上 下
19 / 54
第二話「検索」

「検索」(7)

しおりを挟む
 ノックとともに入室したフィアと砂目へ、ミコは静かに振り向いた。

「お疲れさまです、砂目課長、タイプF」

「そんなにかたっ苦しくしなくていいわ。気楽にフィアって呼んで。あたしもミコって呼ぶ」

「わかりました」

「会うのはひさびさね。数年前、いっしょにロシアで呪製麻薬の潜入捜査をしたとき以来かしら?」

「はい」

「さっきずっと窓の外を気にしてたみたいだけど、どうしたの?」

「いえ……方角的に、あちらのほうに上糸総合病院がありまして」

「そ。居てもたってもいられないのね。

「なんのことでしょう?」

 不敵なフィアの眼差しを、ミコは無感情な瞳で見返した。

 なにやら剣呑な雰囲気……場をとりなしたのは砂目だ。

「席にかけたまえ、ふたりとも」

 自分も席につくと、砂目は切り出した。

「黒野、私はきみのことを守りたい。褪奈のことをはじめとして、本件の解決に全力を尽くすことを約束する。だがそれにはまず、きみ自身の正直な証言が必要だ。いいな?」

「はい」

「状況を整理する。褪奈が刺されたとき、きみは彼といっしょにいたと言ったな?」

「はい。直近の行動記録は、データでも提出しているとおりです。私たちは、学校からの帰り道にいました」

「さいきん、褪奈とトラブルはなかったか?」

「と申しますと?」

「理不尽な暴言や、不当な暴力等だ」

「いいえ、ありません」

 即答したミコへ、薄ら笑いとともに問うたのはフィアだった。

「ちょっと前に〝召喚士〟のよこした機械の弓使いから、電子ウィルスの攻撃を受けてるわね、あんた。ウィルスのせいで心がおかしくなってない?」

「機体内の物理・非物理洗浄クリーンアップはすでに完了しています。ウィルスの後遺症はなしと、組織も判定しています」

「ほんとに? 記録上じゃあんた、護衛、教育、監視とかのために、ずいぶん長いこと褪奈くんといっしょにいるじゃない。なのに、なにもされてないと? ウィルスを浴びたあげく、むりやりヤられて、思考回路が狂っちゃったとあたしは睨んでるわ。ね、なにもヤってないわけないわよね?」

「やる、の定義がわかりません」

「またまたァ、とぼけちゃって」

「口をつつしみたまえ、フィア」

 のりのりのフィアを席に押し戻すと、砂目は続けた。

「褪奈の刺し傷と、現場に残された凶器の解析結果はでた」

 軽く息を吸って、砂目は言い放った。

「凶器である刀剣は〝闇の彷徨者アズラット〟……黒野、きみの呪力武装だ。刀剣本体の内部メモリーにも、現場できみが戦ったという履歴が残っていた」

 机に頬杖をつき、覆い被せてきたのはフィアだ。

「今現在、国内で〝闇の彷徨者アズラット〟とそれを投下する〝刀剣衛星ハイドラ〟のシステムを使えるのはミコ、あんただけ。どう? そろそろゲロしたら?」

「矛盾点があります」

 ミコはきっぱりと切り捨てた。

「事件の発生と同じ時刻、ヒデトと私のGPS記録は学校周辺にありました。同時間の私の視界記録に加工や修正等がないことも証明されています。そして学校から自動車処分場まではおよそ二十五キロ離れています。さらにその時間帯、赤務市上空の刀剣衛星が起動した履歴はありません」

 手首の腕時計が空中に投影する証拠記録を次々にスクロールさせながら、ミコは告げた。

「これらの証拠を総合的に勘案し、組織の基準に照らし合わせますと、私への取り調べは以上で終了ということになります。残された疑問点……〝闇の彷徨者アズラット〟に使用履歴があったという部分から、私の立場を依然〝参考人〟として取り扱うことには賛成しますが」

「……この短時間で、これだけの資料を用意したのか。本当に真剣なんだな」

 非常に精度の高い資料を電子の形で受け取りながら、砂目は重々しくうなずいた。

「期待どおりだ、黒野。安心した。これだけの説明材料があれば、私も組織を納得させられる。ただ、残る謎はふたつ。存在しないはずの刀剣と、現に負傷した褪奈の問題だ。この世界の法則を捻じ曲げて犯罪を行うのが〝召喚士〟……どれだけ物的証拠が揃っていようが、あのテロリストならあるいは。この最後の質問が終われば、きみはいったん自由の身になる」

