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5巻

5-3

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「……どうもに落ちん。本当にこの計画の黒幕はヴァルガヌスか?」

 アルフレイム様が眉をひそめて問います。

「それはどういう意味だ?」

 ジュリアス様は目を閉じ、自分の中の考えをまとめるようにつぶやきました。

「もし奴かその手の者が魅了みりょうの加護のような力を自在に使えるとしたら、もっとうまくやれたはずだ。一国で軍師将軍と呼ばれる程の狡猾こうかつな者が計画したにしてはあまりに――」

 その言葉を引き継ぐように、レオお兄様が言いました。

「……違和感がありますか?」
「ああ。杜撰ずさん、というのとも少し違うか。フランメ殿、ヴァルガヌスとは本来どのような目的を持った男でしたか?」

 名を呼ばれたフランメ様は口元に手を当てて少し思い出すような素振りをした後、口を開きます。

「後継者候補の話が持ち上がる以前の彼は、とにかく徹底的な合理主義者でした。情など不要、国益のためであれば何を犠牲にしてもかまわない。そんな男です。皇位につこうとしたのも、自分が皇帝になることがヴァンキッシュにとって一番国益に適うと思った故でしょう」

 その答えにジュリアス様は「やはりな」とつぶやきます。

「合理主義の塊だった男ならばなおのこと、今回のように周囲の者すべてを巻き込んで破滅させるような計画を立てる必要などなかったはずだ。そのようなことをして優秀な人材を失えば国力の低下を招き、国益どころか国の崩壊にも繋がりかねんからな」

 ジュリアス様が「うむ」と、合点がいったと言わんばかりに頷いて、閉じていた目を薄っすらと開きます。

「これはそう、目的が本来の物とずれていると言った方がいい。ずらされた、とも言える。何か別の目的のために、ヴァルガヌスの行動が変化した、もしくはさせられたのだ。その方がしっくり来る」
「……ヴァルガヌス様ですら、誰か別の黒幕に操られているに過ぎない、ということでしょうか」

 私の問いにジュリアス様は面倒くさそうに肩をすくめました。

「私の考えすぎであることを祈るがな」

 髪をかき上げながらジュリアス様が皆様の顔を見渡します。
 自分の発言のせいで、その場の全員の表情が緊張で凝り固まっているのが分かったのでしょう。
 ジュリアス様は苦笑を浮かべると、行き過ぎた緊張を取り除くように、少し砕けた声音で言いました。

「……気を緩めるのも困るが、緊張しすぎるのも問題だな。つまり私が言いたいのは、これから乗り込む皇宮でどんなイレギュラーが起ころうとも、決して取り乱さぬようにということだ。全員気を引き締めてかかるように」

 ジュリアス様の叱咤に全員が頷きました。
 そうでなくては困ります。

「急ぎましょう。早くしないと獲物……ではなく、城の兵士達がすべてイフリーテ様に狩られてしまいますわ」


 ◆ ◆ ◆


 炎帝殿の玉座の間。
 人払いした部屋の奥で玉座の前に一人立つ私――ヴァルガヌス・ワイザードは、本来なら今この時、この玉座に座して勝利の美酒を味わっているはずだった。

「くそ!」

 苛立ちのあまり扇を床に叩きつける。
 息子可愛さに皇位を譲ろうとしていた愚かな皇帝も。力馬鹿で下品な皇子も。戦うことしか頭にない卑しい身分の男も。私の策によってすべて手玉にとっていたはずだった!
 だというのに――

「なんなのだあの男は……あんな想定外、どうしろというのだ!」

 モノクルをかけた執事姿の謎の男。
 確かグラハールとか呼ばれていたか。あの男一人にすべてを台無しにされた。

「千人だぞ⁉ それもただの兵士ではない! 紅天竜騎兵団とまでは行かずとも、皇宮を護衛するために鍛えられた生え抜きの戦士達だ! それを無傷でたった一人で全滅させたなどと……私は悪い夢でも見ているのか⁉」

 グラハールに殴られて昏倒させられた私が皇宮で目を覚ましたのは翌朝のことだった。
 私と共に倒された兵士達はほぼすべてが重軽傷を負い、治療なくしてはまともに戦えない有様だった。治癒術士を総動員してなんとか兵士の半数は戦える状態にはできたが――

「この程度の戦力であの化け物共を殺せだと? 冗談も大概にしろ!」

 一回限りの奇襲だったからこそ、アルフレイムとイフリーテを倒すことができたのだ。
 手の内を晒した以上、同じ策は二度と通じまい。
 たとえグラハールがどこかへ姿を消したという報告を受けていようが、最早兵の数をどれだけ増やしてもあの化け物共を制圧することなど不可能だろう。

