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第四話「再生」
「再生」(5)
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狂ったようなネイの笑いは、ふいに静まった。
ホシカの落ちていった場所から、呪力の奔流がほとばしったのだ。空間のゆがみを足場に滞空したまま、ネイは呪力の視界をなんども拡大した。
「そんな……ホシカちゃんのどこに、そんな呪力が残ってるというの?」
なんだろう。
ひとことで表現すると、ホシカのそれは変身を超えた〝変形〟だった。呪力によってありえないボリュームに増えた全身の装甲が、ブースターが、ホシカの表面でみるみるその配置を組み替えてゆくではないか。すばやく、複雑に、整然と。
気づいたときには、それは、すさまじい速度でネイの横を通り過ぎていた。
「!?」
ほんの一瞬だが、ネイはたしかに見た。
優美な翼を。風を切る機首を。輝く機体を。
それはもはや、非力な不良学生でも、ふつうの魔法少女でもない。
あきらかな〝戦闘機〟……安全装置の外れたホシカは、ここで完全に飛行に特化した。
人間サイズの戦闘機は、膨大な加速の炎をひいて彗星へ向かっている。
「お、おいてかないで!」
幻のごとくネイの姿はかき消えた。短い空間転移を瞬時に繰り返し、やっとの思いで戦闘機に追いつく。体ごと前転して放たれるのは〝角度の猟犬〟の大鎌だ。
空間切断の刃は、いともあっさり外れた。立て続けに襲う大鎌の光を、戦闘機は加速してかわす、かわす、かわす。変形したホシカのスピードはすでに、空間を自在に渡り歩く〝角度の猟犬〟の力をもってしても到底追いつけるものではない。
激しくきりもみ回転しながら上昇するホシカと、瞬間移動を連続するネイ。ふたつの呪われた輝きは、螺旋模様を描いて交錯しつつ星空を突き進んだ。
「その呪力!」
消えては現れながら、叫んだのはネイだった。
「すこしだけ〝希望〟が混じってるわ! 理解できない! 気にいらない! これだけお膳立てしたのに! なにをどうすれば、あなたにほんとうの絶望を教えられるの!?」
かんだかい音を残して、ネイの大鎌はとまった。
かざされたホシカの右腕が、以前より長大に伸びた翼刃で防いだのだ。夜空に滞空したまま、ホシカの変形は逆再生するかのごとく解けた。進化した各パーツが機能美をもって配置されたその姿は〝翼ある貴婦人〟のまさしく最終形態にふさわしい。ぶつかった刃と刃は、たけだけしい震えを残して鍔迫り合っている。
とびちる火花を瞳にうつし、ホシカはささやいた。
「おまえに出会ったあの日、あたしのなにかはひっくり返った。次から次へと、救いのないなにかが暗闇にこぼれ落ちていく。もう流す涙も、泣く声も残っちゃいない。そんなふうに思ったとき、最後の最後に……ずっと底のほうに残ってたんだ。ちょっとやそっとじゃ見えない、ほんの小さな光みたいなものが」
「なんてすてきな宝石箱!」
大鎌を全力で押し込みながら、ネイは凶暴な笑みを浮かべた。
「すっからかんになるまで揺さぶってあげるわ! 逆さにして、何度でも何度でも!」
「白黒つけようぜ……狂犬と猟犬の追いかけっこに!」
鋭い火の粉を散らして、ふたりはその位置を変えた。
砲丸投げのごとく振り入れられる大鎌、交差して放たれる拳の翼刃。
戛然……
盛大な血しぶきは、ホシカの首筋からほとばしった。
不敵な笑みを浮かべたのは、ネイのほうだ。
胸から背中まで貫通した翼刃を引き抜かれ、ネイは空中でかたむいた。血のすじを残して、あっというまに下へ落ちてゆく。その表情はとっくに固まっているが、最後の最後まで笑顔のままだった。
「…………」
出血する首をおさえるのも束の間、ホシカはすかさず変形した。
彗星〝ハーバート〟へ一直線に飛行するのは、血を流す戦闘機だ。彗星の目前に最短時間で肉薄したときには、勢いそのままにホシカは人の姿へ戻っている。
まっすぐ彗星を見据えるホシカの瞳には、五芒星が残り一角。いなくなった生意気なぬいぐるみが、餞別代わりに残していったわずかな呪力だ。呪われた大切な記憶……
全身の推力を一点にのせて、ホシカは右腕をふりかぶった。
打ち返すつもりだ。
その馬鹿のなまえは、伊捨星歌。
ちょっぴり儚げにつぶやいた声は、歳相応の少女のそれだ。
