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第三話「融合」

「融合」(3)

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〈どうか聞いてください! そこのふたり……ヨロイのふたり! ただちにその女性を解放してください! 話なら係りの者がしっかり聞きます!〉

 高層ビルの屋上めがけて、警察のヘリは根気強く説得を試みていた。

 へたに殺人犯を刺激せぬよう、可能なかぎり下手から。騎士たちの握るノコギリ状の凶器が、少女の首をいきなり刎ね飛ばしてしまわないように。

 ここだけの話だが、大ベテランの交渉人である加中かなか刑事の経験からすると、人質の少女はすでに死んでいた。

 この手のテロリストは、身代金や政治介入などという生ぬるい要求があって人質をとるのではない。人質を血祭りにあげて、どれだけ派手に世間にアピールできるかにすべてを懸けている。きっとその生贄の勘定には、自分たちの命も入っているはずだ。

 つまりもうじき、あの屋上には三人分の遺体が転がることになる。

 年端もいかない少女の首なし死体と、狙撃されるか自害した鎧姿ふたりの死体が。

〈ひとまず我々に話を聞かせてください! 相談にのります! そのまえに、お願いですから、その女性をはなして……〉

「!」

 うなりをあげて、騎士たちが振り返るのは唐突だった。ふたりとも同じ方向へ。

 血を吐くような交渉人の説得に、心が揺れたか?

 いや、そんなわけはない。

 騎士たちが仮面越しに仰ぎ見たのは、ずっと遠くに位置するショッピングモールだ。

 強烈な推進と加速の炎をまとい、屋上より高くでまたたくひとつの輝きがある。

 硬くつむっていた瞳を、ホシカはそっと開けた。耳に届くのは、高度百二十メートルに吹く風鳴りだ。足場のない夜空に滞空したまま、ホシカは自分の手足を注意深く確認してつぶやいた。

「こいつは驚いたぜ」

 第三関門ステージ3の変身により、学生服はとうに消し飛んでいる。

 かわりにホシカの全身を覆うのは、白をベースとした魔法少女の衣装だ。それだけではない。手、足、背中、腰、その他。複雑に角度を変えながら呪力の炎を吐くのは、ホシカの全身に装着されたロケットブースターの推進装置だった。

 そう、ロケットブースター。

 その炎の推進力は翼となって、ホシカを落下死から救った。

 呪われた航空燃料を燃やして、魔法少女は空を飛んでいる。

 いまのホシカは、意思をもつスペースシャトル。ミサイル。

 足もとの夜景を眺めながら、ホシカは自嘲げに唇をまげた。

「魔法少女とかいうから、あたしゃてっきり、どっかから羽根やほうきでも飛び出してくるのかと思ってたよ。それが、ほんとにロケットエンジンだったとは……ロマンのかけらもない」

 驚きを口にしたのは、ホシカの肩にしがみつくラフだった。

「そう馬鹿にしたものでもありませんよ。なんです、これは……大量の呪力が、次から次へと推進力に変換されているではありませんか。ホシカの呪力を計測するメーターの針そのものも、ゼロとMAXのはざまを絶え間なく行き来しています」

 ホシカの体じゅうに備え付けられたブースターは、驚くべきことに宿主の思考と連動していた。最初は、自転車に乗ったばかりの幼いころを思わせるぎこちなさだったが、その飛行も徐々に安定しつつある。

 ひとしきり首をひねって悩んだあと、ラフは気づいたように手を叩いた。

「そうか、なるほど。どうりで憑依の当初、組織もホシカの特性に気づかなかったわけです。なんの予備知識もないままホシカを計測しようとしても、そのまえに呪力は追いきれずどこかに消えてしまっている。それもここまで一点集中して、高速で外部へ呪力を放出する現象は過去に例がありません。これはもう、飛行と言うよりは、その勢いで世界を蹴って押しのけていると表現したほうが正しい。本来なら〝破壊して退廃させる力〟だけである呪力を〝救うために自らを飛躍させる翼〟に転用するとは……なんと斬新な魔法少女でしょうか」

 騎士たちのいる高層ビルの屋上を、ホシカはするどく睨めつけた。

 その片目、ひときわ鮮やかに花開いたのは呪力の五芒星だ。

 表情を厳しいものに塗り変えると、ホシカはラフに告げた。

「振り落とされんなよ……いくぜ!」

 はでな光の軌跡をえがいて、ホシカは夜空を反転した。踏み台がわりに蹴られたショッピングモールのガラスが、粉々に砕け散る。

 そのときには、ホシカの姿はどこにもない。

 炎の尾を残して、ホシカは一気に飛んでいる。手前のビル群を次々とかすめ、警察のヘリを素早い切り返しで回避。脇目もふらず目標の高層ビルへ飛ぶホシカの姿は、一般人の目ではなにかが光ったものとしか認識できない。