 不満げに唇をとがらせて貧乏ゆすりするフィアを横目に、砂目はつぶやいた。

「事件発生からここまで、黒野、きみのアクセス可能部分はおおむね確認した。だが、きみの機体内部のオフライン部分……つまり絶対領域の解析はまだだ」

 絶対領域……ミコの存在をつかさどる〝魂〟を保護するに等しい場所の名だった。外部からの不正アクセス等を避けるため、マタドールシステムは共通で絶対領域をオンライン上から切り離している。もし仮にマタドールが〝うそをついていた〟場合でも、絶対領域にはなにかしらの動かぬ証拠が残るというわけだ。

「わかりました、絶対領域の中身を開示します。ですが、近隣では、必要な設備は美樽山支部の研究所にしかありませんが?」

「いや、あそこを使うのは組織から却下された。いちおう重要な参考人であるきみを、組織の施設内に通して検査するわけにはいかないとの見解だ。だからこの署を借りている」

 となりのフィアへ、砂目は目配せした。

「今回緊急で、この場にフィアを呼んだのは他でもない。フィアには、絶対領域にアクセスするための権限と機材を装備してきてもらった。フィアとの直接アクセスに同意してくれるな、黒野?」

「はい」

 ミコはそっと右手をさしだした。その薄い掌の手首にあたる部分が、かすかな響きとともに金属製の端子をのぞかせる。握手を求められた側のフィアは、思わせぶりに笑った。

「よかったわねぇ、砂目課長のお墨付きがもらえて。でも、あんたの普段見せない秘密の領域から、いったいなにが出るかしら?」

 フィアはミコの右手を握り返した。

 まちがっても友好の印の握手などではない。お互いの手に装備された接続用の端子をもちいて、有線式の直接通信は行われるのだ。合図したのは砂目だった。

「始めてくれ」

 小さな悲鳴とともに、フィアが手を引き剥がしたのは次の瞬間だった。

「どうした!?」

 突然のことに、思わず席を立ったのは砂目だ。かすかに呪力の煙と電光をあげる右手をおさえて、フィアは憎らしげにミコを睨んでいる。ふたたび、砂目はたずねた。

「どうした、フィア? 不具合か?」

「いいえ、課長。いちおう成功よ。絶対領域にも怪しい点はない。ただ……ただ、あたしの機能がミコの情報量に追いつかなかった。課長、聞いてないわよ。いつの間にがマタドールに実装されたの?」

「実装? なんのことだ?」

 同じく自分の手のひらを眺めるミコを、フィアは胡乱げな顔で見やった。

「絶対領域の内側にあったこれ……これは〝感情〟よ。それも、かぎりなく人間のものに近い」

 ガラス玉めいた無感動な瞳で、ミコはフィアを見返した。

「フィア、あなた。いま私の記憶に、なにを植えつけようとしました?」

「砂目課長。こんどこそ本当に、あたしに不具合発生よ。いったん失礼するわ」

 焼き切れた手首の端子をかばったまま、フィアは取調室をあとにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

アンドロイドちゃんねる

kurobusi
SF
 文明が滅ぶよりはるか前。  ある一人の人物によって生み出された 金属とプラスチックそして人の願望から構築された存在。  アンドロイドさんの使命はただ一つ。  【マスターに寄り添い最大の利益をもたらすこと】  そんなアンドロイドさん達が互いの通信機能を用いてマスター由来の惚気話を取り留めなく話したり  未だにマスターが見つからない機体同士で愚痴を言い合ったり  機体の不調を相談し合ったりする そんなお話です  

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

強制力が無茶するせいで乙女ゲームから退場できない。こうなったら好きに生きて国外追放エンドを狙おう!処刑エンドだけは、ホント勘弁して下さい

リコピン
ファンタジー
某乙女ゲームの悪役令嬢に転生したナディア。子どもの頃に思い出した前世知識を生かして悪役令嬢回避を狙うが、強制力が無茶するせいで上手くいかない。ナディアの専属執事であるジェイクは、そんなナディアの奇行に振り回されることになる。 ※短編(10万字はいかない)予定です

