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番外編
暴力って、本当に良いものですわね
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――聖地巡礼のために家を出る一週間程前のこと。
長い謹慎期間で暇を持て余していた私は、家を抜け出してヴァンディミオンが治める領地の街へと足を運んでおりました。
「そ、それ以上暴れるんじゃねえ! このガキがどうなってもいいのか!」
街の片隅、陽が当たらない路地裏に男の叫び声が響き渡ります。
怯える男の子の首筋にナイフを当てながら、私を睨みつける悪漢。
「なんという古典的な、絵に描いたような由緒正しき悪漢の姿でしょう」
ボコボコにして白目を剥いている悪漢Bを放り捨てて微笑みます。
彼との距離は5メートル程。丁度私の拳の射程距離ですね。
「私に殴られるために登場していただき、ありがとうございました」
「は? テメエ、何言って――」
「シッ!」
右拳を前方に向かって振り抜きます。
私の拳によって圧縮された空気の塊は、一直線に悪漢の顔面へと到達し――
「へぶぅ!?」
パァン! と空気が爆ぜる音が鳴り響き、悪漢がよろめきます。
威力的には少しの間相手をひるませる程度しかできない技。
ですが、それだけの時間があれば私にとって5メートルの距離などなきにも等しいこと。
「な、なんだ今何しやがっうぎゃあああ!?」
顔面に私の拳を叩き込まれた悪漢が吹っ飛んでいきました。
「――スカッと度、腹八分目といったところでしょうか」
最近質のいいお肉を叩きすぎたせいで、拳が肥えてしまったようです。
普通の悪漢を殴った程度では満足できなくなっているのがその証拠。
「もっと殴り甲斐のある肥え太った悪い……いえ、良いお肉はいないものかしら」
「突然家からいなくなったと思えば何をしているのだお前は……」
振り返るとそこにはレオお兄様が顔を引きつらせながら立っていました。
「あらレオお兄様。自室で聖地巡礼の日程を調整をしていたはずでは」
「胃痛の予兆があったからもしやと思いお前の部屋を訪ねれば、ベッドにこれが置いてあったから飛んできたのだ!」
お兄様が一枚の紙を突きつけてきます。
そこには私の書いた一言「領地の街へボランティアに行ってまいります」の文字。
「スカーレット。お前は自分でここになんと書いたか覚えているか?」
「ボランティアに行ってきますと書きました」
「そうだな。だがおかしいな? ボランティアに行ったはずのお前がなぜ、路地裏で人を殴っている?」
「路地裏で街の悪漢をお掃除しておりました。立派なボランティアですわ」
「どこがだ……ただのストレス発散であろう……」
両手で顔を覆い、肩を震わせるレオお兄様。
私の立派な振る舞いに感極まってしまったのでしょうか。
「そんなに喜んでもらえるとは思いませんでしたわ。やはり人助けはするものですわね」
「呆れているんだと思うぞ……」
ため息まじりの声に振り向くと、いつの間にかナナカが背後に立っていました。
「あら。ナナカもお散歩がしたかったのですか? それならそうと言ってくれれば連れ出しましたのに」
「犬扱いするな! 僕は窓際で丸まって昼寝をしたかったのに、コソコソと出ていくスカーレットが見えたから仕方なく追ってきたんだぞ!」
ふん、とそっぽを向くナナカ。
正しくわんこですわね。後でよしよししてあげましょう。
「……ともかく。後のことは呼んである衛兵に任せて、お前は家に帰りなさい」
釘を刺されてしまいました。
少々まだ殴り足りない気持ちもありますが……楽しみは後にとっておくとしましょうか。
「なんだかんだと妹には甘いんだな、レオナルドは」
「千里眼でスカーレットが行ったことはおおよそ把握していた。手段はどうあれ、子供から金をせしめようとしている悪漢を止めたのは、良い行いではあるからな。叱るわけにもいくまい……おい、自慢気な顔をするな! 褒めているわけではないのだぞ! 今日はもう外出禁止だからな!」
「まあお兄様ったら。いくらなんでも過保護が過ぎますわ。宿でお留守番なんて、私はもう子供ではないのですよ。ナナカもそう思いませんか?」
「いや、保護されてるのはお前に殴られる方だと思うぞ……あっ」
不意に、ナナカが私の手を引き言いました。
「スカーレット、グローブが破けてるぞ」
手元を見るとナナカの言う通り、グローブの皮の部分が裂けていました。
近頃人を殴る機会が多かったせいで、傷んでいたのでしょう。
帰ったら補修をしないといけませんね。
「そういえばいつもそのグローブ使ってるけど、何か強力な力を持った魔道具なのか?」
「いいえ。魔道具ではありますが、成長と共に伸縮するだけで特に強力な効果はない、ただ人を殴るための普通のグローブですよ」
「人を殴るためのグローブは全然普通じゃないからな!」
お兄様がすかさず指摘を。
私、何かおかしなことを言ったかしら。
「ふーん。それじゃあ何か特別な思い入れでもあるのか?」
「そうですね。これは私がまだ幼い頃に、とある方から頂いたとても大切な物なのです」
そう、あれは私がまだグローブを付けずに人を殴っていた七歳の頃――
++++++
とある日のお昼のこと。
「お父様」
我が家、ヴァンディミオン公爵邸の書斎。
その一番奥にある椅子に座り本を読んでいたお父様は、私の方を向いて言いました。
「どうしたスカーレット。今は勉強の時間だろう。早く部屋に戻りなさい」
お父様の方に歩み寄った私は、一枚の手紙を差し出します。
「机の上にこれが」
手紙を受け取り、中身を確認したお父様は眉をしかめてその内容を口にしました。
「『ヴァンディミオン公爵様。このような形で職を辞すること、どうかお許しください。スカーレットお嬢様は大変優秀でいらっしゃいます。私ごとき一介の家庭教師が教えることなど何もないどころか、授業中にこちらが間違いを指摘される始末。どうか私などではなく、もっとお嬢様にふさわしい優秀な家庭教師をお雇いください』だと……?」
読み終えたお父様はため息をつかれて言います。
「またか……これでもう四度目だぞ」
「お父様、失礼ながら五度目です」
私の言葉に、お父様は両手で顔を覆い深いため息をつきました。
あ、今の仕草最近良くレオお兄様もされますね。
私が無意識にお母様の拳の関節をボキボキ鳴らす仕草を真似するのと同じです。
やはり親子は良く似るということでしょうか。ふふ。
「……仕方ない。スカーレット、お前は部屋に戻って自習をしていなさい」
「分かりました」
スカートの裾をつまんでお辞儀をしてから部屋を出ます。
去り際にお父様の「陛下に王室家庭教師を派遣してもらえるようにお願いしてみるか……」という独り言が聞こえました。
王室家庭教師――確か王族の子女を教育するために雇われている、とりわけ優秀な家庭教師の方々だとか。
「その方々なら、書斎の本に書かれていないことも知っているでしょうか」
物心ついた頃からお父様の書斎に置かれた大量の本を読みはじめて、今やそのほとんどの内容を覚えてしまった私にとって、先生方が教えてくれた内容はほぼすべてが既知のものでした。
ですが、この国でも学者様と並ぶほどに博識でいらっしゃる王室家庭教師の方なら、あるいは私の好奇心を満たしてくれるかもしれません。
そして――
「誰も答えを教えてくれない、私の疑問に答えてくれるかもしれませんし、ね」
それから一ヶ月の月日が流れました。
「一体どんな方がくるのかしら」
お昼のティータイム後。
我が家の庭をぶらぶらとお散歩する私は、ワクワクを抑えきれずにいました。
そう、今日はついに待ちに待った王室家庭教師の方がいらっしゃる日なのです。
「王家の方の先生をされるぐらいだから、きっと身なりも立派な方なのでしょうね。でっぷりと肥え太った殿方でしょうか。それともでっぷりと肥え太った貴婦人? 早くお会いしたいものですわ」
そんな独り言をつぶやきながら、ふと門の方に視線を向けます。
すると丁度タイミング良く、閉じた門の先にいかにも家庭教師といった風体の、燕尾服を纏った殿方らしき方の姿が見えました。
「あの方かしら。背は高いですが痩せ型でいらっしゃるのね。もう少し、こう」
(おい、なんで家庭教師を殴る前提の発想をしてるんだよ)
こら、ナナカ。回想に口出しをするなんて無粋ですわよ。
「まあいいですわ。お出迎えいたしましょう」
門を開けて、先生らしき方に歩み寄ります。
黒髪に端正な顔立ちをして、片眼鏡をかけた物静かな雰囲気なその方は、私が近づいても微動だにせず、なぜか上の方を向いていました。
なにかしら。気になって私も彼が見ている方に視線を向けると――
「……鳥?」
門の近くにある木の上に、鳥が巣を張っていました。
それは銀の体毛に鮮やかな赤い尾を持った、家にある図鑑でも見たことがない鳥でした。
「スカーレットテイル――北方の小国に生息している希少種です。繁殖の時のみ気候が穏やかな他国に渡り、子育てが終わるとまた故郷に戻っていく。彼らのような習性を持つ鳥のことを、生物学では渡り鳥と呼んでいます」
穏やかな低い声でそう言ったその方は、鳥から私に視線を移すと、流麗な仕草でお辞儀をします。
さすがは王室家庭教師。今まで見てきたどんな先生方の挨拶よりも美しい、社交に通じた上級貴族のような所作ですわね。
「渡り鳥の存在は知っていましたが、実際にこの目で見たのは初めてです。あの子達がそうなのですね」
それに、奇しくも私と同じ名前と色だなんて。
素敵な偶然もあったものですわね。
「無理もありません。彼らは普段ならパリスタンにはあまり渡ってこない鳥達ですから。おそらくは他国で生態系になんらかの変化があり、こちらに流れてきたのでしょう」
「お詳しいのですね。貴方の専門は生物学なのですか?」
「いえ。このようなことは人に誇るほどの知識ではありません。教えを広めるために国を渡り歩いている最中に、自然と覚えたものですので」
先生はなんでもないことのようにそう言われますけれど。
