上 下
21 / 32
第四話「交錯」

「交錯」(4)

しおりを挟む
 空の大きな魔法陣を照り返して、ガラスの塔は不気味に発光していた。

 ふいに屋上の広場へ舞い上がったのは、ひとつの輝きだ。

 複雑な変形を逆再生して魔法少女へ戻り、ホシカは広場へ着地した。柱にしばられたイングラムへ歩み寄り、口の猿ぐつわを乱暴にちぎる。

「おい、助けにきたぞ。おいってば、イングラム?」

 ホシカの呼びかけを無視して、イングラムはほのかな水呪の輝きを放ち続けている。何事かぶつぶつ漏らすうわ言の内容は、こうだ。

「召喚します。幻夢境を破滅させるため、ジュズを召喚します……愛してます、ルリエ様」

 気持ちのいい音が響いた。頭の中でなにかの切れた顔つきのホシカが、即座にイングラムの頬を平手打ちしたのだ。左右に一回、二回、三回、四回……

 イングラムの瞳に、しだいに感情の色は戻り始めた。振り上げられたホシカの手のひらを目にし、あわてて制止する。

「タイム! タ~イム! うェッ!?」

 最後の渾身のひと張りを食らい、イングラムの顔はあさっての方角を向いた。

 両頬を真っ赤に腫らしたイングラムへ、片手は振り上げたまま、座った眼差しでたずねたのはホシカだ。

「おまえの恋人の名前を言ってみろ」

「は、はい。わたくしが愛するのはただひとり。伊捨星歌いすてほしかさん、あなたです」

「まだ狂ってるのかい、あんた?」

 やや照れくさげに鼻の下をかきながら、ホシカはつぶやいた。

「いちおう洗脳は解けたみたいだな。ケガの具合はどうだ?」

「体中がバキバキだよ。呪力も搾り取られてカラカラだ。あとなぜか非常に、顔が痛い」

「無事でよかったな。動くなよ。いまその鎖を切る」

 ホシカのかざした拳に、灼熱音をひいて光の刃が生じる。だが、イングラムは押し殺した声で警告した。

「気をつけろ、ホシカ。ここは特殊なジュズ……〝瞳の蒐集家ズシャコン〟が守っている」

「がしゃぽん?」

 反射的にかわしていなければ、ホシカは灰になるまで焼かれていたに違いない。宙返りしたホシカの残像を駆け抜けたのは、超高熱の太い光条だ。

 見れば、天の魔法陣を守るように一体のジュズが立ちふさがっている。

 黒焦げになった衣装のすそをつまみながら、ホシカは犬歯を剥きだした。

「しつこいぜ! ○玉野郎!」

 ホシカは瞬時に戦闘機へ変形した。

 急接近したズシャコンを、すれ違いざまに光の翼で切る。

 だが俊敏に跳躍したズシャコンに、光の軌跡は紙一重で回避されていた。戦闘機の中腹を上からもろに直撃したのは、反撃に放たれた強烈な踵落としだ。地面に叩き伏せられた戦闘機は、長々と広間の端まで滑っている。

 落下の寸前で変形を解除し、ホシカは前に両手をかざした。広げられた手のひらから生じた呪力のブースターの推進炎が、崖っぷちでホシカを押し止める。そのまま全身のロケットエンジンを逆噴射。広間を高速で急カーブしてズシャコンのうしろへ旋回するや、引き絞った右拳の光刃を突き入れる。

 ズシャコンの全身に生じた〝眼〟が、いっせいにホシカを見たのはそのときだった。

 球状の手足は回転し、ズシャコンの背中だった場所はたちまち正面に裏返っている。放たれた光刃を腕ごと跳ねのけ、がら空きのホシカの頭部へ振り下ろされたのはズシャコンの硬い腕だ。轟音とともに、ホシカは地面を砕いてバウンドした。