「皇宮を空けている間にフランメには逃げられ! こちらの風向きが悪くなるやファルコニアの野蛮やばんじん共は『沈みかかった船に乗り続ける馬鹿はいない』などとほざいて出て行った! どうしてこうなった⁉ 私の策はすべてにおいて完璧だったはずだ!」

 それもこれも元を辿ればパリスタン王国から来た連中のせいだ。奴らがアルフレイム側についたせいで、余計な手間が増えて計画の修正が余儀なくされた。
 ジュリアス王子まではまだ良い。有能であるが故に、不利な状況になったと分かれば勝手にこの国から手を引くだろう。だが――

「おのれ……狂犬姫め!」

 スカーレット・エル・ヴァンディミオン。
 単独で皇帝バーンと渡り合い、蒼天翼獣騎兵団そうてんよくじゅうきへいだんの元副隊長だったガンダルフを倒した女。
 狂犬のように暴れまわるというあの女の動向を配慮して慎重を期さなければ、そもそも詰所で戦うより前にもっと早く事は為っていたはずだったのだ。

「私の誘いを断ったばかりか、完璧だった計画に泥を塗ったあの女だけは絶対に許さん……! なんとしてでも捕らえてこの世に生まれたことを後悔させてくれるぞ……!」

 怒りが収まらず玉座を思い切り蹴り飛ばしたその時、広間の入口のドアがゆっくりと開いた。
 中から出てきたのは紫髪に陰気な顔をした子供――ルクだった。

「あ、あの……大きな音がしたので大丈夫かなって……」

 おどおどしながら自信のない顔で私に寄ってくるルクを見て舌打ちをする。
 確かにこいつの持つ力は稀有なものだ。竜に対する毒となる血液。加護を打ち消す結界。
 そして――相手を意のままに操る魅了みりょうの力。
 そのどれもが、私がこの国を手中に収めるためには不可欠の力だった。

「帝都を薄汚れた格好でさまよっていた貴様を戯れに拾った後、その力を知った時は神が私をこの国の支配者に選んだのだとさえ思ったが――」

 足元に落ちていた扇を拾って私に差し出してくるルクの手を思い切り払う。

「あっ」

 よろめいてその場にへたりこむルク。
 長い前髪で隠れていた頬には私が刻んだ奴隷紋どれいもんが浮かんでいた。

「クズが」

 どいつもこいつも。私の周りには足を引っ張るクズしかいない。
 それが私が追い詰められている要因だ。

「なにが魅了みりょうの力だ! 効果が出るまで時間がかかるくせに肝心のバーンには警戒心を解く程度の効果しか得られず! 竜人化したイフリーテには解除され! 毒になる血では殺せず! 加護を打ち消す結界も精々が数十メートル程度の範囲しかない!」
「……!」

 ルクの顔を蹴り飛ばす。声もなくうつ伏せに倒れるルクの背中を踏みつけた。

「貴様が無能でなければ、今頃この国のすべての人間は私の足元にひざまずいていたのだ! クズが! クズがクズがクズがクズがあ!」

 何度も何度も、気が済むまで踏みつけたら少しは気持ちが晴れた。
 とにかく今は次の手を考えなければ。今皇宮に乗り込まれれば対抗できる戦力もない上に、皇帝であるフランメが向こう側にいる以上、反逆者の汚名を着せられるのはこちらの方だ。

「ヴァルガヌス様!」

 突然入口のドアの方から声が響いてきたかと思えば、私の許可も得ずに兵士が一人室内に入って来る。本来なら罰を与えてやるところだったが、兵士の切迫した表情を見て私は怒りを堪えて言った。

「……何用だ」
「赤いドレスを着た女が一人、皇宮の正門で暴れております! あまりの強さに衛兵だけではとても手に負えません! いかがいたしますか⁉」

 その言葉を聞いた瞬間、怒りのあまり私は室内に響き渡る程の大声で叫んだ。

「あのクソ女ァ! どこまで私の邪魔をすれば気が済むのだ!」


 ◆ ◆ ◆


 皇宮の閉じた正門の前。
 本日はお日柄も良く雲一つない晴天が広がる絶好の暴力日和となりました。

「……ぁぁぁあああ⁉」

 そんな中、上空から雨のように大量の殿方の悲鳴が降ってきます。
 声を上げているのはもちろん私に殴られて打ち上げられた、この皇宮を守っている兵士の方々です。総勢十名程にも及ぶ彼らは一斉にさかさまの状態で落ちてくると、地面に頭をめり込ませて動かなくなります。