領地の中の出来事と本で読めることだけが世界のすべてである私にとっては、そんな外の国の、そこに訪れなければ分からないようなお話が、なによりも興味を引くものなのです。
「――面白いですわ」
今までの家庭教師の先生は、私と同じように自分の身の回りのことと本で得られる知識しか知らない方ばかりでした。
ですが目の前にいるこの方は、自分の目で足で。外の世界を知っている。
そんな方に毎日授業をしていただけるなんて、こんなに面白そう――ではなく、素敵なことはありません。
「私、スカーレット・エル・ヴァンディミオンと申します。貴方のお名前は?」
「グラハールと申します。スカーレットお嬢様」
スカートの裾をつまんでお辞儀をしながら、私は笑顔で言いました。
「今日よりご教授よろしくお願いいたします。グラハール先生」
それから一週間。
私の毎日はとても有意義で価値あるものでした。
グラハール先生は私が知りたかった本に載っていない外の世界のことを、たくさん教えてくれました。
たとえばヴァンキッシュに生息している飛竜のお話。
「彼らは人間よりもはるかに長い時を生きることで知られていますが、その中には人と契約を交わし人化の法を得た者もいて、今でも皇族の守護者として側に控えているそうです」
たとえばファルコニアの森林地帯で暮らしている獣人族とエルフのお話。
「同じ場所に暮らしている彼らは、元々互いに協力して狩りをする友好関係にありましたが、ある時獣化した獣人族を獲物と勘違いしたエルフが弓で射たことから関係が悪化したそうです」
子供らしくない子供である私は、もし先生以外の方からこんなお話を聞かされていたなら、そんなものは吟遊詩人の語る夢物語でしょうと、一笑に付してしまったかもしれません。
ですが、グラハール先生の言葉は不思議と真に迫っていて、そのお話を作り話だとか、誇張されたお話だとか、疑う気持ちはみじんも湧きませんでした。
なぜなら彼は、ただ外の世界の事情に通じているというだけではなく、生物学や歴史学。マナーや社交術のどれを取っても超一流で、私はもちろんお父様やレオお兄様すらも一目置いていた存在だったからです。
さすがは王室家庭教師といったところでしょう。
そんな先生に私はある日、今までずっと胸に秘めていた疑問を問うことにしました。
なんでも知っているグラハール先生ならばもしや、私が納得するような答えを与えてくれるのではないかと、そう思って。
「――なぜ人を殴ってはいけないのでしょう」
授業の休憩中。
自室のテーブルで向かい合っていた先生は、私の言葉にティーカップを持ち上げようとしていた動きを止めました。
いつもは即答する先生のめずらしく言葉をためらっているかのような仕草を不思議に思いながらも、私は言葉を続けます。
「お父様やレオお兄様はいつも私に人を殴るなと言います。それは誰かに暴力を振るうことはいけないことだからだそうです。先生はどう思いますか?」
先生は目を閉じ、少し考える素振りをした後、静かに口を開きました。
「……お二方の言う通りです。人を殴るのは良くないことですから」
それから先生は何事もなかったかのように、授業を始めました。
期待とは外れたその答えに、私は少しの落胆を覚えました。
でも、それも仕方のないことだと思います。
王室家庭教師ともあろうお方が、暴力を肯定するようなことを、教え子に言うわけがありませんから。
「……やはり、私のこの人を殴ってスカッとしたいという衝動は、誰にも理解されないものなのでしょうか」
七歳の子供の他愛のない悩みと言ってしまえばそこまででしょう。
ですが、子供にとっては自分の内にかかえている一見なんでもなさそうな悩みこそ、何よりも大事なものなのです。
(ナナカ。私が思うに七歳の子供の他愛のない悩みといえば、勉強ができない、友達と仲良くなれない、とかそういったことではないか……?)
(レオナルド。あまり深く考えない方がいいぞ。思い出し胃痛を起こすから)
そして、先生が我が家に来てから一週間後。
別れの日は突然にやって来ました。
「先生、今日で私の家庭教師をお辞めになるというのは本当ですか?」
夕方頃。お父様からグラハール先生が突然今日限りで職を辞して出て行くというお話を聞かされた私は、慌てて家の門の前に駆けつけました。
そこには現れた時と同じように大きな旅行バッグを持って、旅支度をした先生が、今まさに門から出ていこうとしているところでした。
「元々長居するつもりはありませんでしたので。丁度良い頃合いかと思いまして」
「一週間しか経っておりません。まだ先生には教えていただきたいことがたくさんありますのに……」
先生はいつもどおりの真面目な表情のまま、しゃがみ込み私と視線を合わせます。
「スカーレットお嬢様。貴女はまだ幼いながらもとても賢く、才に溢れています。無才である私が教えることなど、始めからなにもありませんでした」
「いいえ、そのようなことは断じてありません。私は今まで先生ほどに優秀な家庭教師の方を見たことがありませんわ。多少勉強や魔法ができるからとはいえ、私はまだ七歳の子供です。まだまだ、教わることは山のように――」
「本音はもっと旅先の面白い話が聞きたい――でしょう?」
「……っ」
見透かされた恥ずかしさに、思わず顔が熱くなってしまいました。
そんな私を見て先生はフッ、とわずかに口元を緩めます。
思えば先生が笑顔を見せてくれたのは、これが初めてだった気がします。
でも、それが私の恥ずかしがる顔を見て、だなんて。
なんだか少し悔しいです。
「安心してください。貴女も大人になればこの領地だけでなく、様々な場所に足を運ぶことになるでしょう。それなのに私がすべてを語っては、将来の貴女の楽しみを奪ってしまうことになります。後はご自身の目と足で、ご覧になって下さい」
その言葉を聞いて、私はもう引き止めても無駄なのだということを悟りました。
残念なことではありますが、仕方ありません。
先生は優秀な王室家庭教師。一所に長く留まる暇はないのでしょう。
「お待ち下さい。ならばせめて、これをお持ちになって下さい」
お父様から預かっている先生へ渡す予定だったお給金の入った袋を差し出します。
「お父様からお聞きしました。先生がどうしてもお給金を受け取ってくださらなかったと。それはなりません。一週間とはいえ、先生の授業はとても価値ある時間でした。どうかお受け取りください」
先生は首を横に振ると、ずれた片眼鏡の位置を指で直しながら言いました。
「私の教えは世のため人のために行っていることです。食べていけるだけのお金があればそれ以上は望みません。ヴァンディミオン邸では、暖かな寝床と食事を頂きました。私にとってはそれで十分です」
その言葉を最後に、先生はお金を受け取ることなく、去っていきました。
「世のため人のため、ですか」
とてもいい言葉ですわね。それ、もらいました。
私も今後誰かを殴る時は、世のため人のためを建前――ではなく、モットーに拳を振るうこととしましょう。
「スカーレット様ぁ!」
家に戻ろうとしたその時でした。
門の外から子供の叫び声が聞こえてきます。
声の方に視線を向けると、チュニクとハーフパンツを着た短い茶髪の男の子がこちらに向かって走って来ていました。
「あの子は確か……」
ヴァンディミオン邸からほど近い街に住んでいる、平民の子供――名前はアシュトンだったかしら。
以前どこかの馬鹿貴族の子供にいじめられていたところを助けた記憶があります。
あのボロボロになっている様子から察するに、またいじめられたのでしょうか。
「どうしたのアシュトン、そんなに慌てて。また馬鹿子息に何かされましたか?」
「弟が! 弟のミロがあいつらに連れていかれて! 助けたかったらスカーレット様を呼んでこいって! お願いします! ミロを助けてください!」
「落ち着きなさい。何があったかくわしく説明して。ね?」
アシュトンの両手を握り、目をじっと見つめて落ち着かせます。
十秒程そうしていたでしょうか。
アシュトンは不安そうな顔をしつつも、落ち着いた様子で話し出しました。
「街で遊んでたら、前スカーレット様に殴られたあの貴族の子がまたやって来たんです。しかも大人の悪い奴らをたくさん引き連れて」
十歳の子供だからと思って加減して軽く殴っただけに留めましたのに。
本当に懲りないですわね、あのクソガキは。
「ミロを返してほしかったら、スカーレット様に一人で街の外れの酒場裏まで来るように言えって言われて、それで僕……」
「分かりました。あとは私におまかせ下さい」
きっと一人でなんとかしようと抵抗したのでしょう。ご立派ですわ。
身分を傘に、大人まで雇って群れないと何もできないクソガキとは大違いです。
「ごめんなさい、スカーレット様。僕達のせいでご迷惑を……あれ? 怪我が治ってる?」
「応急処置の治癒魔法をかけておきました。時は一刻を争うので私はもう行きますが、貴方は我が家でちゃんと治療を受けていきなさい」
さて、それでは早速世のため人のため。
清く正しく暴力を振るってくるとしましょうか。
++++++
酒場裏に行くと、果たして聞いていた通りの光景が広がっていました。
「こんなどうでもいい平民のために本当に一人で来るとはバカな女め!」
暗い路地の奥に、十人程の悪漢で身の回りを固めた、金髪ででっぷりと肥え太った馬鹿子息がふんぞり返っています。
「――感謝します」
「は?」
スカートの裾をつまみ、お辞儀をしながら告げた言葉に、クソガキさんが困惑します。
「以前お会いした時よりまた一段と肥え太られて美味しいお肉となられましたね。私に殴られるためにそこまでしていただけるなんて、感謝の念に耐えません。だから、ありがとうございますと申し上げました」
「な、なんだこいつ!? 頭がおかしいのか!?」
あまりに殴り甲斐のありそうな身体を見てしまったもので、つい本音がまろび出てしまいました。
私の悪いくせですね。まあ治すつもりもありませんが。
「ひぐっ……スカーレット様……ごめんなさい、僕のせいで」
馬鹿子息の隣にいる、アシュトンと良く似た五歳程の子供。
