スウィートカース(Ⅰ):人型機兵・フィアの異世界召喚

湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)

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第四話「霊魂」

「霊魂」(3)

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 同時刻、セレファイスの都。

 いまだ呪いの首輪に操られる魔物の襲撃は、にわかに激しさを増していた。フィアたち遠征隊が旅立ってから、これで四度目。軍が認識する耐久限界をとっくに超えている。

 あの魔王城に、いったいどれだけの魔物が集められていたのか想像もつかない。陸海空に対してあらかじめ最大限の厳戒態勢をしいていたため、城壁の守りはかろうじて持ちこたえてはいるが……

 セレファイスの中心部にある広い神殿は、いまは負傷者の手当て等のために一般開放されている。いちおう医療をかじった経験を活かして、メネスも傷ついた者たちの応急処置を手伝っていた。

 戦闘不能におちいった兵士たちの痛みのうめき。おびえる民たちの祈り、こどもの泣き声。そして遠い城壁を越えて、ときおり聞こえるのは魔物の咆哮らしき残響だ。まさか魔物どもが、魔王の命を受けてある召喚士を迎えにきているなどとは、メネスはつゆとも知らない。

 ひたひたと迫る地獄の足音を背景に、メネスは歯噛みした。

「はやく戻ってきてくれ、フィア……!」

 神殿の門兵が、高らかに叫んだのはそのときだった。

「伝令が戻ったぞ! 遠征隊〝イオラオス〟の伝令が!」

 思わず立ち上がったメネスふくめ、神殿じゅうの視線が集まる中、現れたのは傷だらけの甲冑をまとった伝令だった。血に汚れた伝令の顔を認め、目を剥いたのはメネスだ。

「え、エイベル……? エイベルなのか?」

「よう。ひさびさだな、メネス」

 いつもどおり自信たっぷりに、エイベルは笑みを浮かべた。だが、体力の限界には逆らえない。膝から崩れ落ちるエイベルをすんでのところで支え、メネスは怒鳴った。

「まさか、遠征隊に参加していたのか!? しばらく見ないので、入院してるとばかり……」

「敗けたままってのが、どうにも悔しくってな。王に頼み込んだら、せめてもってことでセレファイスのいちばん近くの伝令に配置してもらえた」

 壮絶な戦闘をくぐり抜け、都に生きて戻ったその根性と腕前は筆舌に尽くしがたい。都の病院がエイベルにほどこした水呪の補強の力も、すでに失われてしまっている。大きく手を振って看護呪士を呼ぶかたわら、メネスは問うた。

「そんなぼろぼろの状態で戦にでるなんて、死にたいのか、きみは?」

「やっぱり生きてるのが俺なんだよなぁ。生きて帰った理由ははひとつだ。最前線の知らせ……つまりフィアちゃんの言葉をおまえに届けるのが、伝令の仕事だろ?」

「え?」

 凍りついたメネスを前に、エイベルは大きく息をついて告げた。

「さあ伝えるぜ、召喚士。よく聞けよ」

「ちょ、ちょっと待って」

 すこし後じさりながら、メネスはあわてて手で制した。

「ぼくなんかに伝令してどうする? 聞くべきなのは、王かその臣下だろ?」

 眼差しを鋭くして、エイベルは切り返した。

「おまえに喋りかけてるんだぜ、フィアは」

「なんだかとても嫌な予感がする。頼むから、上の人を呼んでくるまで待ってて」

「逃げんのもいい加減にしろ!」

 荒っぽく胸ぐらを掴んだメネスへ、エイベルは思いきり顔を近づけた。

「フィアが旅立つとき、おまえ、一言の見送りもなしに行かせたろう。王がお膳立てまでしてくれたってのに。なんでだ? 召喚士ってのには、呼んだら呼びっぱなしで放任するルールでもあるのか?」

