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第二話「助走」
「助走」(3)
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セレファイスの目抜き通り。
悠然と前進するルリエの周囲に、おぞましいものが蠢いていた。
ルリエの制服のすそから伸びる無数の触手は、衛兵たちの体に巻きついたまま五名の体を宙に浮かせている。人間の持ちえないこれをたくみに使って、飛来する矢や槍を受け止め、外壁を登り、ルリエはやすやすと正面玄関から都へ乗り込んでみせたのだ。
ルリエの左右、複数の人影は商店の屋上から屋上へ素早く移動した。都よりすぐりの呪士の精鋭部隊だ。弓矢や物理攻撃が通じないのであれば、セレファイスにはこれがある。
建物の屋上どうしで隠密裏に手話でやり取りしながら、呪士たちは攻撃位置についた。
片側の呪士がルリエの〝石の都〟の重力攻撃を防護の風呪で引きつけ、気がそれたところで本隊の呪士が強力な火呪をありったけ叩き込む。
作戦通り、ルリエはまだ気づいていない。数秒後に、ルリエは骨まで焼け焦げて火葬される……そのはずだった。
「え?」
風呪の使い手、サイモンは目をしばたいた。
地面を歩くルリエと、目があってしまったのだ。どこまでもまぶしく、それでいてすべてを見通したような邪悪さ……このときのルリエの満面の笑顔を説明するなら、そのような表現が正しいと思われた。
「私は、あなたに従う。私は、じゃまな呪士を倒す」
ぶつぶつ反すうするサイモンを、となりの同僚は揺さぶって小声をかけた。
「おいサイモン、様子が変だぞ?」
「私は……」
気づいたときには、サイモンの呪力はその風の拳で同僚たち薙ぎ払っていた。その風呪の出力は、彼の限界をはるかに超えている。たちまち同士討ちを始めた片側の隊は放っておいて、ルリエは反対側の火呪部隊を指差しながらつぶやいた。
「〝石の都〟」
透明の巨獣が食らいついたかのように、やおら建物の屋上はえぐれた。ぼろぼろとこぼれた呪士たちは、地面を跳ね返ってそれきり動かなくなる。
触手から衛兵たちの体を地面に落とすと、ルリエは何事もなかったかのように歩みを続けた。じぶんの指先と瞳、そして触手を順番に確かめながら、誰にともなく頷く。
「ええ、ずいぶんと海底の呪力は戻ったものだわ、大いなるホーリー。催眠の力も、水圧の力も以前の倍以上。あなたの軍隊が待ちくたびれるのも、もうちょっとの辛抱よ。あとすこしで門のカギとなる召喚士も手に入るわ」
一般住民はすでに避難を終え、大通りにはネズミ一匹影もない。
いや、ひとりいた。
砂塵を切って、宮殿の方向からルリエへまっすぐ歩いてくる人影がある。
制服のそこかしこへ触手をしまうと、ルリエは嬉しげな笑みを浮かべた。
「あら、あのクレーターではお世話になったわね。メネスさん、だったかしら?」
十メートルの距離をおいて、ふたりは立ち止まった。
口を開いたのは、メネスと呼ばれた青年のほうだ。
「覚えてもらって嬉しいよ」
「まさか、あなたがあたしを止めるつもり? 命が惜しければ、どきなさい」
言葉に秘められた突発的な偏頭痛のようなものに、メネスは一瞬のけぞった。
だが、それだけだ。平然と顔を戻したメネスへ、ルリエは口をおさえてみせた。いつ身にまとったものか、メネスの顔を覆うのは泣き笑いの表情をする不吉な仮面だ。
「まあ。なに、その変てこな仮面は? あたしの催眠術が奥まで届かないわ」
「魔王の呪いに守られ、日々の祈りに鍛えられた仮面だ。ときにルリエさん、きょうはどういったご用向きで?」
腰のうしろで両手をつなぐと、ルリエはいたずらっぽくメネスを上目遣いにした。
「門を開く〝召喚士〟を探してるの。属性は問わない。ご紹介下さらないかしら?」
「ふむ」
相槌とともに、メネスは軽く手をかざした。
その周囲、あちこちで輝いた魔法陣から召喚されたのは、多種多様な武器の数々だ。剣、槍、斧、弓、その他……呪力の稲妻を練って絶え間なく手で印を結びながら、メネスは提案した。
「年上嫌いでなければ、ぼくなんかはどうかな? 召喚できるのは金属物に限定されてはいるが、これでも召喚士のはしくれでね?」
「すてき」
卑怯なうるみで瞳を濁したまま、ルリエはお祈りのポーズをとった。
「いっしょに来て、メネス・アタール」
前にかざした手のひらを、ルリエは容赦のかけらもなく握った。
