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第三話「保存」
「保存」(5)
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まだ調整用の配線等が、ミコの機体には多数刺さったままだった。
つまり、ウィングが破壊したのはマタドール用の輸送コンテナだったのだ。
子どものようにさも嬉しげに、ウィングは手を叩いた。
「ラッキーですよぉ、ご主人様ぁ。黒野さんも飛行機に乗ってましたぁ。褪奈さんといっしょに捕まえれば一石二鳥ぉ」
ウィングの両手の分裂剣を強く封じたまま、ミコはつぶやいた。
「マタドールシステム・タイプS、基準演算機構を擬人形式から斬人形式へ変更します……これより戦闘に参加します、ヒデト」
力強く踏ん張って分裂剣を戻そうとするウィングだが、それはまるで巨岩にからみついたように動かない。
いや、動いた。
とらえた分裂剣ごとミコが身をひねったかと思うと、つながったウィングは勢いよく側壁に叩きつけられている。激しく揺れる貨物室。さらに容赦なく逆側の壁、天井、そして地面へぶち当てたウィングを、ミコは遠心力そのままに手放した。ウィングの放り込まれた荷物の山が、轟音をあげて弾ける。
間髪入れず身をひねったミコの手から、抜き身の長刀が投じられた。悲鳴とともに故障の漏電を輝かせたのは、胴体をまともに白刃で射抜かれたウィングだ。伸びきったままの分裂剣は、文字どおり力尽きた蛇のごとく床に落ちる。
長刀を投げ放った姿勢のまま、ミコは静かに告げた。
「敵性反応の機能停止、および呪力の消失を確認しました。戦闘終了」
瞬殺だった。なんというパワー。さすが近接戦闘型の呼び名は伊達ではない。
ウィングの埋まる荷物の山から引き抜いた〝闇の彷徨者〟を、ひとつ回転させてミコは鞘へ納めた。じぶんの体中の配線を、ていねいに外していく。
急展開に腰を抜かしたままのヒデトは、ふと我に返った。ミコを指さして怒鳴る。
「おい!?」
「私は〝おい〟ではありません。ミコです」
「べつの移動手段で帰るって聞いてたぞ!?」
うろたえるヒデトへ、ミコはそよ風のように微笑んでみせた。
「それはあれです。内緒です。内緒でできているのが政府の闇、でしたよね?」
「いじわるな奴だ。変なウィルスにやられて、性根が腐ってきてるな?」
「ほうっておけば腐るのは、ヒデト、あなたのその傷のほうです。さあ、みせて。まるで九州地方の闘犬にでも参加してきたようです」
輸送コンテナから持ってきた治療キットで、ミコは段取りよくヒデトの負傷を手当てしていく。脇腹の切り傷を処置するため、言われるがままに上着をまくりあげながら、ヒデトは不平を口にした。
「なにしてたんだよ、いままで?」
「人気のテレビドラマを見ながら、楽しく彼氏とメールしていました。ついでに今季のファッショントレンド一覧で、サイトからサイトへネットサーフィンを。何点かよいコーディネイトを見つけましたので、つぎのデートのときにでも」
「じぶんだけ安全な輸送コンテナに寝転んだまま、テレビはつけっぱなしでケータイをポチポチか? まるで休日のオヤジか女子高生だな」
「冗談です。いつでも出撃できる態勢を整えながら、機内の戦闘状況をちくいち確認していました。むこうがマタドールをだしてきたのなら、目には目を。私に交代です。ひとりっきりで本当によく頑張りましたね、ヒデト。はい終わり」
応急処置が完了した印に背中をぴしゃんと叩かれ、ヒデトは顔をしかめた。
「乗ってるなら、最初からとなりに座ってりゃいいじゃんかよ。これも組織の指示か?」
「はい。私の輸送手段について協議を行ったとき、私自身がこの機を志願しました。ただし組織の出した選択肢はふたつ。ひとつめは反対。そもそも強奪される可能性のあるマタドールを、これも誘拐の危険がともなうヒデトと同行させるわけにはいかない。有事の際には、専門の飛行型マタドールがヒデトの救出にむかう」
「俺もそう聞いてた。誘拐は大当たりだったな。もしおまえがいなくて、おっとり刀の飛行型マタドールを待ってたら、いまごろどうなってたことやら……ふたつめは?」
「ヒデト、あなたを囮にし、召喚士またはそれに関係するものを捕らえることです。私は存在を消して貨物と同化し、有事の際まで身を隠すこと。それが、ヒデトと私の同行を許可する組織の条件でした」
「おとり。囮だって? 俺は釣りのエサだったってわけだ。組織らしいやり口だぜ」
衣服を着用しなおしながら、ヒデトは辟易したように笑った。
「ありがとよ。危険を承知で、ふたつめの選択肢を選んでくれて。おかげで助かった」
「お礼は、つぎの休暇にでもゆっくり時間をもうけて。私たちはいつもいっしょです」
「こんどは俺が、おすすめのデートスポットを探す番だな」
「手もつなぎましょう」
「握りつぶすなよ」
ヒデトの頬がすこし赤くなっていることは、ミコからは見えない。
痛みをこらえて立ち上がると、ヒデトはウィングの埋もれる荷物の山に近寄った。床でだらしなく垂れる分裂剣をつま先で蹴りながら、続ける。
「にしても大物がかかったな、おい。いままで組織は、召喚士の送り込んだマタドールもどきの回収にはぜんぶ失敗してる。解体したこいつから、いったいどんな手品の種が飛び出すのやら」
〈やはり変わらないな、きみたち〝ファイア〟の思考は〉
貨物室の暗闇に響いたのは、召喚士の声だった。
「「!」」
ヒデトとミコの動きは素早い。拳銃にすかさず新たな弾倉をこめ、ヒデトは油断なくあたりを銃口で探った。ヒデトと背中合わせのまま、ミコは長刀の柄に手をやって静かに腰を落としている。
背後のミコへ、ヒデトは小声で聞いた。
「敵の反応は?」
「飛行機内を検索しましたが、マタドールおよび騎士の反応はなし。この機にいるのは私をのぞいて人間だけです。制圧したタイプFの内部に自爆装置等も確認できません。またこの機の周囲には組織の戦闘機が複数配備され、乗員乗客を護衛中。戦闘機は呪力の抑制結界を当機の半径五百メートルに展開しており、召喚士による遠隔地からの転移や転送を封じています。空港までの安全は保証されています」
「パーフェクトだ、ミコ」
勝ち誇ったように、ヒデトは叫んだ。
「聞いたか召喚士! てめえのくだらねえ騎士とお人形は、ぜんぶ始末した! とっくにチェックメイトなんだよ! あとはてめえ本人が出てくるしかねえ!」
〈そうしよう〉
五芒星の魔法陣の輝きは、沈黙したウィングを中心に広がった。
呪力だ。
「え?」
「ヒデト! ふせて!」
鞘走りの火の粉は、ミコの腰から散った。
上下左右から生き物のごとく襲った分裂剣を、ミコの白刃はその正確な太刀筋でくまなく叩き落としている。床、壁、天井、荷物、あらゆるものをえぐるや、分裂剣はくねりながら持ち主のもとへ戻って連結した。
持ち主?
無数の軌跡が走ったかと思うと、荷物の山は四散した。
両手に分裂剣をたずさえたまま、悠然と立ち上がったのはウィングだ。
「ふっか~つ♪」
拳銃の狙いはウィングに定めたまま、ヒデトはとなりのミコへ愚痴った。
「おい」
「ミコです」
「よくわかったよ。ザルだ、組織の結界と、おまえの検索は」
「考えられません。当機の内外に引き続き異常はなし。これでは、これではまるで……召喚士本人がすぐそこにいて、異世界の門となっているかのようです」
貨物室からふとヒデトが見上げた客室に、人影が立っていた。
人影のまとう仮面と暗色のローブ、そしてその手でいまだに強い呪力の輝きをこぼす魔法陣は……こんどは偽物でもなんでもない。
テロリスト・召喚士そのものだった。
「ぼくも見習うことにしたよ。きみたちの素晴らしいチームワークを」
つまり、ウィングが破壊したのはマタドール用の輸送コンテナだったのだ。
子どものようにさも嬉しげに、ウィングは手を叩いた。
「ラッキーですよぉ、ご主人様ぁ。黒野さんも飛行機に乗ってましたぁ。褪奈さんといっしょに捕まえれば一石二鳥ぉ」
ウィングの両手の分裂剣を強く封じたまま、ミコはつぶやいた。
「マタドールシステム・タイプS、基準演算機構を擬人形式から斬人形式へ変更します……これより戦闘に参加します、ヒデト」
力強く踏ん張って分裂剣を戻そうとするウィングだが、それはまるで巨岩にからみついたように動かない。
いや、動いた。
とらえた分裂剣ごとミコが身をひねったかと思うと、つながったウィングは勢いよく側壁に叩きつけられている。激しく揺れる貨物室。さらに容赦なく逆側の壁、天井、そして地面へぶち当てたウィングを、ミコは遠心力そのままに手放した。ウィングの放り込まれた荷物の山が、轟音をあげて弾ける。
間髪入れず身をひねったミコの手から、抜き身の長刀が投じられた。悲鳴とともに故障の漏電を輝かせたのは、胴体をまともに白刃で射抜かれたウィングだ。伸びきったままの分裂剣は、文字どおり力尽きた蛇のごとく床に落ちる。
長刀を投げ放った姿勢のまま、ミコは静かに告げた。
「敵性反応の機能停止、および呪力の消失を確認しました。戦闘終了」
瞬殺だった。なんというパワー。さすが近接戦闘型の呼び名は伊達ではない。
ウィングの埋まる荷物の山から引き抜いた〝闇の彷徨者〟を、ひとつ回転させてミコは鞘へ納めた。じぶんの体中の配線を、ていねいに外していく。
急展開に腰を抜かしたままのヒデトは、ふと我に返った。ミコを指さして怒鳴る。
「おい!?」
「私は〝おい〟ではありません。ミコです」
「べつの移動手段で帰るって聞いてたぞ!?」
うろたえるヒデトへ、ミコはそよ風のように微笑んでみせた。
「それはあれです。内緒です。内緒でできているのが政府の闇、でしたよね?」
「いじわるな奴だ。変なウィルスにやられて、性根が腐ってきてるな?」
「ほうっておけば腐るのは、ヒデト、あなたのその傷のほうです。さあ、みせて。まるで九州地方の闘犬にでも参加してきたようです」
輸送コンテナから持ってきた治療キットで、ミコは段取りよくヒデトの負傷を手当てしていく。脇腹の切り傷を処置するため、言われるがままに上着をまくりあげながら、ヒデトは不平を口にした。
「なにしてたんだよ、いままで?」
「人気のテレビドラマを見ながら、楽しく彼氏とメールしていました。ついでに今季のファッショントレンド一覧で、サイトからサイトへネットサーフィンを。何点かよいコーディネイトを見つけましたので、つぎのデートのときにでも」
「じぶんだけ安全な輸送コンテナに寝転んだまま、テレビはつけっぱなしでケータイをポチポチか? まるで休日のオヤジか女子高生だな」
「冗談です。いつでも出撃できる態勢を整えながら、機内の戦闘状況をちくいち確認していました。むこうがマタドールをだしてきたのなら、目には目を。私に交代です。ひとりっきりで本当によく頑張りましたね、ヒデト。はい終わり」
応急処置が完了した印に背中をぴしゃんと叩かれ、ヒデトは顔をしかめた。
「乗ってるなら、最初からとなりに座ってりゃいいじゃんかよ。これも組織の指示か?」
「はい。私の輸送手段について協議を行ったとき、私自身がこの機を志願しました。ただし組織の出した選択肢はふたつ。ひとつめは反対。そもそも強奪される可能性のあるマタドールを、これも誘拐の危険がともなうヒデトと同行させるわけにはいかない。有事の際には、専門の飛行型マタドールがヒデトの救出にむかう」
「俺もそう聞いてた。誘拐は大当たりだったな。もしおまえがいなくて、おっとり刀の飛行型マタドールを待ってたら、いまごろどうなってたことやら……ふたつめは?」
「ヒデト、あなたを囮にし、召喚士またはそれに関係するものを捕らえることです。私は存在を消して貨物と同化し、有事の際まで身を隠すこと。それが、ヒデトと私の同行を許可する組織の条件でした」
「おとり。囮だって? 俺は釣りのエサだったってわけだ。組織らしいやり口だぜ」
衣服を着用しなおしながら、ヒデトは辟易したように笑った。
「ありがとよ。危険を承知で、ふたつめの選択肢を選んでくれて。おかげで助かった」
「お礼は、つぎの休暇にでもゆっくり時間をもうけて。私たちはいつもいっしょです」
「こんどは俺が、おすすめのデートスポットを探す番だな」
「手もつなぎましょう」
「握りつぶすなよ」
ヒデトの頬がすこし赤くなっていることは、ミコからは見えない。
痛みをこらえて立ち上がると、ヒデトはウィングの埋もれる荷物の山に近寄った。床でだらしなく垂れる分裂剣をつま先で蹴りながら、続ける。
「にしても大物がかかったな、おい。いままで組織は、召喚士の送り込んだマタドールもどきの回収にはぜんぶ失敗してる。解体したこいつから、いったいどんな手品の種が飛び出すのやら」
〈やはり変わらないな、きみたち〝ファイア〟の思考は〉
貨物室の暗闇に響いたのは、召喚士の声だった。
「「!」」
ヒデトとミコの動きは素早い。拳銃にすかさず新たな弾倉をこめ、ヒデトは油断なくあたりを銃口で探った。ヒデトと背中合わせのまま、ミコは長刀の柄に手をやって静かに腰を落としている。
背後のミコへ、ヒデトは小声で聞いた。
「敵の反応は?」
「飛行機内を検索しましたが、マタドールおよび騎士の反応はなし。この機にいるのは私をのぞいて人間だけです。制圧したタイプFの内部に自爆装置等も確認できません。またこの機の周囲には組織の戦闘機が複数配備され、乗員乗客を護衛中。戦闘機は呪力の抑制結界を当機の半径五百メートルに展開しており、召喚士による遠隔地からの転移や転送を封じています。空港までの安全は保証されています」
「パーフェクトだ、ミコ」
勝ち誇ったように、ヒデトは叫んだ。
「聞いたか召喚士! てめえのくだらねえ騎士とお人形は、ぜんぶ始末した! とっくにチェックメイトなんだよ! あとはてめえ本人が出てくるしかねえ!」
〈そうしよう〉
五芒星の魔法陣の輝きは、沈黙したウィングを中心に広がった。
呪力だ。
「え?」
「ヒデト! ふせて!」
鞘走りの火の粉は、ミコの腰から散った。
上下左右から生き物のごとく襲った分裂剣を、ミコの白刃はその正確な太刀筋でくまなく叩き落としている。床、壁、天井、荷物、あらゆるものをえぐるや、分裂剣はくねりながら持ち主のもとへ戻って連結した。
持ち主?
無数の軌跡が走ったかと思うと、荷物の山は四散した。
両手に分裂剣をたずさえたまま、悠然と立ち上がったのはウィングだ。
「ふっか~つ♪」
拳銃の狙いはウィングに定めたまま、ヒデトはとなりのミコへ愚痴った。
「おい」
「ミコです」
「よくわかったよ。ザルだ、組織の結界と、おまえの検索は」
「考えられません。当機の内外に引き続き異常はなし。これでは、これではまるで……召喚士本人がすぐそこにいて、異世界の門となっているかのようです」
貨物室からふとヒデトが見上げた客室に、人影が立っていた。
人影のまとう仮面と暗色のローブ、そしてその手でいまだに強い呪力の輝きをこぼす魔法陣は……こんどは偽物でもなんでもない。
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