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第8話
しおりを挟む「教えて欲しい?ジュリー?」
それは、ウィリアムにスイッチが入った瞬間だったのかもしれない。
彼の双眸は妖艶に香り立ち、片腕でジュリアの肩を抱き寄せたまま、反対の手が彼女の耳をくすぐり、こめかみから指を差し入れブルネットの艶やかな髪に手櫛を通していく……。
彼女がうっとりとその手に頬を擦り寄せて頷くと、ウィリアムは口づけを焦らすように顔を近づけ、吐息混じりに囁いた。
「一番はね、夫を……私を愛することだよ……。ジュリー……?」
「……ん……。」
彼の唇がじっくりとジュリアの小さな唇を喰んだ。
軽く角度を変えながらまた喰まれ、キスの隙間に問いかけられる。
「ジュリー?出来る?」
「ん、……もう、出来てるの……。それは、もう出来てるから……。」
解けた糸を手放すように、甘い熱にうかされ彼女の素直な想いが無意識にこぼれ落ちた。
「なっ……!?あぁ、可愛い……!本当に……なんでこんなに可愛いの?」
「あ……、ウィリアム……様……。」
ぽすんと押し倒され、ジュリアは彼に膝の下をすくい上げられてベッドに寝かされた。
ウィリアムはそうして飽くことなく、口づけを味わい続ける。
「ジュリー、ビルって呼んで?」
「……ビル……?」
「そう、いい子。」
「あっ、ビル……、私……。」
「んん?なぁに?」
「……私、眠る…のは……。」
「大丈夫。愛し合った後は、ジュリーのベッドに連れて行くよ。私も部屋に戻って眠る。だから、心配しないで?」
「ほんと、に?」
「寝室を別々にする約束はちゃんと守るよ。だからね、ジュリー……。」
ウィリアムが彼女の耳元で、いたずらに呟いた。
「気を失わないように、最後まで、頑張って?」
「へ?」
──わ、私、初めてなのに、そんな……!?
彼のキスでとろけボーッとしていたジュリアは、不穏な台詞に慌ててウィリアムの身体を押しやる。
「ジュリー?」
「ビ、ビル?私、初めてだから……その……。」
「ん?」
「だから、その……ちゃんと、優しく……して、ね……?」
「っ、ああ、ジュリー!」
「え、ビル!?」
何故か彼は、ジュリアの言葉を聞いて嬉しそうに彼女を抱きすくめた。
「もう、その言葉は取り消せないからね、ジュリー。」
「………?」
「それは、私がジュリーの純潔を奪ってもいいってことだろう?」
「っ!あ、えっと、それは……っ!」
「もちろん、とびきり優しくする。だから私に、全て委ねて?」
「………ビル……。」
「愛してるよ、ジュリア。」
「ず、ずるいわ!今言うなんて……!私……。」
ウィリアムが蠱惑的に微笑んで、真っ赤になったジュリアの頬に指の背で甘く甘く熱を移す。
「愛してる。私のジュリア……。」
「……私、も……。ビル……。」
広いベッドの上。ジュリアはウィリアムの逞しい身体に組み敷かれる。
それは、長い長い二人の夜の始まりだった……。
少しずつ熱を分け与えてでもいるように、彼の薄めの唇が啄むキスを繰り返していた。
時折混ざるウィリアムの艶めく息遣い。それが、頬に添えられた手のひらの熱と共に彼女の身体から力を抜いていく。
唇だけでなく、頬や鼻先、瞼にまで口づけを降り注いだ彼が、指先を柔らかなジュリアの髪に差し込み軽く親指でそこを撫でた。
素直にとろけるジュリアを見て、ウィリアムの頭の中、深いところがゾクリと震える。
「素直で、可愛い……。」
「……ん…ぅ……。」
今度のキスは、甘く深く、絡みつくキスだった。
じっくりと砂糖が煮溶かされような濃厚な甘さに、彼女はぼんやりと彼を見上げる。
ウィリアムはそんなジュリアの様子に安心しながら、ガウンとシャツを脱ぎ捨てた。
──よかった……。本当に、怖がってはいないみたいだ……。
そしてあらわになった彼の素肌。
ジュリアはそれを見て、思わず息を呑む。
「ビル……その、傷は……?」
「ああ、これかい?」
彼の右肩からみぞおちにかけて、大きく斬られた傷痕が残っていたのだ。
傷は完全に塞がっているものの、それはあまりに痛々しかった。
「二年くらい前かな?盗賊団の討伐任務でちょっとね……。怖い?」
「そんなこと、あるわけない!」
「そうか……よかった……。」
彼女は身体を起こし、恐る恐るその痕に触れてウィリアムを見上げる。
「もう、痛くはないの?」
「ああ、大丈夫だよ。」
「………この怪我が原因で、軍を離れたの?」
「そう、だね。私はまだ戦いたかったんだけど……。陛下に王命だと言われたら、逆らえなくて……。」
彼がほんの少しだけ、寂しげに笑った。
「もしかして、臣下に下ったのも、このせい?」
「んー、それは、ちょっと違うんだ。」
今度はいたずらに微笑んだウィリアムが、彼女を抱きしめ、また優しく押し倒す。
「臣下に下って爵位をもらったのは、君のためだよ、ジュリー。」
「……えっ?」
「君が婚約破棄されたって聞いて、今度こそ私の妻に迎えようと思ったから。」
「え、な……そ、それって……!?」
──そう言えば確かに、私にプロポーズしてくれたあの日、ビルが公爵になったのは一年前だって言ってた……。言ってたけどっ。
「い、一体、ビルはいつから私を知っていたの!?」
「そうだな……少なくともその時、この傷はなかったな……。」
「…………っ。」
──それじゃ、二年以上前ってこと?え?えっ!?
驚きのあまり目を丸くして固まるジュリア。
ウィリアムはそんな様子を見てクスリとした笑みを溢し、同時に男らしい欲の色香を滲ませ始めた。
「その辺のことは、折を見てまたゆっくりね。それより、今は……。」
「え?……ひゃっ。」
彼が優しくのしかかり、彼女を一気に甘い夜へと引き戻した。
優しく、でも時に荒々しくウィリアムに求められ、ジュリアは彼の愛の証を受け入れる。
──私、本当に、彼の奥さんになれたんだ……。
額の汗を拭いながら髪をかき上げた彼を、彼女は夢見心地で見上げていた。
「愛してる、ジュリア。初めてなのに、頑張ってくれてありがとう。どこか、痛む?」
そっと首を横に振る彼女を見て、彼はホッと息を吐く。
「今、身体を拭くからね。少し待ってて……。」
疲れている彼女をすぐにでも休ませてやりたいウィリアムが、ガウンを羽織ってベッドから下りようとした時、ジュリアが遠慮がちにガウンを引っ張った。
「ジュリー?」
「……そ、そんなにすぐ、離れないで……?」
「そうか……そうだね、ごめんよ。……ジュリー?キスしていい?」
「はい……。愛してる、ビル……。」
「っ……はぁぁ、なんか、もう……。幸せ過ぎて、おかしくなりそうだ。」
穏やかなキスをして抱きしめ合った二人。
お互いが満たされるまで、言葉もなく鼓動を分かち合う……。
いつしか窓の外は、朝焼けに染まり始めていたのだった──。
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