17 / 29
第17話
しおりを挟むその日の夜──。
たった数日一緒に夕食をとらなかっただけなのに、何だかとても久しぶりに感じてしまった二人。
ジュリアが公爵家で暮らし始めてもうすぐ半年になろうとしている。
お飾りの妻になるつもりでこの屋敷にやって来たジュリアが、まるでそこにたどり着くためだったと……すべてが必然だったのだと思えるほどに、自然とウィリアムに心惹かれ恋をした。
きっと、彼女が抱えてしまった前世の記憶のせいだけではなかったのだろう。
お互い愛を伝え合いながらもどこか手探りで、距離を測りながら側にいた時間。
二人はもどかしさと心地よさ。幸せと苦しさの間を足元が覚束ないまま進んでいるようだった。
やっとそれぞれが思いきって距離を詰め、地に足がついた今、ジュリアとウィリアムの間には誰にも邪魔出来ない甘さが満ちて、しっかりと想いと想いが結ばれていた……。
「ねぇ、ジュリー?食事の後だけど、もう少しだけ付き合ってくれない?」
「ええ、もちろん。それはさっきとは違うワインなの?」
「そう。これも白ワインなんだけどね、ディナーの時の物より甘めですごく軽いんだ。あまり酒を飲まないジュリーでも飲みやすいと思うよ。」
ダイニングを出て居間のカウチに落ち着いた二人は、珍しく一緒にグラスを傾けている。
「ん、本当ね。すごく飲みやすい。」
「気に入った?」
「ええ。」
「ノエルが薦めてくれたんだ。流石タイタス商会にいただけあって、情報量がすごいね、彼は。」
今はレジーもメアリも下がっていて二人きり。
グラスをテーブルに置きゆったりと自分の肩口に頭を預けてくれたジュリアの髪にキスを落として、ウィリアムは力を抜くように軽く嘆息してからまた話し始めた。
「実は、昨日、ノエルにまで声を荒げてしまったんだ……。」
「えっ?彼が何か……?」
「いや、ノエルは倒れたジュリアを部屋まで連れてきてくれただけなんだけどね……私以外の男がジュリーを抱いていると思ったら、カッとしてしまって……。」
「……………。」
「ジュリア?もしかして、引いた?」
無言になったジュリアが気になり、彼が背もたれから体を離して顔を覗き込むと、そこにはあからさまに照れて頬を染める彼女がいた。
「ジュリア?ほっぺが赤いよ?」
「……こ、これは、ちょっと酔ったから……。」
「そう?」
ウィリアムに指摘され慌てて否定したものの、語尾を上げた彼の再度の問いに、彼女は観念して上目遣いでエバーグリーンの優しい瞳を見つめる。
「……正直に言うとね……、ビル、私、今嬉しいって思っちゃったの。これ、普通は引くところよね?違う?」
「さぁ、どうなのかな?」
「だって、だって……ビルが嫉妬してくれて嬉しいなんて……。私が……。」
「それは、ジュリーは私が大好きだってことだよね?」
「っ、もうっ、絶対からかってる!」
自分の言葉に被せて図星な心の内を言い当てられ、ジュリアは彼の胸をポカポカと叩いた。
「ハハハッ、なんで怒るの?私は当たり前の事実を言っただけだよ?」
ジュリアの華奢な手首を取って引き寄せ、腕の中に捕まえたウィリアムは満足げにこめかみへと口づける。
その甘やかしすら不満なようでちょっぴり頬を膨らませた様子を見て、彼女の中の幼さを自分の前でもさらけ出してくれたことに堪らなくなり、ウィリアムは柔く一度唇を喰んでから、溶かすようにキスを深めた。
ワインの香りが残るキスに酔いしれて、ジュリアは逞しい背中へと腕をまわす。それは彼がたった一人の愛する夫なのだと懸命に伝えているようだった。
「キス、上手になったね。」
「………うん。」
「あぁ……黙って君の側から離れるなんて選択をしなくて、本当によかった……。」
「そうよ……。もし今朝話をしないままでいて、貴方が知らないうちに出発していたらって考えたら、私……。」
「ジュリア。大丈夫。もう絶対、君を一人残してどこかに行こうなんてバカなことは考えない。そんなこと決してしないから。」
「うん……。絶対よ?ビル……。」
彼女が伝えた『夢』の話……。
それはあくまでも夢として、ジュリアを苦しめた『悪夢』として二人は共有した。
彼女は魂の輪廻、そしてサトルの存在も包み隠さず話しはしたのだ。
決してそれをウィリアムが信じなかった訳ではなかったけれど、この事実……前世が実在のことだとは、ジュリアにさえ断言など出来ない……。
それに、転生が現実だと認めてしまうことにも、どこかで怖さを感じていた。
その上で、彼女の中に梨奈の人生の記憶と、それに付随し切り離すことの出来ない感情が確かに残ってしまっているのだと、ジュリアは正直に話したのだ。
彼女を苦しめた『一人にしないで』は、抗えない力で別れを突きつけられた梨奈と智の想いだった。
それがわかった今、無意味に怯えることはなくなったけれど、それでも、ある日突然愛する人がいなくなってしまうことを想像するだけで、ジュリアは息が出来なくなりそうだった。
一方で、自らの嫉妬心に歯止めが効かなくなりそうだったウィリアムは、自分を落ち着かせるためにジュリアからしばらく離れようとしていた。
ちょうど軍からとある要請を受け、彼女に黙って出発するつもりでいたのだ。
ウィリアムはその準備のためだと自分に言い訳をしながら、ジュリアを避けていたのだった。
それぞれのかけ違えた想いにギリギリで気付けたものの、既に返事を送ってしまっていて予定を変更するわけにもいかず、ウィリアムは明日の朝に屋敷を発つ。
急なことに戸惑ったジュリアだったが、きちんと彼が話してくれたおかげで、少しの寂しさだけで送り出すことが出来そうだった。
56
お気に入りに追加
1,911
あなたにおすすめの小説
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」
「恩? 私と君は初対面だったはず」
「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」
「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」
奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。
彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる