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Episode 14

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 急な訪問にもかかわらず、シャーロットへの公爵家のもてなしは素晴らしく、身分違いな自分がマルセル邸にいる緊張感は自然とほぐれていった。
 国政に携わっているカティアローザの父・マルセル公爵も彼女の兄も帰宅は毎日深夜だった。幼い頃に母を亡くしているカティアローザはいつも、広いダイニングで一人の夕食をとっている。
 重苦しい話をしたあとではあったが、歳の近い令嬢との会話を楽しみながらの食事は、カティアローザにとっても、学園で孤立しているシャーロットにとっても、久しぶりにとても楽しいひと時だった。

「実は私ね、こんなにも気安く同世代の方とお話するのは初めてなの。」

 そう話すカティアローザは、年相応の少女らしい可憐な笑顔を見せ、シャーロットもつい嬉しくなる。

「私も、王都に来てから、なかなか馴染めずにいたので……その……お友達と一緒みたいで楽しいです。おこがましいですけど……。」
「そんなことないわ。お友達だなんて言わずに、本当に仲良くしていただけると嬉しいわ。」
「私もです!」

 公爵令嬢と聖女などという肩書きを脱ぎ捨てて、二人は満面の笑みで見つめ合った。

「シャーロットは親しい方になんと呼ばれていて?」
「えっと、父からはシャーリーって呼ばれます。」
「その……、私もそう呼んでもよろしくて?」
「もちろんです。」
「ありがとう、シャーリー。私のことは、ぜひカティと呼んで。」
「えっ?あ、あの……。」

 自分が愛称で呼ばれることには何の抵抗もないが、流石にカティアローザをただ愛称呼びするには勇気がいる。

「な、慣れるまで、カティ様でも……いいですか?」

 恐る恐る尋ねてみたシャーロットだが、貴族社会をきちんと理解しているカティアローザは、嫌がる素振りなど少しも見せず、むしろ……。

「カティお姉様でもよろしくてよ?」

 魅惑的な余裕の笑みを返され、シャーロットは器の違いを思い知った。

 ──すごい!これが本物の公爵令嬢の貫禄っ。

 夕食後のお茶の時間は、軽やかな少女達のお喋りで公爵邸が彩られ、久しぶりに屋敷が明るく華やかだった。
 好きなお菓子や花のこと。実は年頃の乙女らしく、カティアローザが恋愛小説を愛読していること。シャーロットの故郷での暮らし……。
 ころころと転がるように話題は移ろい、二人はウォルターにそれとなく就寝を促されるまで、お互いの仲を深め合ったのだった。

 カティアローザは私室での会話で、シャーロットに彼女の知るべき事実を告げただけで、その後に何かを強要してくることも、希望を伝えてくることすらしなかった。
 だからこそ、シャーロットは客室に通され、ふかふかのベッドで心地いい寝具に体を包まれると、自分がユリウスに言ってしまった言葉を思い出し、それにひどく苛まれてしまった。

 ──小説なんてもう完全に関係ない……。彼らは確かにここに生きている人達なのに……。

 どこかで『聖女』と言うものを夢物語のように思っていた自分。
 この世界で生きているシャーロットを虚像だと感じていた事実……。
 領地に残る父親への慕情も、いじめによる胸の痛みも、確かに自分の心が描くもののはずなのに、彼女はいつか覚める夢だと……そう思っていた自分に気付いてしまった。

「王たる資格はないだなんて……どの口で……。」

 ユリウスの肩には、この王国の全てがかかっている。それも、1年半も前からだ……。
 自分とさして変わらない、まだ17歳であった彼が、国民の命と言うとてつもなく重いものを一身に背負わされてしまった。何の前触れもなく……。
 そう考えるだけで、シャーロットの胸は押し潰されそうに苦しくなった。

 ──いくら王子として帝王学を学び育って来ていらしても……、重圧とか、恐怖に近いものだって、感じてしまわれたり……しないのかな?

 シャーロットの中の美琴が訴える。彼女は18歳で弟妹の人生を背負うことになった。たった二人の命。しかし何よりも重い責任。
 両親の死に涙するよりも、これから先の人生が怖くて毎晩一人枕を濡らしていた。

「殿下は、私を試してた……。」

 国の未来が聖女の力に左右される。小さな感情の揺れで魔力を失うような存在に、託せる訳がない。

「……私に賭けてくれてたんだ……。そうせざるを得なかった。」

 まだ聖女として正式に認められていない彼女に、事情を伝えるのはリスキーなことだ。だからこそあんなやり方を取るしかなかった。
 なのに傍らにはいつもオスカーを付けてくれていた。本来王太子を護るべき騎士を、シャーロットに……。
 優しいオスカーがいじめを知りながら、見て見ぬふりをしなくてはならなかった。それはどれ程、騎士としての矜持に傷を付けてきたことだろう?

 適齢期のユリウスが婚約者選びなどという面倒事に煩わされないように、カティアローザが形だけの婚約を受け入れたことは容易く想像できる。
 最も近くにいるアーネストは、学園でユリウスが『いつもの王太子』でいるために陰日向に支え、冷静でい続けていた。

 ──なんて強い方たちなんだろう。……それに比べて……。
 

「謝りたい。……殿下に、謝りたいよ……。」

 そして……。

 ──覚悟を決めるんだ。聖女として、一刻も早くこの国に尽くせる力を身に付けなきゃ!私は生きてるんだから。この世界で。


 静かに夜が深まっていく……。様々に想いを巡らせていたシャーロットも、次第に瞼が重くなり微睡み始める。

 ──私も、ユリウス殿下の力に……。

「なれたら………いいな………。」


 下弦の月が白く淡い光で照らす穏やかな闇──。
 シャーロットの小さな呟きが寝息へと変わった頃、月光を纏うように、まとめた銀髪をほどいたユリウス。そして闇にとける漆黒を宿すロウエルが、それぞれの場所で同じ空を見上げていた……。











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