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第二話「助走」

「助走」(4)

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 じぶんの触手を斬り裂いて現れた少女に対し、ルリエは怒りをあらわにした。

「あんたは……マタドールシステム!?」

 ミコに照準をあわせ、ルリエは片手を握りしめた。

 空間そのものをゆがめて、ミコを襲ったのは〝石の都ルルイエ〟の重力場だ。強烈な重圧をもろに浴び、身を折ったミコの足もとで石畳が砕け散る。

 だが、とてつもない重力に踏みつけられながらも、ミコは動いた。一歩ごとにその周囲に広がるのは、超重量を知らせるクモの巣状の足跡だ。ガラス玉のような瞳を分析のために間断なく拡縮しつつ、ミコは視界に流れる情報を冷静に読み上げた。

「異世界の敵性反応を検知しました。コードネーム〝久灯瑠璃絵クトゥルフ〟と断定。機体への損傷段階ダメージレベルB……敵性反応ターゲット危険度判定リスクフェイズを〝強〟に更新リライトします」

 おお。ルリエの超重力に逆らって、ミコがゆるやかに構えを取り始めたではないか。

 重心を落として足を広げ、体の軸をうしろへ捻って、腰だめに引きつけた鞘に白刃を納める。これこそは、古来の抜刀術と最新鋭のテクノロジーを一体化した〝居合斬り〟の姿勢にほかならない。

 両手を必死にミコへ向け、ルリエは呪力を全開にした。

「つぶれろ! 止まれ! もっとよ、海底の力!」

「無駄です」

 即答したミコの手は、すでに長刀の柄にかかっている。その全身からおびただしい帯電とともに漏れるのは、フル回転する駆動装置アクチュエータの歌声だ。

「私たちマタドールは、宇宙空間はもとより海底の最深部でも活動が可能です。いちど発射体勢に入った私を、重力操作の呪力で止めることはできません」

「あ、あたしの天敵ってわけね!」

「はい。電磁加速射出刀鞘レールブレイド闇の彷徨者アズラット〟起動。斬撃段階、ステージ(2)……」

 まさしく刹那の出来事だった。

 気づいたときには、ミコは瞬間移動したかのようにルリエの背後に急停止している。すさまじい加速と摩擦に、白煙を吹くのはミコの学生靴だ。遅れて、斬り飛ばされた触手の束が体液をひいて宙を舞う。

 ミコと背中合わせになったまま、くぐもった呻きをこぼしたのはルリエだった。

「あたしの、呪力を突破した……」

 振り抜かれたミコの右手、長刀は凍えた剣光をひいて一回転した。深く腰を落としたミコの鞘に、極薄の刀身は鋭い音を残して吸い込まれる。その近接攻撃管理システムの単位を、ミコは静かにささやいた。

「ステージ(2)……〝深海層しんかいそう〟。戦闘終了ミッションコンプリート

 柄と鞘がぶつかって澄んだ鍔鳴りをたてると同時に、腹から血の扇をしぶかせてルリエはその場に倒れ伏した。

戦域確保クリア。これより久灯瑠璃絵くとうるりえを連行します」

 言い放ったミコの手に輝いたのは、耐呪力製の頑丈な手錠だった。うつぶせのルリエを後ろ手に拘束するミコを、おそるおそる覗き込んでたずねたのはメネスだ。

「息の根を止めたのか?」

「いいえ、急所は外しています。彼女は生かしたまま連れ帰り、組織で聞かねばならないことが沢山あります。そして、テロリストのメネス・アタール」

 ひやりとした感触は、抜き放たれたミコの白刃がメネスの首筋で止まったものだ。きゅうに脇腹の痛みがぶり返したように、メネスはわざとらしく苦悶してみせた。

「や、やっぱり今回の作戦は、首になにかの因果が巻きついているようだね。ぼくはケガ人なんだよ。斬首刑より先に、病院だと思うんだ♪」

「連行先の赤務市の病院で、じっくり治療に専念してください。地球における殺人・破壊活動・公務執行妨害等で、あなたには逮捕状が出ています。おとなしく私の勧告に従いますね?」

「拒否して、逆にきみをぼくのチームに誘ったら?」

「チーム? 質問の意図がわかりません。やはりあなたは、この場で斬り捨てます」

 ぞっとする風鳴りとともに、ミコの刃はひるがえった。

 常識外れの反射速度で続けざまに長刀が弾き返したのは、飛来した弾丸だ。刀身から体に伝わるしびれの奇妙さに、ミコはかすかに眉をひそめた。

「上空からの銃撃を確認しました。これは、銃弾そのものが呪力でできている?」

 空から地上へ身をたたんで降り立ったのは、両手に大型の拳銃を提げたナコトだった。

 つづけて地上へ投げ落とされたイングラムは、着地に失敗して思いきり地面にすっ転んでいる。かんだかい飛行音を残して、セレファイスの空へ不可思議な戦闘機は舞い上がった。変形した彼女が、空からふたりをここまで運んだのだ。

 立ち上がったナコトは、すぐさま拳銃でミコを狙って警告した。

「そのぶっそうな武器を捨て、いますぐメネスから離れろ」

「いいでしょう」

 刀を鞘に納め、ミコは告げた。

「武器を捨てるのは、あなたのほうです」

 呪力の電光を残して抜刀された刃を、ナコトは拳銃を交叉して受け止めた。

 冗談のように火花を散らして、悲鳴をあげたのは拳銃だ。

「この力……ナコト! こいつ、人型自律兵器アンドロイドだ!」

「ほう、ロボットだと? どうりで顔に愛想のかけらもないわけだ」

 銃身で長刀を巻き取るや、ナコトは獲物をとらえたワニのように体を旋回した。同時に三連射。銃弾がかすめて焦げた肩を一瞥しても、ミコの分析は落ち着き払ったままだった。

「この反応は……魔法少女? いえ、そっくりですが違います。食屍鬼グール? いえ、一部は正しいがやはり違います。ナコト、と言いましたね。何者です、あなたは?」

「悪魔だよ。おまえたちが〝星々のもの〟と呼ぶ」

 跳ね上がった銃口は刀が払い、すかさず一閃した白刃を銃火が弾いた。

 撃つ撃つ撃つ。斬る斬る斬る。

 すこし離れた場所で、イングラムはぼろぼろのメネスの骨折箇所に水呪の応急処置をほどこす最中だった。交互に入り乱れて戦うふたりを慄然と見守りつつ、謝罪する。

「すいません、先生! ホシカとナコトを追っていたら遅くなってしまって!」

「まったくだよ。大事な戦いを教官ひとりに任せるとは。今期は落第だな、きみ」

「ええ、そんなァ……」

「そこでだ。ひとつ、進級のチャンスを与えよう」

 暑苦しげに額から外した仮面で、メネスは銃と刀で鍔迫り合うふたりを指さした。

「あのふたり、ミコとナコトを止めてみたまえ」

「いや無理ですって。風穴だらけにされたあげく、三枚おろしにされるのがオチです。助っ人を呼んでもいいですか?」

 唇の血を親指でぬぐうと、メネスはなにかを察してにやりとした。

「よかろう。使える手はすべて使うがいい」

 口に両手をそえて、イングラムは叫んだ。

「助けて! ホシカ!」

 あらそう人型機械と悪魔の間に、魔法少女が降り立ったのは次の瞬間だった。

 左右の顔と顔に両手の翼刃ブレードを突きつけ、ドスの利いた声をはなったのはホシカだ。

「レースバカども。ここがゴールだ。止まれ」
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