刹那、メネスを飲み込んだのは強大な重力場だ。いや、そのときにはメネスはもとの場所にいない。先にひしゃげて潰れた武器たちから、メネスはルリエの呪力の軌道を読み取ったのだ。続けざまに現れる重力場を右に左にかわしながら、メネスはたちまちのうちにルリエへ肉薄した。両手の魔法陣から生えたのは、研ぎ澄まされた二振りの長剣だ。
「首はもらったよ、ルリエさん」
宣言とともに、メネスはルリエを袈裟懸けに斬った。
かと思いきや、渇いた響きとともにメネスの両手首は封じられている。神速でルリエのスカートの下から現れた触手が、メネスの攻撃を掴んで止めたのだ。そのすさまじい腕力に、身じろぎするがメネスは動けない。
その胸にそっと手のひらをあてがうと、ルリエは酷薄な笑みを浮かべた。
「ただの人間があたしにかなうと思った? ……〝石の都〟」
ルリエの呪文と同時に、重力波はゼロ距離からメネスを襲った。
でたらめに宙を吹き飛ばされたメネスを、小枝の折れるような不穏な響きが追う。肋骨が何本か逝ったらしい。そのままもの凄い勢いで地面に叩きつけられる。ずれた仮面の隙間から倒れたまま血を吐くメネスへ、ルリエは無慈悲に歩み寄った。
「こっちの世界に召喚されたとき、目的のお相手がすでに目の前にいただなんて。まるで夢ね。運命を感じる」
ルリエの触手に吊るし上げられながら、メネスは顔をゆがめた。
「召喚だと? ではやはり、きみを召喚した黒幕は別にいるというわけだな?」
「たったひとりであたしに立ち向かったその度胸、ほめてあげるわ、メネス」
ぎりぎりと触手で圧迫されながら、メネスは強気に笑い返した。
「そっちこそ褒めてあげよう、ルリエ。よくぞぼくの召喚の世界へひとりきりで踏み込んだ……これだけは気が進まなかったが」
「!?」
ひときわ強いメネスの召喚術とともに、ルリエの触手はまとめて切断されていた。あざやかな触手の断面から滝のように汁を噴き、ルリエはひとつふたつ後退している。
メネスの放った光の柱から召喚されたのは……
長い刀の輝きを一閃した、制服姿の少女だった。
斬り飛ばされたルリエの触手から、メネスは解放されている。地面をバウンドして、痛みのうめきとともにメネスは告げた。
「さあ、異世界の化け物だぞ。断ち斬れ、〝魂と稲妻の刀人形〟……」
魔法陣の電流を盛大に帯びたまま、黒野美湖は静かに顔をあげた。
悠然と前進するルリエの周囲に、おぞましいものが蠢いていた。
ルリエの制服のすそから伸びる無数の触手は、衛兵たちの体に巻きついたまま五名の体を宙に浮かせている。人間の持ちえないこれをたくみに使って、飛来する矢や槍を受け止め、外壁を登り、ルリエはやすやすと正面玄関から都へ乗り込んでみせたのだ。
ルリエの左右、複数の人影は商店の屋上から屋上へ素早く移動した。都よりすぐりの呪士の精鋭部隊だ。弓矢や物理攻撃が通じないのであれば、セレファイスにはこれがある。
建物の屋上どうしで隠密裏に手話でやり取りしながら、呪士たちは攻撃位置についた。
片側の呪士がルリエの〝石の都〟の重力攻撃を防護の風呪で引きつけ、気がそれたところで本隊の呪士が強力な火呪をありったけ叩き込む。
作戦通り、ルリエはまだ気づいていない。数秒後に、ルリエは骨まで焼け焦げて火葬される……そのはずだった。
「え?」
風呪の使い手、サイモンは目をしばたいた。
地面を歩くルリエと、目があってしまったのだ。どこまでもまぶしく、それでいてすべてを見通したような邪悪さ……このときのルリエの満面の笑顔を説明するなら、そのような表現が正しいと思われた。
「私は、あなたに従う。私は、じゃまな呪士を倒す」
ぶつぶつ反すうするサイモンを、となりの同僚は揺さぶって小声をかけた。
「おいサイモン、様子が変だぞ?」
「私は……」
気づいたときには、サイモンの呪力はその風の拳で同僚たち薙ぎ払っていた。その風呪の出力は、彼の限界をはるかに超えている。たちまち同士討ちを始めた片側の隊は放っておいて、ルリエは反対側の火呪部隊を指差しながらつぶやいた。
「〝石の都〟」
透明の巨獣が食らいついたかのように、やおら建物の屋上はえぐれた。ぼろぼろとこぼれた呪士たちは、地面を跳ね返ってそれきり動かなくなる。
触手から衛兵たちの体を地面に落とすと、ルリエは何事もなかったかのように歩みを続けた。じぶんの指先と瞳、そして触手を順番に確かめながら、誰にともなく頷く。
