最後にひとつだけお願いしてもよろしいでしょうか

鳳ナナ

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リンドブルグ編

6-7

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 ディオス様先導の下、私達は冒険者を撒くために大通りを走り抜けます。
 その途中、後ろを振り返って誰も追いかけていないことを確認した私達は、人気のない裏路地に入りました。
 建物と建物の間の日陰になったその通りを奥まで進んだ所で、私達は足を止めます。
 大通りの喧騒は小さくなり、逆に今までほとんど聞こえてこなかった、押しては返す波の音が遠く港の方からわずかに聞こえてきました。
 ここならばもし盗み聞きしようとする者がいても、すぐに気配に気が付けるでしょう。
「さて……お久しぶりっすね、二人共」
 ディオス様は私達に振り返ると、ヘラッと軽薄な笑みを浮かべました。
 ジュリアス様の部下になったとは聞かされていても、やはりこの笑顔は何度見ても信用なりませんね。
「一応確認させていただきますが、合流予定だった諜報員とはディオス様のことでよろしいのですね?」
「そうっすよ。一応所属は王宮秘密調査室ってことになってるらしいっす。今は見せられないっすけど、パリスタン国内にいる時はちゃんと調査室の制服も着てるんでね」
 フフンとドヤ顔で語るディオス様。
 それを見ていつの間にか人間の執事姿に戻っていたナナカが、ジト目でつぶやきます。
「あのレオナルドが着ているお堅い制服をお前が着てるのか……似合わなそうだな」
「いやあ、俺みたいにスタイルが良いイケメンが着るとどんな服でも似合っちゃって困るんすよね。グランヒルデ歩いてると通り過ぎる貴婦人方の視線が集まる集まる」
 誇らしげなキメ顔をしてくるディオス様に、ナナカと二人で冷たい視線を送ります。
 この軟派な立ち振る舞いも相変わらずですか。懲りない方ですわね。
「それで、テレネッツァさんの動向についてはどうなっているのですか?」
「せっかちっすねえ。久しぶりに会ったんすから、ちょっとくらい色気のある話でも――って、うそうそ! 話します! 話すからその握りこんだ拳を緩めて下さいよ!」
 にぎにぎしていた拳を収めます。命拾いしましたわね。
 今の私は先程の大量の冒険者達おにくを逃して、消化不良もいいところですから。
 あまりお預けされると噛みついてしまいますわよ。
「パルミア教の事件の後、調査室のメンバーに任命された俺はすぐにリンドブルグに飛ばされたんすよ。きな臭い動きがないか調査しておけってね」
 首のうなじ側を押さえながら、やれやれといった表情でディオス様は語り出しました。
「まーリンドブルグって言えば大陸随一の強国っすからね。それだけの軍事力を持ちながらどこの国とも一切事を構えず、中立の立場を表明してるって時点で怪しいし、王子様が警戒するのも当然っちゃ当然っす」
「貴方が行く前から、リンドブルグに諜報員は潜入していなかったのですか?」
「俺以外にも数人入り込んでるとは聞いたけど会ったことはないっすね。あ、他国の諜報員っぽい人はちょいちょい見かけるっすよ。揉め事起こして素性バレたくないんで、お互い見て見ぬふりっすけどね」
 強国であり、魔大陸に唯一侵攻しているリンドブルグを警戒するのはどの国も同じですか。
 おそらくは大陸中の国からここに諜報員が送られていることでしょう。
「私達も素性がバレないように、くれぐれも言動には気を付けなければなりませんね」
「「あれだけ酒場で暴れておきながら……?」」
 あれはすでに相手に素性がバレていたので問題なしです。
 素知らぬ顔をする私を見て、ディオス様は苦笑しながら話を続けました。
「そんな感じで最初はリンドブルグの国内をあっち行ったりこっち行ったりしてたんすけど、二か月前くらいかな。王子様からマリツィアに行けって連絡が来たんすよ。魔大陸に渡るために盟主のザンギスと交渉するから、その前にこちら側が有利になるように情報を集めとけってね」
 二か月程前といえば、ヴァンキッシュの事件が終わってからパリスタンでの祝祭の間頃のことでしょうか。
