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第四話「実行」
「実行」(4)
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自販機を間において背中合わせになったまま、ふたりは語らった。
コーヒーを一口すすったあと、たずねたのは砂目だ。
「黒野の様子はどうだ?」
「ま、組織の思惑どおりですわ。マタドールをじぶん家で組み立てる……そんな大それたことをしてるのに、偵察の使い魔の一匹もやってこない。工事中にもそれなりの呪力は漏れてるはずなんだが」
「組織の隠蔽工作のたまものだ。感謝したまえ」
「今夜中にもミコの仮組みは済む。研究所への運び方は? 電車? 終電がなかったら経費でタクシー使っても?」
「研究所行きの集配を手配してある。配送会社に」
飲んでいたコーヒーをすこし吹いて、ヒデトは咳払いした。
「ほんとに直送なんだな、政府の闇に」
「彼女の初期化を防ぐプランも、パーテから聞いている。あとは任せておきたまえ。それより、きみのケガの具合はどうなんだ?」
「おどろいた。あんたが俺の身の心配をしてくれるのか」
感触を確かめるように、ヒデトは眉間をもんだ。
「まだときどき、まぶたがピクピクするぜ」
「召喚士の呪力を顔からまともに浴びておきながら、よくもまあそんな平気でいられるものだ。感電のショックが抜けきらないんだな?」
「そうらしい。つぎは油断しねえ、絶対に」
「その意気だ」
空き缶をゴミ箱に捨てると、砂目は片手をさしだした。
「時計を見せたまえ」
「え? いいけど、時間を知りたきゃあんたも着けてるだろ? おなじ時計を?」
「そうではない。私がなんの理由もなくきみの前に現れると思うか?」
あいかわらず神経質げに、砂目は続けた。
「きょう私は、きみの腕時計を一時的に外す目的でここに来た」
「俺の、時計を外す? この猟犬の首輪をか? たしかこれ、組織の研究所でしか外せないんじゃ? それも、ばかみたいな数の申請書と時間がいるはず?」
「私をなめてもらっては困る。私の権限と能力をもってすれば、部下の腕時計を外すことぐらい造作もない。時計を外して身軽になったあと、きみはすみやかに病院で治療を受けるんだ。きみが体中ボロボロであること、上司の私に隠し通せるとでも?」
「気を使ってもらって悪いが、ミコはどうすんだ? まだ首なしの半端な状態だぜ?」
「あとは私のほうで再構築しておく。歩けるまで機能が回復したあと、黒野にはなによりも早く行かせよう。きみの見舞いに」
「どうせまたふたりで新しい戦場に行けとか、いきなり言うんだろ?」
「故障者ふたりにそれを言うほど、私が人でなしに見えるか? 信用したまえ」
手に持った缶コーヒーの温かさ以上に、ヒデトの心には届くものがあった。以前にもべつの自販機の前でこの上司に命を救ってもらったことを、ヒデトはまだ忘れていない。
「あの、砂目さん」
「なんだ、急にかしこまって」
「俺、なんだか今まで、まわりをぜんぶ敵だと勘違いしてたみたいだ。反省してる」
「世界はすべて敵であり、場合によってはすべて味方だ。きみが考えることは、ただふたつだけでいい。ひとつは、いままでどおりの組織への忠誠。そして、上司をもうすこし敬う態度。いいな?」
「もちろんだ。頼んだぜ、ミコを。外してくれ」
銀色の腕時計が輝く左手首を、ヒデトはさしだした。そこにそっと添えられたのは、砂目の手だ。いままでで初めての小さな微笑みを、砂目はこぼした。
「信用したまえ」
ヒデトの輪郭を白くふちどったのは、まばゆい電光だった。
気づいたときには、ヒデトの腕時計は砂目の手のひらの上に現れている。
「え?」
一瞬のことに、ヒデトは目をぱちくりさせた。
