【完結】寝室は、別々のはずですよね!?

水樹風

文字の大きさ
上 下
4 / 29

第4話

しおりを挟む

「寝室を、別に……かい?」
「……はい……。」
「うーん。……ジュリア嬢、続きはあそこで落ち着いて話さない?」


 別段怒った様子もなく少し先の四阿ガゼボを指差すウィリアム。
 ジュリアは何だか肩透かしを食らったように、フラフラと彼に付いていった。
 白い石造りの円形のガゼボで、向かい合い腰を下ろした二人。
 ウィリアムは何か思案しているようでしばらく黙り込んだ後、ドキドキと落ち着かずにいる彼女にゆっくりと口を開いた。


「ジュリア嬢。寝室を別にしたい理由を聞かせてもらえるかな?」


 それは当然の問いかけだったのだが、ジュリアは前世のことをどこまで伝えるべきか考えていなかったことに気づき、慌てふためいてしまう。


「あ、えっと……その……。」
「ジュリア嬢。怖がらなくていい。私はちゃんと受け止めるつもりでいるから……。」
「閣下……。あ、ありがとう、ございます。……その、私は、寝顔を誰かに見られるのが怖くて……。ちゃんと一人にならないと、眠れないんです。」
「寝顔、を?それは、一体……。」
「変ですよね?……私もずっと平気だったんですけど……急に、ダメになって……しまって……。もうずっと、ちゃんと眠れていないんです……。」
「っ!ジュリア嬢……。」
「え?……あ…………。」


 ジュリアは自分でも気づかないうちに、ハラハラと涙が頬を伝い止まらなくなっていた。
 いつの間にか、眠れない辛さが積み重なっていたのだと……、過去…しかも前世の一言がずっと振り払えなくて、情けなくて、誰かに聞いてもらいたかったのだと、今更に突き刺さる。
 そんな彼女の濡れた頬をウィリアムは大きな両手で包み込み、親指でそっと雫の跡を拭ってくれたのだ。
 剣ダコのあるゴツゴツとした武骨な手。それはとても温かく優しかった。


「許可もなく令嬢の肌に触れてしまったね。すまない。」


 彼女は口を開けば嗚咽がもれてしまいそうで、小さく首を横に振る。


「ずっと眠れないなんて、辛かっただろう?君から色々聞き出すことで助けられるならそうするけれど、きっとそれは違うだろう……?」


 こんな掴みどころのない話を、彼は深く追求することもせず受け止めてくれた。


 ──あぁ、なんて優しい方なんだろう……。私は自分のことしか考えていなかったのに……。お飾りの妻になることで閣下のお役に立てるなら、私、その役割を果たしたい……。


「結婚したら、君が安心して眠れるように配慮するよ。約束する。他にも君の希望は受け入れるつもりだ。だからどうか、私の妻になってくれないだろうか?」


 ウィリアムがジュリアの前で片膝を付き、彼女の左手を取って真っ直ぐに見つめながら問いかけた。
 彼女の「はい」という返事は、あまりにも満たされたせいなのか、声にならないまま風に溶けていく。


 ──これは、マズイな……。まさかここまで揺さぶられるとは……。


 彼は恥じらって視線を外すジュリアに目を細め、甘くそっと手の甲に口づけを落としたのだった……。




 それからトントン拍子で話は進み、結婚式は半年後に挙げることになった。
 元々コーリング伯爵家ではジュリアに領地経営の手伝いもさせていたし、母に女主人としての仕事も教え込まれている。
 公爵夫人となって屋敷を取り仕切ることには何の問題もないジュリア。彼女に足りない部分といえば、高貴な立ち居振る舞いくらいで、両親は厳しいと評判のマナー講師を招き彼女を徹底的に磨き上げた。
 社交界でこれ以上後ろ指をさされないように……それは父と母の愛の鞭に他ならなかった。

 結婚式は王都の大聖堂ではなく、領主としてオルコット公爵領の教会で執り行われることもあり、ジュリアは式のひと月程前から公爵邸で暮らし始めることになった。


「ジュリア!待ちかねていたよ!」
「……っ、ウィリアム様!?」


 車寄せでフットマンの手を取り馬車から降りた彼女は、屋敷から出てきたウィリアムの腕に早速包み込まれる。
 手紙のやり取りはしていたものの、彼と会うのは結婚を申し込まれたあの日以来。
 それなのに、突然彼の逞しい胸に顔をうずめることとなったジュリアの顔は、湯気が出そうなほどに上気して真っ赤になっていた。


「旦那様、レディがお困りです。」
「あ、ああ、すまない。」
「……い、いえ………。」
「ジュリア、彼は家令のレジーだ。それから家政婦長のメアリ。彼らには君の希望に応えるように言いつけてあるから何でも言って。」
「はい。ありがとうございます、ウィリアム様。」


 ウィリアムの腕から解放されて、火照る頬のまま軽く息をいた彼女は、助け舟を出してくれた執事服の男性と、その隣に立つ物腰の柔らかそうな小柄な女性に目を向ける。
 二人ともウィリアムより少しだけ歳上といったところだろうか?
 レジーは肩の辺りまでありそうな黒髪をキッチリと一つに括り、片眼鏡モノクルをつけていた。
 公爵家の家令を務めるだけあり、気品のある隙のない佇まいだが、決してキツい印象ではない。
 メアリは赤みの強いブラウンの髪で、ふんわりと綺麗なシニヨンに纏めている。

 
「旦那様。お嬢様はお疲れのはずですわ。早くお休みいただきましょう。」


 ニッコリとそう言うメアリの声は癒やしそのものだ。


 ──メアリさん、『優しい』を体現したような女性ひとだなぁ……。


「その通りだな、メアリ。さぁ、ジュリア中へ。今日から君の家だよ。」
「はい。」


 ジュリアはウィリアムにエスコートされ屋敷の中へと足を踏み入れる。


 ──あぁ、本当にジュリアがいる。私の隣に……。なんて小さくて愛らしい手なんだ……。


 彼の高鳴る胸の鼓動に気づくはずもなく、彼女は決意も新たにエントランスホールを見渡した。


 ──さぁ、ウィリアム様のためにお飾りの妻を頑張らなくちゃ!







しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

冷徹義兄の密やかな熱愛

橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。 普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。 ※王道ヒーローではありません

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして

みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。 きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。 私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。 だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。 なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて? 全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです! ※「小説家になろう」様にも掲載しています。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

処理中です...