初めて見ますがおそらく彼が弟のミロでしょう。
可哀想に。あんなに顔を泣き腫らして。
「安心して下さい。そこのクソガキと悪漢の方々を全員ブン殴ってすぐに助け出しますからね」
「バーカ! いくらお前がちょっと喧嘩が強いからって、大勢の大人にかなうわけないだろ! やれ!」
馬鹿子息の命令で、悪漢達が私を取り囲みます。
ニヤニヤとゲスな笑みを浮かべる彼らには、子供をいたぶる良心の呵責などまったく感じられませんでした。
「へへ……悪く思うなよ貴族のお嬢さん。これも仕事なんでなあ」
「安心しな。命までとりゃしねえよ。ちょっと痛めつけるだけだからよ。な?」
悪漢の一人が、馴れ馴れしく私の肩に手を置きます。
これは好都合ですわね。
「たとえば貴方達が明日食べる豆のスープすらなく、飢えをしのぐためにやむを得ずにこの凶行に及んだとしましょう」
「は? このガキ、何言って――」
肩に置かれた手をしっかり掴んで、逃さないようにしながら。
私は笑顔で拳を振りかぶります。
「――でも殴ります。スカッとしたいので」
「ぶべらぁ!?」
お腹にパンチ一発。
吹っ飛んだ悪漢の方は哀れ、壁にめり込んで失神してしまいました。
「結論から言えば、貴方達のようなか弱き者を痛めつけて喜ぶような方々に、たとえどんな理由があろうとも、壁にめり込むのに変わりはないということです。ご理解いただけましたか?」
「どちらにしろ殴るんじゃねえか!?」
「人を壁にめり込ませるお前のどこがか弱いんだよ!?」
「ガキだと思って舐めてりゃ調子乗りやがって! やっちまえ!」
悪漢達が私に向かって一斉に掴みかかってきます。
「……まったく手癖が悪いですこと。育ちの悪さがうかがえますわね」
突き出された手から逃れるように上に飛び上がり、前方にいた悪漢の頭を踏み台に、さらに前方へ。
「ぐおっ!? 俺を踏み台に!?」
私が向かう先には、悪漢達の中で一際身体が大きく、いかにもリーダーといった風体の男が立っています。
驚きに顔を歪めている男の前で私は着地すると、スカートのほこりを優雅に払いながら言いました。
「ごきげんよう。そしてさようなら」
「このガキィ! 俺様を誰だと思って――ぐわ!?」
有無を言わさずに猛烈な勢いで足を蹴ります。
痛みに立っていられず態勢を崩した男が膝立ちになると、あら丁度背の低い私でも殴りやすい位置にお顔がこんにちは。
「――星になりなさい」
「ぎゃああああああ!?」
下から掬い上げるようなアッパーで顎をかち上げると、巨漢の男は悲鳴をあげながら空へ舞い上がりました。
「――ああああああ!? ぐえっ!?」
そして地上に落下して頭から地面に突き刺さります。
お星さまにするには七歳児の私では少し力が足りませんでしたか。
残念、鍛錬のやり直しですわね。
「ぼ、ボスが美術館の前衛芸術品みたいになっちまった……」
「化け物かこのガキ……!?」
自分達のボスの無残な有様を見て、悪漢達がうろたえ出します。
今更後悔されてももう遅いですわ。
全員問答無用にブン殴って私のお肉になってもらいますので。
「さあ、お次はどなたが私と一緒に踊ってくれますの?」
「ひっ!?」
後ずさりする悪漢達に手の関節をボキボキ鳴らしながら歩み寄ります。
とりあえず片っ端から殴り倒しましょう。
あまり時間をかけすぎると、アシュトンから事情を聞いて、今頃私を顔面蒼白になって追いかけて来ているであろう、お父様やお兄様が駆けつけてきかねないですからね。
「――そ、それ以上動くんじゃない!」
今まさに三人目を殴ろうかという間際。
背後から馬鹿子息の叫び声が聞こえてきました。
なんですかもう。今いいところですのに。
「お前! これ以上暴れたらこいつがひどい目に合うぞ! 俺は本気だ! 平民なんてどうなったって良いんだからな!」
「痛いっ! やめてよぉ!」
馬鹿子息がミロの髪を掴んで引っ張り上げます。
国の宝である民を虐待し、挙句の果てにはどうなってもいいだなんて。
「本当にどうしようもないほどのクズですわね、貴方。恥を知りなさい」
「黙れ! そこから一歩でも動いたらこいつの顔面を思いっきり殴るぞ!」
さて、どうしたものでしょう。
できることならば今すぐにでもあのクソガキをブン殴ってやりたいところですが、この状況ではうかつに動けません。
いえ、手はないわけではないのですが、それを使うと体力の消耗が激しく、ミロを助けた後に悪漢達の相手をできるかわかりませんし。
「おいお前ら! そいつはもう動けないぞ! 今の内にボコボコにしてしまえ!」
「ほ、ホントか……?」
「そんなこと言っていきなり暴れだすんじゃないだろうな……?」
恐る恐るといった感じで悪漢達が私に近づいてきます。
仕方ありません。殴りに来たこちらがやられてしまっては元も子もありませんし、停滞の加護を使うとしましょう。
後のことはもうどうとでもなれ、です。
「――ようやく見つけましたよ、スカーレットお嬢様」
加護を発動させようと身構えたその時。
路地の入り口から、ここ一週間で一番側で聞いていたであろう、真面目で落ち着き払ったあの人の声が聞こえてきました。
その声の主はもちろん――
「グラハール先生……?」
性格を表すかのように、きっちりと整った黒髪。
涼やかなお顔の上で揺れる片眼鏡。
大きな旅行バッグを持ったその方はまさしく、先程職を辞して去っていったはずのグラハール先生でした。
「ごきげんよう、グラハール先生。こんなにも早く再会できるとは思いませんでしたわ。ですが、どうしてここへ?」
「渡し忘れていた物があったのでヴァンディミオン邸に戻ったのですが、貴女の姿はすでになく、アシュトンという少年からここに向かわれたとお聞きしたので追って来たのです」
壁にはめり込んだ悪漢。
地面には突き刺さった前衛芸術。
場の状況はどう見ても修羅場だというのに、先生はまるで意に介さず、まるで朝の散歩でもするかのような優雅な足取りで、私の方に歩いてきます。
そのあまりの自然さに、悪漢達ですら何も疑問を感じていないようでした。
「――ってなんだテメエ!? 何平然と場に馴染もうとしてやがる!?」
というのはさすがに言い過ぎでした。
まあこの薄暗いジメジメとした酒場の裏に、先生のようないかにも上流階級な雰囲気の方は明らかに浮いていますものね。
「この身なり……ガキの執事か何かか?」
「先生って呼ばれてたぞ? 貴族お付きの家庭教師かなにかじゃねえのか?」
「どうするよ坊ちゃん」
悪漢達がたずねると、突然の闖入者に呆然としていた馬鹿子息はハッと我に帰り私を指差して叫びます。
「一人で来いと言ったのに約束を破ったな!? この卑怯者め!」
「はあ?」
呆れのあまりため息が出てしまいました。
一体何を言ってるんでしょうかね、あの馬鹿は。
先生も同じことを思ったのでしょう。
表情は変えないながらも、呆れたような口調で言いました。
「人質を取った上に、自分より年下の七歳の女の子を、大勢の大人と一緒にリンチしようとしているクズが、当のお嬢様を卑怯者呼ばわりですか。どうやら貴方は今までご両親にまともな教育を受けてこなかったようですね。いっそ哀れに思います」
「う、うるさい黙れ! たかだか家庭教師風情が貴族の僕に説教をしやがって! おいチンピラ共! そこの口うるさい眼鏡野郎も一緒にやってしまえ!」
悪漢達が私達二人を取り囲みます。
そんな状況にも関わらず、先生はまるでお昼のティータイムでも嗜んでいるかのような穏やかな様子で私に言いました。
「スカーレットお嬢様。なぜ人を殴ってはいけないのか、と聞きましたね。あの時は実演する機会がありませんでしたので詳しくは教えませんでしたが、その質問に今、お答えしましょう」
先生が締めていた燕尾服の胸元を緩めます。
もしや戦う気なのでしょうか。
立ち振舞いから元より只者ではないと思ってはおりましたが。
「誰かを殴れば自分の拳も痛みます。スカーレットお嬢様、貴女は誰かを殴った後、いつも拳が痛かったはずです。人を傷つけ、自らも傷つく。虚しいことだとは思いませんか?」
先生がおもむろに旅行バッグを地面に落とします。
そういえば、先生がいつも持ち歩いていたあの旅行バッグ。
お着替えは最低限しか持っていないようでしたし、教材の本は我が家にある物を使っていましたし、あのような大きなバッグの中には一体何が――
「なので人を殴る時は――」
地面に落ちた旅行バッグが、衝撃でパカリと開きます。
「…………は?」
中身を見たその場の全員が、ポカンとした表情で固まります。
はたして旅行バッグの中にはズラリと。
人を殴るために拳に着ける鋲付きの指抜きグローブが、綺麗に整頓されて入っていました。
先生はその内の一対を手に取り拳に嵌めると、人差し指を立てて、私に言い聞かせるように言いました。
「――こういったグローブを付けて、自分が傷つかずに気持ちよく豚野郎をブン殴れるように拳を守らなければなりません。だから“人を素手で殴ってはいけない”のです。分かりましたか?」
「なるほど、腑に落ちましたわ」
「いや、その理屈はどう考えてもおかしいだろ!?」
納得する私に悪漢達が一斉に異議を唱えます。
一体今の先生の発言のどこにおかしな要素があったのでしょう。
完璧な答えではないですか。
おかげで私の長年の疑問がスッキリと解決いたしました。
さすがは先生、王室家庭教師の名は伊達ではありませんわね。
「ふざけやがって! そんなに殴られてえならお望み通りにしてやるよ!」
しびれを切らした悪漢の一人が先生に殴りかかってきます。
しかし、次の瞬間――
「――踏み込みが甘いですね。貴方は落第だ」
「ぐえっ!?」
目にも留まらぬ速さで繰り出された先生の裏拳が悪漢の顔面を捉えました。
悪漢は錐揉み回転しながら吹っ飛んでいき、壁にめり込みます。
あっけに捉える悪漢達の様子を尻目に、先生は自らを抱きしめるように腕をクロスさせて格好いいポーズを決めると、衝撃の事実を口にしました。
「そして申し遅れましたが、私の担当科目は生物学でも歴史学でもありません――暴力です」
「そんな家庭教師がいるかー!?」
なんて、なんて素敵なのでしょう……!
