8 / 29
第8話
しおりを挟む「教えて欲しい?ジュリー?」
それは、ウィリアムにスイッチが入った瞬間だったのかもしれない。
彼の双眸は妖艶に香り立ち、片腕でジュリアの肩を抱き寄せたまま、反対の手が彼女の耳をくすぐり、こめかみから指を差し入れブルネットの艶やかな髪に手櫛を通していく……。
彼女がうっとりとその手に頬を擦り寄せて頷くと、ウィリアムは口づけを焦らすように顔を近づけ、吐息混じりに囁いた。
「一番はね、夫を……私を愛することだよ……。ジュリー……?」
「……ん……。」
彼の唇がじっくりとジュリアの小さな唇を喰んだ。
軽く角度を変えながらまた喰まれ、キスの隙間に問いかけられる。
「ジュリー?出来る?」
「ん、……もう、出来てるの……。それは、もう出来てるから……。」
解けた糸を手放すように、甘い熱にうかされ彼女の素直な想いが無意識にこぼれ落ちた。
「なっ……!?あぁ、可愛い……!本当に……なんでこんなに可愛いの?」
「あ……、ウィリアム……様……。」
ぽすんと押し倒され、ジュリアは彼に膝の下をすくい上げられてベッドに寝かされた。
ウィリアムはそうして飽くことなく、口づけを味わい続ける。
「ジュリー、ビルって呼んで?」
「……ビル……?」
「そう、いい子。」
「あっ、ビル……、私……。」
「んん?なぁに?」
「……私、眠る…のは……。」
「大丈夫。愛し合った後は、ジュリーのベッドに連れて行くよ。私も部屋に戻って眠る。だから、心配しないで?」
「ほんと、に?」
「寝室を別々にする約束はちゃんと守るよ。だからね、ジュリー……。」
ウィリアムが彼女の耳元で、いたずらに呟いた。
「気を失わないように、最後まで、頑張って?」
「へ?」
──わ、私、初めてなのに、そんな……!?
彼のキスでとろけボーッとしていたジュリアは、不穏な台詞に慌ててウィリアムの身体を押しやる。
「ジュリー?」
「ビ、ビル?私、初めてだから……その……。」
「ん?」
「だから、その……ちゃんと、優しく……して、ね……?」
「っ、ああ、ジュリー!」
「え、ビル!?」
何故か彼は、ジュリアの言葉を聞いて嬉しそうに彼女を抱きすくめた。
「もう、その言葉は取り消せないからね、ジュリー。」
「………?」
「それは、私がジュリーの純潔を奪ってもいいってことだろう?」
「っ!あ、えっと、それは……っ!」
「もちろん、とびきり優しくする。だから私に、全て委ねて?」
「………ビル……。」
「愛してるよ、ジュリア。」
「ず、ずるいわ!今言うなんて……!私……。」
ウィリアムが蠱惑的に微笑んで、真っ赤になったジュリアの頬に指の背で甘く甘く熱を移す。
「愛してる。私のジュリア……。」
「……私、も……。ビル……。」
広いベッドの上。ジュリアはウィリアムの逞しい身体に組み敷かれる。
それは、長い長い二人の夜の始まりだった……。
少しずつ熱を分け与えてでもいるように、彼の薄めの唇が啄むキスを繰り返していた。
時折混ざるウィリアムの艶めく息遣い。それが、頬に添えられた手のひらの熱と共に彼女の身体から力を抜いていく。
唇だけでなく、頬や鼻先、瞼にまで口づけを降り注いだ彼が、指先を柔らかなジュリアの髪に差し込み軽く親指でそこを撫でた。
素直にとろけるジュリアを見て、ウィリアムの頭の中、深いところがゾクリと震える。
「素直で、可愛い……。」
「……ん…ぅ……。」
今度のキスは、甘く深く、絡みつくキスだった。
じっくりと砂糖が煮溶かされような濃厚な甘さに、彼女はぼんやりと彼を見上げる。
ウィリアムはそんなジュリアの様子に安心しながら、ガウンとシャツを脱ぎ捨てた。
──よかった……。本当に、怖がってはいないみたいだ……。
そしてあらわになった彼の素肌。
ジュリアはそれを見て、思わず息を呑む。
「ビル……その、傷は……?」
「ああ、これかい?」
彼の右肩からみぞおちにかけて、大きく斬られた傷痕が残っていたのだ。
