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第13話
しおりを挟む「そうか。懐かしい話を沢山できたんだね。」
その日の夜──。
ジュリアはウィリアムと夫婦の寝室のベッドの上、ヘッドボードに寄りかかり座っている彼に後ろから抱きしめられながら、ノエルとのお茶会の報告をしていた。
「ありがとう、ビル……。私のために、ノエルとゆっくり話せる時間を作ってくれたんでしょう?……私、結婚してから、迷惑をかけてばかりなのに……。」
そう言って彼女は下を向く。
声色は少しずつ暗く小さくなっていた。
元々明るく朗らかで、どこか楽観的だったはずの彼女。そんな彼女が、何も好き好んで卑屈になっているはずはなかった。
しかし、身体と心は不思議と呼応してしまうもので、身体の怠さはジュリアをどんどんと後ろ向きにさせてしまっていたのだ。
それでもウィリアムは優しく笑ってギュッと彼女を抱き寄せる。
「ジュリー?今の言葉はよくないな。これは、私があれをしてもらえるよね?約束でしょ?」
「あっ、えっと……。そうよね……。ごめんなさい、ビル……。」
「ほら、また謝る。これは二回してもらわないとかな?」
「えっ、………い、今?」
「そう、今。」
耳元で甘えるように彼に囁かれ、ジュリアは恥ずかしそうに振り返った。
「ほら、して?」
ウィリアムのどこか嬉しそうな様子に、彼女はちょっぴり拗ねながら彼の唇へと身体を伸ばす。
ふわりと重なる柔らかな甘さ。
「した、よ……。」
「……まったく、もう……。こんな可愛いキスとか、反則だよ……。でも、まだもう一回ね。」
「……ビルのいじわる……。」
「そうだよ?知らなかった?」
大人の余裕を見せつけ、項に顔を埋めてくる彼に腹が立つ……。それはとても甘美にジュリアを震わせる無邪気な憤り……。
公爵夫人として女主人の仕事をこなしたい……それはウィリアムの妻として堂々と隣に立てるようになりたいジュリアにとって当たり前の欲求だった。
だが結婚して数ヶ月経っても、自分が不安定なまま、レジーやメアリに頼り切っている。
情けなさと悔しさは謝罪の言葉となって夫へと紡がれ、彼女はどんどんと自信を失くしていた。
そんなジュリアの姿に、ウィリアムはとある約束をさせたのだ。
『必要のない謝罪や、後ろ向きなことを言ったら、ジュリーから私にキスすること。約束ね。』
結婚してから彼への恋心を自覚した彼女。
夫に恋すれば恋するほど、変に意識してしまいウィリアムの温もりを感じるのが恥ずかしくて仕方なかった。
そんな初々しく愛らしい妻を見られるのは、彼にとって幸せ以外の何ものでもないのだが、ほんの少しばかりジュリアの羞恥心をお仕置きに利用してみることにしたのだ。
「ジュリー?早くキスしてくれないと、もっといじわるしちゃうよ?」
「きゃっ、もう、してる……ずるい……。」
首筋に赤い痕を残されて、ジュリアは目を潤ませて振り返る。
「そうやって可愛い顔で誘惑しないで?」
「そんなの、してないっ。」
「してるよ……。」
「っ、もう、ビルってば……。」
じゃれ合うように二人でベッドに倒れ込み、とろける夜の始まりを告げるキスをした。
ウィリアムは彼女の身体を気遣ってくれ、優しく幸せな時間だった。
やがて満たされたジュリアは、彼の腕の中、自然と眠りを引き寄せ始める。
「愛してる、ウィリアム……。」
「私もだよ。ゆっくり眠ってね?」
「……ビル………好きよ……。だから、お願い………。」
「……ジュリア?」
微睡み始めたジュリアの脳裏に、またあの前世の夢が浮かび出していた……。
そして夢の中へと落ちていった彼女は、ウィリアムの前で、あの言葉を口にしてしまったのだった。
「……一人に、しないで………サトル………。」
「───っ!?」
◇◇◇
──サトル……。聞いたことのない響きだ……。名前…なんだろうな……。
歳の離れたジュリアに恋し続けた。
いい歳の大人の男が、流石にイタいなと自覚もあった。
それでも彼女に焦がれ続け、自分の特別な存在に出来た時、全てが満たされて幸せになれると思ったのに……。
──やっぱり、ジュリアには私以外に、特別な人間がいる……。
「そういう、ことなんだろうな……。」
彼女の前では理想的な夫で、全てを包み込める男でいたかった。
だが日に日にウィリアムの心に膨らむのは、言いしれぬ不安と誰に対してなのかも掴めない嫉妬……。
「ジュリア………。君の心には、今、誰がいる?」
眠れない夜を越えた彼は執務室へと向かい、いくつか手紙をしたためてレジーを呼んだ。
「こんなに早くに……どうされました?旦那様。」
「例の件。やはり出向くことにした。これを早馬で届けさせてくれ。数日中に発つ。支度を。」
「承知、致しました。……本当によろしいのですか?」
「前線に戻るわけじゃない。心配するな。」
レジーは口にしたい言葉を飲み込み、そっと礼をして部屋を後にしようとドアノブに手をかける。
その時、彼に背を向けて窓の外を眺めたままウィリアムが呼び止めた。
「レジー。」
「はい。」
「……ジュリアの周辺に、『サトル』という名前の者がいるか調べてくれ。」
「………旦那様?」
「最優先だ。」
それは、温厚な公爵ではなく、軍人だった頃の鋭利な声色だった。
レジーはしばし主人の様子をうかがったあと、ゆっくりと一度目を閉じてから返事をする。
「仰せのままに。」
静かにドアが閉まった部屋。ウィリアムの震える微かな声が聞こえる。
「私は……バカだ……。」
その日、彼がダイニングへと足を運ぶことはなかった……。
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