暴力! そんな素敵な担当科目があるのならば、もっと早く教えてくだされば良かったですのに!
「お、お前……殴ったな!? こっちには人質がいるってこと忘れぶべあ!?
パァン! と空気が破裂するような音と共に、路地の奥に立っていた馬鹿子息が吹っ飛びました。
おそらくはパンチが生み出した風圧を飛び道具にして攻撃したのでしょう。
直接殴らなかったのは相手が子供故のお情けといったところでしょうか。お優しいこと。
それにしても五メートル以上は距離が離れていましたのに。
あれこそは常軌を逸した拳速だけがなせる絶技……お見事でございます。
「い、今、何が起こった……?」
「わ、分からねえ……あの眼鏡野郎、一体何をしやがったんだ……?」
私ですらかろうじて見える程の速さを持つ先生の拳です。
日頃から己を律することも鍛錬することもなく。
力なき者達から奪うことしかできない悪漢達に、見えるはずもないでしょう。
「貴方達の暴力には、優雅さが足りない」
「ひっ!? よ、寄るんじゃねえ!」
先生が足を踏み出すと、悪漢達が怯えたように後ずさりします。
それを見た先生は今まで見たこともないような悪い笑顔を浮かべると、両手を広げて言いました。
「この私グラハールが、貴方達クズ共に――真の暴力というものをご教授いたしましょう」
「う、うわあああ!? に、逃げ――ぎゃあああ!?」
真っ先に逃げようとした悪漢が先生に背後から殴られて吹っ飛び、空中で綺麗に縦回転しながら酒場の屋根に突き刺さります。
なんと美しい放物線を描きながら飛ぶのでしょう。
私が先生なら100点を上げたいくらいの殴りっぷりですわ。
「い、一箇所に固まるな! バラバラに逃げろ! そしたら全員はやられねえ!」
誰かがそう叫ぶと、悪漢達は蜘蛛の子を散らすように四方八方に逃げ出します。
なるほど、たしかにこれではいくら先生が凄腕といえども、数人は取り逃してしまうことでしょう。
まあ、相手が一人ならですが。
「し、しめたぞ! 眼鏡野郎があいつらに夢中になってる間に俺だけでも逃げ――うぎゃあああ!?」
「誘い出したレディを置いて舞踏会から逃げ出すなんて、紳士らしからぬ振る舞いですわね。貴方は0点です」
コソコソと逃げ出そうとしている悪漢の背中を飛び蹴りしてぶっ飛ばします。
気がつけば、私の位置取りは先生と二人で悪漢達を挟み打ちするような形になっていました。
「そ、そうだった! このガキも化け物だった!」
「もう逃げ場がねえぞ!? どうする!?」
「こうなったらもう一か八か、やるしかねえ!」
退路がないことを悟った悪漢達は覚悟を決めたのか、懐からナイフや鈍器を取り出して私達に身構えます。
「相手が得物を取り出したということは、もう一切手心をくわえなくとも良いということですよね、先生」
「正解。100点の答えです。やはり貴女はとても筋が良い。こんなにも教え甲斐のある生徒は始めてです」
「うふふ。お上手ですわね。ですが本当の授業はこれからです。そうでしょう?」
「えっ、じゃあ今まで手加減してあれ……?」
「あの、この武器はちょっとした出来心で……」
数分後。私と先生の手により暴虐の限りを尽くされたその場所に、二本の足で立っている悪漢は誰もいませんでした。
地面に、壁に、屋根に、お空に。
彼らは頭から突っ込んでピクピクと痙攣しております。
私と先生はそんな彼らと夕暮れを背に笑顔で向かい合っていました。
頬や服は悪漢達の返り血で赤く染まっています。
普段なら煩わしく思うところですが、クズを思い切り殴った後の達成感で、それすらも逆に心地良く感じました。
「スカーレットお嬢様。これをどうぞ」
血を拭うハンカチかしら、と思って受け取ると、それは私の手にフィットする小さな一対の鋲付き指抜きグローブでした。
「先生、もしや渡し忘れていた物とはこのグローブのことでしょうか」
先生はうなずくと、いつもどおりの真面目な顔で言いました。
「これは貴女の成長と共に伸縮する魔道具です。これから貴女が暴力を振るう際の良き友となるでしょう」
そしてフッ、と照れくさそうに表情を緩めます。
「……私からの卒業記念です。貴女は私の教え子の中で最も優秀で、容赦のない暴力を振るう素晴らしい生徒でしたよ」
「先生……」
不覚にも、胸の内からじーんと込み上げてくるものがありました。
はじめて私の悩みを馬鹿にせず、理解を示してくれて、答えを授けてくれた方。
そんな方に認めてもらえたなんて。嬉しくないわけがありません。
「……一生、大切にいたしますわ」
目を閉じ、ぎゅうとグローブを胸に抱きしめてそう告げます。
しばらくして目を開くと、そこにもう先生の姿はありませんでした。
「グラハール先生」
視界に入ってくる夕暮れの眩しさに思わず目を細めながら。
遠くから「スカーレットォオオ……!」「お前はまたやらかしおって……!」と叫び、こちらに全力疾走してくるお父様とレオお兄様に手を振り。
私は万感の思いを口にします。
「暴力って、本当に良いものですわね」
++++++
「――美しい思い出ですわ」
ヴァンディミオン邸の客間で、レオお兄様とナナカに昔話を終えた私は、染み染みとそうつぶやきます。
何度思い返しても、心に響く良いお話ですわね。
聞きたいとせがんだナナカも、良い話だったなあと感じ入っていることでしょう。
「今の話のどこに感動する場面があったんだ……?」
子供にはまだ少し早かったかもしれませんわね。
「いや、ナナカ。こんなにツッコミどころしかない――ではなく、人の心を打つ良い話は他では決して聞けぬぞ。パリスタンに古くから伝わる故事の一つにくわえたいほどの逸話だ。事実私は今泣きそうになっている」
いつの間にか現れて、しれっと私達の輪に混じって話を聞いていたジュリアス様が、笑顔でそう言いました。
お黙りなさい、腹黒王子。貴方のそれは笑い泣きでしょう。
話を聞いている間しきりにクックッと笑いを堪えていたのを知っているんですからね。
「笑い事じゃないぞ。グラハールだっけか。そんなメチャクチャな王室家庭教師を雇ってるとかこの国の王家は大丈夫なのか?」
ナナカが呆れた顔でそうつぶやくと、レオお兄様は手で顔を押さえながら深くため息をつきます。
「……違う。あの男は王室家庭教師などではなかったんだ」
「は?」
「グラハールという男が去った次の日、陛下から正式に紹介された王室家庭教師が、紹介状を持って現れたんだ。どうやら本物は風邪で寝込んでいたらしく、到着が一週間遅れていたらしい」
ポカンと口を開けて固まるナナカ。
それを見てジュリアス様は「うむ」とうなずきます。
「そんな面白そうな人材がいたら今頃私の付き人にしているからな。王室家庭教師というのは真っ赤なウソであろう」
「いや、えっ? 旦那様もレオも誰もそれに気づかなかったのか!?」
「ああ。今となっては信じられないような話だが、当時は誰もがあの男を王室家庭教師だと信じて疑わなかった。それほどまでに立ち振舞いが洗練されていて、なんというか妙に説得力のある男だったんだ」
「ええ……一体何者だったんだよ……」
補修したグローブを撫でながら、窓の外の夕焼け空に思いを馳せます。
「今頃も世界のどこかで世のため人のため、蛮勇を振るっていらっしゃるのでしょうね。いずれまたお会いしたいものですわ。その時は成長した私のお姿を是非お見せしたいですわね」
ボキボキと指の関節を鳴らしながらそう言うと、レオお兄様とナナカが勢いよく席を立ってさけびました。
「「成長の証に人を殴ろうとするな!」」
長い謹慎期間で暇を持て余していた私は、家を抜け出してヴァンディミオンが治める領地の街へと足を運んでおりました。
「そ、それ以上暴れるんじゃねえ! このガキがどうなってもいいのか!」
街の片隅、陽が当たらない路地裏に男の叫び声が響き渡ります。
怯える男の子の首筋にナイフを当てながら、私を睨みつける悪漢。
「なんという古典的な、絵に描いたような由緒正しき悪漢の姿でしょう」
ボコボコにして白目を剥いている悪漢Bを放り捨てて微笑みます。
彼との距離は5メートル程。丁度私の拳の射程距離ですね。
「私に殴られるために登場していただき、ありがとうございました」
「は? テメエ、何言って――」
「シッ!」
右拳を前方に向かって振り抜きます。
私の拳によって圧縮された空気の塊は、一直線に悪漢の顔面へと到達し――
「へぶぅ!?」
パァン! と空気が爆ぜる音が鳴り響き、悪漢がよろめきます。
威力的には少しの間相手をひるませる程度しかできない技。
ですが、それだけの時間があれば私にとって5メートルの距離などなきにも等しいこと。
「な、なんだ今何しやがっうぎゃあああ!?」
顔面に私の拳を叩き込まれた悪漢が吹っ飛んでいきました。
「――スカッと度、腹八分目といったところでしょうか」
最近質のいいお肉を叩きすぎたせいで、拳が肥えてしまったようです。
普通の悪漢を殴った程度では満足できなくなっているのがその証拠。
「もっと殴り甲斐のある肥え太った悪い……いえ、良いお肉はいないものかしら」
「突然家からいなくなったと思えば何をしているのだお前は……」
振り返るとそこにはレオお兄様が顔を引きつらせながら立っていました。
「あらレオお兄様。自室で聖地巡礼の日程を調整をしていたはずでは」
「胃痛の予兆があったからもしやと思いお前の部屋を訪ねれば、ベッドにこれが置いてあったから飛んできたのだ!」
