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第一話「脈動」

「脈動」(8)

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 暗くなった美樽びたる山……

 一陣の群れに集まって夜空を飛ぶのは、薄バラ色のコウモリたちだ。山の迎撃装置の数々も、さすがにここまでは届かない。

 輝くコウモリの渦と化しつつ、カレイドは戦慄を言葉にした。

「いやァ、怖かったのなんのって。襲われて喉湿のどしめしの犠牲者にされかけるとは、吸血鬼の威厳もあったもんじゃないね。どこか落ち着いた場所で、幻夢境げんむきょうに帰るしたくをしよう」

 爆音は、闇に轟いた。

 ない首をかしげたのはカレイドだ。

「んん?」

 山のカーブをフルスロットルで旋回し、エンジン仕掛けの鋼の騎馬が現れたではないか。

 それは、流線型に研ぎ澄まされた一台のレーシングバイクだった。高速で正面から叩きつけられる突風に、運転手の髪は激しくなびいている。

 隻眼の追跡者は、エリーだ。

 水晶のコウモリに突き刺さるヘッドライトには、吸血鬼の嫌悪する紫外線が含まれていた。まばゆい投光をうっとうしげに避けながら、叫んだのはカレイドだ。

「果敢なことだね、逆吸血鬼ザトレータ! まさか地べたから私に追いつくつもりかい!?」

 銃弾のごとく疾走しながら、エリーは怒鳴り返した。

「目的地で待ち合わせでもよいぞ! どこから来て、そしてどこへ行く、カレイドよ!?」

「好きにさせてってば! 私のお母さんか、きみは!?」

 飛行するコウモリの一群は、複雑に配置を変えた。

 素早く連結したコウモリたちが、カレイドから離れてエリーへ降り注いだのだ。それは結晶でできた巨大な〝槍〟だった。投下された美しい長槍は、地面に刺さると同時に強烈な呪力を解き放つ。爆撃でも浴びたように陥没する道路。立て続けに飛来する致命的な雨を、エリーのバイクは人間離れした運転技術ハンドルテクニックをもって避ける、避ける、避ける。

 ただされるがままのエリーではない。

 槍の一本をかわさずに迎え撃ち、エリーは怒号した。

「〝血晶呪ナイハーゴ機構展開ユニットオープン! 〝血壁ファール〟!」

 バイクの側面は変形した。

 ずらされた眼帯からあふれたエリーの鮮血が、バイクに吸い込まれる。特別製の走る武器庫を経由した生き血は、車体から飛び出した副腕に到達。瞬間的に広がった血の紗幕が形成したのは、強靭な〝盾〟だ。

 真紅の防壁に、カレイドの槍撃は続けざまに弾き飛ばされた。ふたたび光のコウモリに分身し、くやしげに夜空へ戻る。

 猛スピードでカレイドを追いつつ、エリーはなおも命じた。

輸血弾倉装填スペアブラッドリロード! 〝血刀ペンジ〟!」

 バイクのそこかしこが稼働するや、エリーに突き立ったのは無数の注射針だ。予備の血液の補充を完了。またもやバイクが急激に吸い取ったエリーの血は、PCコンピューター制御された金属の長腕に導かれて鋭い刃の形態をとっている。そのまま阿修羅のごとく展開された真っ赤な大鎌たちは、空中のカレイドにまで届いた。

