上 下
2 / 61
第一話「雪球」

「雪球」(2)

しおりを挟む
 彼らはずっと、そばにいた。

 とても長い時間、この惑星の近くに。

 四十億年前の海はまだ、おそろしく不味いポトフのような有様だった。

 大気に雨、光、そして混沌たる量の有機酸。生命誕生までのパズルはあるていど組み上がっていたが、しかし決定的ななにかが欠けている。そんないまいち吹っ切れない原始の地球に、投入する最後の要素を持って訪れたのが彼らだ。宇宙でも最強の大規模勢力を誇る彼らは、数少ない反対派の意見など一顧だにしない。彼らの介入によって、地上にはあっという間に恐竜が走り始める。

 それからちょっと経って、紀元前二六〇〇年あたりのことだ。突拍子もない駄々をこねたのは、とある砂漠を治める人類の王だった。お墓だかなんだか知らないが、石を積めという。とにかく高く、天に届くほどだ。発注をもらった砂漠の民は、あるだけの知恵を振り絞った。この数百トンに達する石材を、殺人じみた短期間でいかにしてピラミッド状に組み上げるか?

 すこし悩んだあと、人々は辞表を書く準備に取りかかった。その前に突如降臨し、あきらめに待ったをかけたのが〝彼ら〟だ。太陽がもうひとつ生まれたような光が民を救いに現れたことは、不可解なまでの手早さと精巧さで完成したピラミッド内の壁画にも記録されている。その凄まじく発達した科学技術と呪力からする余裕もあるが、どうやら彼らは難解なパズルを解くことが好きらしい。

 歴史が進化の曲がり角に差しかかるたび、彼らは星の影から顔を出した。重要なヒントを与えては、問題に挑む人類をそっと見守る。火の起こし方から核兵器の原理、異世界の扉の開け方や宇宙開発のいろはに至るまで。それは生徒と教師、親と子に似た有意義な関係にも思えた。

 彼らの実験? 観察? ゲーム? 野暮は言いっこなしだ。

 西暦二〇四二年、十二月二十六日。午後三時十四分……彼ら、いや〝やつら〟が人類への攻撃に打って出るのは突然だった。大気圏を挟んで向かいの席に座る恋人へ、どちらかがグラスの水をぶっかけたらしい。

 最終戦争のきっかけには諸説ある。

 いわく、人類の文明と呪力は危険な水域にまで発展した。人類は自然環境を汚染しすぎた。幻夢境げんむきょうと呼ばれる謎の別世界と手を結び、地球は秘密裏にやつらへの反乱と支配をくわだてた。やつらの親切な警告も無視して、人類は現実とも異世界とも違う未知の生物兵器〝ダリオン〟の育成に手を染めた……等々、その他。

 やつらはとことん、頭にきていた。世界のあらゆる国家において毎秒、大量のUFOによって数万人単位で予測不能の誘拐アブダクションと破壊活動は生じる。あまりに一般人の巻き添えが多すぎて、このとき人類はまだ気づかない。やつらの犠牲になったほとんどが、呪力使いないし呪力の素質を秘めた人間であることを。

 反撃に移った軍隊を一方的に光で焼き払うのは、やつらご自慢の強力なパワードスーツだ。およそすべての近代兵器と魔術を跳ね返すそれは、惑星直列を思わせる球体と球体の連結した巨人は〝ジュズ〟と称される。

 皮肉な話だった。繰り広げられる地獄絵図に対し、本当の意味ではじめて人類が掌を重ねた場所にあったのは、核兵器の引き金だ。直径十キロ以上の隕石をも自在に召喚して武器にする〝結果呪エフェクト〟なるやつらの魔技と、原子の業火は乱打戦を極める。

 成層圏まで舞い上がった放射性物質まみれの土砂は、またたく間に太陽をさえぎり、ネズミに襲われたチーズのごとく欠けた地表も、気づけば九割方が冷たい雪と氷に覆われていた。地球史上、五回めの氷河期が訪れたのだ。

 呪力使いは残らず駆逐され、流れ弾を浴びた人類も七十五%超が死滅。やがて、白い雪球と化した惑星に草木いっぽん生えなくなったころ、やつらはとうとう愛想をつかして宇宙の深層へ去った。というのが、約三十年たった現在の定説となっている。

 いや、安心するのはまだ早い。

 やつらはいる。あるいは戻ってきた。またすぐ近くまで。

 一時は根絶やしにされたはずの人類は、また性懲りもなく全天候式都市型シェルターなどを作って身を寄せ合っているではないか。凍えた地獄コキュートスに芽生えた最後の楽園に。あまつさえ害虫どもは、復興への希望さえ見いだしつつあった。

 そんなものを、やつらが黙って見過ごすわけはない。数十億年も我が子の横暴を我慢し続けたその愛情は、いまや暗く裏返って執念深い殺意へと姿を変えている。必死に運命にあらがう人類を、なぶるように追い詰めるやつらの蔑称はあまたにあった。

 創造主、断罪の天使、侵略者、地球外知的生命体、星々のもの、宇宙人……

 これは、やつらと戦う抵抗勢力レジスタンスの話。

 雪に残った最後の火の粉たちの物語。

Fireファイア
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

【完結】間違えたなら謝ってよね! ~悔しいので羨ましがられるほど幸せになります~

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「こんな役立たずは要らん! 捨ててこい!!」  何が起きたのか分からず、茫然とする。要らない? 捨てる? きょとんとしたまま捨てられた私は、なぜか幼くなっていた。ハイキングに行って少し道に迷っただけなのに?  後に聖女召喚で間違われたと知るが、だったら責任取って育てるなり、元に戻すなりしてよ! 謝罪のひとつもないのは、納得できない!!  負けん気の強いサラは、見返すために幸せになることを誓う。途端に幸せが舞い込み続けて? いつも笑顔のサラの周りには、聖獣達が集った。  やっぱり聖女だから戻ってくれ? 絶対にお断りします(*´艸`*) 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/06/22……完結 2022/03/26……アルファポリス、HOT女性向け 11位 2022/03/19……小説家になろう、異世界転生/転移(ファンタジー)日間 26位 2022/03/18……エブリスタ、トレンド(ファンタジー)1位

処理中です...