砂目の手のひらに輝く五芒星の魔法陣……そしてこの身に覚えのある呪力のパターンは。
「しょ、召喚術……!?」
コーヒーを一口すすったあと、たずねたのは砂目だ。
「黒野の様子はどうだ?」
「ま、組織の思惑どおりですわ。マタドールをじぶん家で組み立てる……そんな大それたことをしてるのに、偵察の使い魔の一匹もやってこない。工事中にもそれなりの呪力は漏れてるはずなんだが」
「組織の隠蔽工作のたまものだ。感謝したまえ」
「今夜中にもミコの仮組みは済む。研究所への運び方は? 電車? 終電がなかったら経費でタクシー使っても?」
「研究所行きの集配を手配してある。配送会社に」
飲んでいたコーヒーをすこし吹いて、ヒデトは咳払いした。
「ほんとに直送なんだな、政府の闇に」
「彼女の初期化を防ぐプランも、パーテから聞いている。あとは任せておきたまえ。それより、きみのケガの具合はどうなんだ?」
「おどろいた。あんたが俺の身の心配をしてくれるのか」
感触を確かめるように、ヒデトは眉間をもんだ。
「まだときどき、まぶたがピクピクするぜ」
「召喚士の呪力を顔からまともに浴びておきながら、よくもまあそんな平気でいられるものだ。感電のショックが抜けきらないんだな?」
「そうらしい。つぎは油断しねえ、絶対に」
「その意気だ」
空き缶をゴミ箱に捨てると、砂目は片手をさしだした。
「時計を見せたまえ」
「え? いいけど、時間を知りたきゃあんたも着けてるだろ? おなじ時計を?」
「そうではない。私がなんの理由もなくきみの前に現れると思うか?」
あいかわらず神経質げに、砂目は続けた。
「きょう私は、きみの腕時計を一時的に外す目的でここに来た」
「俺の、時計を外す? この猟犬の首輪をか? たしかこれ、組織の研究所でしか外せないんじゃ? それも、ばかみたいな数の申請書と時間がいるはず?」
「私をなめてもらっては困る。私の権限と能力をもってすれば、部下の腕時計を外すことぐらい造作もない。時計を外して身軽になったあと、きみはすみやかに病院で治療を受けるんだ。きみが体中ボロボロであること、上司の私に隠し通せるとでも?」
「気を使ってもらって悪いが、ミコはどうすんだ? まだ首なしの半端な状態だぜ?」
「あとは私のほうで再構築しておく。歩けるまで機能が回復したあと、黒野にはなによりも早く行かせよう。きみの見舞いに」
「どうせまたふたりで新しい戦場に行けとか、いきなり言うんだろ?」
「故障者ふたりにそれを言うほど、私が人でなしに見えるか? 信用したまえ」
手に持った缶コーヒーの温かさ以上に、ヒデトの心には届くものがあった。以前にもべつの自販機の前でこの上司に命を救ってもらったことを、ヒデトはまだ忘れていない。
「あの、砂目さん」
「なんだ、急にかしこまって」
「俺、なんだか今まで、まわりをぜんぶ敵だと勘違いしてたみたいだ。反省してる」
「世界はすべて敵であり、場合によってはすべて味方だ。きみが考えることは、ただふたつだけでいい。ひとつは、いままでどおりの組織への忠誠。そして、上司をもうすこし敬う態度。いいな?」
「もちろんだ。頼んだぜ、ミコを。外してくれ」
銀色の腕時計が輝く左手首を、ヒデトはさしだした。そこにそっと添えられたのは、砂目の手だ。いままでで初めての小さな微笑みを、砂目はこぼした。
「信用したまえ」
ヒデトの輪郭を白くふちどったのは、まばゆい電光だった。
気づいたときには、ヒデトの腕時計は砂目の手のひらの上に現れている。
「え?」
一瞬のことに、ヒデトは目をぱちくりさせた。
砂目の手のひらに輝く五芒星の魔法陣……そしてこの身に覚えのある呪力のパターンは。
「しょ、召喚術……!?」
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