「私に殴られるために朝早くからここを守っていて下さり、誠にありがとうございました」

 微笑みながらスカートの裾をつまんで一礼を。
 このまま前衛芸術となった彼らをさかなに食後のティータイムと洒落込みたいところですが――

「……ォォォオオオ!」

 背後から聞き知った叫び声が近づいてきました。
 振り返ると、血相を変えたレオお兄様が全力疾走で私の方に走ってきます。

「スカーレットォォォオオオ! 突然皇宮に向かって一人で走り出したかと思えばお前は何を……して……?」

 目の前で立ち止まったレオお兄様が、周囲に大量に存在する頭だけ地面に突き刺さっている兵士達を見て絶句します。私はこの惨状さんじょうをどうやって誤魔化そうか少しだけ思案した後、ハッと名案を思い付いて口を開きました。

「レオお兄様、どうか驚かずに聞いてくださいませ」


 レオお兄様が真っ青な顔のまま私にゆっくりと視線を向けます。
 私は真剣な顔で「いいですか」と指を立てて言いました。

「これは今、ヴァンキッシュで流行っている健康法のようです。こうやって頭から地面に突っ込むことで血流が上から下まで全身に行き渡り、新陳代謝しんちんたいしゃが活発になって肩こり腰痛に効果があるとかないとか――」
「ほう、そうか。ではその拳と頬に散った返り血はなんだ……?」

 おもむろにハンカチを取り出し、拳と頬についた血をふき取ります。

「まあお恥ずかしい。朝食に食べたトマトスープがこんなところまで跳ねていたなんて――」
「そんな赤黒いトマトスープがあるか! 大体幼い頃からお前の素行を散々見ている私がそんな雑な作り話で誤魔化されるわけがなかろう! そもそも頭から地面に突っ込むなど明らかに健康に悪いだろうが!」

 必死の形相で私の肩を掴んで揺さぶるレオお兄様。
 さすがにこの状況では誤魔化しきれませんでしたか。

「あの、兵士の皆様。さかさま健康法をお試しになっているところ、申し訳ないのですが、もう少し人数を増やしてもらうことは可能でしょうか? ここにいた百人程度ではすぐに終わってしまって戦っているところを見せられず、私の正当防衛が主張できないので」
「おい! 聞こえているぞ! どんな言い訳をしようがお前が私の制止を振り切って、嬉々として一人でここに殴り込みに行った事実は変わらんからな!」

 だってレオお兄様。
 あのまま皆様と足並みを揃えて皇宮に向かっていたら、先んじて出て行ったイフリーテ様に美味しいところをすべて頂かれてしまうではありませんか。
 それでは私がスカッとできませんわ。

「何を子供のように頬を膨らませている……大方フランメ殿から交戦の許可を得たから好きなだけ暴れられるとでも思っているのだろうが、そもそもそれは降伏勧告をした後の話で――」
「――おお! 派手にやっておるではないか!」

 暑苦しい殿方の声に視線を向けると、アルフレイム様がこちらに手を振っていました。

「先程ぶりですわねアルフレイム様。それと皆様方」

 こちらに歩み寄ってくるアルフレイム様に続いて、ジュリアス様、フランメ様、エピファー様も門の方に近づいて来ます。
 そしてその後ろには共に戦う帝都の民の方々の姿が見えました。

「少しは腹は膨れたか?」

 ジュリアス様がしたり顔で尋ねてきます。私は軽く会釈えしゃくを返してから答えました。

「朝食には丁度良い量でした。欲を言えば食後のティータイムにもう四、五十人程殴りたいところですが――」

 ちらりとジュリアス様のお隣に立っているフランメ様の顔色を窺います。
 私と視線が合ったフランメ様は引きつった笑顔で言いました。

「あの……それぐらいにして頂いてもよろしいでしょうか……?」

 ダメみたいですわね。
 仕方ありません。ここはフランメ様のお顔を立てて拳を収めるとしましょう。

「ただし、メインディッシュのヴァルガヌス様は譲れませんのでご注意を」
「き、肝に銘じておきます……」

 苦笑しながら答えるフランメ様に背を向けてグッと手を握り込みます。
 やりました。現皇帝陛下直々の言質をゲットですわ。これで何の気兼ねもなくあのおしゃべりクソ野郎の顔に全力の拳を叩き込めます。

