【完結】寝室は、別々のはずですよね!?

水樹風

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第15話

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『ごめん……ごめんな……。』


 ジュリアは夢を見ていた。間違いなく現実ではないどこかの場所。
 記憶の中の声ではなく、ハッキリとした彼の声を聞いていた。


『……俺のせいで……俺の、後悔と未練のせいで……苦しめて……。』


 ──サトル………?


『君はもう、ジュリア・コーリング・オルコットで……俺の恋人じゃないって……わかってるのに……ただ、幸せになって欲しいだけなのに……。』


 夢の中で彼は語り続ける。
 それはひどく弱々しく……。ジュリアが前世を思い出してしまった訳を……。


『君は……ジュリアは、本来前世の記憶なんて思い出したくても蘇らないはずだったんだ……。それなのに、俺が前世の君を忘れられなくて、君の魂に執着して……転生後まで君の側にい続けてしまった……。そのせいで君は、俺の記憶を混在させて、思い出してしまったんだ。』


 転生後の魂にまで執着してしまう……それはどれ程の未練だったのだろう?


 ──ちゃんと……思い出してあげたい……。出来ることなら、救ってあげたい……。


 自然とそう思えたのは、果たしてジュリアなのか、前世の自分なのか……?
 どちらにしても、今の自分と彼……『ジュリア』と『サトル』がそれぞれ前に進むために、それは避けて通れないことに思えた。


「サトル、さん……。あの、貴方の姿を見ることは出来ますか?」


 そのジュリアの問いに、彼が息を呑む気配がして、そしてゆっくりと『サトル』が輪郭を持ち、彼女の前に現れる。

 ネイビーのパーカーにブラックデニム。少し癖のある柔らかな黒髪と、キツく見られがちな三白眼だけれど優しく見つめてくれる目……。


 それは、前世の自分……鷹野梨奈が最後に見た恋人・市村智の姿だった。
 智の姿は彼女の中に、曖昧だった記憶をどんどんと呼び起こしていく。
 その全てが『一人にしないで』という疑問の答え……。


 梨奈と智は恋人同士。
 結婚へ向け動き出そうとしていたところだった。
 そんな時、梨奈の妊娠が発覚。だがそれと同時に癌が見つかり、お腹の子も、未来の子供すらも諦めなくてはならなくなった。
 大好きな智と結婚して、彼の子供を産み家族を作る……すぐ目の前にあると思っていた未来を失って、梨奈はひたすらに泣き暮らした。
 ずっとそんな梨奈に寄り添ってくれていた智。だが、梨奈は気付いていなかった。智も自分の子供を失っていたのだと……同じ未来を夢見て砕かれたのだと……。

 ある日、些細なことで口喧嘩になった二人。
 ずっと耐えていた智の心が、限界を迎えてしまった。


「毎日、毎日、泣いてばっかりで……。俺が、あれからどんな気持ちで側にいたと……。」

「……お前、自分が今、どんな顔してるかわかってるのか!?」

「疲れ果てて仕事から帰ってきても、お前は泣きつかれて寝てるんだ……。お前の寝顔、汚いんだよ!」


 もう、涙でグチャグチャになった恋人の顔なんて見たくなかった。
 梨奈を支えきれない自分が情けなくて大嫌いだった。

 言ってはいけない言葉を口にしてしまった智は、その夜、梨奈が眠っている間に「頭を冷やしたい」と書き置きを残してアパートを出ていった。
 それが、最後になるなど知る由もなく……。


 翌日、目を覚ました梨奈が受け取ったのは、智の職場が入っているビルで火災が起き、彼が亡くなったという知らせ──。


「そんな……ヤダ……ヤダよ……。智!智っ、お願い!……一人に、しないで……!しないでよぉぉ!」


 ジュリアの目の前の智が苦しげに顔を歪めている。


 『一人にしないで』
 それは確かに梨奈が叫んだ台詞だった。
 だがそれに囚われ悔やみ続けてきたのは智の方だったのだ。


 一人残された梨奈は、確かに眠れなくなった。
 智を苦しめていた自分の寝顔を、誰かに見られるのが怖かった。
 それでも、彼女には時間があった……。
 梨奈は天寿を全うするまで、生きられた。歳を重ね、物事の捉え方も自然と変化していく。智との日々も美しい思い出として人生を終えられたのだ。
 だからこそ、記憶を浄化し、まっさらな魂になれて、次の生……ジュリアへと転生出来た。


 全てを悟ったジュリアが、智へと歩み寄る。
 ここは、彼女の夢の中……。そう、今だけは、梨奈を取り戻して……。


「智。」
「……っ、り、梨奈……?梨奈?」
「智。貴方をずっと愛してた。梨奈として、貴方だけを愛して一生を終えたこと、それは私の幸せだったの……。」
「梨奈……俺、俺は……。」


 涙が彼の言葉を奪っていく。彼女は大切なかつての恋人を抱きしめた。


「私が生涯一人だったのは、後悔や罪悪感からじゃない。智以外考えられなかったの。ただ、それだけだよ……。」
「……うん………。」
「智、新しく進もう。お願い、智をもう許してあげて……解放してあげて……。」
「………あぁ………ありがとう……ありがとう、梨奈……。」


 智が力の抜けた笑顔を見せる。
 一歩、また一歩と、彼は後退り離れて行った。
 と同時に、不思議な程にジュリアの心が軽くなっていく……。


『……さよなら……幸せに……ジュリア………。』



 ジュリアの夢が終わりを告げた。
 愛しい人が、名前を呼んでくれている。
 彼女はその声を手繰り寄せるように、穏やかにそっと目を開けたのだった。



「……ウィリアム………。」










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