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第一話「魚影」
「魚影」(10)
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クトゥルフの体中にうがたれた銃創から、幾筋もの硝煙がたちのぼっていた。
よく見れば、夜風に流される硝煙の動きはどこか不自然だ。
ナイアルラソテフの化身である拳銃、それに弾丸をふくめ、この世ならざる〝呪力〟のものであることは間違いない。
あおむけに倒れたまま、クトゥルフは動かなかった。
ナコトの銃撃を浴び、その顔は半分なくなっている。かわりに覗くのは、なんと久灯瑠璃絵の顔ではないか。
怪物のままの体が、弱々しくだが呼吸の上下を繰り返すのは、まだ絶命していない証拠だ。
生気のないルリエの顔に、冷たい感触があたった。片手の拳銃を突きつけるナコト自身も、ぼろぼろの血まみれだ。
ルリエは、かすれた声をしぼりだした。
「地獄で会いましょう……染夜ナコト」
「そんな生ぬるい場所に行けると思うか?」
朽ちゆく者にも、ナコトの言葉は容赦なかった。
「そら、また凛々橋に助けを求めてはどうだ? ムダだがな。自分を信じ、痛みを分かち合おうとした者を、おまえは平気で裏切った……クトゥルフ。おまえはこの場で、完全に無に帰す。二度と復活できないよう、精神のひとかけらも残さん」
ナコトの指先で、拳銃のひきがねは動いた。
発砲の刹那、ルリエの目尻にふと輝いたものはなんだったろう……
「ちょっと待った!」
エドがナコトの腕にすがりつくのは突然だった。
「待った待った待った! 撃ったら死んじゃうよ! 怪物といっしょに、久灯さんまで!」
「〝怪物と久灯〟だと?」
眉をひそめるや、ナコトは腕をひとふりした。
満身創痍にもかかわらず、なんという力だろう。すがりついたエドは、かんたんに砂浜を転がっている。
拳銃の狙いをすばやくクトゥルフへ戻し、ナコトは怒鳴った。
「まだ惑わされているのか!? 見たろう! 久灯瑠璃絵は、クトゥルフの悪意が作り出したかりそめの姿! 怪物と久灯ルリエは、同一のものなのだ!」
「じゃあ、きみはどうなんだ!? 染夜さん! 悪いけど、どこをどう見ても、ただの人間じゃない! それでもきみは、その力でぼくを助けてくれたじゃないか!」
「クトゥルフを始末するついでだ! 勘違いするな! それにわたしは、こいつらとは違う! 人間だ!」
「そう、人間だ! すこし他と違うだけで、人間じゃないか! 久灯さん、染夜さん、ぼく……おなじ学校に通う仲間なんだよ! その中で、久灯さんはすこしやり方を間違えただけだ! 仲間を撃つなんてまねは、絶対にやってはいけない!」
「なら!」
空いている拳銃で、ナコトは横の美須賀湖を指さした。
「あの水の底を泳ぐ〝深きもの〟たちの立場はどうなる!? もとは、やつらにも帰りを待つ家族がいて、あるいは家庭を持っていたかもしれない! 犠牲者たちの魂は!? 無念は!? 未来は!? おまえひとりで背負いきれるのか! 凛々橋!」
「だから、ちょっと待ってって言ってるだろ!」
倒れたルリエの横に、エドは静かにひざまずいた。
「久灯さん」
おだやかなエドの呼び声は、クトゥルフ……ルリエには不思議でならなかった。
ついさっき恐ろしい目に遭ったばかりか、自分のこの本性を見たにもかかわらず、なぜこんなに優しい?
エドはたずねた。
「久灯さん。さらった人たちを、きみが変えてしまったのなら……その〝呪力〟という魔法の力でもとにも戻せるはずだよね? ね?」
ナコトの怒りが沸点に達したのは、次の瞬間だった。
「凛々橋ッ! そこをどけェェッ!」
銃声、銃声、銃声……
よく見れば、夜風に流される硝煙の動きはどこか不自然だ。
ナイアルラソテフの化身である拳銃、それに弾丸をふくめ、この世ならざる〝呪力〟のものであることは間違いない。
あおむけに倒れたまま、クトゥルフは動かなかった。
ナコトの銃撃を浴び、その顔は半分なくなっている。かわりに覗くのは、なんと久灯瑠璃絵の顔ではないか。
怪物のままの体が、弱々しくだが呼吸の上下を繰り返すのは、まだ絶命していない証拠だ。
生気のないルリエの顔に、冷たい感触があたった。片手の拳銃を突きつけるナコト自身も、ぼろぼろの血まみれだ。
ルリエは、かすれた声をしぼりだした。
「地獄で会いましょう……染夜ナコト」
「そんな生ぬるい場所に行けると思うか?」
朽ちゆく者にも、ナコトの言葉は容赦なかった。
「そら、また凛々橋に助けを求めてはどうだ? ムダだがな。自分を信じ、痛みを分かち合おうとした者を、おまえは平気で裏切った……クトゥルフ。おまえはこの場で、完全に無に帰す。二度と復活できないよう、精神のひとかけらも残さん」
ナコトの指先で、拳銃のひきがねは動いた。
発砲の刹那、ルリエの目尻にふと輝いたものはなんだったろう……
「ちょっと待った!」
エドがナコトの腕にすがりつくのは突然だった。
「待った待った待った! 撃ったら死んじゃうよ! 怪物といっしょに、久灯さんまで!」
「〝怪物と久灯〟だと?」
眉をひそめるや、ナコトは腕をひとふりした。
満身創痍にもかかわらず、なんという力だろう。すがりついたエドは、かんたんに砂浜を転がっている。
拳銃の狙いをすばやくクトゥルフへ戻し、ナコトは怒鳴った。
「まだ惑わされているのか!? 見たろう! 久灯瑠璃絵は、クトゥルフの悪意が作り出したかりそめの姿! 怪物と久灯ルリエは、同一のものなのだ!」
「じゃあ、きみはどうなんだ!? 染夜さん! 悪いけど、どこをどう見ても、ただの人間じゃない! それでもきみは、その力でぼくを助けてくれたじゃないか!」
「クトゥルフを始末するついでだ! 勘違いするな! それにわたしは、こいつらとは違う! 人間だ!」
「そう、人間だ! すこし他と違うだけで、人間じゃないか! 久灯さん、染夜さん、ぼく……おなじ学校に通う仲間なんだよ! その中で、久灯さんはすこしやり方を間違えただけだ! 仲間を撃つなんてまねは、絶対にやってはいけない!」
「なら!」
空いている拳銃で、ナコトは横の美須賀湖を指さした。
「あの水の底を泳ぐ〝深きもの〟たちの立場はどうなる!? もとは、やつらにも帰りを待つ家族がいて、あるいは家庭を持っていたかもしれない! 犠牲者たちの魂は!? 無念は!? 未来は!? おまえひとりで背負いきれるのか! 凛々橋!」
「だから、ちょっと待ってって言ってるだろ!」
倒れたルリエの横に、エドは静かにひざまずいた。
「久灯さん」
おだやかなエドの呼び声は、クトゥルフ……ルリエには不思議でならなかった。
ついさっき恐ろしい目に遭ったばかりか、自分のこの本性を見たにもかかわらず、なぜこんなに優しい?
エドはたずねた。
「久灯さん。さらった人たちを、きみが変えてしまったのなら……その〝呪力〟という魔法の力でもとにも戻せるはずだよね? ね?」
ナコトの怒りが沸点に達したのは、次の瞬間だった。
「凛々橋ッ! そこをどけェェッ!」
銃声、銃声、銃声……
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