「な、なんだこりゃあ⁉」

 突然、民の方々の方から大きな声が響いてきました。
 彼らは私の周囲の地面に突き刺さっている兵士達を見てざわめきだします。

「王宮の兵士があんな前衛芸術みたいになっちまって……」
「さすがアルフレイム様と紅天竜騎兵団だ! 俺達の出番なんてなかったな!」
「いや、どうもあの貴族のお嬢さんが一人でやったらしいぞ」
「は? あんな細腕の綺麗な娘さんがどうやって……?」

 皆様の視線がこちらに集中する中、アルフレイム様が私の前に足を踏み出します。
 彼は腰に手を当てて仁王立ちすると、渾身のドヤ顔で叫びました。

「ふははは! 皆の衆、傾聴せよ! ここにいる女性、スカーレットこそがこのアルフレイムの生涯の伴侶はんりょたる業火ごうかはなよ――」
「――悪いが」

 その時、不意にジュリアス様が私を抱き寄せます。
 驚いて目を見開く私を一瞥してから、彼はアルフレイム様に視線を向けて言いました。

「あまり気安く呼ばないでもらえるか? 彼女は私の大切な人なのだからな」

 思わずまじまじとジュリアス様の顔を見てしまいます。
 このお方、今私のことを何の誤魔化しもなく大切な人と――

「パリスタンの王子様のお姫様だったのね」
「てっきりアルフレイム様の姫なのかと思ったぜ」

 民の方々が納得したのか、うんうんと頷きます。ジュリアス様の行動に目を丸くして驚いていたアルフレイム様は、ニヤリと口元に笑みを浮かべて言いました。

「ほう。どうやら本心を隠すのはやめたらしいな。ようやく私と同じ土俵に上がってきたか、我が好敵手ジュリアスよ」

 その言葉にもいつものジュリアス様なら軽口の一つでも返すところですが、今日は微笑を浮かべ黙ったままでいます。
 このお方……こんな時に告白じみたことを言うなんて。
 一体何を考えているのかしら。

「……ジュリアス様」
「どうした?」
「このような大衆の面前で今のような言葉は無用な誤解を生みます。訂正された方がよろしいかと」
「そうか。では存分に誤解してもらおう」
「は?」
「貴女もいつまでもアルフレイム殿の花嫁などと至るところで言われるのは辟易としていたであろう? 良い機会だ。この場の全員に貴女を一番に想っている者が誰か知らしめようではないか」
「……っ」

 あまりに直接的な言葉に私がたじろぐと、ジュリアス様が顔を寄せてきて耳元でささやきました。

「……いつまでもはぐらかしていたら愛想を尽かすと言ったのはどこの誰だったかな? あおって来たのはそちらなのだから、これからは甘んじて受けてもらうぞ――私の思いの丈をな」

 この方は……なんで、なんでいちいちこのように性格の悪いやり方しかできないのですか?
 昨晩の私への仕返しのおつもりなのでしょうが。

「……ずるいですわ、こんなやり方」

 うつむきぽつりとつぶやきます。
 そんな私達の様子を少し離れた場所で見ていたレオお兄様は、潤んだ目で言いました。

「ついにジュリアス様と気持ちが通じ合ったのだな……互いに牽制し合うようなことばかり言っているから不安であったが……スカーレット、兄は、兄は嬉しいぞ……!」
「レオナルド様、ハンカチです」

 エピファー様からハンカチを受け取って顔を覆うレオお兄様。
 ほら見たことですか。早速レオお兄様に大事として受け取られているではないですか。
 このまま実家に帰ろうものなら、すぐにでもお父様と共に縁談のお話を進めてきそうな勢いです。
 確かに私はジュリアス様に気持ちをはっきりさせてほしいと言いましたが、それはあくまで私に対して真摯な気持ちで接してほしいということで――

「かいも~ん」

 私の思考を断ち切るように、閉じた正門の向こう側から無気力なノア様の声が響いてきます。
 直後、大きな音を立てながら門が開くと、そこには以前にも見た大型犬のような竜にまたがったノア様と、獣化して抱きかかえられているナナカがいました。
 その背後にはシグルド様とジン様を筆頭とした四騎士の方々に加え、三十人程の紅天竜騎兵団の方々が立っています。

「皆様、いつの間に門の中に?」

 首を傾げながらつぶやくとジュリアス様が髪をかき上げながら答えました。

「貴女に少し遅れて、シグルドが皇宮から脱出するために使った抜け道から宮内に潜入してもらった。門の前で暴れている狂犬に意識が割かれていた故、彼らも楽に入り込めたことだろう」

