【完結】寝室は、別々のはずですよね!?

水樹風

文字の大きさ
上 下
17 / 29

第17話

しおりを挟む

 その日の夜──。
 たった数日一緒に夕食をとらなかっただけなのに、何だかとても久しぶりに感じてしまった二人。

 ジュリアが公爵家で暮らし始めてもうすぐ半年になろうとしている。
 お飾りの妻になるつもりでこの屋敷にやって来たジュリアが、まるでそこにたどり着くためだったと……すべてが必然だったのだと思えるほどに、自然とウィリアムに心惹かれ恋をした。

 きっと、彼女が抱えてしまった前世の記憶のせいだけではなかったのだろう。
 お互い愛を伝え合いながらもどこか手探りで、距離を測りながら側にいた時間。
 二人はもどかしさと心地よさ。幸せと苦しさのはざまを足元が覚束ないまま進んでいるようだった。


 やっとそれぞれが思いきって距離を詰め、地に足がついた今、ジュリアとウィリアムの間には誰にも邪魔出来ない甘さが満ちて、しっかりと想いと想いが結ばれていた……。



「ねぇ、ジュリー?食事の後だけど、もう少しだけ付き合ってくれない?」
「ええ、もちろん。それはさっきとは違うワインなの?」
「そう。これも白ワインなんだけどね、ディナーの時の物より甘めですごく軽いんだ。あまり酒を飲まないジュリーでも飲みやすいと思うよ。」


 ダイニングを出て居間パーラーのカウチに落ち着いた二人は、珍しく一緒にグラスを傾けている。


「ん、本当ね。すごく飲みやすい。」
「気に入った?」
「ええ。」
「ノエルが薦めてくれたんだ。流石タイタス商会にいただけあって、情報量がすごいね、彼は。」


 今はレジーもメアリも下がっていて二人きり。
 グラスをテーブルに置きゆったりと自分の肩口に頭を預けてくれたジュリアの髪にキスを落として、ウィリアムは力を抜くように軽く嘆息してからまた話し始めた。


「実は、昨日、ノエルにまで声を荒げてしまったんだ……。」
「えっ?彼が何か……?」
「いや、ノエルは倒れたジュリアを部屋まで連れてきてくれただけなんだけどね……私以外の男がジュリーを抱いていると思ったら、カッとしてしまって……。」
「……………。」
「ジュリア?もしかして、引いた?」


 無言になったジュリアが気になり、彼が背もたれから体を離して顔を覗き込むと、そこにはあからさまに照れて頬を染める彼女がいた。


「ジュリア?ほっぺが赤いよ?」
「……こ、これは、ちょっと酔ったから……。」
「そう?」


 ウィリアムに指摘され慌てて否定したものの、語尾を上げた彼の再度の問いに、彼女は観念して上目遣いでエバーグリーンの優しい瞳を見つめる。


「……正直に言うとね……、ビル、私、今嬉しいって思っちゃったの。これ、普通は引くところよね?違う?」
「さぁ、どうなのかな?」
「だって、だって……ビルが嫉妬してくれて嬉しいなんて……。私が……。」
「それは、ジュリーは私が大好きだってことだよね?」
「っ、もうっ、絶対からかってる!」


 自分の言葉に被せて図星な心の内を言い当てられ、ジュリアは彼の胸をポカポカと叩いた。


「ハハハッ、なんで怒るの?私は当たり前の事実を言っただけだよ?」


 ジュリアの華奢な手首を取って引き寄せ、腕の中に捕まえたウィリアムは満足げにこめかみへと口づける。
 その甘やかしすら不満なようでちょっぴり頬を膨らませた様子を見て、彼女の中の幼さを自分の前でもさらけ出してくれたことに堪らなくなり、ウィリアムは柔く一度唇を喰んでから、溶かすようにキスを深めた。
 ワインの香りが残るキスに酔いしれて、ジュリアは逞しい背中へと腕をまわす。それは彼がたった一人の愛するひとなのだと懸命に伝えているようだった。


「キス、上手になったね。」
「………うん。」
「あぁ……黙って君の側から離れるなんて選択をしなくて、本当によかった……。」
「そうよ……。もし今朝話をしないままでいて、貴方が知らないうちに出発していたらって考えたら、私……。」
「ジュリア。大丈夫。もう絶対、君を一人残してどこかに行こうなんてバカなことは考えない。そんなこと決してしないから。」
「うん……。絶対よ?ビル……。」


