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1巻
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いままでもそれなりにやってこられたのですから、これからも特に問題はない、と考えたのです。
学院で過ごす期間も、残り二年ちょっと。
殴らずに耐えてきた子供の頃の七年間を思えば、少しの辛抱じゃないですか。
しかしそのあとすぐに、私はさらなるストレスに見舞われました。
そう、腹黒王子ジュリアス様のせいで。
あれは一年生の冬のこと。
学院で定期的に行われる能力測定試験が発端でした。
試験の必須科目は、剣術・魔法・教養の三つ。
それに加えて専門科目の試験などもありますが、これらは選択制なので人によって組み合わせが違います。そのため、主要三科目の成績でクラス分けがされております。
成績が悪ければ、カイル様のように一般科に落とされ、逆によければ特別科へ上がることも可能です。
私達特別科の生徒は英才教育を受けてきた者が多く、成績優秀者のランキングでできるだけ上位に入ることを目標にしていました。
ちなみにこのランキングは、上位三十名の点数と名前が教室の前に貼り出されます。
ランキングの変動は激しいものの、主要三科目の一位は、ずっと私が独占しておりました。……とある日までは。
「おい、一位の名前見てみろよ!」
「え、嘘? まさか……」
その日、教室の前に貼られたランキングの一位には、私ではない別のお方の名前が書かれていたのです。
「ジュリアス・フォン・パリスタン……ジュリアス様が!?」
多くの生徒が集まる中、呆然とする私。
確かに油断はしておりました。私はすべての科目において毎回ほぼ満点でしたし、その成績を脅かすほど優秀な方は、この学年にはいないと踏んでいたのだから。
けれどそこには、あり得ない点数が記されていました。
「全科目、満点ですって……?」
剣術と魔法の試験では、九十九点までは取れても、中々満点には届きません。それは、残りの一点が試験官の好みに左右されるものだからです。
剣術の試験で試験官を倒したとしても、剣筋が気に入らないと言われたり。
魔法の試験で試験官を打ち負かしたとしても、魔法式の構築が甘いと言われたり。
それなのに、ジュリアス様は不可能を可能にしてしまわれました。
そうなると、いままでずっと一位だったにもかかわらず満点を取れなかった私は、ジュリアス様より劣るということになってしまいます。
それはなんだか、とても面白くありません。
ああ、ダメ。苛立ちで眉間に皺が寄って、鉄壁の無表情を保てない。
こんな表情を彼に見られたら、絶対に面白がられるに決まって――
「スカーレット」
ほら、やっぱり来ました。
私は誰にも聞こえないように小さく深呼吸をしてから、声のしたほうを振り返ります。
そこには案の定、満面の笑みを浮かべたジュリアス様が立っておられました。
「ご機嫌よう、ジュリアス様。学年首席、おめでとうございます」
平静を装って言うと、ジュリアス様は普段通りの表情で、私の耳に顔を寄せて言いました。
「満点で一位を取るのって、案外チョロいな」
――その日の夜、ストレス発散のため、私が自室の壁を破壊してしまったのは言うまでもありません。
満点で一位を取るなどチョロい。
それは私への挑戦と受け取っていいのですよね?
我がヴァンディミオン公爵家の家訓にはこんな言葉があります。
やられたら十倍にしてやり返せ、と。
それから、私の闘争の日々が始まったのです。
確実に九十九点を取るために、暇な時間さえあればひたすら剣と魔法の技術を磨き上げました。
そして残りの一点を取るために、試験官になり得る学院中の教師の情報を調べ上げ、彼らが好むような剣術と魔法の傾向を必死に研究しました。
こうして迎えた試験当日。
私はかつてないほどの気合いで試験に臨み、試験官を完膚なきまでに打ちのめしました。
そのあまりの無双っぷりに、試験をご覧になっていた誰もがドン引きしていたと記憶しています。
その結果。成績優秀者ランキングの一位には、私の名前が返り咲きました。
しかも、全科目満点のおまけつき。
さあ、どうですかジュリアス様。私だって少し頑張れば、これぐらいの成績を取ることなど造作もないのですよ。
十倍返しとまではいきませんが、これで少しは溜飲が下がるというもの。
内心ほくそ笑みつつ、貼り出されたランキングからジュリアス様のお名前を探します。ところが、どこにもそのお名前はありませんでした。
困惑しながらその場で立ちすくんでいたところ、背後から肩をポンと叩かれます。
「スカーレット」
出ましたわね。今度という今度は、ふざけたことは言わせませんわよ。
高ぶる感情を隠しつつ、無表情のまま振り返ります。
するとそこには、満面の笑みを浮かべたジュリアス様が立っていらっしゃいました。
そして、いつかと同じように私の耳元に顔を寄せて囁きます。
「……放課後、みなに隠れて一心不乱に剣を振るうお前の姿は見物だったぞ? その時のお前の顔をスケッチしたから、あとで届けさせよう。期待していてくれ」
そう言うと、ジュリアス様は私の頭をポンポンと撫でて去っていきました。
その日の夜。鬼のような形相の女が描かれたスケッチを引き裂きながら、私は改修されたばかりの寮の壁に再び大穴を空けたのでした。
なにが『見物だったぞ?』ですか。
しかも人前で馴れ馴れしく頭まで撫でて。
おかげで周囲の方々に、実は二人はそういう関係? などとあらぬ疑いを持たれてしまったではないですか。
一体、どう始末をつけてくれるのですか?