「しかたないだろう! ぼくとフィアの道を、セレファイスの城門が閉ざしてしまったんだから! だいたい彼女は、ちゃんとぼくのことを覚えているのか?」

「なに言ってやがる。旅の途中ずっと、フィアが考えてたのはご主人様のことひとつだけだ。時間がねえ。彼女はいまこの瞬間も、おまえの呼び声を待ってる」

「なんだって?」

 メネスを軽く突き飛ばすと、エイベルは語った。

「食屍鬼の巣であるトォーク山から、ついさっき二度目の呪力の警報が飛んだ。魔王の力に圧倒され、フィアはいま殺されかけてる。助けられるのは、おまえしかいねえ」

「と、トォーク山って言ったのか……!?」

 思わず卒倒しそうな面持ちで、メネスは顔をおさえた。後悔、焦り、混乱。あらゆる感情に頭がはち切れそうになりながら、枯れた声をこぼす。

「魔王と自分は互角の力だって言ってたじゃないか、フィア。おまけにトォーク山だって? そんな大地の奥底にいる彼女をどうやって助ければ……」

 ひらめきに、メネスは息をのんだ。

「そうか、召喚! フィアをトォーク山から、セレファイスに転送する。ああ、だがだめだ……」

 かたく目をつむって、メネスは首を振った。

「フィアを呼び出したときの要素は、すべてがれきの下に埋まってしまっている」

「それなら心配にはおよばないぞ、メネス・アタール」

 弾かれたように振り向いたメネスの視線の先、発言したのは信じられない人物だった。

 セレファイスの王、クラネスだ。避難した人々の畏れ多い視線に、にこやかに手を振り返している。目前まで歩み寄ったメネスへ、クラネス王はある物を投げ渡した。

 ずしりと腕にくる魔導書の厚み、そして見覚えのある破損した腕輪の輝きに、あぜんとつぶやいたのはメネスだ。

「これはドール讃歌。それに、魔王の腕輪まで……」

「崩れたきみの家から、事前に掘り起こしておいた。召喚の準備はすべて整っている」

 クラネス王は続けた。

「日々の祈りに清められた神殿だ。ここの地下室にも、きみの自宅のそれに負けぬ純粋な呪力は満ちている。そのドール讃歌にしたがい、召喚の魔法陣もすでに描いた。あと必要な媒介は、わかるな?」

「ええ。残るはぼく自身の血と呼び声です。ひとつ質問いいですか、王?」

 クラネス王を射抜くメネスの視線に、もう恐れはない。

「なぜいままで隠していたんですか? いつでもフィアを都へ呼び戻せるのに。この手を使えばフィアを直接、それぞれの魔物の巣へ転送することもできたはずです」

 怒りに震えるメネスの肩に手を置き、クラネス王はなだめた。

「そうかっかするな。当初は私も、きみと同じ方法を考えついていた。だが、きみの召喚を制限することは、フィア自身の希望なんだ」

「フィア自身の、ですって?」

「仮にきみが自在に召喚を使い、思うところがあって彼女を呼び戻したとしよう。そうしたとき、目的地までいったいだれが道案内をし、だれが遠征隊を守る? また、とっさにいつでも地点と地点の行き来ができるほど、きみの召喚術は単純なものではない。私も何度となく説得はしたが、フィアの決意は固かった」

 顔をうつむかせて、メネスはひどく悲しげに独りごちた。

「ふふ、彼女らしいですね。遠征隊の安全を最優先に考え、フィアはじぶんの命をいちばん後回しにした」

「だからこそ、つぎは彼女が救われる番だ。きみのその唯一無二の力によって」

 クラネス王は、かたわらのエイベルに問いかけた。

「エイベル。フィアから預かった伝言を、まだ彼に聞かせていないな?」

「で、ですね……わざわざ自分が言葉にしなくても、じゅうぶん本人たちはわかりきってることだと思いますが」

 王の無言の圧力に屈するまで、エイベルはなぜか口ごもっていた。ぶぜんと頬をかきながら、フィアの台詞を代弁する。

「〝大好きよ、メネス。いますぐ会いたい〟」

「……借りますよ、魔法陣!」

 身をひるがえして、メネスは神殿の地下室へ駆けだした。
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