お兄様が一枚の紙を突きつけてきます。
そこには私の書いた一言「領地の街へボランティアに行ってまいります」の文字。
「スカーレット。お前は自分でここになんと書いたか覚えているか?」
「ボランティアに行ってきますと書きました」
「そうだな。だがおかしいな? ボランティアに行ったはずのお前がなぜ、路地裏で人を殴っている?」
「路地裏で街の悪漢をお掃除しておりました。立派なボランティアですわ」
「どこがだ……ただのストレス発散であろう……」
両手で顔を覆い、肩を震わせるレオお兄様。
私の立派な振る舞いに感極まってしまったのでしょうか。
「そんなに喜んでもらえるとは思いませんでしたわ。やはり人助けはするものですわね」
「呆れているんだと思うぞ……」
ため息まじりの声に振り向くと、いつの間にかナナカが背後に立っていました。
「あら。ナナカもお散歩がしたかったのですか? それならそうと言ってくれれば連れ出しましたのに」
「犬扱いするな! 僕は窓際で丸まって昼寝をしたかったのに、コソコソと出ていくスカーレットが見えたから仕方なく追ってきたんだぞ!」
ふん、とそっぽを向くナナカ。
正しくわんこですわね。後でよしよししてあげましょう。
「……ともかく。後のことは呼んである衛兵に任せて、お前は家に帰りなさい」
釘を刺されてしまいました。
少々まだ殴り足りない気持ちもありますが……楽しみは後にとっておくとしましょうか。
「なんだかんだと妹には甘いんだな、レオナルドは」
「千里眼でスカーレットが行ったことはおおよそ把握していた。手段はどうあれ、子供から金をせしめようとしている悪漢を止めたのは、良い行いではあるからな。叱るわけにもいくまい……おい、自慢気な顔をするな! 褒めているわけではないのだぞ! 今日はもう外出禁止だからな!」
「まあお兄様ったら。いくらなんでも過保護が過ぎますわ。宿でお留守番なんて、私はもう子供ではないのですよ。ナナカもそう思いませんか?」
「いや、保護されてるのはお前に殴られる方だと思うぞ……あっ」
不意に、ナナカが私の手を引き言いました。
「スカーレット、グローブが破けてるぞ」
手元を見るとナナカの言う通り、グローブの皮の部分が裂けていました。
近頃人を殴る機会が多かったせいで、傷んでいたのでしょう。
帰ったら補修をしないといけませんね。
「そういえばいつもそのグローブ使ってるけど、何か強力な力を持った魔道具なのか?」
「いいえ。魔道具ではありますが、成長と共に伸縮するだけで特に強力な効果はない、ただ人を殴るための普通のグローブですよ」
「人を殴るためのグローブは全然普通じゃないからな!」
お兄様がすかさず指摘を。
私、何かおかしなことを言ったかしら。
「ふーん。それじゃあ何か特別な思い入れでもあるのか?」
「そうですね。これは私がまだ幼い頃に、とある方から頂いたとても大切な物なのです」
そう、あれは私がまだグローブを付けずに人を殴っていた七歳の頃――
++++++
とある日のお昼のこと。
「お父様」
我が家、ヴァンディミオン公爵邸の書斎。
その一番奥にある椅子に座り本を読んでいたお父様は、私の方を向いて言いました。
「どうしたスカーレット。今は勉強の時間だろう。早く部屋に戻りなさい」
お父様の方に歩み寄った私は、一枚の手紙を差し出します。
「机の上にこれが」
手紙を受け取り、中身を確認したお父様は眉をしかめてその内容を口にしました。
「『ヴァンディミオン公爵様。このような形で職を辞すること、どうかお許しください。スカーレットお嬢様は大変優秀でいらっしゃいます。私ごとき一介の家庭教師が教えることなど何もないどころか、授業中にこちらが間違いを指摘される始末。どうか私などではなく、もっとお嬢様にふさわしい優秀な家庭教師をお雇いください』だと……?」
読み終えたお父様はため息をつかれて言います。
「またか……これでもう四度目だぞ」
「お父様、失礼ながら五度目です」
私の言葉に、お父様は両手で顔を覆い深いため息をつきました。
あ、今の仕草最近良くレオお兄様もされますね。
私が無意識にお母様の拳の関節をボキボキ鳴らす仕草を真似するのと同じです。
やはり親子は良く似るということでしょうか。ふふ。
「……仕方ない。スカーレット、お前は部屋に戻って自習をしていなさい」
「分かりました」
スカートの裾をつまんでお辞儀をしてから部屋を出ます。
去り際にお父様の「陛下に王室家庭教師を派遣してもらえるようにお願いしてみるか……」という独り言が聞こえました。
王室家庭教師――確か王族の子女を教育するために雇われている、とりわけ優秀な家庭教師の方々だとか。
「その方々なら、書斎の本に書かれていないことも知っているでしょうか」
物心ついた頃からお父様の書斎に置かれた大量の本を読みはじめて、今やそのほとんどの内容を覚えてしまった私にとって、先生方が教えてくれた内容はほぼすべてが既知のものでした。
ですが、この国でも学者様と並ぶほどに博識でいらっしゃる王室家庭教師の方なら、あるいは私の好奇心を満たしてくれるかもしれません。
そして――
「誰も答えを教えてくれない、私の疑問に答えてくれるかもしれませんし、ね」
それから一ヶ月の月日が流れました。
「一体どんな方がくるのかしら」
お昼のティータイム後。
我が家の庭をぶらぶらとお散歩する私は、ワクワクを抑えきれずにいました。
そう、今日はついに待ちに待った王室家庭教師の方がいらっしゃる日なのです。
「王家の方の先生をされるぐらいだから、きっと身なりも立派な方なのでしょうね。でっぷりと肥え太った殿方でしょうか。それともでっぷりと肥え太った貴婦人? 早くお会いしたいものですわ」
そんな独り言をつぶやきながら、ふと門の方に視線を向けます。
すると丁度タイミング良く、閉じた門の先にいかにも家庭教師といった風体の、燕尾服を纏った殿方らしき方の姿が見えました。
「あの方かしら。背は高いですが痩せ型でいらっしゃるのね。もう少し、こう」
(おい、なんで家庭教師を殴る前提の発想をしてるんだよ)
こら、ナナカ。回想に口出しをするなんて無粋ですわよ。
「まあいいですわ。お出迎えいたしましょう」
門を開けて、先生らしき方に歩み寄ります。
黒髪に端正な顔立ちをして、片眼鏡をかけた物静かな雰囲気なその方は、私が近づいても微動だにせず、なぜか上の方を向いていました。
なにかしら。気になって私も彼が見ている方に視線を向けると――
「……鳥?」
門の近くにある木の上に、鳥が巣を張っていました。
それは銀の体毛に鮮やかな赤い尾を持った、家にある図鑑でも見たことがない鳥でした。
「スカーレットテイル――北方の小国に生息している希少種です。繁殖の時のみ気候が穏やかな他国に渡り、子育てが終わるとまた故郷に戻っていく。彼らのような習性を持つ鳥のことを、生物学では渡り鳥と呼んでいます」
穏やかな低い声でそう言ったその方は、鳥から私に視線を移すと、流麗な仕草でお辞儀をします。
さすがは王室家庭教師。今まで見てきたどんな先生方の挨拶よりも美しい、社交に通じた上級貴族のような所作ですわね。
「渡り鳥の存在は知っていましたが、実際にこの目で見たのは初めてです。あの子達がそうなのですね」
それに、奇しくも私と同じ名前と色だなんて。
素敵な偶然もあったものですわね。
「無理もありません。彼らは普段ならパリスタンにはあまり渡ってこない鳥達ですから。おそらくは他国で生態系になんらかの変化があり、こちらに流れてきたのでしょう」
「お詳しいのですね。貴方の専門は生物学なのですか?」
「いえ。このようなことは人に誇るほどの知識ではありません。教えを広めるために国を渡り歩いている最中に、自然と覚えたものですので」
先生はなんでもないことのようにそう言われますけれど。
領地の中の出来事と本で読めることだけが世界のすべてである私にとっては、そんな外の国の、そこに訪れなければ分からないようなお話が、なによりも興味を引くものなのです。
「――面白いですわ」
今までの家庭教師の先生は、私と同じように自分の身の回りのことと本で得られる知識しか知らない方ばかりでした。
ですが目の前にいるこの方は、自分の目で足で。外の世界を知っている。
そんな方に毎日授業をしていただけるなんて、こんなに面白そう――ではなく、素敵なことはありません。
「私、スカーレット・エル・ヴァンディミオンと申します。貴方のお名前は?」
「グラハールと申します。スカーレットお嬢様」
スカートの裾をつまんでお辞儀をしながら、私は笑顔で言いました。
「今日よりご教授よろしくお願いいたします。グラハール先生」
それから一週間。
私の毎日はとても有意義で価値あるものでした。
グラハール先生は私が知りたかった本に載っていない外の世界のことを、たくさん教えてくれました。
たとえばヴァンキッシュに生息している飛竜のお話。
「彼らは人間よりもはるかに長い時を生きることで知られていますが、その中には人と契約を交わし人化の法を得た者もいて、今でも皇族の守護者として側に控えているそうです」
たとえばファルコニアの森林地帯で暮らしている獣人族とエルフのお話。
「同じ場所に暮らしている彼らは、元々互いに協力して狩りをする友好関係にありましたが、ある時獣化した獣人族を獲物と勘違いしたエルフが弓で射たことから関係が悪化したそうです」
