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第四話「再生」
「再生」(3)
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儀式の間は、激しい煙に覆われていた。
崩れた天井からとめどなく落ちるのは、建物のがれきと壊れた機械類だ。ネイが最後に繰り出した〝角度の猟犬〟の空間切断の一撃は、研究所の天井を数十階層つらぬいて虚空に消えた。おそらくその破壊の跡は、研究所をまるごと切り裂いて夜空に達している。いったいどれほどの射程距離をもつのだろうか。
ホシカの攻撃が、わずかでも遅れていれば危なかった。渾身のボディブローに宙を舞ったネイの体は、いましがた床に落ちたところだ。〝翼ある貴婦人〟の刃がホシカから分離していたおかげで、さいわい致命傷には至っていない。それでも、フル加速の拳をもろに浴びたネイのダメージは、そうとう大きいものと思われる。
回転して床に突き刺さった大鎌は、呪力の粒子と化して闇に消えた。気を失ったネイ自身も、おなじくもとのスーツ姿に戻っている。
休むことなく周囲を飛び交っていた翼刃たちは、やがて順番に戻ってホシカの体に再結合した。横たわって気絶するネイの首筋に拳の翼刃をそえたまま、ホシカは息も荒くたずねた。
「あとはこうして、こいつを捕まえとけばいいな? 組織の応援とやらは、いまどのあたりまで来てる、ラフ?」
「到着は、もう間もなくの予想です」
いずこからか飛来してホシカの肩にとまると、ラフトンティスは安堵の溜息をついた。
「ホシカの呪力の五芒星は、残り一角ちょうど。やりましたね。天性のコントロールによって無駄な呪力の消費を抑え、必要最小限の活動で〝角度の猟犬〟を倒した。明け渡されるときが来たのかもしれません、組織最強の座は。そのうえ……そのうえ、とどめを刺さずに組織のエージェントを待ってくれると言うのですか?」
翼刃の先端はかすかに揺れ動き、ホシカの感情を代弁した。背後で祭壇に縛られたままのシヅルと目をあわせ、小さくうなずく。
「ここじゃ場所が悪い。それに、あんたの組織のゲスさ加減はよく知ってる。期待してるぜ、雨堂谷寧へのしかるべき裁きってやつを」
「……あなたの勝ちです、ホシカ」
「あは♪」
かすかに響いた何者かの忍び笑いに、ホシカは眉をひそめた。
拳の翼刃をたどった先、ネイがもう目を覚ましているではないか。腹部からくる咳込みと、こみあげる笑いでネイは呼吸もいそがしい。視線を鋭くして、ホシカは問うた。
「そんなにおもしろいか、てめえの今のざまが?」
「げほげほ、ええもう、おかしいのなんのって♪」
痛みに痙攣しながら、ネイは言い放った。
「じ・つ・は♪ 私の勝ちなのよねぇ、ホシカちゃん♪」
「好きにほざいてろ。なんなら試してみるかい? 頭と体を離れ離れにされても、まだ減らず口が叩けるかどうか?」
笑顔とともに、ネイはある方向を指さした。
しめされたのは天井だ。いや、もっと正確にいうと、天井に走った巨大な空間切断の亀裂。そこを何十階層も上にたどった夜空……ホシカの呪力の瞳が、繰り返しズームアップする。
その異変に、ラフも気づいたようだ。
ぽかんとあけられた口から、ホシカの声はこぼれた。
「うそだろ?」
夢か? 幻か?