 狂犬は余計ですが、なるほど。ジュリアス様らしいずる賢い手ですわね。

「良くやった! して、首尾はどうなっている?」

 アルフレイム様が声をかけると、ジン様が淡々と答えました。

「宮内に残っていた戦える兵士はすべて投降とうこうしました。守るべき帝都の民を敵に回してまで戦う大義はないとのことです」

 事実上の勝利宣言に民の方々が一斉に「おお!」と湧き上がります。
 民衆を味方につけるジュリアス様の策は見事にハマったというわけですね。

「ヴァルガヌス様はいらっしゃいましたか?」

 私の問いにジン様の隣にいたシグルド様が答えました。

「宮内にいた文官達からの情報によればバーン様が亡くなられてからは常に炎帝殿にいるとのことです。まだ逃げ出していなければ、ですが」

 その答えにアルフレイム様が獰猛どうもうな笑みを浮かべて拳を握り込みます。

「あのものが。我らの不在をいいことに皇帝の居住区に我が物顔で居座るとは、余程消し炭にされたいらしいな」

 アルフレイム様、相当イラつかれていますわね。
 さすがはヴァルガヌス様です。人をイラつかせることに関しては他の追随ついずいを許しませんわね。

「ヴァルガヌスを追って炎帝殿に行く。四騎士は私に続け。フランメ、我が部隊をここに残す故、後の始末は任せていいな?」
「お任せを」

 アルフレイム様の指示にフランメ様が会釈えしゃくして答えます。
 それに続いてジュリアス様も私達を見渡して口を開きました。

「我々もアルフレイム殿に続く。非戦闘員のエピファーはここに残り、フランメ殿の補佐を頼む」
「了解致しました」

 エピファー様が少し名残惜しそうに答えます。
 ヴァンキッシュ帝国の中でも炎帝殿は早々入ることができない歴史的建造物ですものね。私達が訪れた時も必要な場所以外は入れないように厳重に封鎖されていましたし。
 この戦いが終わったらアルフレイム様に見学しても良いか打診をしてあげましょう。

「そういえば先に乗り込んだはずのイフリーテ様はどうしたのでしょう」

 私の疑問にレックスがスンスンと鼻を鳴らして答えます。

「んー、皇宮内からそれっぽい匂いと気配はあるからどっかにはいると思うんだけど」

 イフリーテ様……もしやヴァルガヌス様に狙いを定めて既に炎帝殿に突入しているのでは?
 こうしてはいられません。

「炎帝殿に急ぎましょう。メインディッシュを横取りされる前に」

 皇宮の中を駆け抜けた私達は一直線に炎帝殿に向かいました。
 イフリーテ様とヴァルガヌス様が袂を分かった今、本来なら炎帝殿を守護しているはずの近衛兵の姿はなく、人気のない殿内はひっそりと静まり返っております。それは玉座の間に足を踏み入れても変わらず、殴る気満々で乗り込んだ私は見事に肩透かしを食らう結果となりました。
 そんな中、先頭にいたレックスが隣に立つ人化したナナカに声をかけます。

「ねえ、ナナカ」
「……ああ」

 ナナカは頷くと私達に振り返って言いました。

「炎帝殿のどこにも人の匂いや気配を感じない。ヴァルガヌスは多分、もう……」

 その後に続くようにレオお兄様も口を開きます。

「私の〝千里眼クレアボヤンス〟にも何の反応もない。炎帝殿はすでにもぬけの殻です」
「フン。恐れをなして逃げたかあの腰抜けめ」

 アルフレイム様が不機嫌そうな顔で鼻を鳴らしました。
 一足遅かった、ということでしょうか。確かにあの狡猾こうかつなヴァルガヌス様が私達が迫っていることを知っていて、いつまでもここに足を留めているとは思えませんが――

「……確認したいことがある」

 その時、私達の背後の入口のドアの方から声が聞こえてきました。
 振り返るとそこにはヘカーテ様が立っています。
 先程皆様と合流した時は見当たりませんでしたが、ちゃんとついて来ていらっしゃったのですね。

「ヘカーテ様……?」

 早足で私達を通り過ぎて行くヘカーテ様の表情には明らかな焦りが浮かんでおりました。
 彼女は玉座の後ろの奥にあるドアを開けると、その先に見えた廊下を進んで行きます。あの先は確か、バーン陛下が体調を崩された時に向かって行かれた場所ですわね。

「アルフレイム様。あの先には何があるのですか?」

 私が尋ねるとアルフレイム様が「ああ」と頷いてから答えます。

「代々の皇帝が使っている寝室に繋がっている。他の者ならばいざ知らず、ヘカーテが気にするような物は何も置いていないはずだが」

 何もないにしてはヘカーテ様のあの切迫したご様子。
 アルフレイム様も知らない何かがそこにあるということでしょうか。

「私達も行きましょう」


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