子供らしくない子供である私は、もし先生以外の方からこんなお話を聞かされていたなら、そんなものは吟遊詩人の語る夢物語でしょうと、一笑に付してしまったかもしれません。
ですが、グラハール先生の言葉は不思議と真に迫っていて、そのお話を作り話だとか、誇張されたお話だとか、疑う気持ちはみじんも湧きませんでした。
なぜなら彼は、ただ外の世界の事情に通じているというだけではなく、生物学や歴史学。マナーや社交術のどれを取っても超一流で、私はもちろんお父様やレオお兄様すらも一目置いていた存在だったからです。
さすがは王室家庭教師といったところでしょう。
そんな先生に私はある日、今までずっと胸に秘めていた疑問を問うことにしました。
なんでも知っているグラハール先生ならばもしや、私が納得するような答えを与えてくれるのではないかと、そう思って。
「――なぜ人を殴ってはいけないのでしょう」
授業の休憩中。
自室のテーブルで向かい合っていた先生は、私の言葉にティーカップを持ち上げようとしていた動きを止めました。
いつもは即答する先生のめずらしく言葉をためらっているかのような仕草を不思議に思いながらも、私は言葉を続けます。
「お父様やレオお兄様はいつも私に人を殴るなと言います。それは誰かに暴力を振るうことはいけないことだからだそうです。先生はどう思いますか?」
先生は目を閉じ、少し考える素振りをした後、静かに口を開きました。
「……お二方の言う通りです。人を殴るのは良くないことですから」
それから先生は何事もなかったかのように、授業を始めました。
期待とは外れたその答えに、私は少しの落胆を覚えました。
でも、それも仕方のないことだと思います。
王室家庭教師ともあろうお方が、暴力を肯定するようなことを、教え子に言うわけがありませんから。
「……やはり、私のこの人を殴ってスカッとしたいという衝動は、誰にも理解されないものなのでしょうか」
七歳の子供の他愛のない悩みと言ってしまえばそこまででしょう。
ですが、子供にとっては自分の内にかかえている一見なんでもなさそうな悩みこそ、何よりも大事なものなのです。
(ナナカ。私が思うに七歳の子供の他愛のない悩みといえば、勉強ができない、友達と仲良くなれない、とかそういったことではないか……?)
(レオナルド。あまり深く考えない方がいいぞ。思い出し胃痛を起こすから)
そして、先生が我が家に来てから一週間後。
別れの日は突然にやって来ました。
「先生、今日で私の家庭教師をお辞めになるというのは本当ですか?」
夕方頃。お父様からグラハール先生が突然今日限りで職を辞して出て行くというお話を聞かされた私は、慌てて家の門の前に駆けつけました。
そこには現れた時と同じように大きな旅行バッグを持って、旅支度をした先生が、今まさに門から出ていこうとしているところでした。
「元々長居するつもりはありませんでしたので。丁度良い頃合いかと思いまして」
「一週間しか経っておりません。まだ先生には教えていただきたいことがたくさんありますのに……」
先生はいつもどおりの真面目な表情のまま、しゃがみ込み私と視線を合わせます。
「スカーレットお嬢様。貴女はまだ幼いながらもとても賢く、才に溢れています。無才である私が教えることなど、始めからなにもありませんでした」
「いいえ、そのようなことは断じてありません。私は今まで先生ほどに優秀な家庭教師の方を見たことがありませんわ。多少勉強や魔法ができるからとはいえ、私はまだ七歳の子供です。まだまだ、教わることは山のように――」
「本音はもっと旅先の面白い話が聞きたい――でしょう?」
「……っ」
見透かされた恥ずかしさに、思わず顔が熱くなってしまいました。
そんな私を見て先生はフッ、とわずかに口元を緩めます。
思えば先生が笑顔を見せてくれたのは、これが初めてだった気がします。
でも、それが私の恥ずかしがる顔を見て、だなんて。
なんだか少し悔しいです。
「安心してください。貴女も大人になればこの領地だけでなく、様々な場所に足を運ぶことになるでしょう。それなのに私がすべてを語っては、将来の貴女の楽しみを奪ってしまうことになります。後はご自身の目と足で、ご覧になって下さい」
その言葉を聞いて、私はもう引き止めても無駄なのだということを悟りました。
残念なことではありますが、仕方ありません。
先生は優秀な王室家庭教師。一所に長く留まる暇はないのでしょう。
「お待ち下さい。ならばせめて、これをお持ちになって下さい」
お父様から預かっている先生へ渡す予定だったお給金の入った袋を差し出します。
「お父様からお聞きしました。先生がどうしてもお給金を受け取ってくださらなかったと。それはなりません。一週間とはいえ、先生の授業はとても価値ある時間でした。どうかお受け取りください」
先生は首を横に振ると、ずれた片眼鏡の位置を指で直しながら言いました。
「私の教えは世のため人のために行っていることです。食べていけるだけのお金があればそれ以上は望みません。ヴァンディミオン邸では、暖かな寝床と食事を頂きました。私にとってはそれで十分です」
その言葉を最後に、先生はお金を受け取ることなく、去っていきました。
「世のため人のため、ですか」
とてもいい言葉ですわね。それ、もらいました。
私も今後誰かを殴る時は、世のため人のためを建前――ではなく、モットーに拳を振るうこととしましょう。
「スカーレット様ぁ!」
家に戻ろうとしたその時でした。
門の外から子供の叫び声が聞こえてきます。
声の方に視線を向けると、チュニクとハーフパンツを着た短い茶髪の男の子がこちらに向かって走って来ていました。
「あの子は確か……」
ヴァンディミオン邸からほど近い街に住んでいる、平民の子供――名前はアシュトンだったかしら。
以前どこかの馬鹿貴族の子供にいじめられていたところを助けた記憶があります。
あのボロボロになっている様子から察するに、またいじめられたのでしょうか。
「どうしたのアシュトン、そんなに慌てて。また馬鹿子息に何かされましたか?」
「弟が! 弟のミロがあいつらに連れていかれて! 助けたかったらスカーレット様を呼んでこいって! お願いします! ミロを助けてください!」
「落ち着きなさい。何があったかくわしく説明して。ね?」
アシュトンの両手を握り、目をじっと見つめて落ち着かせます。
十秒程そうしていたでしょうか。
アシュトンは不安そうな顔をしつつも、落ち着いた様子で話し出しました。
「街で遊んでたら、前スカーレット様に殴られたあの貴族の子がまたやって来たんです。しかも大人の悪い奴らをたくさん引き連れて」
十歳の子供だからと思って加減して軽く殴っただけに留めましたのに。
本当に懲りないですわね、あのクソガキは。
「ミロを返してほしかったら、スカーレット様に一人で街の外れの酒場裏まで来るように言えって言われて、それで僕……」
「分かりました。あとは私におまかせ下さい」
きっと一人でなんとかしようと抵抗したのでしょう。ご立派ですわ。
身分を傘に、大人まで雇って群れないと何もできないクソガキとは大違いです。
「ごめんなさい、スカーレット様。僕達のせいでご迷惑を……あれ? 怪我が治ってる?」
「応急処置の治癒魔法をかけておきました。時は一刻を争うので私はもう行きますが、貴方は我が家でちゃんと治療を受けていきなさい」
さて、それでは早速世のため人のため。
清く正しく暴力を振るってくるとしましょうか。
++++++
酒場裏に行くと、果たして聞いていた通りの光景が広がっていました。
「こんなどうでもいい平民のために本当に一人で来るとはバカな女め!」
暗い路地の奥に、十人程の悪漢で身の回りを固めた、金髪ででっぷりと肥え太った馬鹿子息がふんぞり返っています。
「――感謝します」
「は?」
スカートの裾をつまみ、お辞儀をしながら告げた言葉に、クソガキさんが困惑します。
「以前お会いした時よりまた一段と肥え太られて美味しいお肉となられましたね。私に殴られるためにそこまでしていただけるなんて、感謝の念に耐えません。だから、ありがとうございますと申し上げました」
「な、なんだこいつ!? 頭がおかしいのか!?」
あまりに殴り甲斐のありそうな身体を見てしまったもので、つい本音がまろび出てしまいました。
私の悪いくせですね。まあ治すつもりもありませんが。
「ひぐっ……スカーレット様……ごめんなさい、僕のせいで」
馬鹿子息の隣にいる、アシュトンと良く似た五歳程の子供。
初めて見ますがおそらく彼が弟のミロでしょう。
可哀想に。あんなに顔を泣き腫らして。
「安心して下さい。そこのクソガキと悪漢の方々を全員ブン殴ってすぐに助け出しますからね」
「バーカ! いくらお前がちょっと喧嘩が強いからって、大勢の大人にかなうわけないだろ! やれ!」
馬鹿子息の命令で、悪漢達が私を取り囲みます。
ニヤニヤとゲスな笑みを浮かべる彼らには、子供をいたぶる良心の呵責などまったく感じられませんでした。
「へへ……悪く思うなよ貴族のお嬢さん。これも仕事なんでなあ」
「安心しな。命までとりゃしねえよ。ちょっと痛めつけるだけだからよ。な?」
悪漢の一人が、馴れ馴れしく私の肩に手を置きます。
これは好都合ですわね。
