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鳳ナナ

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リンドブルグ編

6-8

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 カイル・フォン・パリスタン――パリスタン王国元第二王子であり、ジュリアス様の弟。
 そして私の元婚約者だったお方です。
 テレネッツァさんと共に労働刑に処されていた彼は、刑地である開拓地が何者かの襲撃を受けた際に脱走して、姿を眩ませていたはずですが。
「カイル? それってもしかして刑地から逃げたっていう元第二王子の人っすか?」
 ディオス様の問いにナナカがうなずきます。
「そうだ。というかジュリアスから逃げたヤツらの情報を受け取ってなかったのか?」
「もらった気もするっすけど、俺の仕事はリンドブルグの情報収集ですしー。そもそも俺、男の顔と名前は覚えない主義なんすよね」
 この方……先程諜報員向きだと評価しましたが前言撤回です。
 いくら有能でも重要人物の顔と名前を覚えない諜報員なんて論外ですわ。
「それにしても私に気配を悟られずに近づくだなんて、加護持ちでもないカイル様が一体どのような方法を使ったのでしょう」
「それ、多分この人が羽織ってるケープの効果っすよ」
 ディオス様が剣の先端をカイル様のケープに向けました。
「異端審問官にもいたんすよね、姿を消す魔道具を持ってる人。結構貴重な物だったはずっすけど、どうやって手に入れたんだか」
 私から視線を反らしたままカイル様が口を開きます。
「……これは蠍の入れ墨をした連中に開拓地が襲われた時に、奴らの一人が落としていった物だ」
 良く見るとケープの端には蠍のマークが刺繍されていました。
 それを確認した私とナナカは顔を見合わせて頷きます。
「やはり開拓地を襲ったのは“蠍”だったのですね」
「そうみたいだな。でもなんであいつらは開拓地を襲ったんだ? まさか本当にテレネッツァが狙いだったとか……?」
 開拓地襲撃事件当初、開拓地が襲われた理由は不明とされていました。
 その後、テレネッツァさんが蠍と行動を共にしている事実が発覚した時。
 ジュリアス様は可能性の一つとして、蠍の狙いはテレネッツァさんだったのではないかと推測していました。ですが――
「パルミア教の聖女であり魅了の加護を持っていたテレネッツァさんであれば利用価値もあったでしょう。ですが加護が使えなくなり、パルミア教が廃教となって求心力を失った今のテレネッツァさんに、わざわざさらうだけの価値があったかと言われると正直疑問が――」
「――蠍の狙いはテレネッツァだ!」
 私の言葉をさえぎるようにカイル様が叫びます。
 剣を突き付けられている怯えからか少し身体が震えてはおりますが、カイル様は真っ直ぐに私達を見ながら言いました。
「俺は見たんだ! 俺達を蹂躙した後、気絶したテレネッツァを担いで去って行く蠍の入れ墨をしたやつらの後ろ姿を! それに――」
 その時のことを思い出したのでしょう。
 うつむいたカイル様は悔しそうに唇を噛みしめながら、絞り出すような声を漏らしました。
「……去り際にやつらは仲間同士で話していた。勇者パーティーの最後の一人、転生者の聖女テレネッツァを確保したと」
 ……勇者パーティー。
 先程酒場で聞いたばかりの言葉がまさか、こんな早くにしかもカイル様の口から出てくるなんて思いませんでした。
「ディオス様。情報収集をしていたなら勇者パーティーについてはご存じですか?」
「ああ、さっきの酒場にいた騎士学校の生徒とかのことっすよね? なんか魔大陸の魔物討伐で活躍した四人のパーティーが、そう呼ばれてるって話は小耳に挟んだっす。でもそれぐらいっすね。詳しく調べてないんで」
 ディオス様の言い様にナナカが呆れたため息をつきます。
「……それでも本当に諜報員かお前」