「ええ、ずいぶんと海底の呪力は戻ったものだわ、大いなるホーリー。催眠の力も、水圧の力も以前の倍以上。あなたの軍隊が待ちくたびれるのも、もうちょっとの辛抱よ。あとすこしで門のカギとなる召喚士も手に入るわ」
一般住民はすでに避難を終え、大通りにはネズミ一匹影もない。
いや、ひとりいた。
砂塵を切って、宮殿の方向からルリエへまっすぐ歩いてくる人影がある。
制服のそこかしこへ触手をしまうと、ルリエは嬉しげな笑みを浮かべた。
「あら、あのクレーターではお世話になったわね。メネスさん、だったかしら?」
十メートルの距離をおいて、ふたりは立ち止まった。
口を開いたのは、メネスと呼ばれた青年のほうだ。
「覚えてもらって嬉しいよ」
「まさか、あなたがあたしを止めるつもり? 命が惜しければ、どきなさい」
言葉に秘められた突発的な偏頭痛のようなものに、メネスは一瞬のけぞった。
だが、それだけだ。平然と顔を戻したメネスへ、ルリエは口をおさえてみせた。いつ身にまとったものか、メネスの顔を覆うのは泣き笑いの表情をする不吉な仮面だ。
「まあ。なに、その変てこな仮面は? あたしの催眠術が奥まで届かないわ」
「魔王の呪いに守られ、日々の祈りに鍛えられた仮面だ。ときにルリエさん、きょうはどういったご用向きで?」
腰のうしろで両手をつなぐと、ルリエはいたずらっぽくメネスを上目遣いにした。
「門を開く〝召喚士〟を探してるの。属性は問わない。ご紹介下さらないかしら?」
「ふむ」
相槌とともに、メネスは軽く手をかざした。
その周囲、あちこちで輝いた魔法陣から召喚されたのは、多種多様な武器の数々だ。剣、槍、斧、弓、その他……呪力の稲妻を練って絶え間なく手で印を結びながら、メネスは提案した。
「年上嫌いでなければ、ぼくなんかはどうかな? 召喚できるのは金属物に限定されてはいるが、これでも召喚士のはしくれでね?」
「すてき」
卑怯なうるみで瞳を濁したまま、ルリエはお祈りのポーズをとった。
「いっしょに来て、メネス・アタール」
前にかざした手のひらを、ルリエは容赦のかけらもなく握った。
刹那、メネスを飲み込んだのは強大な重力場だ。いや、そのときにはメネスはもとの場所にいない。先にひしゃげて潰れた武器たちから、メネスはルリエの呪力の軌道を読み取ったのだ。続けざまに現れる重力場を右に左にかわしながら、メネスはたちまちのうちにルリエへ肉薄した。両手の魔法陣から生えたのは、研ぎ澄まされた二振りの長剣だ。
「首はもらったよ、ルリエさん」
宣言とともに、メネスはルリエを袈裟懸けに斬った。
かと思いきや、渇いた響きとともにメネスの両手首は封じられている。神速でルリエのスカートの下から現れた触手が、メネスの攻撃を掴んで止めたのだ。そのすさまじい腕力に、身じろぎするがメネスは動けない。
その胸にそっと手のひらをあてがうと、ルリエは酷薄な笑みを浮かべた。
「ただの人間があたしにかなうと思った? ……〝石の都〟」
ルリエの呪文と同時に、重力波はゼロ距離からメネスを襲った。
でたらめに宙を吹き飛ばされたメネスを、小枝の折れるような不穏な響きが追う。肋骨が何本か逝ったらしい。そのままもの凄い勢いで地面に叩きつけられる。ずれた仮面の隙間から倒れたまま血を吐くメネスへ、ルリエは無慈悲に歩み寄った。
「こっちの世界に召喚されたとき、目的のお相手がすでに目の前にいただなんて。まるで夢ね。運命を感じる」
ルリエの触手に吊るし上げられながら、メネスは顔をゆがめた。
「召喚だと? ではやはり、きみを召喚した黒幕は別にいるというわけだな?」
「たったひとりであたしに立ち向かったその度胸、ほめてあげるわ、メネス」
ぎりぎりと触手で圧迫されながら、メネスは強気に笑い返した。
「そっちこそ褒めてあげよう、ルリエ。よくぞぼくの召喚の世界へひとりきりで踏み込んだ……これだけは気が進まなかったが」
「!?」
ひときわ強いメネスの召喚術とともに、ルリエの触手はまとめて切断されていた。あざやかな触手の断面から滝のように汁を噴き、ルリエはひとつふたつ後退している。
メネスの放った光の柱から召喚されたのは……
長い刀の輝きを一閃した、制服姿の少女だった。
斬り飛ばされたルリエの触手から、メネスは解放されている。地面をバウンドして、痛みのうめきとともにメネスは告げた。
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