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第三話「保存」

「保存」(9)

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 ところ変わって、場所は飛行機の貨物室……

 召喚士にかわされたフェイントの回し蹴りを追い、銃を撃ったのはヒデトだ。体をすばやく横向けにし、召喚士はこれを回避した。角度を変えた二発めの銃弾は、消えるように身を低くした召喚士の頭上をかすめ、闇へ消えている。

 足に強い衝撃を受け、ヒデトは視界が回るのを感じた。床ぎりぎりまで身を伏せた召喚士の蹴り足が、水面を描くようにヒデトの足を払ったのだ。転倒したヒデトめがけて、召喚士のナイフの輝きは突き下ろされた。

 ひとつ触れただけでもわかる。この速さと重さ。ヒデトは心の中だけで叫んだ。

(ただもんじゃねえ! こいつ!)

 とっさに床へ手をつき、ヒデトは逆立ちの姿勢から召喚士に蹴りを放った。あさっての方向へそれる右手のナイフ。後転して起き上がったときには、ヒデトは片膝立ちのまま銃口を旋回させている。同時にヒデトの横面をまともに捉えたのは、召喚士の左の拳だ。暴発した弾丸は、貨物室内を跳ね回った。打撃にのけぞったヒデトだが、戻る反動を利用して召喚士の顔面に頭突きをお見舞いする。

 かすかにヒビのはいった仮面をおさえ、召喚士はひとつ、ふたつ後退した。奥までダメージが届いた証拠に、仮面の顎の下には血がしたたっている。ナイフを片手に、召喚士は笑みをふくんだ声でつぶやいた。

「できるな。うわさ以上に」

 いっぽうのヒデトも、足もとがふらついている。したたかに顔を殴られ、おまけにじぶんから仮面に頭を激突させたのだから仕方ない。額にも唇にも血をにじませ、ヒデトは不敵に言い返した。

「召喚士ってのも案外、皆が皆、運動不足の勉強オタクじゃないらしいな」

 拳銃は跳ね上がり、ナイフはひらめいた。

 ナイフにそらされ、銃撃は虚空をうがつ。撃つ、撃つ、撃つ。斬る、斬る、斬る。火花とともに銃身とナイフは激突し、とまった。力と力、意地と意地のぶつかり合い、小刻みに金属音をたてて震える武器と武器。拳銃の用心鉄トリガーガードに防がれた白刃は、しかしすこしずつ銃口を押し上げてヒデトの首筋に迫りつつある。冷や汗を流しながら、ヒデトはナイフの先端に死を見た。

(お、俺が力負けするだと……ま、負け、死ぬ!)

 ナイフの切っ先がじぶんの首筋に触れ、血の珠を浮かべた時点で、ヒデトはでたらめに引き金をひいた。撃つ、撃つ、撃つ。うち一発がこめかみをかすめ、召喚士の力はゆるんだ。すかさず、ヒデトの渾身の浴びせ蹴りは召喚士の頭を上から下に打ち抜いている。きりもみ回転しながら、召喚士は床に叩きつけられた。地面を転がったのは、その寸前にナイフに弾き飛ばされたヒデトの拳銃だ。

 手と手が交錯した。

 上からはヒデトの手が、下からは召喚士の手が。おたがいの顔を鷲掴みにしたまま、ふたりは同時に叫んだ。

黒の手ミイヴルス!」

「邪魔だ!」

 なにも起こらない。おたがいに持ち前の最終兵器、呪力を行使したつもりだった。だがそれらは、一機だけ残った戦闘機の結界の効果で不発に終わったようだ。

 鼻で笑い、手をどけるのはヒデトが先だった。

「ほらな。こんな力、いざというときにはなんの役にも立たねえ」

 召喚士はまだ手をはなさない。その指の間からのぞくヒデトの瞳には、地獄が宿っていた。片足で手首ごと召喚士のナイフをおさえつけたまま、かたわらの拳銃を拾う。召喚士の額に拳銃を押し当て、ヒデトは告げた。

「俺にはこっちのほうが性にあってる。おっと、命乞いはするな。かならず殺すから」

 なんの躊躇もなく、ヒデトが銃爪をひいたそのときだった。

 飛行機の外で、爆発音。

 異変は同時に起こった。

 銃声の残響がこだまする中、弾丸は、召喚士の眼前、刹那に虚空から現れた金属製の盾によって防がれているではないか。おもいきり顔をゆがめて、うめいたのはヒデトだ。

「召喚、だと……!?」

「最後まで信じられなかった、きみの負けだ」

 召喚士の渇いたささやきとともに、つかまれた顔を始点にして、ヒデトの全身を強烈な電撃が駆け巡った。冗談みたいに痙攣したあと、ヒデトは壁際までいきおいよく転がっている。その体からあがるのは、こげくさい感電の煙だ。召喚士もちまえの地属性の呪力……百万ボルトを超える高圧の電流だった。

 組織の戦闘機が発していたはずの、呪力の妨害がなくなっている。

 まさか、まさか……ミコはどうした?

 ヒデトの声は言葉にはならず、床で体をくの字に折ったままあえぐので精一杯だった。

「う、あ、あ……」

「さいごの戦闘機を、ウィングがみごとに撃墜してのけたということだ。これで邪魔な結界はなくなった。ぼくはチャンスのおとずれを信じていたし、彼女を信じてもいた。だがきみはどうだ?」

 残る力を総動員してヒデトのかまえた拳銃は、立て続けに吠えた。だが火線は、これも続けざまに召喚された中世風の盾に弾かれて標的まで届かない。さいごに遊底があがってしまった拳銃は、無言で弾切れを訴えている。

 召喚士は、無造作にヒデトの首をつかんだ。そのまま片手で、貨物室の最後尾まで引きずっていく。すなわち、召喚した盾がふさぐ大穴のほうへ。

 肩で風を切って歩きながら、召喚士は続けた。

「きみはさいごまで自分の力を信じきれず、そんな原始的な武器に頼った。あと数秒、わずかほんの数秒、ぼくと同じように相手を放しさえしなければ、ね?」

 引きつりながらも、ヒデトはなんとか召喚士に触れようとした。しかしその手は、ふたたび流された呪力の高圧電流によってむなしく反り返るだけだ。

 ヒデトの体を、召喚士はいっきに盾の塊へ叩きつけた。轟音とともに盾は外へ弾け、貨物室にはまたたく間に強風と冷気が吹き荒れる。背後の空へヒデトが吸い込まれるのを留めるのは、召喚士の腕一本だけだ。

 ひび割れた仮面の下に血をしたたらせながら、召喚士は告げた。

「ぼくはこれから、きょう何度めかになる質問をする。どうか心を落ち着けて聞いてくれたまえ。いいね?」

 真っ白な空を背景に、首をしめられたまま、ヒデトは召喚士を睨み返した。

「言ってみろよ……」

「ぼくに、ついてきたまえ」

 にぶい衝撃とともに、召喚士の手から力は抜けた。ヒデトをつかんでいたほうの手から。

 召喚士のその腕には、小ぶりの投げナイフが突き刺さっている。ヒデトが最後の力で腰から抜き、投げ放ったのだ。

「脱出、成功だ」

 中指をたてたヒデトの体は、空へ放り出された。
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