「仕方ないでしょー。俺はここに来てからテレネッツァさんやら蠍やらのことを調べるので手一杯だったんすから。でも――」
 ディオス様は片手で剣を突き付けたまま、胸元から手帳を取り出してめくります。
「他のメンバーはともかくとして、あのエクセルって少年はリンドブルグじゃ知らない人はいないくらい有名らしいっすよ。太陽神の寵愛を一身に受けた神の子だってね。この前の魔大陸遠征じゃ四魔君の二人に深手を負わせたことで、四人の盟主から直々に褒章を与えられてるくらいっすから」
 四魔君――魔大陸に君臨する、強大な力を持った四人の上級魔族。
 私の恩師でもあるグラハール先生もその内の一人ではないかと、ヘカーテ様は推測しておりましたが――
「グラハール先生に匹敵する力を持つ方を、二人も倒したというのですか? エクセルさんが?」
 確かに酒場で私の拳を受けて倒れなかったことには少々驚きました。
 ですがあれは全力には程遠い手加減した一撃。
 それを避けられもせず少なからずダメージを受けていた彼が、グラハール先生に及ぶとは到底思えませんわ。
「テレネッツァさんの行方に関しては分かりました。それで、開拓地襲撃のどさくさに紛れて元異端審問官の方々と姿をくらませた貴方が、なぜ今ここに一人でいるのですか?」
 拳を握り締めてカイル様に微笑みます。
「もしやまた殴られにでも来ましたか? 貴方が私に婚約破棄した時のように」
「っ!」
 その時のことを思い出したのでしょう。
 カイル様がビクッと身体を震わせて顔を強張らせます。
 そのまま口を閉ざすようであれば一発や二発ブチ込むつもりでいましたが、カイル様は恐る恐るといった様子で口を開きました。
「……さらわれたテレネッツァを取り戻すために、蠍の後を追ってこの都市まで来た。だがここに来てからやつらの足取りが途絶えてしまって、途方に暮れていた時に偶然スカーレット。お前達が大通りを走っている姿を見つけたんだ」
 異端審問官の方々共々、開拓地で蠍に散々に打ちのめされたというお話でしたが、良く見失わずに後を追えたものです。
 しぶとさだけは大したものですわね。
「お前達なら何かテレネッツァの情報を持っているかもしれない。そう思って後を付けた。それで――」
「話を盗み聞きしてまんまと逃げおおせるつもりが、私達に見つかり絞られているというわけですか」
 悔しそうにうつむくカイル様。
 そんな彼を見て、ディオス様が頭をかきながら呆れたように言いました。
「お馬鹿っすねえ。一緒に逃げてるっぽい異端審問官の人達も連れてるならともかく、何にもできないボンボンのアンタ一人で追ってくるなんて。見つからないとでも思ったんすか?」
「あいつらを呼んでいる間に、お前達を見失ったら元も子もないだろう」
「ま、それもそうっすか」
 そう言いつつもディオス様が微かに口元をほころばせます。
 さりげなくかまをかけて、カイル様と異端審問官の方々が一緒に行動している言質を取りましたね。
 このお方、腹黒さにかけてはジュリアス様と良い勝負ですわ。
「んで、どうしますこの人。とりあえずふん縛って王子様に突き出しときます?」
 ディオス様の提案に私は頬に手を当てて思案します。
 再び開拓地送りになればもう一生殴る機会がないかもしれないので、記念に二、三発ブン殴っておきたい気持ちはありました。
 なにしろカイル様には幼い頃から散々いびられてきましたからね。
 婚約破棄の時の一発ではまったく殴り足りません。
「そうですわね。とりあえず何発かブン殴ってから縛り上げて――」
「――頼む! 見逃してくれ!」
 突然カイル様が叫び出したかと思えば、両手と頭を地面に着き土下座しました。
 眉を潜める私に、彼は顔を上げると必死な形相で口を開きます。
「俺達がテレネッツァを救い出した後は、また捕まえてくれて構わない! なんならこちらから出頭してもいい! だからこの場だけは見逃してくれ! お願いだ、スカーレット!」
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