転生料理人の異世界探求記(旧 転生料理人の異世界グルメ旅)

しゃむしぇる
ファンタジー
 こちらの作品はカクヨム様にて先行公開中です。外部URLを連携しておきましたので、気になる方はそちらから……。  職場の上司に毎日暴力を振るわれていた主人公が、ある日危険なパワハラでお失くなりに!?  そして気付いたら異世界に!?転生した主人公は異世界のまだ見ぬ食材を求め世界中を旅します。  異世界を巡りながらそのついでに世界の危機も救う。  そんなお話です。  普段の料理に使えるような小技やもっと美味しくなる方法等も紹介できたらなと思ってます。  この作品は「小説家になろう」様及び「カクヨム」様、「pixiv」様でも掲載しています。  ご感想はこちらでは受け付けません。他サイトにてお願いいたします。

姉の陰謀で国を追放された第二王女は、隣国を発展させる聖女となる【完結】

小平ニコ
ファンタジー
幼少期から魔法の才能に溢れ、百年に一度の天才と呼ばれたリーリエル。だが、その才能を妬んだ姉により、無実の罪を着せられ、隣国へと追放されてしまう。 しかしリーリエルはくじけなかった。持ち前の根性と、常識を遥かに超えた魔法能力で、まともな建物すら存在しなかった隣国を、たちまちのうちに強国へと成長させる。 そして、リーリエルは戻って来た。 政治の実権を握り、やりたい放題の振る舞いで国を乱す姉を打ち倒すために……

転生令嬢は冒険したい~ダンジョン目指してるのになぜか婚約破棄~

四葉
ファンタジー
✱~或る○○の○○~ とタイトルに記載された話は主人公以外の視点です。 異世界転生って、チートで冒険で無双するのがデフォじゃないの?? 搾取され続けた人生を終えた彼女は来世こそはと努力が反映される世界を望んだ。 そこは魔法もダンジョンもレベルもステータスも存在する世界。 「レベル上げれば強くなるんだよね! 努力は報われるんだよね?!」 しかし彼女は公爵家の令嬢として生を受けた。 え、冒険は? ステータスは? レベル上げないの?? レベルもステータスも存在するのに全く役に立たない生まれと立場のお嬢様はしょんぼりだよ

婚約破棄を告げた瞬間に主神を祀る大聖堂が倒壊しました〜神様はお怒りのようです〜

和歌
ファンタジー
「アリシア・フィルハーリス、君の犯した罪はあまりに醜い。今日この場をもって私レオン・ウル・ゴルドとアリシア・フィルハーリスの婚約破棄を宣言する──」  王宮の夜会で王太子が声高に告げた直後に、凄まじい地響きと揺れが広間を襲った。 ※恋愛要素が薄すぎる気がするので、恋愛→ファンタジーにカテゴリを変更しました(11/27) ※感想コメントありがとうございます。ネタバレせずに返信するのが難しい為、返信しておりませんが、色々予想しながら読んでいただけるのを励みにしております。

トップ冒険者の付与師、「もう不要」と言われ解雇。トップ2のパーティーに入り現実を知った。

ファンタジー
そこは、ダンジョンと呼ばれる地下迷宮を舞台にモンスターと人間が暮らす世界。 冒険者と呼ばれる、ダンジョン攻略とモンスター討伐を生業として者達がいる。 その中で、常にトップの成績を残している冒険者達がいた。 その内の一人である、付与師という少し特殊な職業を持つ、ライドという青年がいる。 ある日、ライドはその冒険者パーティーから、攻略が上手くいかない事を理由に、「もう不要」と言われ解雇された。 新しいパーティーを見つけるか、入るなりするため、冒険者ギルドに相談。 いつもお世話になっている受付嬢の助言によって、トップ2の冒険者パーティーに参加することになった。 これまでとの扱いの違いに戸惑うライド。 そして、この出来事を通して、本当の現実を知っていく。 そんな物語です。 多分それほど長くなる内容ではないと思うので、短編に設定しました。 内容としては、ざまぁ系になると思います。 気軽に読める内容だと思うので、ぜひ読んでやってください。

処理中です...