上 下
30 / 32
第四話「交錯」

「交錯」(13)

しおりを挟む
 王による晴れ晴れとした終幕の祝辞を、来賓者たちは残念そうに聞いた。

 それでも打ち上げ花火の最高潮クライマックスを一目するべく、ひとり、またひとりと客足が立ち去りはじめたころ……

 大広間の一角、バーのカウンター席に腰掛けたまま、その男は愚痴った。

「嫉妬、か。言われてみりゃ、そうかもしんねえ」

 一気飲みしたショットグラスで卓を叩くと、ナイ神父は酒臭いしゃっくりを漏らした。

 度数の強い濃厚な酒をグラスへ追加しながら、興味深げに相談を聞くのはバーテンダー代わりのF91だ。左右の席からは、ミコとホシカがナイ神父を挟んでいる。

 数えきれない金貨が詰まった閉店後の袋を背負いながら、ホシカは聞き直した。

「で、つまるところ、そいつは神父さん、あんたの彼女なのかい?」

「彼女というよりは、父親みたいなものさ。いろいろ経緯があって、気づけば俺はあいつの生命維持装置の代わりをやってた」

 あごの無精髭をつくろうナイ神父へ、F91は納得げにうなずいた。

「気に入らなかったのね? 一心同体のはずの我が娘が、なまいきな色男にチヤホヤされるのが?」

「ああ」

 やや逡巡の間をおいたのち、やわらかく告げたのはミコだった。

「お言葉ですが、お子さんはいつか、両親のもとから巣立つものではありませんか?」

 痛くなって外した高級なハイヒールをぶらぶらさせながら、ホシカは続いた。

「そうさ。こんなガキの意見で申し訳ないが、それだけはわかる。それは生き物の常識ってやつで、避けては通れない道みたいだぜ。ところでその、ベタベタ娘を触る男との勝負には勝ったのかい?」

 グラスの小麦色の液体へ身を丸め、ナイ神父は軽く首を振った。

「負けたよ。お恥ずかしいことに男のほうじゃなく、彼女本人にな。俺の力はほとんどあいつに渡してあってさ。俺自身はただの子機にしか過ぎないんだ」

 気の利くF91が用意したつまみの豆を、憎々しげに噛み砕きながらナイ神父は嘆いた。

「ちくしょう。あいつはあのまま、どこの馬の骨ともわからない男に寝取られる運命なんだろうか? 俺はその一挙手一投足を、最後までそばで見守らなきゃなんねえんだぜ?」

 また空になったグラスへ酒を注ぎながら、F91は相槌を打った。

「心底から大切にしてるのね? 娘さんのこと?」

「まあな。俺なんかがあいつと人生をともにするようになった責任は、俺にある」

 質問したのはミコだった。

「では神父様は、お嬢様が嫁にもとつがず、永遠に手もとにいたほうがいいんですか?」

「言われてみれば、それもそれで悲しい話だ」

 元気なく落ちたナイ神父の肩へ手をおき、ホシカはにかっと破顔した。

「決まりだな。そっと見守ってやれよ。力いっぱい応援してやれよ」

 ホシカの注文したカシスオレンジは、なにもかも知っているF91に腕で×マークされている。ちいさく舌打ちしながら、ホシカはささやいた。

「娘は成長し、いずれはほかの男とくっついて子どもをはらむ」

「お爺ちゃんになるという現象も、あんがい幸せだそうですよ。それは社会的な大多数の統計で裏づけされています」

「その産まれてくる子どもだって、神父さんの血をひいてるのよ?」

 口々にじぶんのカラーにあった発言をした少女三名へ、ナイ神父はなんとも言いがたい顔つきをした。

「おまえら三人とも、暗黒神もわからないことを色々と知ってるんだな?」

 天使のような笑顔で、F91は答えた。

「父親ならでは当然の悩みだと思うわ。神父さんは、メロドラマとかはお嫌い?」

「ユーチューブばっかり見てた。反省だな、こりゃ」

 仏頂面にはじめて笑みをともすと、ナイ神父はつぶやいた。

「フィアちゃん、おまえさんのさっきの歌のとおりかもしんねえ。どんな悪夢だって飛べばいつか抜けて、希望にたどり着くんだ」

 あきらめた面持ちで、ナイ神父はやけ酒をやめた。

「もうあいつの好きにさせるさ、あいつの人生は」

「うんうん」

「ご英断です」

「それがいいわ」

「ありがとな。おなじ年頃の女性の恋愛観、ほんとタメになった。じゃ、みんなで花火大会を見にいくまえに、お返しと言っちゃなんだが……」

 おもむろに胸もとから十字架を引き抜くと、ナイ神父は提案した。

「即席の懺悔室の開店だよ。さあお嬢さんたち、なにか過去に犯した償いたい罪はないかい? 千なる無貌の神じきじきに、懇切丁寧に聞くぜ?」

 現代最強の異能力者たちは、はっとお互いの顔を見合わせた。

「あたし、ほんとは両親に……」

「私も、じつは……」

「あたしも……」

 いきなり殺到した少女たちにたまげ、ナイ神父は悲鳴をあげた。

「おい! 順番だ! 罪深い子羊ども! 並べ並べ!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

男爵令嬢に転生したら実は悪役令嬢でした! 伯爵家の養女になったヒロインよりも悲惨な目にあっているのに断罪なんてお断りです

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
「お前との婚約を破棄する」 クラウディアはイケメンの男から婚約破棄されてしまった…… クラウディアはその瞬間ハッとして目を覚ました。 ええええ! 何なのこの夢は? 正夢? でも、クラウディアは属国のしがない男爵令嬢なのよ。婚約破棄ってそれ以前にあんな凛々しいイケメンが婚約者なわけないじゃない! それ以前に、クラウディアは継母とその妹によって男爵家の中では虐められていて、メイドのような雑用をさせられていたのだ。こんな婚約者がいるわけない。 しかし、そのクラウディアの前に宗主国の帝国から貴族の子弟が通う学園に通うようにと指示が来てクラウディアの運命は大きく変わっていくのだ。果たして白馬の皇子様との断罪を阻止できるのか? ぜひともお楽しみ下さい。

危険な森で目指せ快適異世界生活!

ハラーマル
ファンタジー
初めての彼氏との誕生日デート中、彼氏に裏切られた私は、貞操を守るため、展望台から飛び降りて・・・ 気がつくと、薄暗い洞窟の中で、よくわかんない種族に転生していました! 2人の子どもを助けて、一緒に森で生活することに・・・ だけどその森が、実は誰も生きて帰らないという危険な森で・・・ 出会った子ども達と、謎種族のスキルや魔法、持ち前の明るさと行動力で、危険な森で快適な生活を目指します!  ♢ ♢ ♢ 所謂、異世界転生ものです。 初めての投稿なので、色々不備もあると思いますが。軽い気持ちで読んでくださると幸いです。 誤字や、読みにくいところは見つけ次第修正しています。 内容を大きく変更した場合には、お知らせ致しますので、確認していただけると嬉しいです。 「小説家になろう」様「カクヨム」様でも連載させていただいています。 ※7月10日、「カクヨム」様の投稿について、アカウントを作成し直しました。

公爵家長男はゴミスキルだったので廃嫡後冒険者になる(美味しいモノが狩れるなら文句はない)

音爽(ネソウ)
ファンタジー
記憶持ち転生者は元定食屋の息子。 魔法ありファンタジー異世界に転生した。彼は将軍を父に持つエリートの公爵家の嫡男に生まれかわる。 だが授かった職業スキルが「パンツもぐもぐ」という謎ゴミスキルだった。そんな彼に聖騎士の弟以外家族は冷たい。 見習い騎士にさえなれそうもない長男レオニードは廃嫡後は冒険者として生き抜く決意をする。 「ゴミスキルでも美味しい物を狩れれば満足だ」そんな彼は前世の料理で敵味方の胃袋を掴んで魅了しまくるグルメギャグ。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

おしっこ我慢が趣味の彼女と、女子の尿意が見えるようになった僕。

赤髪命
青春
~ある日目が覚めると、なぜか周りの女子に黄色い尻尾のようなものが見えるようになっていた~ 高校一年生の小林雄太は、ある日突然女子の尿意が見えるようになった。 (特にその尿意に干渉できるわけでもないし、そんなに意味を感じないな……) そう考えていた雄太だったが、クラスのアイドル的存在の鈴木彩音が実はおしっこを我慢することが趣味だと知り……?

