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第16話
しおりを挟む「……ウィリアム………。」
「っ、あぁ……よかった……ジュリー。」
ベッドサイドに置いた一人掛けのソファーに座っていたウィリアムは、ぼんやりと目を開けたジュリアを見てそっと彼女の手を取った。
夏へと近付いていくこの季節。薄っすらと白む空が朝と呼ぶにはまだ早過ぎる時間だと教えている。
「ビル……?ずっと、起きていてくれたの?」
「いや、実はほんの少し前まで、ここで眠ってしまっていたんだ。」
「そう……でも、横になってはいないのね?」
「ああ。……本当に、可愛い私の妻は、自分が倒れたって言うのに、元軍人で頑丈な夫の心配をしてくれるのかい?」
「うん。いけない?」
「いや、嬉しいよ。その代わり、妻の心配は私がしないと。気分はどう?ジュリア?」
体温を確かめるように大きな手を額に乗せられ、ジュリアは安心しきった様子で微笑んだ。
「今、とてもスッキリした気分なの。少しお腹も空いちゃった。」
「それは良かった。もう、ジュリー。ほとんど食事に手を付けていなかったんだって?貧血だって言われたよ?」
「……ごめんなさい、ビル……。でも……。」
そこまで言って体を起こしたジュリアをウィリアムは当たり前に支え、ベッドに腰掛けて抱き寄せる。
彼女はその温もりの中で、真っ直ぐに彼の瞳を見つめた。
「ビル?貴方のせいでもあるのよ?急に貴方に避けられて……。」
「っ、ジュリア、それは……!」
「待って、最後まで言わせて?」
「……ジュリア?」
ジュリアの見つめるウィリアムは、何だかしょぼくれた大型犬に見えてきて、彼女は愛しさが込み上げる。
──本当に私、甘えてばっかりだったんだな……。
「私ね、倒れる前、貴方に『嫌いにならないで』って言いに行こうとしたの……。ビルと結婚出来て、私、本当に嬉しかったの。ビルは公爵夫人として最低限のことをすればいいって言ってくれた……でも、他でもない私が、それじゃ不安だった……。」
「ジュリー……。」
「だって、こんなに歳下で、『寝室は別々に』なんて面倒なことを言うし、女主人として家を取り仕切ることもちゃんと出来なくて……。ビルはこんな私のどこを好きになってくれたんだろう?って……こんな役立たず、愛想を尽かされるんじゃないかって……。」
ウィリアムは彼女の言葉一つ一つから決して目を逸らさず、それからキツく掻き抱いた。
「ごめんなさい、ウィリアム。私、ずっと、自分のことばかりだった。そんな風に一人で考えてしまう事自体、身勝手なことだったのよね?……貴方だって、そうでしょ?」
「………ああ、そうだね……。そうかもしれない。一人で決めてはいけない部分ばかり、自分だけで空回っていたのかな?」
自分の胸に全てを預けてくれるジュリアのふわりとした重さは何より彼を安心させてくれる。
彼女がいつもつけている柔らかなホワイトリリーの香りが鼻をくすぐり、ウィリアムの胸は穏やかな呼吸を繰り返していた。
「夫婦だからって、全てを見せ合う必要はないんだと思う。だけど、私達、初めて言葉を交わしてからまだ数ヶ月しか経っていないもの……。ちゃんと話して向き合って、ビルを大切にしたい……。だからね、ビルにも不安なこととか、話して欲しい……。今までの私じゃ、言いづらかったかもしれないけど……。」
「うん。もう大丈夫だよ、ジュリー。十分過ぎるほどに伝わったから。」
ウィリアムが彼女を抱いたままポスンとベッドに倒れ込む。
「結局、私はカッコ付けすぎていたんだ。」
「ふふっ、身も蓋もない言い方ね?」
「いいんだよ、もう……。でも、私からも言い訳させてもらうとね、流石に九つも上の男が、デビューするかしないかの令嬢に一目惚れして、挙げ句、婚約者がいるのに三年以上諦められずに懸想してたなんて知られたら、引かれると思うだろ?」
「えっ?なっ……!?ええっ!?」
開き直ったウィリアムが畳み掛けるように語った事実に目を丸くするジュリア。
そんな彼女の頬を包むように撫でながら、彼はほんの僅かに躊躇しながら問いかけた。
「ねぇ、ジュリー?サトルって、誰だい?」
「え……な、んで……その名前……。」
「ジュリーが寝言で口にしたんだ……。『一人にしないで、サトル』って。」
「そうなの……?私、そんなこと……。」
「この際だから全部白状するけど、気になってどうしようもなくて、レジーに調べさせたんだ。でもサトルという人間は見つからなかった……。」
「ビル……。」
「わかっていたつもりだったけど、私がコーリング家に婚約を申し入れた時、君も伯爵家としても断れるはずはなかったんだ……。もしジュリーに想い人がいて私が無理矢理……っ。」
心のしこりを口にし始めてみれば、ウィリアムは自身が驚くほどに不安だったのだと気付く。止めどなく溢れ出る言葉を止めたのは、妻の優しいキス。
「ジュリアとして、愛した人はウィリアム、貴方だけ。これまでも、この先も、貴方だけよ。」
「…………。」
「サトルという人は……この世にはいないの。ずっとずっと昔に亡くなっている人。」
「それは、どういう……?」
「ビル、私ね、ずっと不思議な夢を見ていたの……。聞いてくれる?」
「ああ。聞かせて?全部、知りたいんだ。」
「うん。」
静かに迎えた夜明け。
紡がれていく言葉たちが、二人の心の距離をまたグッと近づかせていく……。
朝食をとりに手を繋いでダイニングへと歩いて行く夫妻を、使用人たちが頬をゆるめて見守っていた。
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