傷は完全に塞がっているものの、それはあまりに痛々しかった。
「二年くらい前かな?盗賊団の討伐任務でちょっとね……。怖い?」
「そんなこと、あるわけない!」
「そうか……よかった……。」
彼女は身体を起こし、恐る恐るその痕に触れてウィリアムを見上げる。
「もう、痛くはないの?」
「ああ、大丈夫だよ。」
「………この怪我が原因で、軍を離れたの?」
「そう、だね。私はまだ戦いたかったんだけど……。陛下に王命だと言われたら、逆らえなくて……。」
彼がほんの少しだけ、寂しげに笑った。
「もしかして、臣下に下ったのも、このせい?」
「んー、それは、ちょっと違うんだ。」
今度はいたずらに微笑んだウィリアムが、彼女を抱きしめ、また優しく押し倒す。
「臣下に下って爵位をもらったのは、君のためだよ、ジュリー。」
「……えっ?」
「君が婚約破棄されたって聞いて、今度こそ私の妻に迎えようと思ったから。」
「え、な……そ、それって……!?」
──そう言えば確かに、私にプロポーズしてくれたあの日、ビルが公爵になったのは一年前だって言ってた……。言ってたけどっ。
「い、一体、ビルはいつから私を知っていたの!?」
「そうだな……少なくともその時、この傷はなかったな……。」
「…………っ。」
──それじゃ、二年以上前ってこと?え?えっ!?
驚きのあまり目を丸くして固まるジュリア。
ウィリアムはそんな様子を見てクスリとした笑みを溢し、同時に男らしい欲の色香を滲ませ始めた。
「その辺のことは、折を見てまたゆっくりね。それより、今は……。」
「え?……ひゃっ。」
彼が優しくのしかかり、彼女を一気に甘い夜へと引き戻した。
優しく、でも時に荒々しくウィリアムに求められ、ジュリアは彼の愛の証を受け入れる。
──私、本当に、彼の奥さんになれたんだ……。
額の汗を拭いながら髪をかき上げた彼を、彼女は夢見心地で見上げていた。
「愛してる、ジュリア。初めてなのに、頑張ってくれてありがとう。どこか、痛む?」
そっと首を横に振る彼女を見て、彼はホッと息を吐く。
「今、身体を拭くからね。少し待ってて……。」
疲れている彼女をすぐにでも休ませてやりたいウィリアムが、ガウンを羽織ってベッドから下りようとした時、ジュリアが遠慮がちにガウンを引っ張った。
「ジュリー?」
「……そ、そんなにすぐ、離れないで……?」
「そうか……そうだね、ごめんよ。……ジュリー?キスしていい?」
「はい……。愛してる、ビル……。」
「っ……はぁぁ、なんか、もう……。幸せ過ぎて、おかしくなりそうだ。」
穏やかなキスをして抱きしめ合った二人。
お互いが満たされるまで、言葉もなく鼓動を分かち合う……。
いつしか窓の外は、朝焼けに染まり始めていたのだった──。
59
お気に入りに追加
1,910
あなたにおすすめの小説
【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!
りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。
食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。
だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。
食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。
パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。
そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。
王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。
そんなの自分でしろ!!!!!