赤務市の夜空、それは真っ赤に灼熱しながら落ちてきていた。
直径百メートルをゆうにしのぐ岩と氷のかたまり……
ニュースで話題の彗星〝ハーバート〟だった。
だが諸機関の調べによると、彗星は地球をそれてどこか遠くの宇宙に消えるはずだ。こんな直撃コースをとるなんて話は聞いていない。いろんな国のあらゆる観測者が、そう同じ疑問符を浮かべたことは簡単に想像がつく。例にもれず、ホシカも困惑のうめきを発した。
「なんで……なんであんなものが、こんな近くに」
「衝突まで、あと三分♪」
さもうれしげに、ネイは告げた。
「私の能力をお忘れ? 私の認識できる距離であれば〝角度の猟犬〟はどこまでも、はるかかなたまで走る、食らいつく、連れてくる。こんなふうにホシカちゃんに究極の選択をしてもらうため、成層圏の外から彗星をテレポートさせてくることも可♪ ささ、選んで選んで♪」
「えらぶ、だと?」
「いちば~ん。このままおとなしく彗星の衝突を待つ。こっちのコースには、何万人か何億人かの犠牲がオプションでついてくるわね。もちろんそのなかには、私とホシカちゃんとシヅルちゃんもきっちり含まれてます。死と崩壊が押し寄せるとき、あなたたちの顔が真の恐怖にゆがむのを一瞬でも見れるなら、それもありかなって私思う♪」
冷や汗を浮かべながら、ホシカは続くネイの選択肢を聞いた。
「にば~ん。あきらめて自分の負けを認め、ホシカちゃんが私に狩られる。あの彗星を衝突前に宇宙へ転移させられるのは、私の〝角度の猟犬〟だけ。好きでしょ、大勢の命を救うこと? もちろんシヅルちゃんの命も保証するわ♪ 命だ・け・は♪」
不吉な地鳴りは、この研究所にも響き始めていた。かつてない大気の異変に、美樽山そのものが震えているのだ。喉笛に突きつけられたホシカの翼刃を指でなぞりながら、ネイはいやらしく唇をなめた。
「さ、もうじきタイムリミットよ♪ 自己犠牲の精神が強いホシカちゃんなら、答えは考えるまでもないわよねぇ?」
短い沈黙をはさんで、とうとうホシカはうなだれた。
「わかったよ、わかった。とうぜん、こたえは……だ」
耳に片手をそえ、ネイは大声で聞き直した。
「え!? なに!? よくきこえない!」
「三番だ、答えは!」
鋭い音……
口からあふれる自分の鮮血と、一閃されたホシカの翼刃を、ネイは不思議そうに見比べた。急速に暗転する視界の端、ネイが最後に見たのはこんな光景だ。
体じゅうのブースターを輝かせ、地面で限界まで跳躍の力をためるホシカ。
一角だけ輝く五芒星の瞳を真上にむけて、ホシカは叫んだ。
「おまえを黙らせ! あたしが彗星をぶっ潰す! 最高にハッピーな三番だ!」
加速の轟音が響いたときには、ホシカの姿は天井の亀裂に消えていた。
崩れた天井からとめどなく落ちるのは、建物のがれきと壊れた機械類だ。ネイが最後に繰り出した〝角度の猟犬〟の空間切断の一撃は、研究所の天井を数十階層つらぬいて虚空に消えた。おそらくその破壊の跡は、研究所をまるごと切り裂いて夜空に達している。いったいどれほどの射程距離をもつのだろうか。
ホシカの攻撃が、わずかでも遅れていれば危なかった。渾身のボディブローに宙を舞ったネイの体は、いましがた床に落ちたところだ。〝翼ある貴婦人〟の刃がホシカから分離していたおかげで、さいわい致命傷には至っていない。それでも、フル加速の拳をもろに浴びたネイのダメージは、そうとう大きいものと思われる。
回転して床に突き刺さった大鎌は、呪力の粒子と化して闇に消えた。気を失ったネイ自身も、おなじくもとのスーツ姿に戻っている。
休むことなく周囲を飛び交っていた翼刃たちは、やがて順番に戻ってホシカの体に再結合した。横たわって気絶するネイの首筋に拳の翼刃をそえたまま、ホシカは息も荒くたずねた。
「あとはこうして、こいつを捕まえとけばいいな? 組織の応援とやらは、いまどのあたりまで来てる、ラフ?」
「到着は、もう間もなくの予想です」
いずこからか飛来してホシカの肩にとまると、ラフトンティスは安堵の溜息をついた。
「ホシカの呪力の五芒星は、残り一角ちょうど。やりましたね。天性のコントロールによって無駄な呪力の消費を抑え、必要最小限の活動で〝角度の猟犬〟を倒した。明け渡されるときが来たのかもしれません、組織最強の座は。そのうえ……そのうえ、とどめを刺さずに組織のエージェントを待ってくれると言うのですか?」
翼刃の先端はかすかに揺れ動き、ホシカの感情を代弁した。背後で祭壇に縛られたままのシヅルと目をあわせ、小さくうなずく。
「ここじゃ場所が悪い。それに、あんたの組織のゲスさ加減はよく知ってる。期待してるぜ、雨堂谷寧へのしかるべき裁きってやつを」
「……あなたの勝ちです、ホシカ」
「あは♪」
かすかに響いた何者かの忍び笑いに、ホシカは眉をひそめた。
拳の翼刃をたどった先、ネイがもう目を覚ましているではないか。腹部からくる咳込みと、こみあげる笑いでネイは呼吸もいそがしい。視線を鋭くして、ホシカは問うた。
「そんなにおもしろいか、てめえの今のざまが?」
「げほげほ、ええもう、おかしいのなんのって♪」
痛みに痙攣しながら、ネイは言い放った。
「じ・つ・は♪ 私の勝ちなのよねぇ、ホシカちゃん♪」
「好きにほざいてろ。なんなら試してみるかい? 頭と体を離れ離れにされても、まだ減らず口が叩けるかどうか?」
笑顔とともに、ネイはある方向を指さした。
しめされたのは天井だ。いや、もっと正確にいうと、天井に走った巨大な空間切断の亀裂。そこを何十階層も上にたどった夜空……ホシカの呪力の瞳が、繰り返しズームアップする。
その異変に、ラフも気づいたようだ。
ぽかんとあけられた口から、ホシカの声はこぼれた。
「うそだろ?」
夢か? 幻か?