ちなみに、ランキングにジュリアス様のお名前が載っていなかった理由ですが……
あのお方は普段は手を抜いて、クラス落ちさせられないギリギリの成績をわざと取っているのだとか。けれど時折本気を出しては、成績上位者のやる気を削ぐそうです。
なんと性格の悪いお方でしょう。
しかし、ジュリアス様の手口はもうわかりました。
要はあのお方の挑発に乗らなければいい。
ただそれだけです。つまりは無視。
「おはよう、スカーレット。気持ちのいい朝だな」
朝、校舎の前で出くわしても無視。
「こんにちは、スカーレット。いい陽気だな」
昼、廊下で出くわしても無視。
「こんばんは、スカーレット。綺麗な夕陽だな」
夕方、寮に向かう帰り道で出くわしても無視……って。
「あの、ジュリアス様」
「なんだ?」
「どうしていつも、私のいる場所に現れるのでしょう」
「どうしてだろうな。偶然としか言えんが」
そんなわけがないでしょう。
なにをとぼけていらっしゃるのですか?
絶対にわざとですよね?
特別科の男子寮は、女子寮と逆方向ですし。
もしかしてストーカーですか?
「ぷっ」
「は?」
私の顔を見て噴き出したジュリアス様に、思わず素の反応をしてしまいました。
「クク……いや、〝氷の薔薇〟が百面相をしていたのでな。笑いをこらえられなかった。許せ」
ぺたぺたと自分の顔を触って確かめます。
私が百面相? まさか。
カイル様の婚約者として嫌がらせに耐えると決めた時、私の表情筋は完全に死んだはずなのに。
「自分では無表情を装っているつもりかもしれないが、観察していてわかったぞ。お前、実は考えていることがすべて顔に出るタイプだろう」
「……失礼な方。では私がいま、なにを考えているかわかりますか?」
「『腹黒王子め、さっさとどっかに消え失せなさい』だろう?」
正解です。
というか、それがわかっていてなぜこのお方は私に近づいてくるのでしょう。
まったくもって理解不能です。
「最近カイルとはうまくやっているか?」
今度は嫌味ですか。あんなお方とうまくやっていけるわけがないでしょう。
「カイル様が一般科に落とされてから、接点がほとんどなくなりましたから。あれほどうるさかった送り迎えに関しても、なぜかめっきり言ってこなくなりましたし。最近は顔を合わせてすらいませんわ」
「そうか。それならばよかった」
なにがよかったのかわかりませんが。
そういえばジュリアス様に助けていただいた日、カイル様は「覚えていろ」と恨みがましく言っておりました。その割には、最近まったく嫌がらせをされていませんね。
まあ、彼の苦手なジュリアス様が私にいつも付き纏っていれば、近づきたくもなくなるでしょうが。
「……あっ」
まさか。ジュリアス様がちょっかいをかけてくるのは、私からカイル様を遠ざけるためなのでしょうか。
私を、守るために?
「ほら、また顔に出ているぞ」
思索に耽っていた私の頭を、ジュリアス様の手がポンポンと撫でました。
また勝手に頭を撫でて。
猫かぶりな私もそろそろ怒りますよ。
ああ、そういえばジュリアス様は私の本性に気づいていらっしゃるのでしたね。
ならば少しくらいストレス発散に付き合っていただいても、問題ないのではありませんか? 具体的には一発ぐらいブン殴っても大丈夫ですよね? ね?
そんな風に黒い衝動に身を焦がしながら、拳を握りしめていると……
頭を撫でいたジュリアス様が、不意に私の長い髪を一房手に取り、優しく微笑まれました。
「お前の銀髪はとても美しい。これが愚か者の愚かな行いで失われるなど、この私が許さない」
その言葉にとくん、と……不覚にも胸を高鳴らせてしまいました。
殿方にそんなセリフを言われたのは、生まれて初めての経験でしたから。
「あの、ジュリアス様……」
「――それに、お前は私がいままで見てきた珍獣の中でも、一番面白い部類に入るからな」
……はい?