 すでにその頃から準備を進めていただなんて、認めたくはありませんがさすがに仕事が早いですわね、ジュリアス様は。
「ザンギスはリンドブルグの盟主の中でも、最も狡猾で頭がキレる男として知られているらしいっすからね。さすがの王子様も今回は一筋縄では行かないんじゃないっすか?」
「――その心配は無用ですわ」
 ジュリアス様の底意地の悪さは一級品ですもの。
 騙し合いで勝負ができるお相手がいるとは到底考えられません。
 それは傍で見てきた私が一番良く分かっておりますわ。
「相手が誰であろうと、あのお方が悪知恵で遅れを取るはずがありませんから」
「……へえ。王子様のことでそんな顔をするようになったんだ。少し妬けるっすね」
 ディオス様が目を細めてフッと寂し気に笑いました。
 何が妬けるですか。誰にでもそうやって思わせぶりな態度を取っているくせに。
「お話の続きを」
 私が促すとディオス様は「へいへい」と軽い返事をして、いつも通りの飄々とした態度で話を再開しました。
「つい一週間くらい前のことっす。最近、ローブを被って素性を隠したザンギスの手下共が、夜明け前に港の付近でコソコソしてるって情報を掴んだんで張ってたんすよ。そしたら――ビンゴ」
 ディオス様がパチンと指を鳴らします。
「ザンギスの手下共に混じってローブを被った蠍の入れ墨をしたヤツと……そいつらと同じようにローブを被って、フードで顔を隠したテレネッツァさんがいたんすよ」
 ナナカと顔を見合わせます。
 ジュリアス様が諜報員から聞いたという情報通りです。
「顔を隠していたのにどうしてテレネッツァさんだと分かったのですか?」
「そこんとこはぬかりないっすよ。相手にバレないように風の精霊に呼びかけてフードをめくって確認したんで間違いないっす」
 精霊術――エルフにしか使えないといわれている、人間の目には見えない霊的存在である精霊に呼びかけて力を借りる術ですわね。
 魔力の痕跡を残さずに発動できる精霊術はとても隠密性が高く、諜報員向けの能力といえます。
 そんな力も持っていただなんて、ジュリアス様がこの方を諜報員に抜擢したのも頷けますわね。
「港にいたってことは、もう船でどこかに移動したんじゃないのか?」
 ナナカの質問にディオス様は首を横に振りました。
「潜伏先まで足取り追って確認したんで、今のとこその心配はないっすね。毎日張り込んでるけど、そこから連中が出てきた様子もないんで」
「では蠍の方々もテレネッツァさんもその場所に――」
 その時、ピクッと。
 私の目の前でディオス様の耳が、何か物音に反応するようにわずかに動きました。
 そして次の瞬間、音もなくディオス様が私達の背後――裏路地の奥の方に走り出します。
「誰かいる……!」
 私の隣でナナカが、ディオス様の走り出した方向を睨みながらつぶやきました。
 私も気配を感じ取るのは得意な方ですが、五感が人間よりはるかに優れているエルフと獣人族の二人には遠く及びません。
 そんな二人が何かを感じ取ったということは、そこには確実に何者かが潜んでいるのでしょう。
 ディオス様は路地の途中で立ち止まると、何もない空間に剣を突き付けました。すると――
「うわっ!?」
 その場所から突然男の悲鳴が聞こえてきます。
 それと同時に、暗緑色のケープを羽織った茶髪の殿方が、尻もちをついた姿で現れました。
 ディオス様はその方を見下ろしながら、冷たい声で言い放ちます。
「何者だ。身分と名前を言え。言わなければ――殺す」
「ま、待て! 怪しい者じゃない! お、俺は……その……っ」
 ナナカと共に二人に歩み寄ります。
 あの方を助ける義理はありませんが、一応開拓地襲撃事件の重要参考人ですからね。
 それにあんな方でも国王陛下にとっては大事な家族です。
 勝手に殺されては困ります。
「声が聞こえた時はまさかと思いましたが」
 ディオス様の隣に並んだ私は、しゃがみ込んで尻もちをついているその方と視線を合わせます。
 彼は私を見るなり、気まずそうな表情で視線を反らしました。
 少なからず私に対する罪悪感は存在しているようですわね。今更な話ですが。
「お久しぶりですね――カイル様」
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