「約束したんだけどな、もうケンカしないって」
衝突する流れ星と流れ星。
閃光の中、なにかのひび割れる音を、ホシカは瞳の奥に聞いた。
ホシカの落ちていった場所から、呪力の奔流がほとばしったのだ。空間のゆがみを足場に滞空したまま、ネイは呪力の視界をなんども拡大した。
「そんな……ホシカちゃんのどこに、そんな呪力が残ってるというの?」
なんだろう。
ひとことで表現すると、ホシカのそれは変身を超えた〝変形〟だった。呪力によってありえないボリュームに増えた全身の装甲が、ブースターが、ホシカの表面でみるみるその配置を組み替えてゆくではないか。すばやく、複雑に、整然と。
気づいたときには、それは、すさまじい速度でネイの横を通り過ぎていた。
「!?」
ほんの一瞬だが、ネイはたしかに見た。
優美な翼を。風を切る機首を。輝く機体を。
それはもはや、非力な不良学生でも、ふつうの魔法少女でもない。
あきらかな〝戦闘機〟……安全装置の外れたホシカは、ここで完全に飛行に特化した。
人間サイズの戦闘機は、膨大な加速の炎をひいて彗星へ向かっている。
「お、おいてかないで!」
幻のごとくネイの姿はかき消えた。短い空間転移を瞬時に繰り返し、やっとの思いで戦闘機に追いつく。体ごと前転して放たれるのは〝角度の猟犬〟の大鎌だ。
空間切断の刃は、いともあっさり外れた。立て続けに襲う大鎌の光を、戦闘機は加速してかわす、かわす、かわす。変形したホシカのスピードはすでに、空間を自在に渡り歩く〝角度の猟犬〟の力をもってしても到底追いつけるものではない。
激しくきりもみ回転しながら上昇するホシカと、瞬間移動を連続するネイ。ふたつの呪われた輝きは、螺旋模様を描いて交錯しつつ星空を突き進んだ。
「その呪力!」
消えては現れながら、叫んだのはネイだった。
「すこしだけ〝希望〟が混じってるわ! 理解できない! 気にいらない! これだけお膳立てしたのに! なにをどうすれば、あなたにほんとうの絶望を教えられるの!?」
かんだかい音を残して、ネイの大鎌はとまった。
かざされたホシカの右腕が、以前より長大に伸びた翼刃で防いだのだ。夜空に滞空したまま、ホシカの変形は逆再生するかのごとく解けた。進化した各パーツが機能美をもって配置されたその姿は〝翼ある貴婦人〟のまさしく最終形態にふさわしい。ぶつかった刃と刃は、たけだけしい震えを残して鍔迫り合っている。
とびちる火花を瞳にうつし、ホシカはささやいた。
「おまえに出会ったあの日、あたしのなにかはひっくり返った。次から次へと、救いのないなにかが暗闇にこぼれ落ちていく。もう流す涙も、泣く声も残っちゃいない。そんなふうに思ったとき、最後の最後に……ずっと底のほうに残ってたんだ。ちょっとやそっとじゃ見えない、ほんの小さな光みたいなものが」
「なんてすてきな宝石箱!」
大鎌を全力で押し込みながら、ネイは凶暴な笑みを浮かべた。
「すっからかんになるまで揺さぶってあげるわ! 逆さにして、何度でも何度でも!」
「白黒つけようぜ……狂犬と猟犬の追いかけっこに!」
鋭い火の粉を散らして、ふたりはその位置を変えた。
砲丸投げのごとく振り入れられる大鎌、交差して放たれる拳の翼刃。
戛然……
盛大な血しぶきは、ホシカの首筋からほとばしった。
不敵な笑みを浮かべたのは、ネイのほうだ。
胸から背中まで貫通した翼刃を引き抜かれ、ネイは空中でかたむいた。血のすじを残して、あっというまに下へ落ちてゆく。その表情はとっくに固まっているが、最後の最後まで笑顔のままだった。
「…………」
出血する首をおさえるのも束の間、ホシカはすかさず変形した。
彗星〝ハーバート〟へ一直線に飛行するのは、血を流す戦闘機だ。彗星の目前に最短時間で肉薄したときには、勢いそのままにホシカは人の姿へ戻っている。
まっすぐ彗星を見据えるホシカの瞳には、五芒星が残り一角。いなくなった生意気なぬいぐるみが、餞別代わりに残していったわずかな呪力だ。呪われた大切な記憶……
全身の推力を一点にのせて、ホシカは右腕をふりかぶった。
打ち返すつもりだ。
その馬鹿のなまえは、伊捨星歌。
ちょっぴり儚げにつぶやいた声は、歳相応の少女のそれだ。
「約束したんだけどな、もうケンカしないって」
衝突する流れ星と流れ星。
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