「これほど観察し甲斐がある生き物など、そうそうお目にかかれん。いや、父上やヴァンディミオン公爵もお人が悪い。こんなに価値のあるものをカイルにくれてやるなど、宝の持ち腐れもいいところだ。どうだ、いっそ私の婚約者にならぬか? いまよりもいい待遇を約束するぞ?」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら、勝手に盛り上がるジュリアス様。
一瞬、このお方はもしかしていい人なのでは、と思ってしまった自分を、思い切りブン殴りたい気分でした。
「謹んでお断り申し上げますわ、ジュリアス様」
――こうして私は、怒りとストレスをこれでもかというほど溜め込んできたのです。
そして、いま。
溜まりに溜まったそれらは、テレネッツァさんという火種によって、ついに爆発することになったのでした。
テレネッツァさんの顔面を殴り飛ばした私は、周囲をぐるりと見回しました。
そして、昼下がりのお茶会に出かける時のように、にこやかな顔で足を踏み出します。
すると、一際お太りになった、いかにも高慢そうな貴族が前に歩み出てこられました。
「小娘が! 調子に乗るのも大概にしろ! おい、近衛兵! こいつをひっ捕らえよ! カイル様の婚約者に暴行を働いた犯罪者だ!」
「はっ!」
成り行きを見守っていた近衛兵達が、私を捕らえようと一斉に向かってきます。剣や槍で武装していらっしゃいますし、この人数を相手に殴り合いをするというのも面倒ですね。
というわけで、彼らにはしばしの間眠っていただきましょう。
「微睡みよ、彼の者達を安らかな眠りへ誘いたまえ──」
手をかざして睡眠の魔法を唱えると、近衛兵の方々がパタリパタリと深い眠りに落ちていきます。
いけませんね。王族を警護する方々なんですから、肉体だけではなく、魔法に対抗する能力もしっかり鍛えておかなければ。貴方達は赤点です。
「この人数を一瞬で眠らせた、だと……? な、なんという規格外な魔力だ……」
驚いている場合ではありませんよ、カイル様。
この程度のことは、学院の成績上位者なら誰でもできます。一般科の貴方には信じられないことかもしれませんがね。
しかし魔法というものは相変わらず味気ないです。遠距離から相手を倒しても、なんの面白みもないですし。
やっぱり素手で殴らないと、全然スカッとしません。
よし、魔法は以降やめにしましょう。
「ご安心下さい。貴族のみなさまにおかれましては、ちゃんとこの拳で、意識を失うまで殴らせていただきますので」
そう言って足を踏み出すと、貴族の方々が青ざめた顔で一斉に後退りしました。そして、口々に騒ぎ出します。
「ひっ……! だ、誰か戦える者はおらんのか! こやつを倒した者には、私の娘を嫁にやっても構わんぞ!」
「わ、私もだ! 社交界の華と呼ばれた我が娘をくれてやる! だから私にあの女を近づけるな!」
「私は妻を差し出すぞ! 良家の才媛と称された美人の妻だ!」
「貴様らのブサイクな妻や娘などいるものか! 私を守れ! さすれば私が所有する奴隷を一ダースくれてやるぞ!」
「お、おい! 我が国では奴隷の売買は禁止されているはずだぞ! そんなことをここで喋っていいのか!?」
「構うものか! すべてカイル様に承諾を得たと言えばどうとでもなる! 次の国王陛下になられるお方だぞ!」
「それもそうだな! よし、私も秘蔵の奴隷をくれてやるぞ!」
「私も奴隷を――!」
「私はさらに――!」
ああ、ああ……っ。
権力に溺れ、堕落した方々が追い詰められる様をご覧下さい。
なんと、なんと醜い有様でしょう。
そう、彼らは畜生にも劣る豚野郎です。
そして、そんな豚野郎達をこれから思う存分、容赦なくボコボコにできるかと思うと――
最高の気分です。
「さあみなさま――踊りましょう?」
自らに身体強化の魔法をかけ、大きく一歩を踏み出しました。
拳を振るうたびに上がる、野太い悲鳴。
駄肉を叩きつけるたびに舞う、血の花弁。
バキッ、メキィ、ボキン、ズドォ。
豚野郎の悲鳴と打撃音が奏でるこの重奏。
なんと素晴らしいのでしょう。
貴方達は一流の演奏者になれますね。この私が保証いたします。
「…………ふぅ」
気がつけば、この場にいた第二王子派の貴族のほとんどが、血溜まりに倒れて気絶していました。
「楽しい時間が過ぎるのは、あっという間ですね――カイル様」