「か、体中に目があるのか……まさに死角なしって感じ? あたしも、とんだジョーカーを引き当てちまったもんだぜ!」

 叫んで跳ね起きるなり、ホシカは拳を放った。

 繰り出された光刃を、ズシャコンの手、足、胴体、そして頭部に埋まった無数の瞳が見返す。伸びきった腕を軽々といなし、お返しにホシカのみぞおちに刺さったボディブローはとてつもなく重い。光刃をまとったホシカの回し蹴りを、ズシャコンは腕の甲でたやすく受け止めてみせた。交差して一閃した鋭い膝蹴りが、ホシカの顎を打ち抜いて仰け反らせる。拘束されたまま、悲鳴をあげたのはイングラムだ。

「ホシカ!」

「つ、強ぇ……格闘技まで使いやがる、この金○野郎」

 よろよろ後退さると、ホシカは苦しげに片膝をついた。ひどい脳震盪に襲われ、視界はまだ回っている。

「これならどうだ!?」

 指鉄砲の形を作った右手で、ホシカは素早くズシャコンを照準した。

 同時に、ホシカの体から高速でズシャコンへ飛んだのは、分離した魔法少女の衣装のかけらだ。金属の輝きを反射する翼の部品たちは、ひとつひとつが灼熱の光刃をまとって自動でズシャコンへ襲いかかる。

 だが呪力の自律攻撃機ドローンが到達するよりも早く、ズシャコンの全身の瞳は光を撃った。間一髪で転がってかわした場所は大爆発を起こし、ホシカはガラスの破片を浴びて広場を転がっている。ぷっつり糸が切れたように鈴音を鳴らして地面へ跳ねたのは、ホシカのコントロールを失った金属片たちだ。

 四つん這いになってまだ立ち上がろうとする血まみれのホシカヘ、イングラムは悲痛な声で訴えた。

「ホシカ! 俺をおいて逃げろ! きみだけじゃズシャコンに勝てない!」

「や、やだね。約束したんだ。救って守るのが、あたしの使命ってやつなのさ」

 砕けた歯のかけらが混じったつばを、ホシカは横に吐き捨てた。

 強がってはみたものの、たしかにいまのホシカではあれに太刀打ちできない。

 どうやらズシャコンの視界には、ホシカのあらゆる攻撃がスローモーションに映っているようだ。またその多くの眼球は昆虫の複眼と似た原理で、ホシカの筋肉の流れにいたるまでを詳細に把握し、動きのことごとくを事前に先読みしている。

 全身の瞳を不吉にあちこちへ彷徨わせながら、ズシャコンは傷だらけのホシカヘ迫った。

 鉄鎖の中でもがきながら、叫んだのはイングラムだ。

「もういい、ホシカ! いまは幻夢境のことは考えるな! きみが死んでしまったら……俺の現実はどうなる!?」

「幻夢境……現実」

 はっと気づいた表情になって、ホシカは独りごちた。

「そうか、その手があったか。けっこう危ない橋だが、わたる価値は大ありだ……おいイングラム!」

 いきなり名指しされ、イングラムは目をしばたいた。

「なんだ!?」

「合図したら〝召喚〟だ! できるだろ!?」

 気弱げに顔を曇らせ、イングラムはちいさく首を振った。

「そんな、まさか……危険すぎる!」

「火遊びほど楽しいことはない! やるぞ!」

 立ち上がったかと思いきや、ホシカは人差し指でズシャコンを手招きした。

 正確には、そのまわりに散らばる自律攻撃機ドローンに指示を与えたのだ。急速にホシカの眼前へ舞い戻った輝きは、いっせいに光刃をまたたかせる。

 だが、この手段はさっき封じられたはずだ。ズシャコンの体中の瞳に、超高熱の波動は強く集束していく……

 ふたたび指鉄砲にした手でズシャコンを狙い、ホシカはささやいた。

「バァン!」

 それが合図だった。

 同時に、ズシャコンの全身の眼球は、ホシカめがけて光っている。横向きにほとばしった極太の光の柱の中に、ホシカは影も形も残さず消し飛ばされた。

 次の瞬間、ズシャコンの胸と頭から光の刃が生えたではないか。

 なんらかの方法でその背後に瞬間移動したホシカが、両手の光刃で刺し貫いたのだ。ここまでの戦闘データからは考えられない不意打ちに、ズシャコンも戸惑いを隠せない。

「ぅおらッ!」

 雄叫びとともに、ホシカは両腕を力強く左右へ開いた。まっぷたつに引きちぎられたズシャコンの体は、耳障りな音を盛大に残して地面を跳ね、それっきり動かなくなる。

 縛られた両手から召喚の輝きを消し、大きくため息をついたのはイングラムだった。

「まったく、命知らずにもほどがある。まさか光線発射と同じタイミングで、きみをズシャコンの背後に召喚させるだなんて。わずかでも遅れたり、また早かったりしてもきみは命を落としていた……心臓が止まる思いだったよ」