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

あやとり

吉世大海(キッセイヒロミ)
SF
人類は世界を宇宙まで進出させた。  地球の「地上主権主義連合国」通称「地連」、中立国や、月にある国々、火星のドームを中心とする「ゼウス共和国」で世界は構成されている。  そして、その構成された世界に張り巡らされたのがドールプログラム。それは日常生活の機械の動作の活用から殺戮兵器の動作…それらを円滑に操るプログラムとそれによるネットワーク。つまり、世界を、宇宙を把握するプログラムである。  宇宙の国々は資源や力を、さらにはドールプログラムを操る力を持った者達、それらを巡って世界の争いは加速する。   ・六本の糸  月の人工ドーム「希望」は「地連」と「ゼウス共和国」の争いの間で滅ぼされ、そこで育った仲良しの少年と少女たちは「希望」の消滅によりバラバラになってしまう。  「コウヤ・ハヤセ」は地球に住む少年だ。彼はある時期より前の記憶のない少年であり、自分の親も生まれた場所も知らない。そんな彼が自分の過去を知るという「ユイ」と名乗る少女と出会う。そして自分の住むドームに「ゼウス共和国」からの襲撃を受け「地連」の争いに巻き込まれてしまう。 ~地球編~ 地球が舞台。ゼウス共和国と地連の争いの話。 ~「天」編~ 月が舞台。軍本部と主人公たちのやり取りと人との関りがメインの話。 ~研究ドーム編~ 月が舞台。仲間の救出とそれぞれの過去がメインの話。 ~「天」2編~ 月が舞台。主人公たちの束の間の休憩時間の話。 ~プログラム編~ 地球が舞台。準備とドールプログラムの話。 ~収束作戦編~ 月と宇宙が舞台。プログラム収束作戦の話。最終章。 ・泥の中 六本の糸以前の話。主役が別人物。月と宇宙が舞台。 ・糸から外れて ~無力な鍵~  リコウ・ヤクシジはドールプログラムの研究者を目指す学生だった。だが、彼の元に風変わりな青年が現われてから彼の世界は変わる。 ~流れ続ける因~  ドールプログラム開発、それよりもずっと昔の権力者たちの幼い話や因縁が絡んでくる。 ~因の子~  前章の続き。前章では権力者の過去が絡んだが、今回はその子供の因縁が絡む。 ご都合主義です。設定や階級に穴だらけでツッコミどころ満載ですが気にしないでください。 更新しながら、最初から徐々に訂正を加えていきます。 小説家になろうで投稿していた作品です。

お兄ちゃんの装備でダンジョン配信

高瀬ユキカズ
ファンタジー
レベル1なのに、ダンジョンの最下層へ。脱出できるのか!? ダンジョンが現代に現れ、ライブ配信が当たり前になった世界。 強さに応じてランキングが発表され、世界的な人気を誇る配信者たちはワールドクラスプレイヤーと呼ばれる。 主人公の筑紫春菜はワールドクラスプレイヤーを兄に持つ中学2年生。 春菜は兄のアカウントに接続し、SSS級の激レア装備である【神王の装備フルセット】を持ち出してライブ配信を始める。 最強の装備を持った最弱の主人公。 春菜は視聴者に騙されて、人類未踏の最下層へと降り立ってしまう。しかし、危険な場所に来たことには無自覚であった。ろくな知識もないまま攻略し、さらに深い階層へと進んでいく。 無謀とも思える春菜の行動に、閲覧者数は爆上がりする。

処理中です...