「たとえば貴方達が明日食べる豆のスープすらなく、飢えをしのぐためにやむを得ずにこの凶行に及んだとしましょう」
「は? このガキ、何言って――」
肩に置かれた手をしっかり掴んで、逃さないようにしながら。
私は笑顔で拳を振りかぶります。
「――でも殴ります。スカッとしたいので」
「ぶべらぁ!?」
お腹にパンチ一発。
吹っ飛んだ悪漢の方は哀れ、壁にめり込んで失神してしまいました。
「結論から言えば、貴方達のようなか弱き者を痛めつけて喜ぶような方々に、たとえどんな理由があろうとも、壁にめり込むのに変わりはないということです。ご理解いただけましたか?」
「どちらにしろ殴るんじゃねえか!?」
「人を壁にめり込ませるお前のどこがか弱いんだよ!?」
「ガキだと思って舐めてりゃ調子乗りやがって! やっちまえ!」
悪漢達が私に向かって一斉に掴みかかってきます。
「……まったく手癖が悪いですこと。育ちの悪さがうかがえますわね」
突き出された手から逃れるように上に飛び上がり、前方にいた悪漢の頭を踏み台に、さらに前方へ。
「ぐおっ!? 俺を踏み台に!?」
私が向かう先には、悪漢達の中で一際身体が大きく、いかにもリーダーといった風体の男が立っています。
驚きに顔を歪めている男の前で私は着地すると、スカートのほこりを優雅に払いながら言いました。
「ごきげんよう。そしてさようなら」
「このガキィ! 俺様を誰だと思って――ぐわ!?」
有無を言わさずに猛烈な勢いで足を蹴ります。
痛みに立っていられず態勢を崩した男が膝立ちになると、あら丁度背の低い私でも殴りやすい位置にお顔がこんにちは。
「――星になりなさい」
「ぎゃああああああ!?」
下から掬い上げるようなアッパーで顎をかち上げると、巨漢の男は悲鳴をあげながら空へ舞い上がりました。
「――ああああああ!? ぐえっ!?」
そして地上に落下して頭から地面に突き刺さります。
お星さまにするには七歳児の私では少し力が足りませんでしたか。
残念、鍛錬のやり直しですわね。
「ぼ、ボスが美術館の前衛芸術品みたいになっちまった……」
「化け物かこのガキ……!?」
自分達のボスの無残な有様を見て、悪漢達がうろたえ出します。
今更後悔されてももう遅いですわ。
全員問答無用にブン殴って私のお肉になってもらいますので。
「さあ、お次はどなたが私と一緒に踊ってくれますの?」
「ひっ!?」
後ずさりする悪漢達に手の関節をボキボキ鳴らしながら歩み寄ります。
とりあえず片っ端から殴り倒しましょう。
あまり時間をかけすぎると、アシュトンから事情を聞いて、今頃私を顔面蒼白になって追いかけて来ているであろう、お父様やお兄様が駆けつけてきかねないですからね。
「――そ、それ以上動くんじゃない!」
今まさに三人目を殴ろうかという間際。
背後から馬鹿子息の叫び声が聞こえてきました。
なんですかもう。今いいところですのに。
「お前! これ以上暴れたらこいつがひどい目に合うぞ! 俺は本気だ! 平民なんてどうなったって良いんだからな!」
「痛いっ! やめてよぉ!」
馬鹿子息がミロの髪を掴んで引っ張り上げます。
国の宝である民を虐待し、挙句の果てにはどうなってもいいだなんて。
「本当にどうしようもないほどのクズですわね、貴方。恥を知りなさい」
「黙れ! そこから一歩でも動いたらこいつの顔面を思いっきり殴るぞ!」
さて、どうしたものでしょう。
できることならば今すぐにでもあのクソガキをブン殴ってやりたいところですが、この状況ではうかつに動けません。
いえ、手はないわけではないのですが、それを使うと体力の消耗が激しく、ミロを助けた後に悪漢達の相手をできるかわかりませんし。
「おいお前ら! そいつはもう動けないぞ! 今の内にボコボコにしてしまえ!」
「ほ、ホントか……?」
「そんなこと言っていきなり暴れだすんじゃないだろうな……?」
恐る恐るといった感じで悪漢達が私に近づいてきます。
仕方ありません。殴りに来たこちらがやられてしまっては元も子もありませんし、停滞の加護を使うとしましょう。
後のことはもうどうとでもなれ、です。
「――ようやく見つけましたよ、スカーレットお嬢様」
加護を発動させようと身構えたその時。
路地の入り口から、ここ一週間で一番側で聞いていたであろう、真面目で落ち着き払ったあの人の声が聞こえてきました。
その声の主はもちろん――
「グラハール先生……?」
性格を表すかのように、きっちりと整った黒髪。
涼やかなお顔の上で揺れる片眼鏡。
大きな旅行バッグを持ったその方はまさしく、先程職を辞して去っていったはずのグラハール先生でした。
「ごきげんよう、グラハール先生。こんなにも早く再会できるとは思いませんでしたわ。ですが、どうしてここへ?」
「渡し忘れていた物があったのでヴァンディミオン邸に戻ったのですが、貴女の姿はすでになく、アシュトンという少年からここに向かわれたとお聞きしたので追って来たのです」
壁にはめり込んだ悪漢。
地面には突き刺さった前衛芸術。
場の状況はどう見ても修羅場だというのに、先生はまるで意に介さず、まるで朝の散歩でもするかのような優雅な足取りで、私の方に歩いてきます。
そのあまりの自然さに、悪漢達ですら何も疑問を感じていないようでした。
「――ってなんだテメエ!? 何平然と場に馴染もうとしてやがる!?」
というのはさすがに言い過ぎでした。
まあこの薄暗いジメジメとした酒場の裏に、先生のようないかにも上流階級な雰囲気の方は明らかに浮いていますものね。
「この身なり……ガキの執事か何かか?」
「先生って呼ばれてたぞ? 貴族お付きの家庭教師かなにかじゃねえのか?」
「どうするよ坊ちゃん」
悪漢達がたずねると、突然の闖入者に呆然としていた馬鹿子息はハッと我に帰り私を指差して叫びます。
「一人で来いと言ったのに約束を破ったな!? この卑怯者め!」
「はあ?」
呆れのあまりため息が出てしまいました。
一体何を言ってるんでしょうかね、あの馬鹿は。
先生も同じことを思ったのでしょう。
表情は変えないながらも、呆れたような口調で言いました。
「人質を取った上に、自分より年下の七歳の女の子を、大勢の大人と一緒にリンチしようとしているクズが、当のお嬢様を卑怯者呼ばわりですか。どうやら貴方は今までご両親にまともな教育を受けてこなかったようですね。いっそ哀れに思います」
「う、うるさい黙れ! たかだか家庭教師風情が貴族の僕に説教をしやがって! おいチンピラ共! そこの口うるさい眼鏡野郎も一緒にやってしまえ!」
悪漢達が私達二人を取り囲みます。
そんな状況にも関わらず、先生はまるでお昼のティータイムでも嗜んでいるかのような穏やかな様子で私に言いました。
「スカーレットお嬢様。なぜ人を殴ってはいけないのか、と聞きましたね。あの時は実演する機会がありませんでしたので詳しくは教えませんでしたが、その質問に今、お答えしましょう」
先生が締めていた燕尾服の胸元を緩めます。
もしや戦う気なのでしょうか。
立ち振舞いから元より只者ではないと思ってはおりましたが。
「誰かを殴れば自分の拳も痛みます。スカーレットお嬢様、貴女は誰かを殴った後、いつも拳が痛かったはずです。人を傷つけ、自らも傷つく。虚しいことだとは思いませんか?」
先生がおもむろに旅行バッグを地面に落とします。
そういえば、先生がいつも持ち歩いていたあの旅行バッグ。
お着替えは最低限しか持っていないようでしたし、教材の本は我が家にある物を使っていましたし、あのような大きなバッグの中には一体何が――
「なので人を殴る時は――」
地面に落ちた旅行バッグが、衝撃でパカリと開きます。
「…………は?」
中身を見たその場の全員が、ポカンとした表情で固まります。
はたして旅行バッグの中にはズラリと。
人を殴るために拳に着ける鋲付きの指抜きグローブが、綺麗に整頓されて入っていました。
先生はその内の一対を手に取り拳に嵌めると、人差し指を立てて、私に言い聞かせるように言いました。
「――こういったグローブを付けて、自分が傷つかずに気持ちよく豚野郎をブン殴れるように拳を守らなければなりません。だから“人を素手で殴ってはいけない”のです。分かりましたか?」
「なるほど、腑に落ちましたわ」
「いや、その理屈はどう考えてもおかしいだろ!?」
納得する私に悪漢達が一斉に異議を唱えます。
一体今の先生の発言のどこにおかしな要素があったのでしょう。
完璧な答えではないですか。
おかげで私の長年の疑問がスッキリと解決いたしました。
さすがは先生、王室家庭教師の名は伊達ではありませんわね。
「ふざけやがって! そんなに殴られてえならお望み通りにしてやるよ!」
しびれを切らした悪漢の一人が先生に殴りかかってきます。
しかし、次の瞬間――
「――踏み込みが甘いですね。貴方は落第だ」
「ぐえっ!?」
目にも留まらぬ速さで繰り出された先生の裏拳が悪漢の顔面を捉えました。
悪漢は錐揉み回転しながら吹っ飛んでいき、壁にめり込みます。
あっけに捉える悪漢達の様子を尻目に、先生は自らを抱きしめるように腕をクロスさせて格好いいポーズを決めると、衝撃の事実を口にしました。
「そして申し遅れましたが、私の担当科目は生物学でも歴史学でもありません――暴力です」
「そんな家庭教師がいるかー!?」
なんて、なんて素敵なのでしょう……!