 地面にへたり込むと、ホシカは親指を立ててみせた。

「野郎の背後を取るには、ぜんぶの目が前に向く瞬間しかなかった……やったな」

 いましめを丁寧に切断したイングラムの体を、ホシカは抱きかかえた。

「仲間のとこまで飛ぶぜ?」

「頼む」

 強い加速の圧力がかかったのも束の間、気づいたときにはふたりはガラスの塔の外へ飛び出していた。

 イングラムという媒介を失い、上空の召喚門は閉じていく。下界の戦場で突如、魔法のようにすべてのジュズが瞳の光をなくして倒れたのは、彼らを突き動かしていたなんらかの通信が途切れたためらしい。門から現れたばかりのジュズも、空飛ぶ翼あるそれも、命を失ってぼろぼろと地上へ落ちていく。

 後世に渡って語り継がれることになる〝イレク・ヴァド決戦〟は幕を閉じたのだ。

 仲良く密着して空を飛びながら、イングラムはホシカヘ告げた。

「信じてたよ。きみたちならきっと、世界を救ってくれると」

「うちの学校ガッコの生徒、ルリエがずいぶん迷惑をかけちまったからな」

「その、きみも催眠術が使えるのかい?」

「あん? 平手打ちなら得意だぜ?」

 晴れつつある雲間からは神秘的な階段のように陽光が差し、吹きわたる澄んだ風は不凋花アマラントス特有の甘酸っぱい香りを運んでくる。宝石箱をひっくり返したように煌めくのは、眼下に広がるガラスの街だ。

 幻夢境はきょうも美しい。

 その美しさを超える想いを、イングラムがいまもっとも共有したい相手は……

「どこかで支配されてしまったらしい、俺の心は」

「だれに?」

 ホシカの瞳をまっすぐ見据えながら、イングラムはつぶやいた。

「さっき強引に、恋人の名前を言わせた相手にだ」

「ああ、そういうことね。あんたとあたしは、別々の世界の住人だぜ。だから……」

 くすりとこぼれたホシカのほほ笑みは、空に流れて消えた。

「好きになっちゃダメだよ。あたしのぜんぶ、好きになっちゃダメ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

人生負け組のスローライフ

雪那 由多
青春
バアちゃんが体調を悪くした! 俺は長男だからバアちゃんの面倒みなくては!! ある日オヤジの叫びと共に突如引越しが決まって隣の家まで車で十分以上、ライフラインはあれどメインは湧水、ぼっとん便所に鍵のない家。 じゃあバアちゃんを頼むなと言って一人単身赴任で東京に帰るオヤジと新しいパート見つけたから実家から通うけど高校受験をすててまで来た俺に高校生なら一人でも大丈夫よね?と言って育児拒否をするオフクロ。  ほぼ病院生活となったバアちゃんが他界してから築百年以上の古民家で一人引きこもる俺の日常。 ―――――――――――――――――――――― 第12回ドリーム小説大賞 読者賞を頂きました! 皆様の応援ありがとうございます! ――――――――――――――――――――――

悪女と言われ婚約破棄されたので、自由な生活を満喫します

水空 葵
ファンタジー
 貧乏な伯爵家に生まれたレイラ・アルタイスは貴族の中でも珍しく、全部の魔法属性に適性があった。  けれども、嫉妬から悪女という噂を流され、婚約者からは「利用する価値が無くなった」と婚約破棄を告げられた。  おまけに、冤罪を着せられて王都からも追放されてしまう。  婚約者をモノとしか見ていない婚約者にも、自分の利益のためだけで動く令嬢達も関わりたくないわ。  そう決めたレイラは、公爵令息と形だけの結婚を結んで、全ての魔法属性を使えないと作ることが出来ない魔道具を作りながら気ままに過ごす。  けれども、どうやら魔道具は世界を恐怖に陥れる魔物の対策にもなるらしい。  その事を知ったレイラはみんなの助けにしようと魔道具を広めていって、領民達から聖女として崇められるように!?  魔法を神聖視する貴族のことなんて知りません! 私はたくさんの人を幸せにしたいのです! ☆8/27 ファンタジーの24hランキングで2位になりました。  読者の皆様、本当にありがとうございます! ☆10/31 第16回ファンタジー小説大賞で奨励賞を頂きました。  投票や応援、ありがとうございました!

危険な森で目指せ快適異世界生活!

ハラーマル
ファンタジー
初めての彼氏との誕生日デート中、彼氏に裏切られた私は、貞操を守るため、展望台から飛び降りて・・・ 気がつくと、薄暗い洞窟の中で、よくわかんない種族に転生していました! 2人の子どもを助けて、一緒に森で生活することに・・・ だけどその森が、実は誰も生きて帰らないという危険な森で・・・ 出会った子ども達と、謎種族のスキルや魔法、持ち前の明るさと行動力で、危険な森で快適な生活を目指します!  ♢ ♢ ♢ 所謂、異世界転生ものです。 初めての投稿なので、色々不備もあると思いますが。軽い気持ちで読んでくださると幸いです。 誤字や、読みにくいところは見つけ次第修正しています。 内容を大きく変更した場合には、お知らせ致しますので、確認していただけると嬉しいです。 「小説家になろう」様「カクヨム」様でも連載させていただいています。 ※7月10日、「カクヨム」様の投稿について、アカウントを作成し直しました。

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

異世界帰りの元勇者、日本に突然ダンジョンが出現したので「俺、バイト辞めますっ!」

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
俺、結城ミサオは異世界帰りの元勇者。 異世界では強大な力を持った魔王を倒しもてはやされていたのに、こっちの世界に戻ったら平凡なコンビニバイト。 せっかく強くなったっていうのにこれじゃ宝の持ち腐れだ。 そう思っていたら突然目の前にダンジョンが現れた。 これは天啓か。 俺は一も二もなくダンジョンへと向かっていくのだった。

おしっこ我慢が趣味の彼女と、女子の尿意が見えるようになった僕。

赤髪命
青春
~ある日目が覚めると、なぜか周りの女子に黄色い尻尾のようなものが見えるようになっていた~ 高校一年生の小林雄太は、ある日突然女子の尿意が見えるようになった。 (特にその尿意に干渉できるわけでもないし、そんなに意味を感じないな……) そう考えていた雄太だったが、クラスのアイドル的存在の鈴木彩音が実はおしっこを我慢することが趣味だと知り……?

修行と生活費を稼ぐ為に国営ギルドのお仕事をひたすらこなしていた女剣士は、思わぬ報酬として自分が平定した土地を頂いたので開墾してみることにした

ナポリ
ファンタジー
敵は多く、精強であるほどいい。 いい鍛錬にもなるしいい稼ぎにもなる。 ナナは今日もギルドで依頼を受ける。 依頼の内容は専ら、戦争中の敵国部隊の攻撃や、土地の奪還等の傭兵任務だ。 基本的にこの手の依頼を受けた場合は軍と合流して共に行軍するのだが、ナナは違った。 彼女は修行を主な目的としていたため自分が相手をする敵は多い方が良かったし、何より彼女はコミュ障だったのだ。 ある時いつものように彼女がギルドに行くと、王国近衛兵が彼女を探していた。 「おおナナ殿、お待ちしておりました。 国王陛下がナナ殿に此度の戦果に対する褒美を与えたいとの事。 我々にご同行いただけますかな?」 気乗りはしないが国王直々の呼び出しとなれば無下にも出来ずやむを得ず彼女は王城へと向かった。 「ナナヘ褒美としてお前が奪還した我が国の領地を与えよう。」 青天の霹靂にナナは固まってしまった。 貰ったはいいものの何をどうしたらいいのか。 とりあえず家と畑を作るところから始めよう。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

処理中です...