【完結】寝室は、別々のはずですよね!?

水樹風

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第4話

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「寝室を、別に……かい?」
「……はい……。」
「うーん。……ジュリア嬢、続きはあそこで落ち着いて話さない?」


 別段怒った様子もなく少し先の四阿ガゼボを指差すウィリアム。
 ジュリアは何だか肩透かしを食らったように、フラフラと彼に付いていった。
 白い石造りの円形のガゼボで、向かい合い腰を下ろした二人。
 ウィリアムは何か思案しているようでしばらく黙り込んだ後、ドキドキと落ち着かずにいる彼女にゆっくりと口を開いた。


「ジュリア嬢。寝室を別にしたい理由を聞かせてもらえるかな?」


 それは当然の問いかけだったのだが、ジュリアは前世のことをどこまで伝えるべきか考えていなかったことに気づき、慌てふためいてしまう。


「あ、えっと……その……。」
「ジュリア嬢。怖がらなくていい。私はちゃんと受け止めるつもりでいるから……。」
「閣下……。あ、ありがとう、ございます。……その、私は、寝顔を誰かに見られるのが怖くて……。ちゃんと一人にならないと、眠れないんです。」
「寝顔、を?それは、一体……。」
「変ですよね?……私もずっと平気だったんですけど……急に、ダメになって……しまって……。もうずっと、ちゃんと眠れていないんです……。」
「っ!ジュリア嬢……。」
「え?……あ…………。」


 ジュリアは自分でも気づかないうちに、ハラハラと涙が頬を伝い止まらなくなっていた。
 いつの間にか、眠れない辛さが積み重なっていたのだと……、過去…しかも前世の一言がずっと振り払えなくて、情けなくて、誰かに聞いてもらいたかったのだと、今更に突き刺さる。
 そんな彼女の濡れた頬をウィリアムは大きな両手で包み込み、親指でそっと雫の跡を拭ってくれたのだ。
 剣ダコのあるゴツゴツとした武骨な手。それはとても温かく優しかった。


「許可もなく令嬢の肌に触れてしまったね。すまない。」


 彼女は口を開けば嗚咽がもれてしまいそうで、小さく首を横に振る。


「ずっと眠れないなんて、辛かっただろう?君から色々聞き出すことで助けられるならそうするけれど、きっとそれは違うだろう……?」


 こんな掴みどころのない話を、彼は深く追求することもせず受け止めてくれた。


 ──あぁ、なんて優しい方なんだろう……。私は自分のことしか考えていなかったのに……。お飾りの妻になることで閣下のお役に立てるなら、私、その役割を果たしたい……。


「結婚したら、君が安心して眠れるように配慮するよ。約束する。他にも君の希望は受け入れるつもりだ。だからどうか、私の妻になってくれないだろうか?」


 ウィリアムがジュリアの前で片膝を付き、彼女の左手を取って真っ直ぐに見つめながら問いかけた。
 彼女の「はい」という返事は、あまりにも満たされたせいなのか、声にならないまま風に溶けていく。


 ──これは、マズイな……。まさかここまで揺さぶられるとは……。


 彼は恥じらって視線を外すジュリアに目を細め、甘くそっと手の甲に口づけを落としたのだった……。




 それからトントン拍子で話は進み、結婚式は半年後に挙げることになった。
 元々コーリング伯爵家ではジュリアに領地経営の手伝いもさせていたし、母に女主人としての仕事も教え込まれている。
 公爵夫人となって屋敷を取り仕切ることには何の問題もないジュリア。彼女に足りない部分といえば、高貴な立ち居振る舞いくらいで、両親は厳しいと評判のマナー講師を招き彼女を徹底的に磨き上げた。
 社交界でこれ以上後ろ指をさされないように……それは父と母の愛の鞭に他ならなかった。

 結婚式は王都の大聖堂ではなく、領主としてオルコット公爵領の教会で執り行われることもあり、ジュリアは式のひと月程前から公爵邸で暮らし始めることになった。


「ジュリア!待ちかねていたよ!」
「……っ、ウィリアム様!?」


 車寄せでフットマンの手を取り馬車から降りた彼女は、屋敷から出てきたウィリアムの腕に早速包み込まれる。
 手紙のやり取りはしていたものの、彼と会うのは結婚を申し込まれたあの日以来。
 それなのに、突然彼の逞しい胸に顔をうずめることとなったジュリアの顔は、湯気が出そうなほどに上気して真っ赤になっていた。


「旦那様、レディがお困りです。」
「あ、ああ、すまない。」
「……い、いえ………。」
「ジュリア、彼は家令のレジーだ。それから家政婦長のメアリ。彼らには君の希望に応えるように言いつけてあるから何でも言って。」
「はい。ありがとうございます、ウィリアム様。」


 ウィリアムの腕から解放されて、火照る頬のまま軽く息をいた彼女は、助け舟を出してくれた執事服の男性と、その隣に立つ物腰の柔らかそうな小柄な女性に目を向ける。
 二人ともウィリアムより少しだけ歳上といったところだろうか?
 レジーは肩の辺りまでありそうな黒髪をキッチリと一つに括り、片眼鏡モノクルをつけていた。
 公爵家の家令を務めるだけあり、気品のある隙のない佇まいだが、決してキツい印象ではない。
 メアリは赤みの強いブラウンの髪で、ふんわりと綺麗なシニヨンに纏めている。

 
「旦那様。お嬢様はお疲れのはずですわ。早くお休みいただきましょう。」


 ニッコリとそう言うメアリの声は癒やしそのものだ。


 ──メアリさん、『優しい』を体現したような女性ひとだなぁ……。


「その通りだな、メアリ。さぁ、ジュリア中へ。今日から君の家だよ。」
「はい。」


 ジュリアはウィリアムにエスコートされ屋敷の中へと足を踏み入れる。


 ──あぁ、本当にジュリアがいる。私の隣に……。なんて小さくて愛らしい手なんだ……。


 彼の高鳴る胸の鼓動に気づくはずもなく、彼女は決意も新たにエントランスホールを見渡した。


 ──さぁ、ウィリアム様のためにお飾りの妻を頑張らなくちゃ!







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