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第四話「交錯」
「交錯」(14)
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翌日、最終日の四日目……
宮殿の暗い地下室には、特別製の転送の魔法陣が輝いていた。
メネスとイングラムがおたがいの技術を結集させ、地呪と水呪それぞれの召喚を組み合わせた〝門〟だ。マクニール総合病院の治療はめざましいもので、若さゆえの回復力も相まってか、イングラムはすでに松葉杖で歩けるまでに立ち直っている。
彼女たちを地球へ送り届ける門は、稲妻と水紋が入り混じった呪力に渦巻いていた。
門のきらめきに逆光になるのは、制服姿のホシカとナコト、そしてミコだ。
ふたりして呪力の五芒星を腕に燃やしながら、メネスはねぎらった。
「みんな、お疲れ様。さあ、地球への帰り道だ」
ふたりの召喚士へ思いきり頭を下げたのは、あいかわらず胸に子イノシシのぬいぐるみを抱いたナコトだった。
「あの、いろいろとお世話になりました! 大変でしたけど、その、とても楽しい旅でした。それとイングラムさん、ごめんなさい……」
「なんだよ水臭い。なにを俺にあやまる必要がある?」
「あの公園で、反射的に首をしめてしまって……あのときはまさか、別の世界を救い、テフの別荘でもてなされて、その、アリソンさんにあんなに優しくしてもらえるなんて思ってもみなかったんです」
いまいましげに、メネスは舌打ちした。
「アリソン……あいつ、フィアのみならず、きみにまで手を出したのか。チームリーダーのぼくに一言の断りもなく。天性のプレイボーイめ。なにかされなかったか?」
「は、はい、大丈夫です。あのあとじっくり、お祭りの会場で幻夢境の歴史とかを聞かせてもらいました。なぜかダーツのことはもう、一言も話してくれませんでしたけど」
門に一歩踏み出しかけたナコトを、制止したのはだれの声だったろう。
「決めゼリフ! 決めゼリフ!」
「あ、そうだね、テフ。いっぱい練習したもんね」
こほんと咳払いすると、ナコトは可能なかぎり恐ろしい声で演技した。
「二度とふたたび千なる異形のわれに出会わぬことを、宇宙に祈るがよい……これでいい? テフ? OK! はい、またね! メネス先生、イングラムさん!」
「ああ、危なくなったらまた力を貸してくれ! 拳銃使い!」
大きく手を振ったイングラムの眼前で、ナコトは門の向こうへ吸い込まれた。
つぎに門へ進んだのはミコだ。片腕には、後ろ手に耐呪力製の手錠をかけ、催眠封じの布袋をかぶせたルリエを引き連れている。
「メネス・アタール」
親指でわずかに鞘から刀の銀光を押し出しながら、ミコは告げた。
「あなたは地球では最重要の指名手配犯です」
「そのままぼくを追いかけ続けてくれ。それが地球と幻夢境の平和につながるのなら、ぼくは喜んで自首しよう」
かたわらの門へ視線をやり、ミコは静かに納刀のこだまを響かせた。
「どうやらこの門では、ルリエを連れ帰るのが精一杯のようです。今回は、あなたの逮捕はできそうにありません。あなたが異世界の協力者である、というふうに組織には報告しましょう」
「いいのかい?」
「はい。ですので、その行動にはくれぐれも注意を払うように。とくに、危険なフィアの量産はいますぐにでも中止してください」
「いまのところは、フィアはF91で打ち止めだ。ジュズによってその機体が破壊されないかぎりは、ね」
沈黙するルリエを引き立て、ミコはそっとメネスたちへ背を向けた。
「今後も引き続き、世界の異常はくわしく私に情報伝達するように」
「心得た、刀人形」
「それでは、また」