 不思議な感覚だった。まるで、ずっと前から空の飛び方を知っていたような……

 ホシカの耳元にささやいたのはラフだ。

「カテゴリーFY71、伊捨星歌……救うために飛ぶというその願い、呪い、たしかに叶えました。ですが、あらかじめご了承ください。私という安全装置が働いているぶん、本来の能力を発揮することは禁じています」

「ああ。人質をかっさらって逃げる。作戦はこれでいいな?」

「ホシカに憑依した〝翼ある貴婦人ヴァイアクヘイ〟が、思考と神経のすみずみまで条件反射として教えてくれるでしょう? 飛行の仕方を。緊急時の戦い方を。儀式によって召喚された〝星々のものヨーマント〟はどれも、別次元の宇宙で狩りと戦いを経た百戦錬磨の獣ばかりです。そんな邪悪なるものに、ホシカは器として選ばれた。そいつらの思惑通りにならないために、くれぐれも〝時間切れトラペゾヘドロン〟にはご注意を」

 事件現場の屋上、とらわれたニット帽の少女は目撃した。

 巨体の騎士が、轟音をあげて背後へ吹っ飛ぶのを。

 飛来したホシカのミサイルじみた飛び蹴りが、もろにその顔面をとらえたのだ。コンクリートの壁をぶち破って建物の中に突っ込み、騎士はそのまま静かになっている。

 ひとつ回転して、ホシカは重い金属音とともに地面へ降り立った。

「おら、ぼうっとすんな!」

 叫んだホシカの右手は、呆然とするニット帽の少女へのびた。

 その正面、風のように立ち塞がったのはもうひとりの食屍鬼だ。

 ひらいた掌を握り拳に変え、ホシカはおもいきり右腕を振りかぶった。右肩と右肘のブースターを全開にして、目にも留まらぬ右ストレートを食屍鬼の仮面に放つ。

「邪魔すんじゃねえ!」

 にぶい音……

 絶句してあとじさったのは、ホシカのほうだった。何事もなかったかのように、食屍鬼の仮面は黒光りしている。激痛の走る右手をかかえて、ホシカは涙目でうったえた。

「ちくしょう、めちゃくちゃ硬てぇ……こんなもんかよ、魔法少女のパンチは?」

「うしろです、ホシカ!」

「え!?」

 ラフの警告がなければ、ホシカの首は胴と離れ離れになっていたに違いない。

 紙一重で宙返りしてノコギリ状の大剣をかわし、さらに刀身を蹴ってホシカは背後へ飛んだ。ブースターで飛距離を微調整して、ぎりぎりで屋上のふちに着地する。

 ホシカをうしろから襲ったのは、最初に飛び蹴りを浴びせたほうの食屍鬼だ。あれほどの勢いの不意打ちを食らっておきながら、なんのダメージも見受けられない。がれきを跳ね飛ばしながら、食屍鬼は猛然と剣を掲げて突進してくる。

 超重量の衝撃に押され、ホシカの背中は防護柵を突き破った。

 振り下ろされた大剣は、ホシカが頭上で交叉した腕で止まっている。刃とぶつかって激しく火の粉を散らすのは、ブースターが埋め込まれた腕部の装甲だ。呪力でできた金属部品は、食屍鬼の鎧と同じかそれ以上に硬い。

 だが、押される。推力の炎を最大にして剣を押し返そうとするホシカだが、理性から解放された食屍鬼の膂力は尋常でなく強い。柵のなくなったビルの絶壁へ、ホシカのかかとは少しずつ後退している。

 そして、ああ。ホシカは絶望的な光景を横目にした。もうひとりの食屍鬼にふたたび首根っこをつかまれ、人質の少女が強引に出口へ引きずられてゆくではないか。

 刃を押しこむ力に小刻みに震えながら、ホシカはうめいた。

「ま、待ちやがれ……!」

 邪魔の入らない場所で、今度こそ解体ショーを始めるつもりだ。いや、仮に生かしたまま別のどこかへ連れ去るつもりだとしても、この食屍鬼を地上に降ろしたら、また恐ろしい悪夢が展開されることはたやすく想像がつく。