残ったのは、ホールの隅で震える顔面蒼白なカイル様。
意識の戻ったテレネッツァさんは、どさくさに紛れて窓から逃げ出したようですが、まああんな小物はどうでもいいです。
さて、楽しい舞踏会もこれで終わりかと思うと、寂しくもありますね。とはいえ、ここら辺で終幕といたしましょう。
「最期に一曲踊って下さいな。エスコートはお任せしてもよろしくて、王子様?」
怯えるカイル様にゆっくりと近づき、振りかぶった拳をその顔に叩きつけようとして──
「待て! そのお方を殴るな、スカーレット!」
ホールの入口から響いてきたその声に、思わず振り返りました。
「レオお兄様……?」
……しかし、それはそれとして、私はカイル様を殴りました。
まあ、振り下ろした拳はもう止められませんし、仕方ないですよね。
「ぶべらぁ!?」
拳から伝わるクリーンヒットの感触。
よそ見していたにもかかわらず、過たずに芯を撃ち抜いた私の拳は、カイル様の意識を速やかに刈り取りました。
「ふぅ……スッキリした」
深く息をついて脱力すると、心地好い疲労感を覚えます。
ずっと背負っていた肩の荷が下りたような、身も心も軽やかな気分です。
私をこんな気持ちにさせてくれた貴族のみなさま、そしてカイル様には格別の感謝をしなくてはいけませんね。
「みなさま、本当にありがとうございました」
「ありがとうございました、ではない! なぜカイル様を殴った!? 私は殴るなと言ったぞ!?」
腰まで届く長い髪をうしろで結わえた殿方が、眉間に皺を寄せながらツカツカと歩いてまいります。
レオナルド・エル・ヴァンディミオン。
ヴァンディミオン公爵家の長子であり、私のお兄様でございます。
お兄様は私の二つ年上で、王立貴族学院の先輩でもありました。
卒業してからは、国王陛下の側近であるお父様の補佐として、王宮に勤めており、王都の別邸で暮らしています。
そのためここ一年ほど、寮住まいの私とはほとんど顔を合わせることもありませんでした。けれどこの通り、とても仲のいい兄妹なのですわ。
「レオお兄様、お久しぶりですね。どうしたのですか、そのように眉間に皺を寄せられて」
「話をはぐらかすな。どうしたと聞きたいのは私だ。この惨状は一体……」
レオお兄様は、血まみれになった舞踏会の会場を見回しました。
周囲には貴族の方々が、まるで浜辺に打ち上げられた魚のようにピクピクと痙攣しながら転がっております。
さらに、窓ガラスは一枚残らず砕け散り、さながら嵐が過ぎ去ったあとのよう。
「まさか、まさかとは思うが……これはすべて、お前が一人でやったのか……?」
「はい、その通りでございます」
「ああ――っ!」
しれっと告げると、お兄様は一瞬天を仰ぎ、両手で顔を覆われました。
「お兄様? 眩しいのですか? 突然天井なんて見上げるから、明かりで目が眩んだのかしら」
「いっそ私の両目が潰れて、この光景を見ることができなくなれば、どんなに幸せなことか……」
私と久しぶりに会えたことがそんなに嬉しいのかしら。
もう、お兄様ったら。
「くっくっく。だから言ったであろう、レオ。きっと私達の予想を超えて、遥かに面白いことになっているぞと」
とその時、金髪の美しい殿方が近づいてきて、ぷるぷると震えるお兄様の肩にポンッと手を置きました。
あら、どこの腹黒野郎かと思えば。
このお方もご一緒だったのですね。
「ご機嫌よう、ジュリアス様。珍しいですね、貴方が舞踏会に足をお運びになるなんて」
「愚弟に誘われたのだ。今日は面白い催し事があるので、絶対に出席せよとな。もっと早く到着するはずだったのだが、公務が立て込んでいて遅くなってしまった」
ジュリアス様は学院に入学した当初から、すでにその能力を見込まれ、王宮内で開かれている議会に参加なさっていたそうです。
学院で学ぶ意味があるのか疑問に思うほど、優秀な方でいらっしゃいますしね。
ただ、私のことを三年近くもからかい続けたことは、本当に許せません。
腹黒王子許すまじ、です。
「しかし、また随分と派手にやらかしたものだな。まるで天災が起きたあとのようだ。これは相当面白かったに違いない」
ジュリアス様が、倒れている貴族の方々の顔を一人ひとり確認しながらおっしゃいました。
「ジュリアス様! なにを残念そうに……これは由々しき事態ですよ。ああ……このようなこと、父上に一体どう報告すれば……」