メネスの返事に後押しされ、ミコは転送の門へ消えた。
じつはミコに連行された人物が、ルリエとはまったく別の人間だということは、現実世界へ到着したのち組織が布袋を外した段階で判明する。
さいごに残ったのはホシカだった。
「ありがとな、おふたりさん。あたしを救ってくれて……」
呪力の風になびく髪を耳にかきあげながら、ホシカは寂然とうつむいた。
「あたし、幻夢境で見つけた気がする。地球では知らなかった大切なものを、たくさん」
差し出されたホシカの手と力強く握手し、メネスは首を振った。
「救われたのは、幻夢境のほうさ。ほんとうによくやってくれた、光の翼。次回の召喚にも、気前よく応じてくれるね?」
「もちろんさ。授業中やトイレ中でなきゃ、いつでも呼んでくれ」
そのまま転送の門へ去るかと思いきや、ホシカはなにかためらっていた。腰のうしろで指を絡め、もじもじとイングラムを上目遣いにしては視線をそらしている。
こちらも顔を火照らせ、イングラムは叫んだ。
「ホシカ!」
「イングラム!」
メネスは我が目を疑った。
ホシカとイングラムが、抱き合って深く口付けしたではないか。たっぷり有意義な時間を味わったのち、名残惜しく体と体を離す。
門の前で額と額をくっつけ、ホシカはイングラムの両肩に手を置いた。
「〝案内〟で地球にいられる制限時間は三十分だっけ? それだけ時間がありゃ、いろいろできる。待ってるぜ、ジョニー!」
「わかったホシカ! かならず迎えにいく! 未来との戦いが終わったら!」
ホシカももとの世界へ無事戻ったのを確認し、ふたりは呪力の行使を止めた。
ほうけた顔つきのイングラムへ、厳しい視線を飛ばしたのはメネスだ。
「きみこそ油断も隙もないな、イングラム。うちのチームは恋愛禁止なんだが?」
二百歳を超えた老人のように耳に手をあて、イングラムは問い返した。
「初耳ですね。では先生は、どうやって産まれてきたんです?」
「黙れ。きみは落第だ、落第」
あれこれ叱責と笑いをかわしながら、召喚士たちの姿は階段の闇へ消えていった。
宮殿の暗い地下室には、特別製の転送の魔法陣が輝いていた。
メネスとイングラムがおたがいの技術を結集させ、地呪と水呪それぞれの召喚を組み合わせた〝門〟だ。マクニール総合病院の治療はめざましいもので、若さゆえの回復力も相まってか、イングラムはすでに松葉杖で歩けるまでに立ち直っている。
彼女たちを地球へ送り届ける門は、稲妻と水紋が入り混じった呪力に渦巻いていた。
門のきらめきに逆光になるのは、制服姿のホシカとナコト、そしてミコだ。
ふたりして呪力の五芒星を腕に燃やしながら、メネスはねぎらった。
「みんな、お疲れ様。さあ、地球への帰り道だ」
ふたりの召喚士へ思いきり頭を下げたのは、あいかわらず胸に子イノシシのぬいぐるみを抱いたナコトだった。
「あの、いろいろとお世話になりました! 大変でしたけど、その、とても楽しい旅でした。それとイングラムさん、ごめんなさい……」
「なんだよ水臭い。なにを俺にあやまる必要がある?」
「あの公園で、反射的に首をしめてしまって……あのときはまさか、別の世界を救い、テフの別荘でもてなされて、その、アリソンさんにあんなに優しくしてもらえるなんて思ってもみなかったんです」
いまいましげに、メネスは舌打ちした。
「アリソン……あいつ、フィアのみならず、きみにまで手を出したのか。チームリーダーのぼくに一言の断りもなく。天性のプレイボーイめ。なにかされなかったか?」
「は、はい、大丈夫です。あのあとじっくり、お祭りの会場で幻夢境の歴史とかを聞かせてもらいました。なぜかダーツのことはもう、一言も話してくれませんでしたけど」
門に一歩踏み出しかけたナコトを、制止したのはだれの声だったろう。
「決めゼリフ! 決めゼリフ!」
「あ、そうだね、テフ。いっぱい練習したもんね」
こほんと咳払いすると、ナコトは可能なかぎり恐ろしい声で演技した。
「二度とふたたび千なる異形のわれに出会わぬことを、宇宙に祈るがよい……これでいい? テフ? OK! はい、またね! メネス先生、イングラムさん!」
「ああ、危なくなったらまた力を貸してくれ! 拳銃使い!」
大きく手を振ったイングラムの眼前で、ナコトは門の向こうへ吸い込まれた。
つぎに門へ進んだのはミコだ。片腕には、後ろ手に耐呪力製の手錠をかけ、催眠封じの布袋をかぶせたルリエを引き連れている。
「メネス・アタール」
親指でわずかに鞘から刀の銀光を押し出しながら、ミコは告げた。
「あなたは地球では最重要の指名手配犯です」
「そのままぼくを追いかけ続けてくれ。それが地球と幻夢境の平和につながるのなら、ぼくは喜んで自首しよう」
かたわらの門へ視線をやり、ミコは静かに納刀のこだまを響かせた。
「どうやらこの門では、ルリエを連れ帰るのが精一杯のようです。今回は、あなたの逮捕はできそうにありません。あなたが異世界の協力者である、というふうに組織には報告しましょう」
「いいのかい?」
「はい。ですので、その行動にはくれぐれも注意を払うように。とくに、危険なフィアの量産はいますぐにでも中止してください」
「いまのところは、フィアはF91で打ち止めだ。ジュズによってその機体が破壊されないかぎりは、ね」
沈黙するルリエを引き立て、ミコはそっとメネスたちへ背を向けた。
「今後も引き続き、世界の異常はくわしく私に情報伝達するように」
「心得た、刀人形」
「それでは、また」
メネスの返事に後押しされ、ミコは転送の門へ消えた。
じつはミコに連行された人物が、ルリエとはまったく別の人間だということは、現実世界へ到着したのち組織が布袋を外した段階で判明する。
さいごに残ったのはホシカだった。
「ありがとな、おふたりさん。あたしを救ってくれて……」
呪力の風になびく髪を耳にかきあげながら、ホシカは寂然とうつむいた。
「あたし、幻夢境で見つけた気がする。地球では知らなかった大切なものを、たくさん」
差し出されたホシカの手と力強く握手し、メネスは首を振った。
「救われたのは、幻夢境のほうさ。ほんとうによくやってくれた、光の翼。次回の召喚にも、気前よく応じてくれるね?」
「もちろんさ。授業中やトイレ中でなきゃ、いつでも呼んでくれ」
そのまま転送の門へ去るかと思いきや、ホシカはなにかためらっていた。腰のうしろで指を絡め、もじもじとイングラムを上目遣いにしては視線をそらしている。
こちらも顔を火照らせ、イングラムは叫んだ。
「ホシカ!」
「イングラム!」
メネスは我が目を疑った。
ホシカとイングラムが、抱き合って深く口付けしたではないか。たっぷり有意義な時間を味わったのち、名残惜しく体と体を離す。
門の前で額と額をくっつけ、ホシカはイングラムの両肩に手を置いた。
「〝案内〟で地球にいられる制限時間は三十分だっけ? それだけ時間がありゃ、いろいろできる。待ってるぜ、ジョニー!」
「わかったホシカ! かならず迎えにいく! 未来との戦いが終わったら!」
ホシカももとの世界へ無事戻ったのを確認し、ふたりは呪力の行使を止めた。
ほうけた顔つきのイングラムへ、厳しい視線を飛ばしたのはメネスだ。
「きみこそ油断も隙もないな、イングラム。うちのチームは恋愛禁止なんだが?」
二百歳を超えた老人のように耳に手をあて、イングラムは問い返した。
「初耳ですね。では先生は、どうやって産まれてきたんです?」
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