 逃げるカレイドを、縦横無尽に斬る。斬る斬る斬る斬る。

 自身を構成する七色のかけらを次々と撃墜され、カレイドは悲鳴をあげた。

「ただのバイクじゃないね、それ!?」

 強風を突き破りながら、エリーは哄笑をもって答えた。

「わらわ自慢のフル装備じゃ! 確実にうぬを滅ぼしきる!」

「こりゃたまらない! 道を外れさせてもらうよ!」

 崖っぷちの曲がり角にエリーを残し、コウモリどもは夜空へ逃げた。

 だがエリーはおとなしく残らなかったし、逃がさない。

 ひときわ強いエンジン音に、豪快な粉砕のこだまが重なった。勢いよくガードレールをぶち破り、エリーがバイクごと宙へ飛んだのだ。

輸血弾倉スペアブラッド二重装填ダブルリロード! 〝血翼イゲン〟!」

 エリーが言い放つと同時に、バイクから広がったのは赤い翼だった。専用の金属フレームに誘導された大量の血糊をグライダー代わりにし、バイクは悠然と月夜を滑空している。

 しかし、さしものエリーとて空中では機敏に身動きできない。

 チャンスを察し、カレイドは吼えた。

「〝血呼返オトゥーム〟!」

 呪力の槍の驟雨は、嵐のようにバイクを襲った。

 そのときには、エリーは展開したバイクの背中からなにかを引き抜いている。座席にまたがったままのエリーの腕で輝いたのは、対物狙撃銃スナイパーライフルの長砲身だ。スコープに密着したエリーの片目からおぞましくも血を吸い、長剣のような銃口は静かにカレイドを狙う。

 照準の十字架レティクルに瞳を凝らし、エリーはささやいた。

輸血弾倉スペアブラッド三重装填トリプルリロード……〝血矢ニール〟」

 銃声……

 呪力をまとって発射された血の魔弾は、伝説の多頭竜ヒュドラのごとく複数に分裂し、カレイドの部品のほとんどを瞬時に射抜いた。

 反動で人の姿に戻り、カレイドは樹々を貫いて地面へ叩きつけられている。砂利道に硬く転がったのは、タイプオーを収納したアタッシュケースだ。

 同時に、火器満載のバイクは乗り捨てられて山肌に激突した。そのシートを蹴って跳躍する寸前、エリーがバイクから引き抜いた銀色の輝きはなんだ。両手と両足へ即座にそれらを装着し、カレイドの落下地点を追う。

 大破したバイクの放った爆光を背景に、エリーは身を折り畳んで地面へ着地した。

「そこ!」

 一喝して、エリーはコマのように体を切り返した。

 背後から不意討ちしたカレイドは、我が身を突き抜けた衝撃に思わず後退している。その胸もとで白煙をあげるのは、深い爪痕だ。

 見ればエリーは、両手に特殊合銀製の拳鍔ナックルダスターをはめていた。吸収したエリーの血を表面にコーティングしたその凶器が、カレイドを殴り飛ばしたのである。さっきバイクから外しておいた武装の一部はこれだ。

 ぼろぼろのまま、しかしカレイドはあくまで爽やかに笑った。

「むちゃくちゃだな、きみ。吸血鬼の気品が、かけらも感じられないんだけど?」

「品とな? 上品ぶって時代に乗り遅れているのは、うぬのほうじゃ」

 闘志満々に掲げた両手の拳鍔ナックルダスターを、エリーはきつく握りしめた。エリーの片目から磁石さながらに吸われた血潮が、また一段と狂暴なトゲをかたどって硬化する。

 左右でそれぞれ色の違う瞳に獲物を捉えながら、エリーはつぶやいた。

「古きに縛られず、わらわは最新の技術を遠慮なく利用する。いくぞ、栄養源」

「健康食品か、私は!?」

 ふたつの怪物が交錯したのは、次の瞬間だった。

 大振りテレフォン気味に放たれたエリーの拳刃を紙一重でかわし、カレイドは流れるようにその背後へ回り込んでいる。体を泳がせて隙だらけのエリーめがけ、カレイドは虹色の手刀を引き寄せて力を溜めた。その切れ味は、基地の防御をやすやすと破壊してのけたことで実証済みだ。

 勝利の笑みに、カレイドの唇は曲がった。

「悪かったねェ、骨董品で。私の勝ちだ」

「じゃから老人じゃと言うておる。じゃ、背中を見せたのは」

 まっすぐ背筋を伸ばすや、エリーは片足のカカトで石畳を打った。

輸血弾倉スペアブラッド四重装填クアッドリロード……〝血針トスカ〟」

 生々しい音が響いた。

 とがった特殊合銀のハイヒールから伝わったエリーの鮮血は、刹那、地面を真紅の罠へと塗り変えている。長大な血の剣山に体中を串刺しにされ、背後、カレイドはついに動くのをやめた。

 エリーがそっと拾い上げたのは、落ちていたアタッシュケースだ。

 片手の腕時計型の通信機へ、エリーは冷徹な声で告げた。

「任務完了。ブツは回収した」
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