転生したら推しに捨てられる婚約者でした、それでも推しの幸せを祈ります
みゅー
恋愛
私このシーンや会話の内容を知っている。でも何故? と、思い出そうとするが目眩がし気分が悪くなってしまった、そして前世で読んだ小説の世界に転生したと気づく主人公のサファイア。ところが最推しの公爵令息には最愛の女性がいて、自分とは結ばれないと知り……
それでも主人公は健気には推しの幸せを願う。そんな切ない話を書きたくて書きました。
ハッピーエンドです。
ついうっかり王子様を誉めたら、溺愛されまして
夕立悠理
恋愛
キャロルは八歳を迎えたばかりのおしゃべりな侯爵令嬢。父親からは何もしゃべるなと言われていたのに、はじめてのガーデンパーティで、ついうっかり男の子相手にしゃべってしまう。すると、その男の子は王子様で、なぜか、キャロルを婚約者にしたいと言い出して──。
おしゃべりな侯爵令嬢×心が読める第4王子
設定ゆるゆるのラブコメディです。
モブの私がなぜかヒロインを押し退けて王太子殿下に選ばれました
みゅー
恋愛
その国では婚約者候補を集め、その中から王太子殿下が自分の婚約者を選ぶ。
ケイトは自分がそんな乙女ゲームの世界に、転生してしまったことを知った。
だが、ケイトはそのゲームには登場しておらず、気にせずそのままその世界で自分の身の丈にあった普通の生活をするつもりでいた。だが、ある日宮廷から使者が訪れ、婚約者候補となってしまい……
そんなお話です。
出来の悪い令嬢が婚約破棄を申し出たら、なぜか溺愛されました。
香取鞠里
恋愛
学術もダメ、ダンスも下手、何の取り柄もないリリィは、婚約相手の公爵子息のレオンに婚約破棄を申し出ることを決意する。
きっかけは、パーティーでの失態。
リリィはレオンの幼馴染みであり、幼い頃から好意を抱いていたためにこの婚約は嬉しかったが、こんな自分ではレオンにもっと恥をかかせてしまうと思ったからだ。
表だって婚約を発表する前に破棄を申し出た方がいいだろう。
リリィは勇気を出して婚約破棄を申し出たが、なぜかレオンに溺愛されてしまい!?
お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして
みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。
きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。
私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。
だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。
なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて?
全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです!
※「小説家になろう」様にも掲載しています。
【完結】ドケチ少女が断罪後の悪役令嬢に転生したら、嫌われ令息に溺愛されました。
やまぐちこはる
恋愛
仁科李依紗は所謂守銭奴、金を殖やすのが何よりの楽しみ。
しかし大学一年の夏、工事現場で上から落ちてきた鉄板に当たり落命してしまう。
その事故は本当は男子学生の命を奪うものだったが、李依紗が躓いた弾みで学生を突き飛ばし、身代わりになってしまったのだ。
まだまだ寿命があったはずの李依紗は、その学生に自分の寿命を与えることになり、学生の代わりに異世界へ転生させられることになった。
異世界神は神世に現れた李依紗を見て手違いに驚くが今回は李依紗で手を打つしかない、いまさらどうにもならぬと、貴族令嬢の体を与えて転生させる。
それは李依紗の世界のとある小説を異世界神が面白がって現実化したもの。
李依紗も姉のお下がりで読んだことがある「帝国の気高き薔薇」という恋愛小説。
それは美しい子爵令嬢と王太子のラブストーリー。そして李依紗は、令嬢を虐めたと言われ、嫌われることになるありがちな悪役令嬢リイサ・サレンドラ公爵令嬢の体に入れ替わってしまったのだ。
===============================
最終話まで書き終え、予約投稿済です。年末年始は一日3〜4話、それ以外は毎日朝8時に更新です。
よろしくお願い致します。
【完結】「お迎えに上がりました、お嬢様」
まほりろ
恋愛
私の名前はアリッサ・エーベルト、由緒ある侯爵家の長女で、第一王子の婚約者だ。
……と言えば聞こえがいいが、家では継母と腹違いの妹にいじめられ、父にはいないものとして扱われ、婚約者には腹違いの妹と浮気された。
挙げ句の果てに妹を虐めていた濡れ衣を着せられ、婚約を破棄され、身分を剥奪され、塔に幽閉され、現在軟禁(なんきん)生活の真っ最中。
私はきっと明日処刑される……。
死を覚悟した私の脳裏に浮かんだのは、幼い頃私に仕えていた執事見習いの男の子の顔だった。
※「幼馴染が王子様になって迎えに来てくれた」を推敲していたら、全く別の話になってしまいました。
勿体ないので、キャラクターの名前を変えて別作品として投稿します。
本作だけでもお楽しみいただけます。
※他サイトにも投稿してます。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる