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第四話「戸口」

「戸口」(8)

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 生命の宿らぬ銀色の手が、ゆっくり横へ動く。

 その先端に集中する彼女らの瞳は、すでに血まなこだった。

 今宵の饗宴において、この魔女どもこそが、異様な術をもちい、銀色の手を操っているのだ。

 すきとおった壁のむこう、銀色の手は、気の狂うような緩慢さで下へ沈んだ。

 ああ、なんとおぞましい。周囲の空間から隔絶された檻の底には、ちいさな獣の死体が累々とわだかまっているではないか。

 飢えた生唾を飲んだのが、どの魔女だったかはわからない。

 銀の手は、選別をおこなった。つぶさんばかりの力でつかんだ一つの影を、屍の山から引きずり出す。

 檻の中にゆいいつ穿たれた奈落の穴に、その生贄は、みじんの容赦もなく叩き落された。

 同時に、呪われた魔女どもの狂喜は頂点に達している。

「やったやったやったぁ♪」

星歌ほしか、うまい!」

「ちょろいぜ!」

 美須賀大学付属高等学校に近い駅前、きょうもショッピングモール内のゲームセンターはさわがしい。

 UFOキャッチャーにむらがるのは、制服姿の女子高生たちだ。

 とりだし口に落ちてきた戦利品のぬいぐるみを、そのひとりがつかみ、だきしめて頬ずりした。

「かわいい~ふわふわ~」

「ちょ、だめじゃないの、シヅル。それはホシカがとったやつ!」

「イノシシちゃんはうちの子~あったか~……え? あ、あったかい?」

 次の瞬間、悪夢は幕をあけた。

 まん丸なぬいぐるみが、短い足をいきなりばたつかせたのだ。

 阿鼻叫喚する女子高生たち。

「いや!?」「そんな!?」「電動ッ!?」

 てのひらサイズのイノシシは、江藤詩鶴えとうしづるの腕をとびだした。そのまま、別の同級生の制服にへばりつく。

 ぬいぐるみは、おそろしい声で彼女の名を呼んだ。

久灯くとう瑠璃絵るりえ……」

「うッ!?」

 名指しされた女子高生の顔は、ぎくりと引きつった。

 そう。彼女こそは、美須賀大付属の優等生アイドル、久灯瑠璃絵その人である。

 とりついたものを、必死にひきはがそうとするルリエだが、子イノシシはなおも続けた。

「フングルイ・ムグルウナフー・クトゥルフ・ル・リエー・ウガ・ナグル・フタグン。そうだろ?」

「はいはいはいはいわかったわかった! わかりましたァー! そこまで言うフツー!?」

 ぜえぜえ息をしながら毒づくと、ルリエはうしろを見た。目を点にして沈黙する同級生ふたりに、ひたいの汗をぬぐいながら微笑む。

「とんだ大外れね……ちょっと文句言ってくる! またあした!」

 全力で走り去るルリエの背中を、ふたりは呆然と見送った。

 子イノシシがぶらさがって揺れる場所をながめながら、つぶやいたのはシヅルだ。

「スカートに、スカートに……」
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