赤務市の夜空、それは真っ赤に灼熱しながら落ちてきていた。
直径百メートルをゆうにしのぐ岩と氷のかたまり……
ニュースで話題の彗星〝ハーバート〟だった。
だが諸機関の調べによると、彗星は地球をそれてどこか遠くの宇宙に消えるはずだ。こんな直撃コースをとるなんて話は聞いていない。いろんな国のあらゆる観測者が、そう同じ疑問符を浮かべたことは簡単に想像がつく。例にもれず、ホシカも困惑のうめきを発した。
「なんで……なんであんなものが、こんな近くに」
「衝突まで、あと三分♪」
さもうれしげに、ネイは告げた。
「私の能力をお忘れ? 私の認識できる距離であれば〝角度の猟犬〟はどこまでも、はるかかなたまで走る、食らいつく、連れてくる。こんなふうにホシカちゃんに究極の選択をしてもらうため、成層圏の外から彗星をテレポートさせてくることも可♪ ささ、選んで選んで♪」
「えらぶ、だと?」
「いちば~ん。このままおとなしく彗星の衝突を待つ。こっちのコースには、何万人か何億人かの犠牲がオプションでついてくるわね。もちろんそのなかには、私とホシカちゃんとシヅルちゃんもきっちり含まれてます。死と崩壊が押し寄せるとき、あなたたちの顔が真の恐怖にゆがむのを一瞬でも見れるなら、それもありかなって私思う♪」
冷や汗を浮かべながら、ホシカは続くネイの選択肢を聞いた。
「にば~ん。あきらめて自分の負けを認め、ホシカちゃんが私に狩られる。あの彗星を衝突前に宇宙へ転移させられるのは、私の〝角度の猟犬〟だけ。好きでしょ、大勢の命を救うこと? もちろんシヅルちゃんの命も保証するわ♪ 命だ・け・は♪」
不吉な地鳴りは、この研究所にも響き始めていた。かつてない大気の異変に、美樽山そのものが震えているのだ。喉笛に突きつけられたホシカの翼刃を指でなぞりながら、ネイはいやらしく唇をなめた。
「さ、もうじきタイムリミットよ♪ 自己犠牲の精神が強いホシカちゃんなら、答えは考えるまでもないわよねぇ?」
短い沈黙をはさんで、とうとうホシカはうなだれた。
「わかったよ、わかった。とうぜん、こたえは……だ」
耳に片手をそえ、ネイは大声で聞き直した。
「え!? なに!? よくきこえない!」
「三番だ、答えは!」
鋭い音……
口からあふれる自分の鮮血と、一閃されたホシカの翼刃を、ネイは不思議そうに見比べた。急速に暗転する視界の端、ネイが最後に見たのはこんな光景だ。
体じゅうのブースターを輝かせ、地面で限界まで跳躍の力をためるホシカ。
一角だけ輝く五芒星の瞳を真上にむけて、ホシカは叫んだ。
「おまえを黙らせ! あたしが彗星をぶっ潰す! 最高にハッピーな三番だ!」
加速の轟音が響いたときには、ホシカの姿は天井の亀裂に消えていた。
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