
レアンドルはウィリアムより二つ歳上で三十路を越えたばかり。明るいブロンドの美丈夫は快活な笑顔を浮かべ、人好きのする人物に見える。
たが相手はエローワの外交を一手に担っている王子。
ステファニーに促され王子と共にテーブルを囲んだジュリアは、彼の非情なまでの冷静さに打ちのめされることになった。
「早速だけれど、レアンドル王子。我が国から正式に要請した件について、エローワ国王からお返事はいただけたのかしら?」
「はい。先程の謁見の際、正式に回答させていただきましたが、結論を申し上げれば、答えは否です。我が国での貴国の軍事活動、及び我が国の騎士団による盗賊団の捜索には応じられません。」
淡々と告げられた言葉に、ジュリアは「そんな!」と叫びたい衝動を必死に堪え、ステファニーの言葉を待った。
彼女は今、公爵夫人としてそこにいる。感情をそのまま表に出すなど許されることではない。
ステファニーはゆったりとティーカップを傾け、それからフッと軽く嘆息した。
「まぁ、そうでしょうね。……さて、ここからは気楽にいきましょう。ね?レアンドル?」
「はぁ、全く、ステファニー様もお人が悪い。こんな可愛い方に心を痛めさせて。」
突然打って変わった気安い雰囲気に、ジュリアは戸惑いがちに隣を見る。
「ごめんなさいね、ジュリア。貴女が今の肩書きに相応しいかどうか、ちょっと試させてもらったの。この先のためにね……。」
「陛下、それは……。」
「この話は一先ず後にしましょう。それで、レアンドル?借りは返してもらえるのかしら?」
「もちろんですよ。」
そう答えてステファニーからジュリアへと視線を移したレアンドルは、浮かべていた笑みをしまい、誠実に彼女へと頭を下げた。
「今回、公には助けになれず申し訳ない。」
「で、殿下!お止め下さいっ。」
「いや。我がエローワは先の戦争で、この国に多大な恩を受けた。とりわけ、ウィリアムとコーリング伯爵家には感謝してもしきれない。」
「殿下……。」
先の戦争はエローワが他国からの侵略を受けた形で始まった。長年多くの痛みを強いられてきたエローワにとって、自国を守るための条約はとても重要なものだ。
聡いジュリアは、王子に頭を下げられたことで冷静になり、レアンドルの……そしてウィリアムの立場を察した。
他国に領地での軍事活動を許せば侵略の隙を与えてしまうのは当然のこと。
また今現在、大陸の国々の代表で定期的に会議を開き、和平のために様々な話し合いがなされている。
その中で犯罪者の国家間の引き渡しについても調整が行われている最中のはずだ。
この国とエローワだけの間で勝手な動きをすれば、見えてきた大陸の平和が遠退きかねない……。
──ウィリアムは生まれた時からずっと、こんな枷だらけの環境で生きてきたんだ……。それでも、あんなに優しく……。
ジュリアは結婚前、『お飾りの妻』になどなろうとした自分を深く深く恥じた。
隣に座るステファニーが、ジュリアの纏う空気の変化を感じ目を細める。
「恐れながら、殿下は今『公には』と仰いました。」
「ああ。」
「その先を、うかがえるのでしょうか?」
「もちろんだ。と言っても、私はただの橋渡しだけどね……。ステファニー様。先程から部屋の外に控えさせている者がいるのですが、呼び入れてもよろしいですか?」
「ええ、どうぞ。」
レアンドルの指示でティールームに通された人物……。それはジュリアもよく知る人だった。
「タイタスの、小父様?」
「お久しぶりでございます、ジュリアお嬢様。」
「タイタス殿?ジュリアはもうオルコット公爵夫人よ?」
「これは失礼致しました。」
王国一の大商人、タイタス商会の会長マルコは、コーリング伯爵領の一部を領地とする子爵でもあり、ジュリアを幼い頃から可愛がってくれたもう一人の祖父のような存在。
「マルコ、手筈は整ったか?」
「はい、抜かりなく。」
「あ、あの、殿下。一体これは……?」
戸惑うジュリアにレアンドルは最初に見せた快活な笑顔で言った。
「ウィリアムの救出部隊を送り込むんだ。タイタス商会を使ってね。」
「えっ?」
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