暴力! そんな素敵な担当科目があるのならば、もっと早く教えてくだされば良かったですのに!
「お、お前……殴ったな!? こっちには人質がいるってこと忘れぶべあ!?
パァン! と空気が破裂するような音と共に、路地の奥に立っていた馬鹿子息が吹っ飛びました。
おそらくはパンチが生み出した風圧を飛び道具にして攻撃したのでしょう。
直接殴らなかったのは相手が子供故のお情けといったところでしょうか。お優しいこと。
それにしても五メートル以上は距離が離れていましたのに。
あれこそは常軌を逸した拳速だけがなせる絶技……お見事でございます。
「い、今、何が起こった……?」
「わ、分からねえ……あの眼鏡野郎、一体何をしやがったんだ……?」
私ですらかろうじて見える程の速さを持つ先生の拳です。
日頃から己を律することも鍛錬することもなく。
力なき者達から奪うことしかできない悪漢達に、見えるはずもないでしょう。
「貴方達の暴力には、優雅さが足りない」
「ひっ!? よ、寄るんじゃねえ!」
先生が足を踏み出すと、悪漢達が怯えたように後ずさりします。
それを見た先生は今まで見たこともないような悪い笑顔を浮かべると、両手を広げて言いました。
「この私グラハールが、貴方達クズ共に――真の暴力というものをご教授いたしましょう」
「う、うわあああ!? に、逃げ――ぎゃあああ!?」
真っ先に逃げようとした悪漢が先生に背後から殴られて吹っ飛び、空中で綺麗に縦回転しながら酒場の屋根に突き刺さります。
なんと美しい放物線を描きながら飛ぶのでしょう。
私が先生なら100点を上げたいくらいの殴りっぷりですわ。
「い、一箇所に固まるな! バラバラに逃げろ! そしたら全員はやられねえ!」
誰かがそう叫ぶと、悪漢達は蜘蛛の子を散らすように四方八方に逃げ出します。
なるほど、たしかにこれではいくら先生が凄腕といえども、数人は取り逃してしまうことでしょう。
まあ、相手が一人ならですが。
「し、しめたぞ! 眼鏡野郎があいつらに夢中になってる間に俺だけでも逃げ――うぎゃあああ!?」
「誘い出したレディを置いて舞踏会から逃げ出すなんて、紳士らしからぬ振る舞いですわね。貴方は0点です」
コソコソと逃げ出そうとしている悪漢の背中を飛び蹴りしてぶっ飛ばします。
気がつけば、私の位置取りは先生と二人で悪漢達を挟み打ちするような形になっていました。
「そ、そうだった! このガキも化け物だった!」
「もう逃げ場がねえぞ!? どうする!?」
「こうなったらもう一か八か、やるしかねえ!」
退路がないことを悟った悪漢達は覚悟を決めたのか、懐からナイフや鈍器を取り出して私達に身構えます。
「相手が得物を取り出したということは、もう一切手心をくわえなくとも良いということですよね、先生」
「正解。100点の答えです。やはり貴女はとても筋が良い。こんなにも教え甲斐のある生徒は始めてです」
「うふふ。お上手ですわね。ですが本当の授業はこれからです。そうでしょう?」
「えっ、じゃあ今まで手加減してあれ……?」
「あの、この武器はちょっとした出来心で……」
数分後。私と先生の手により暴虐の限りを尽くされたその場所に、二本の足で立っている悪漢は誰もいませんでした。
地面に、壁に、屋根に、お空に。
彼らは頭から突っ込んでピクピクと痙攣しております。
私と先生はそんな彼らと夕暮れを背に笑顔で向かい合っていました。
頬や服は悪漢達の返り血で赤く染まっています。
普段なら煩わしく思うところですが、クズを思い切り殴った後の達成感で、それすらも逆に心地良く感じました。
「スカーレットお嬢様。これをどうぞ」
血を拭うハンカチかしら、と思って受け取ると、それは私の手にフィットする小さな一対の鋲付き指抜きグローブでした。
「先生、もしや渡し忘れていた物とはこのグローブのことでしょうか」
先生はうなずくと、いつもどおりの真面目な顔で言いました。
「これは貴女の成長と共に伸縮する魔道具です。これから貴女が暴力を振るう際の良き友となるでしょう」
そしてフッ、と照れくさそうに表情を緩めます。
「……私からの卒業記念です。貴女は私の教え子の中で最も優秀で、容赦のない暴力を振るう素晴らしい生徒でしたよ」
「先生……」
不覚にも、胸の内からじーんと込み上げてくるものがありました。
はじめて私の悩みを馬鹿にせず、理解を示してくれて、答えを授けてくれた方。
そんな方に認めてもらえたなんて。嬉しくないわけがありません。
「……一生、大切にいたしますわ」
目を閉じ、ぎゅうとグローブを胸に抱きしめてそう告げます。
しばらくして目を開くと、そこにもう先生の姿はありませんでした。
「グラハール先生」
視界に入ってくる夕暮れの眩しさに思わず目を細めながら。
遠くから「スカーレットォオオ……!」「お前はまたやらかしおって……!」と叫び、こちらに全力疾走してくるお父様とレオお兄様に手を振り。
私は万感の思いを口にします。
「暴力って、本当に良いものですわね」
++++++
「――美しい思い出ですわ」
ヴァンディミオン邸の客間で、レオお兄様とナナカに昔話を終えた私は、染み染みとそうつぶやきます。
何度思い返しても、心に響く良いお話ですわね。
聞きたいとせがんだナナカも、良い話だったなあと感じ入っていることでしょう。
「今の話のどこに感動する場面があったんだ……?」
子供にはまだ少し早かったかもしれませんわね。
「いや、ナナカ。こんなにツッコミどころしかない――ではなく、人の心を打つ良い話は他では決して聞けぬぞ。パリスタンに古くから伝わる故事の一つにくわえたいほどの逸話だ。事実私は今泣きそうになっている」
いつの間にか現れて、しれっと私達の輪に混じって話を聞いていたジュリアス様が、笑顔でそう言いました。
お黙りなさい、腹黒王子。貴方のそれは笑い泣きでしょう。
話を聞いている間しきりにクックッと笑いを堪えていたのを知っているんですからね。
「笑い事じゃないぞ。グラハールだっけか。そんなメチャクチャな王室家庭教師を雇ってるとかこの国の王家は大丈夫なのか?」
ナナカが呆れた顔でそうつぶやくと、レオお兄様は手で顔を押さえながら深くため息をつきます。
「……違う。あの男は王室家庭教師などではなかったんだ」
「は?」
「グラハールという男が去った次の日、陛下から正式に紹介された王室家庭教師が、紹介状を持って現れたんだ。どうやら本物は風邪で寝込んでいたらしく、到着が一週間遅れていたらしい」
ポカンと口を開けて固まるナナカ。
それを見てジュリアス様は「うむ」とうなずきます。
「そんな面白そうな人材がいたら今頃私の付き人にしているからな。王室家庭教師というのは真っ赤なウソであろう」
「いや、えっ? 旦那様もレオも誰もそれに気づかなかったのか!?」
「ああ。今となっては信じられないような話だが、当時は誰もがあの男を王室家庭教師だと信じて疑わなかった。それほどまでに立ち振舞いが洗練されていて、なんというか妙に説得力のある男だったんだ」
「ええ……一体何者だったんだよ……」
補修したグローブを撫でながら、窓の外の夕焼け空に思いを馳せます。
「今頃も世界のどこかで世のため人のため、蛮勇を振るっていらっしゃるのでしょうね。いずれまたお会いしたいものですわ。その時は成長した私のお姿を是非お見せしたいですわね」
ボキボキと指の関節を鳴らしながらそう言うと、レオお兄様とナナカが勢いよく席を立ってさけびました。
「「成長の証に人を殴ろうとするな!」」
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