22 / 23
第四話「棺桶」
「棺桶」(7)
しおりを挟む
にわかに雲行きの怪しくなった空は、リゾート地の燦光をかげらせつつある。
潮騒にまぎれて聞こえないほどの忍び声で、ルリエは仲間ふたりへ警告した。
「逃げて。いますぐに。あいつが本気を隠してるうちに」
「あれが噂のホーリーやな」
雷光をほのめかせる曇天の下、つぶやいたのはシヅルだった。
「ルリエひとりで止められる相手なんけ?」
「さてね。ろくに時間稼ぎもできるかどうか」
土気色の表情のルリエに、ホシカは提案した。
「あたしらも戦うぜ、いっしょに」
「どっちも呪力の残量がほぼゼロなのに? 遠慮するわ。足手まといよ。おしゃべりしてるこの時間も無駄ね。呪力と気配を押し殺して、さっさとこの場から離れなさい」
ふたりの背中を叩いて後方に押すと、ルリエはひとりホーリーへ歩いていってしまった。
お互い目配せして、うなずき合ったのはシヅルとホシカだ。
「とりあえずルリエの言う通りにするけ?」
「そうだな、しゃあねえ。物陰から成り行きを見守るとしよう」
白砂に点々と足跡を残して、ルリエはホーリーの眼前に立ち止まった。
「お久しぶりね、ホーリー」
「…………」
自然に立ち尽くしたまま、ホーリーはじっとルリエを見据えている。
「あの強い呪力に呼ばれてきたんですってね。でもちょっと遅かったわ」
手もとの〝断罪の書〟の表面をこんこん叩き、ルリエは説明した。
「その反応はこいつ、ダムナトスよ。この場に、あなたに敵意を抱く者はいない」
「…………」
「このまま全員、平和に解散ということでいいかしら?」
砂辺は爆発した。
素早く顔を掴んだルリエを、ホーリーが力任せに地面へ叩きつけたのだ。激しい衝撃は肺の空気をすべて絞り出し、ルリエはえび反りになって苦悶した。きりきり宙に躍った呪いの辞典は、ホーリーの手がすかさず受け止めている。
おそろしい暴力を振るいつつも、ホーリーは無邪気な笑顔でささやいた。
「ぜ~んぜん質問に答えてくれないんだね。わたしは聞いたんだ。だれが最初に死にたいのかって。じゃあ決めた。きみから順番にだよ、ルリエ」
「……!」
頭上にもたげた〝断罪の書〟を、ホーリーは勢いよく振り下ろした。ルリエの胸に突き刺さった辞書は、とたんに不可解な閃光を放っている。
ああ。本の呪力に影響され、ルリエは無数の紙片と化したではないか。ホーリーが開いた魔導書に、たちまち犠牲者の姿は吸い込まれて消えた。新たにルリエが加わった文章の題名を、興味深げに読み上げたのはホーリーだ。
「ページ〝ルルイエ異本〟……なるほど。相手を本に封印する条件は、獲物を瀕死に追い込むことか。これはいい呪力がとれた。うまく使いこなせそうだよ、ダムナトス」
「ルリエ!」
怒鳴って砂地を蹴立てたのはホシカだった。一角だけ残った魔法少女の五芒星をすんでまで消費し、常人離れしたスピードでホーリーに殴りかかる。
ぱたんと奇書を閉じ、ホーリーは呪文をつむいだ。
「〝超時間の影〟……三倍」
宣言どおり、ホーリーの腕は三倍速で走った。標的の拳より早く、ぶ厚い辞典はホシカの頬桁を横殴りに張り飛ばしている。きりもみ回転して砂浜を跳ねたホシカの肩に、ホーリーはまた〝断罪の書〟の角を振り落とした。
「ちくしょう!」
「ホシカ!」
ホシカの悪態に、悲鳴で続いたのはシヅルだった。
なすすべもない。紙片に変じて爆散するや、ホシカさえもが本の世界に閉じ込められてしまっている。自動的に書き下ろされた紙面を、ホーリーは無表情に読んだ。
「このページは〝イステの書〟か」
「もとに戻さんかい、ふたりを!」
怒気を放って、シヅルは助走した。俊敏な飛び蹴りが、ホーリーを襲う。
「〝超時間の影〟……二倍よ」
斬撃音とともに、シヅルとホーリーは背中合わせに静止した。
辞書を振り抜いたホーリーの背後、糸が切れたように膝をついたのはシヅルだ。魔導書の四隅に薙ぎ払われた制服の腹部は無残に裂け、負傷の呪力をこぼしている。
息も絶え絶えに、シヅルはホーリーに吐き捨てた。
「いまに、見とれよ、ホーリー。おんどれは、絶対に許さ……」
みなまで言わせず、シヅルは紙吹雪になって波打ち際を舞っている。
呪力使いたちは手負いだったとはいえ、ホーリーはそれを一人きりでまたたく間に殲滅してのけた。強さが、格が、次元が違いすぎる。
シヅルが追加された呪本の一部を、ホーリーは口ずさんだ。
「ページ〝エルトダウン断章〟……これで三人ぶん溜まった。第一の浄化の準備は整ったわ」
敵手どもを吸収し終えた〝断罪の書〟を、ホーリーは天高くかかげた。辞典を中心にして彼女から膨れ上がったのは、未知なる呪力の輝きだ。それを横目にするのも、もはや海ぞいを歩くヤドカリのつがいしかいない。
来楽島から曇り空へ、まばゆい光の奔流は突き抜けた。
潮騒にまぎれて聞こえないほどの忍び声で、ルリエは仲間ふたりへ警告した。
「逃げて。いますぐに。あいつが本気を隠してるうちに」
「あれが噂のホーリーやな」
雷光をほのめかせる曇天の下、つぶやいたのはシヅルだった。
「ルリエひとりで止められる相手なんけ?」
「さてね。ろくに時間稼ぎもできるかどうか」
土気色の表情のルリエに、ホシカは提案した。
「あたしらも戦うぜ、いっしょに」
「どっちも呪力の残量がほぼゼロなのに? 遠慮するわ。足手まといよ。おしゃべりしてるこの時間も無駄ね。呪力と気配を押し殺して、さっさとこの場から離れなさい」