 ここでこいつらを逃がしてはいけない……

 ホシカは怒号した。

「ラフ! 武器はないか! なんでもいい! 鉄パイプでも金属バットでも!」

「ええい、しかたありません! 一角使いなさい!」 

 ホシカの瞳の五芒星は、残り三角に減った。

 同時に、なんだろう。ホシカの体の随所から、炎をひいて飛び立ったのはいくつかの輝きだ。鋭くとがった羽状の金属片。ホシカから分離した部品たちは、それぞれ独立飛行してホシカの手に集まった。細かな金属音を残して、それらは瞬時にホシカの拳を覆う。

「こいつは……悪くねえ!」

 叫びと炎をひいて、ホシカの片足はひるがえった。加速をつけた前蹴りは食屍鬼の腹部を直撃し、勢いよく後退させる。

 間髪入れず横薙ぎに振るわれた大剣は、ホシカの拳と激突して砕け散った。

「!?」

 なかばから折れた刀身を見て、さしもの食屍鬼も硬直した。

 おお、見よ。振りきられたホシカの拳を。その拳に装着されるのは、輝きをはなつ超高硬度の籠手ガントレットだ。ガントレットそのものにもブースターは内蔵されており、肘部のそれとあわせて威力と速度の倍加に一役買っている。強い呪いの力を得て、ホシカの拳は真の鉄拳と化したのだ。

 体軸を横に向けると、両手の鉄拳をもたげて、ホシカは静かに身構えた。

「あたしを怒らせた代償、高くつくぜ……来な!」

 食屍鬼の投げ捨てた剣の残骸が、地面を跳ねた。

 そのときには、食屍鬼の拳とホシカの拳は激突している。

 轟音と突風が、ふたりを中心に広がった。

 ブースター全開の鉄拳に圧倒され、たたらを踏んだのは食屍鬼のほうだ。なおもホシカヘ打ち込まれる逆の拳。同じ場所に放たれたホシカの逆の拳と衝突し、こんどは鎧の腕部そのものが破壊される。剣式拘束装甲の内側にのぞいたのは、やけに青白くてか細い不気味な手だった。

 ホシカの拳を見れば、拳骨にあたる部分から鋭い翼刃ブレードが生えている。それも二本。食屍鬼の装甲を破るため、ホシカの拳はさらに適切な変形を遂げたのだ。

 食屍鬼がつぎの拳を振り上げた瞬間、鋭い音は響いた。

 動きの止まった食屍鬼の耳に、そっと囁いたのはホシカだ。

「先にあの世で詫びといてくれ。おまえらが殺し、あたしが救えなかった人々に」

 食屍鬼の顔を顎から頭頂まで貫いた拳の翼刃を、ホシカは素早く引き抜いた。漆黒の騎士が倒れる重々しい響きを背後に残して、ホシカは次の目標に視線を飛ばしている。

 屋上の出口前、腰を抜かして震えるのはニット帽の少女だ。

 そう、人質は解放された。

 では、元凶の食屍鬼はどこへ?

 頭上から音もなく降下した食屍鬼の大剣は、ホシカを頭頂から股間まで切り裂いた。

 いや、そこに残っていたのは急加速後の炎だけだ。前に向けた掌のブースターを中心に逆噴射を行い、ホシカは食屍鬼の強襲をかわしている。ロケットの加速音とともに、次の瞬間、鎧の胸部から鋭い翼刃の輝きが突き出した。

「もう動くなよ。動いたら、また殺さなきゃならない」

 早口に言い残すと、ホシカは銀光とともに拳の翼刃を抜いた。身をひるがえしたホシカの両手に、凍えた金属音を残して翼刃が引っ込む。

 食屍鬼が前のめりに崩れ落ちて地響きをあげたのは、その直後のことだった。

「やったか……ラフ?」

 呼吸の荒いホシカヘ、ラフはうなずいた。

「食屍鬼ふたりの反応、完全停止……連中の核が心臓と脳であることは、すでに〝翼ある貴婦人ヴァイアクヘイ〟から聞いていたようですね。初戦だというのに凄まじい戦果です、ホシカ」

 かわいた拍手の音が、屋上に響いたのはそのときだった。

 出口の前で手を叩くのは、さきほどまで人質だったニット帽の少女だ。状況があまりに現実離れしすぎていて、気が動転したか?

 いぶかしげに少女を一瞥して、ホシカは告げた。

「わかってるよ、この格好のことだろ? じろじろ見てないで、さっさとお家に帰り……」

 少女の手に大鎌が現れるのと、夜空のヘリがまとめて爆発するのはほぼ同時だった。
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