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第9話

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 結婚式の日から半月ほど。
 ジュリアとウィリアムは幸せな蜜月の時間を過ごしていた。

 初夜から数日は、流石にジュリアの身体を厭い伽を求めずにいたウィリアムだったが、彼女の方から耳まで赤くしながら「もう身体は平気なので……」などと言われてしまえば、抑えなどきくはずもない。

 甘い痺れと熱を分かち合う夜を重ねるほどに、ウィリアムは思いきり抱き潰したくなる衝動をギリギリで堪え、彼女に自分を刻みつけ覚え込ませていった。


 そして、深く溶けて求め合い身体を繋げた日も、そうでない時も、お互いに満たされるまで愛し合った後は、ウィリアムがジュリアを抱き上げて彼女のベッドに連れていき、優しくキスをして自身の部屋へと戻っていく。


「本当は朝まで抱きしめていて欲しいって……そう思うのに、隣で眠ることを考えると、何でこんなに怖くなっちゃうんだろう……?ビルは絶対に『寝顔が汚い』なんて言うはずない……そうわかってるのに……。」


 ジュリアは彼に愛されれば愛されるほど、温もりが離れていく寂しさと同時に安堵を感じてしまう自分へと、嫌悪を募らせていた……。


 ──何か……違う気がする……。私本当に、怖いのかな……?何か……何かが……。


 彼女の中に巣食った微かな違和感。
 それは胸に小さな棘が刺さったようで……。
 次第にジュリアは悶々として、一人になっても上手く眠れなくなってしまった。


「ねぇ、ジュリー?何か悩んでる?」
「えっ?」


 ある夜──。
 前日に腰が立たなくなるまで激しく求められてしまった彼女は、二人の寝室の広いベッドの上、ウィリアムの逞しい腕でただ穏やかに包まれていた。
 何より安らげるはずの彼の鼓動を直接耳にしながらも、ジュリアの心はチクチクとしたままで……。
 ウィリアムもまた、確かにある愛しい温もりを抱き寄せながら、彼女の中に見え隠れする不確かな何かを感じ、彼女にそっと問いかけてみたのだ。

 ジュリアは彼に心配そうに顔を覗き込まれ、髪を撫でられて、おずおずと深い緑の瞳を見つめる。


「さっきからずっと、私の話が素通りしているみたいだし。」
「ご、ごめんなさいっ。」
「うん、それは気にしていないんだけどね……。少し顔色も悪いし……。ここのところ、私も浮かれて君に無理をさせすぎたかなって……。」
「そんなことないわ、ビル。……本当に、ビルのせいとかじゃなくて……。」
「私には、言いにくいこと?」
「ううん、違うの……。ただ……。」
「ただ?」


 彼の瞳の中にも、確かに不安が揺れていた。
 それでもウィリアムは常に優しく聞いてくれる。自分よりずっとずっと歳上で大人なのだと、本当に頼れる男性ひとなのだと、彼女は心からホッとして甘えたくなる……。
 
 この国の成人は十六歳。その成人となる直前まで伯爵家を継ぐための教育を受けてきたジュリアは、甘えるということが苦手だった。
 決して両親が冷たかった訳ではない。なんとなく自分の中で、一人で頑張れなくては立派に跡を継げないと思ってしまっていたようで、素直に甘えられなかったのだ。

 でも、ウィリアムの前では、不思議と素直になれた。
 うんと甘えてみたいとさえ思えてくる。
 ジュリアは彼の背中に腕をまわし、ギュッと抱きついた。


「ジュリー?」
「………今夜は、このままここにいてもいい?」
「えっ、それって……。」
「朝まで、ビルの隣にいたいの……。」
「それは……。もちろん、私は嬉しいけど、ジュリーはここで私といて眠れるの?」
「……わからない……。だけど、ずっと今みたいなのは、嫌で……。」
「……ジュリア。」


 諭すように耳元で呼ばれた名前に、ほんの僅か強張る彼女の身体。
 ウィリアムは力を抜かせようと、大きな手で髪を撫でながらゆっくりと話しかける。


「私たちが夫婦になってまだ半月だ。慌てることなんてない。これからもずっと、一緒にいられるんだから。」
「……っ。それは……。」


 『これからもずっと。』

 ジュリアは何故かこの言葉にザワザワと心がさざ波立って、頭がギュッと締め付けられた。


 『俺たち、これからもずっと、一緒だろ?』


 ──これ、前世の…声……だ……。なんだろう……あぁ、もう少し……もう少しで、何か思い出せそうなのに……。っ、頭が…痛い……。


「ジュリア?ジュリアっ!どうしたんだい!?気分が悪いの!?」
「……ビル……。」


 急にカタカタと身体を震わせ、苦しそうに顔を歪ませ始めた彼女に、ウィリアムは慌てて起き上がる。


「ビ、ル……頭が、痛いの……。」
「っ、大丈夫だよ、ジュリア。すぐに医者を呼ぶからね。」


 彼はジュリアを抱き寄せながら、サイドテーブルに置かれたベルを鳴らした。


 ──ビルが抱きしめてくれているのに……すごく、寒いな……。


 薄れゆく意識の中ノックの音とメアリの声が微かに聞こえたのを最後に、ジュリアは目の前が真っ白になり、世界を手放していた……。



「ジュリアっ!しっかり!!メアリ、医者だっ、早く医者を!」









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