ふたりの背中を叩いて後方に押すと、ルリエはひとりホーリーへ歩いていってしまった。
お互い目配せして、うなずき合ったのはシヅルとホシカだ。
「とりあえずルリエの言う通りにするけ?」
「そうだな、しゃあねえ。物陰から成り行きを見守るとしよう」
白砂に点々と足跡を残して、ルリエはホーリーの眼前に立ち止まった。
「お久しぶりね、ホーリー」
「…………」
自然に立ち尽くしたまま、ホーリーはじっとルリエを見据えている。
「あの強い呪力に呼ばれてきたんですってね。でもちょっと遅かったわ」
手もとの〝断罪の書〟の表面をこんこん叩き、ルリエは説明した。
「その反応はこいつ、ダムナトスよ。この場に、あなたに敵意を抱く者はいない」
「…………」
「このまま全員、平和に解散ということでいいかしら?」
砂辺は爆発した。
素早く顔を掴んだルリエを、ホーリーが力任せに地面へ叩きつけたのだ。激しい衝撃は肺の空気をすべて絞り出し、ルリエはえび反りになって苦悶した。きりきり宙に躍った呪いの辞典は、ホーリーの手がすかさず受け止めている。
おそろしい暴力を振るいつつも、ホーリーは無邪気な笑顔でささやいた。
「ぜ~んぜん質問に答えてくれないんだね。わたしは聞いたんだ。だれが最初に死にたいのかって。じゃあ決めた。きみから順番にだよ、ルリエ」
「……!」
頭上にもたげた〝断罪の書〟を、ホーリーは勢いよく振り下ろした。ルリエの胸に突き刺さった辞書は、とたんに不可解な閃光を放っている。
ああ。本の呪力に影響され、ルリエは無数の紙片と化したではないか。ホーリーが開いた魔導書に、たちまち犠牲者の姿は吸い込まれて消えた。新たにルリエが加わった文章の題名を、興味深げに読み上げたのはホーリーだ。
「ページ〝ルルイエ異本〟……なるほど。相手を本に封印する条件は、獲物を瀕死に追い込むことか。これはいい呪力がとれた。うまく使いこなせそうだよ、ダムナトス」
「ルリエ!」
怒鳴って砂地を蹴立てたのはホシカだった。一角だけ残った魔法少女の五芒星をすんでまで消費し、常人離れしたスピードでホーリーに殴りかかる。
ぱたんと奇書を閉じ、ホーリーは呪文をつむいだ。
「〝超時間の影〟……三倍」
宣言どおり、ホーリーの腕は三倍速で走った。標的の拳より早く、ぶ厚い辞典はホシカの頬桁を横殴りに張り飛ばしている。きりもみ回転して砂浜を跳ねたホシカの肩に、ホーリーはまた〝断罪の書〟の角を振り落とした。
「ちくしょう!」
「ホシカ!」
ホシカの悪態に、悲鳴で続いたのはシヅルだった。
なすすべもない。紙片に変じて爆散するや、ホシカさえもが本の世界に閉じ込められてしまっている。自動的に書き下ろされた紙面を、ホーリーは無表情に読んだ。
「このページは〝イステの書〟か」
「もとに戻さんかい、ふたりを!」
怒気を放って、シヅルは助走した。俊敏な飛び蹴りが、ホーリーを襲う。
「〝超時間の影〟……二倍よ」
斬撃音とともに、シヅルとホーリーは背中合わせに静止した。
辞書を振り抜いたホーリーの背後、糸が切れたように膝をついたのはシヅルだ。魔導書の四隅に薙ぎ払われた制服の腹部は無残に裂け、負傷の呪力をこぼしている。
息も絶え絶えに、シヅルはホーリーに吐き捨てた。
「いまに、見とれよ、ホーリー。おんどれは、絶対に許さ……」
みなまで言わせず、シヅルは紙吹雪になって波打ち際を舞っている。
呪力使いたちは手負いだったとはいえ、ホーリーはそれを一人きりでまたたく間に殲滅してのけた。強さが、格が、次元が違いすぎる。
シヅルが追加された呪本の一部を、ホーリーは口ずさんだ。
「ページ〝エルトダウン断章〟……これで三人ぶん溜まった。第一の浄化の準備は整ったわ」
敵手どもを吸収し終えた〝断罪の書〟を、ホーリーは天高くかかげた。辞典を中心にして彼女から膨れ上がったのは、未知なる呪力の輝きだ。それを横目にするのも、もはや海ぞいを歩くヤドカリのつがいしかいない。
来楽島から曇り空へ、まばゆい光の奔流は突き抜けた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件
フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。
寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。
プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い?
そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない!
スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。
落ちこぼれの半龍娘
乃南羽緒
ファンタジー
龍神の父と人間の母をもついまどきの女の子、天沢水緒。
古の世に倣い、15歳を成人とする龍神の掟にしたがって、水緒は龍のはみ出しもの──野良龍にならぬよう、修行をすることに。
動物眷属のウサギ、オオカミ、サル、タヌキ、使役龍の阿龍吽龍とともに、水緒が龍として、人として成長していく青春物語。
そのなかで蠢く何者かの思惑に、水緒は翻弄されていく。
和風現代ファンタジー×ラブコメ物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる