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第二話「検索」

「検索」(14)

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 病院の平面駐車場……

 その戦車砲から、凶悪な硝煙をあげるものはなんだ? 車? いや、見たこともない異世界の装甲車だ。

 装甲車は、フィアの声でつぶやいた。

「やるじゃないの、サムライ」

 ターゲットの病室に一発撃ち込んだが、やはりそう簡単にはいかない。空中で刀に撃墜された砲弾は、呪力の混じった火の粉と化して夜空を舞い散っている。

「でも、プレゼントはこれだけじゃない。いくわよ」

 装甲車の屋根は展開した。血に飢えた肉食獣のごとく首をめぐらせたのは、大型の回転機関銃と多連装ミサイルの数々だ。病院を灰にする……フィアの意思は明らかだ。

 五階の病室の窓から、呪いの言葉とともにその人影が飛び出したのは次の瞬間だった。

「マタドールシステム・タイプソード基準演算機構オペレーションクラスタ擬人形式ステルススタンスから斬人形式セイバースタンス変更シフトします……戦闘開始ミッションスタート

 制服姿の体をきれいに折りたたんで、人影は病院の前に着地した。まるで鉄の塊でも落ちてきたような響きとともに、とてつもない重量を受けた地面が放射状に砕け散る。拍手でもしかねない勢いで、装甲車はその名を呼んだ。

「おいでなすったわね、黒野美湖」

 静かに立ち上がると、ミコは装甲車をにらみつけた。さっきの砲撃を防御するために武器は損壊したため、いまは素手の状態だ。

「ついに本性を現しましたね、フィア。無関係な病院への攻撃はやめなさい」

「なら、あんたが盾になりな!」

 すさまじい砲声が、装甲車の答えだった。狙いはミコだが、遅い。横に一回転して避けたミコの後方、病院の壁が粉々になる。コンクリートの破片の雨の中、ミコは言い返した。

「奇襲を予測して、院内の人間は非常口からパーテが避難させています。人質はいませんよ!」

 片膝をついたまま、ミコは横へ手をのばした。

「防衛目標への損傷段階ダメージレベルB。敵性反応ターゲット危険度判定リスクフェイズを〝強〟に更新リライト。刀剣衛星〝ハイドラ〟への実行稟議アクセスが決裁されました。予備武器の投下まで、およそ一秒」

 二秒がたち、三秒がたった。

 沈黙。

 新たな〝闇の彷徨者アズラット〟はいつまでたってもミコへ届かない。ミコはじぶんの手を見たあと、左右を見回して、さいごに夜空を見上げた。

「なぜ……!? 刀剣衛星ハイドラ!」

 飛散したがれきと爆風にあおられ、ミコは吹き飛んで地面を転がった。フィアの放ったミサイルの雨は直撃こそ避けたものの、まだ終わらない。追い打ちをかけるように轟いたのは、地を這うようなエンジン音だ。突っ込んできた装甲車に正面からはねられ、ミコはさらに駐車場をバウンドしている。

「機体へのダメージレベル……Aプラス」

 震える手で身を起こそうとするミコを、装甲車の主砲は照準した。真っ黒な砲口を見返すミコへ、種明かしをしたのはフィアだ。

「なんで刀剣衛星があんたに答えないのかって? 悪いけど、あらかじめハッキングして機能を停止させてもらったわ」

「!」

「ズタボロのスクラップにしてあげた平行世界のあんたも、そんなふうに悔しい顔をしてたわね。あいかわらずむかつくんだけど、その目つき」

「そして私の刀を奪い、ヒデトを刺したんですね。あなたは許しません、絶対に」

「死に損ないの褪奈くんが、まさかここまであたしを追い詰めるとは予想外だったわ。ただ、ご主人様の命令をクリアできれば、あたしは今度こそ認めてもらえる。奪ってこいと指示を受けたのはふたつよ。あんたの首と、褪奈くんの命……じゃあね」

 装甲車の主砲は輝いた。

 轟音……

「!」

 装甲車の内部で顔を歪めるのは、こんどはフィアの番だった。

 発射した砲弾が、瞬時に落下してきた長刀にさえぎられ、螺旋回転しながらも食い止められてられているではないか。それも一瞬のこと、砲弾は一本めの刀身を粉々に砕き、さらに投下された二本めの刃に止められた。そのまま三本、四本、五本。つごう十本めの刀に衝突した時点で、砲弾は爆発している。

 フィアは嘆いた。

「なんで!? なんでよご主人様!? 刀剣衛星が起動してる!」

「異世界の協力者がいるのは、なにもあなただけではありません」

 業火と黒煙のむこうで、ミコは頭上に片手をのばした。高度五百キロ超の衛星軌道上から投下された新たな〝闇の彷徨者アズラット〟をキャッチ。その風圧で、竜巻に煽られたがごとく炎と煙は吹き飛ぶ。

 愛刀を腰だめにかまえ、ミコはささやいた。

「衛星が不正アクセスされる危険性をふまえ、さらに前もって、衛星に暗号化済みの抗体プログラムを組み込んでおきました。彼の助言は正解でした」

「助言!? だれよ!?」

「ヒデトです。私の大切な、彼」

 装甲車の回転機関銃から放たれた火線の束を、まとめて十本投下された新たな刀の壁が食い止めた。粉々になってきらめく刃の破片を突き抜け、フィアの眼前に現れたのは呪力の電光をまとったミコだ。

「電磁加速射出刀鞘〝闇の彷徨者アズラット〟起動。斬撃段階、ステージ(2)……」

 居合斬りの姿勢をとったミコの手は、強く刀の柄を握った。こんどは呪力、電力の充填ともにじゅうぶんだ。

 だが、装甲車に描かれた魔法陣がほの赤く輝くと、フィアとミコの中間に召喚されたのは計十着の騎士の鎧だった。いちどは捌ききれなかった鎧の盾を、こんどこそミコは突破できるか?

 フィアは叫んだ。

「きな!」

「〝深海層しんかいそう〟」

 一瞬にして装甲車のうしろまで斬り進み、急ブレーキをかけたミコの靴は勢いで白煙をあげた。その背後で、十着の鎧と装甲車は、美しく切断されて宙を飛んでいる。

 ミコの瞳はとらえていた。紙一重のタイミングで分離変形した装甲車を、空中で全身に装着したフィアを。

 敵手の背後に着地するなり、まっすぐ伸ばしたフィアの回転機関銃はミコの頭めがけて吠えた。寸前で刀の柄に腕を跳ね上げられ、銃弾はむなしく虚空を削る。さらにフィアが旋回した反対側の手、戦車砲は肘からミコの腕に絡め取られ、暴発してむこうの道路を爆散させた。一閃された白刃に、主砲は根本から斬り落とされる。制服ごと徹甲弾にえぐられるミコの機体、斬り裂かれるフィアの装甲。お互いゼロ距離のまま入り乱れて位置を変えながら、撃つ撃つ撃つ。斬る斬る斬る。

「これならどう!?」

 刹那、ミコの目に炎がはじけた。

 フィアのこめかみから展開された超小型レーザーが、ミコの視界センサーに高温の目潰しを浴びせたのだ。焼損した片目から無事なほうの片目に機能が集中する一瞬に、フィアはミコから大きく飛び離れている。

 同時に展開されるフィアの両肩のマイクロミサイル、両腕の内蔵式機関銃、両膝の榴弾砲、背中を割ってぐるりとミコを狙う長砲身の電磁加速砲。すべての照準をミコにロックオンし、空中、フィアは宣言した。

「ご主人様、ごめん! 跡形も残さず灰にするわ、ミコ!」

「仕損じた呪いは、本人に跳ね返るのが常識です。斬撃段階、ステージ(3)……」

 おお、見よ。

 ふたたび居合斬りの構えに移ったミコの全身が展開し、強烈なブースターの炎を放出し始めたではないか。刀と鞘は、膨大な充電の集中に一段と輝きを増している。ミコの足元から空中のフィアまで伸びるのは、呪力の稲妻でできた擬似的な加速用のレールだ。すべてのエネルギーを、加速とこの一刀にかける。

 ふだん組織からは許されていない〝全力フルパワー〟だ。これをやるとマタドールは戦闘の続行ができなくなり、場合によっては一般人や敵対組織に鹵獲される危険までもがともなう。その全力の太刀によって、ミコ自身の機体が崩壊しなければの話だが。

 ミコは静かにささやいた。

「〝超深層ちょうしんそう〟」

全門開放フルファイア!」

 ミコとフィアふたつの叫びは空中、満月で交錯して影絵を描いた。

 全身から故障の漏電と発火、発煙、疑似血液等を噴きながら、ミコは勢いそのままに無様に駐車場を転がっている。回転しながら地面に突き刺さったのは、なかばからへし折れた長刀だ。

 超高速の斬撃に胴体をまっぷたつにされ、落下しながら、フィアはふと思った。

 死にたくない。

 だって、ご主人様が好きだから。

 フィアが召喚士にみっつめに要求しようとしたのは、彼からじぶんへの愛情だ。

 悲しげに笑って、フィアは目をふせた。

「ああ、そう。これがご主人様の言ってた〝感情〟か……」

 全身の火器が誘爆を起こし、フィアは木っ端微塵に吹き飛んだ。
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