 彼女が伝えた『夢』の話……。
 それはあくまでも夢として、ジュリアを苦しめた『悪夢』として二人は共有した。

 彼女は魂の輪廻、そしてサトルの存在も包み隠さず話しはしたのだ。
 決してそれをウィリアムが信じなかった訳ではなかったけれど、この事実……前世が実在のことだとは、ジュリアにさえ断言など出来ない……。
 それに、転生が現実だと認めてしまうことにも、どこかで怖さを感じていた。

 その上で、彼女の中に梨奈の人生の記憶と、それに付随し切り離すことの出来ない感情が確かに残ってしまっているのだと、ジュリアは正直に話したのだ。


 彼女を苦しめた『一人にしないで』は、抗えない力で別れを突きつけられた梨奈と智の想いだった。
 それがわかった今、無意味に怯えることはなくなったけれど、それでも、ある日突然愛する人がいなくなってしまうことを想像するだけで、ジュリアは息が出来なくなりそうだった。


 一方で、自らの嫉妬心に歯止めが効かなくなりそうだったウィリアムは、自分を落ち着かせるためにジュリアからしばらく離れようとしていた。
 ちょうど軍からとある要請を受け、彼女に黙って出発するつもりでいたのだ。
 ウィリアムはその準備のためだと自分に言い訳をしながら、ジュリアを避けていたのだった。


 それぞれのかけ違えた想いにギリギリで気付けたものの、既に返事を送ってしまっていて予定を変更するわけにもいかず、ウィリアムは明日の朝に屋敷を発つ。
 急なことに戸惑ったジュリアだったが、きちんと彼が話してくれたおかげで、少しの寂しさだけで送り出すことが出来そうだった。










しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

「いなくても困らない」と言われたから、他国の皇帝妃になってやりました

ネコ
恋愛
「お前はいなくても困らない」。そう告げられた瞬間、私の心は凍りついた。王国一の高貴な婚約者を得たはずなのに、彼の裏切りはあまりにも身勝手だった。かくなる上は、誰もが恐れ多いと敬う帝国の皇帝のもとへ嫁ぐまで。失意の底で誓った決意が、私の運命を大きく変えていく。

【完結】婚約破棄をされたわたしは万能第一王子に溺愛されるようです

葉桜鹿乃
恋愛
婚約者であるパーシバル殿下に婚約破棄を言い渡されました。それも王侯貴族の通う学園の卒業パーティーの日に、大勢の前で。わたしより格下貴族である伯爵令嬢からの嘘の罪状の訴えで。幼少時より英才教育の過密スケジュールをこなしてきたわたしより優秀な婚約者はいらっしゃらないと思うのですがね、殿下。 わたしは国のため早々にこのパーシバル殿下に見切りをつけ、病弱だと言われて全てが秘されている王位継承権第二位の第一王子に望みを託そうと思っていたところ、偶然にも彼と出会い、そこからわたしは昔から想いを寄せられていた事を知り、さらには彼が王位継承権第一位に返り咲こうと動く中で彼に溺愛されて……? 陰謀渦巻く王宮を舞台に動く、万能王太子妃候補の恋愛物語開幕!(ただしバカ多め) 小説家になろう様でも別名義で連載しています。 ※感想の取り扱いについては近況ボードを参照してください。

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

番探しにやって来た王子様に見初められました。逃げたらだめですか?

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はスミレ・デラウェア。伯爵令嬢だけど秘密がある。長閑なぶどう畑が広がる我がデラウェア領地で自警団に入っているのだ。騎士団に入れないのでコッソリと盗賊から領地を守ってます。 そんな領地に王都から番探しに王子がやって来るらしい。人が集まって来ると盗賊も来るから勘弁して欲しい。 お転婆令嬢が番から逃げ回るお話しです。 愛の花シリーズ第3弾です。

外では氷の騎士なんて呼ばれてる旦那様に今日も溺愛されてます

刻芦葉
恋愛
王国に仕える近衛騎士ユリウスは一切笑顔を見せないことから氷の騎士と呼ばれていた。ただそんな氷の騎士様だけど私の前だけは優しい笑顔を見せてくれる。今日も私は不器用だけど格好いい旦那様に溺愛されています。

【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした

楠結衣
恋愛
王立医務局の調剤師として働くローズ。自分の仕事にやりがいを持っているが、行き遅れになることを家族から心配されて休日はお見合いする日々を過ごしている。 仕事量が多い連休明けは、なぜか上司のレオナルド様と二人きりで仕事をすることを不思議に思ったローズはレオナルドに質問しようとするとはぐらかされてしまう。さらに夕食を一緒にしようと誘われて……。 ◇表紙のイラストは、ありま氷炎さまに描いていただきました♪ ◇全三話予約投稿済みです

処理中です...