「黙れレオ。そこらで倒れている者どもの顔をよく見てみろ。無様な命乞いをしたにもかかわらず、無慈悲に踏みにじられた三下のような面をしているではないか。ああ……愚か者どもが容赦なく蹂躙されていく様はさぞ見物だっただろうなぁ。そんな美味しい場面を見逃すとは、私は今日、一体なんのために、こんな微塵も興味のない舞踏会に足を運んだというのだ? 残念がることくらい許せ」
持ち前の性格の悪さに、さらに磨きがかかっていらっしゃいませんか、ジュリアス様。
「まったく、第一王子ともあろうお方が。趣味が悪いですよ」
「貴女に言われたくはないぞ、スカーレット。というか、ついに本性を現したのだな。初めて会話した時から、いつその握り込んだ拳を解放するのか、待っていたというのに。私がいない場で見せるなんてズルいぞ。やり直しを要求する」
不満そうなお顔で私を指さすジュリアス様。
なにがズルいですか、子供ですか貴方は。
「人聞きが悪いですわね。これは不可抗力です」
「不可抗力でこの面々を殴り倒すことになった一部始終を見たかったのだ、私は。だって絶対に面白いだろう」
「まあ、逃げ回る貴族の方々を殴り倒していくのは、それなりに気分がよかったですが」
「ほら見たことか。だからズルいと言ったのだ。まったく、とんだ無駄足になったな。チッ」
「ジュリアス様!」
お兄様が鬼のような形相で私とジュリアス様を睨みつけています。
学院で過ごす期間も、残り二年ちょっと。
殴らずに耐えてきた子供の頃の七年間を思えば、少しの辛抱じゃないですか。
しかしそのあとすぐに、私はさらなるストレスに見舞われました。
そう、腹黒王子ジュリアス様のせいで。
あれは一年生の冬のこと。
学院で定期的に行われる能力測定試験が発端でした。
試験の必須科目は、剣術・魔法・教養の三つ。
それに加えて専門科目の試験などもありますが、これらは選択制なので人によって組み合わせが違います。そのため、主要三科目の成績でクラス分けがされております。
成績が悪ければ、カイル様のように一般科に落とされ、逆によければ特別科へ上がることも可能です。
私達特別科の生徒は英才教育を受けてきた者が多く、成績優秀者のランキングでできるだけ上位に入ることを目標にしていました。
ちなみにこのランキングは、上位三十名の点数と名前が教室の前に貼り出されます。
ランキングの変動は激しいものの、主要三科目の一位は、ずっと私が独占しておりました。……とある日までは。
「おい、一位の名前見てみろよ!」
「え、嘘? まさか……」
その日、教室の前に貼られたランキングの一位には、私ではない別のお方の名前が書かれていたのです。
「ジュリアス・フォン・パリスタン……ジュリアス様が!?」
多くの生徒が集まる中、呆然とする私。
確かに油断はしておりました。私はすべての科目において毎回ほぼ満点でしたし、その成績を脅かすほど優秀な方は、この学年にはいないと踏んでいたのだから。
けれどそこには、あり得ない点数が記されていました。
「全科目、満点ですって……?」
剣術と魔法の試験では、九十九点までは取れても、中々満点には届きません。それは、残りの一点が試験官の好みに左右されるものだからです。
剣術の試験で試験官を倒したとしても、剣筋が気に入らないと言われたり。
魔法の試験で試験官を打ち負かしたとしても、魔法式の構築が甘いと言われたり。
それなのに、ジュリアス様は不可能を可能にしてしまわれました。
そうなると、いままでずっと一位だったにもかかわらず満点を取れなかった私は、ジュリアス様より劣るということになってしまいます。
それはなんだか、とても面白くありません。
ああ、ダメ。苛立ちで眉間に皺が寄って、鉄壁の無表情を保てない。
こんな表情を彼に見られたら、絶対に面白がられるに決まって――
「スカーレット」
ほら、やっぱり来ました。
私は誰にも聞こえないように小さく深呼吸をしてから、声のしたほうを振り返ります。
そこには案の定、満面の笑みを浮かべたジュリアス様が立っておられました。
「ご機嫌よう、ジュリアス様。学年首席、おめでとうございます」
平静を装って言うと、ジュリアス様は普段通りの表情で、私の耳に顔を寄せて言いました。
「満点で一位を取るのって、案外チョロいな」
――その日の夜、ストレス発散のため、私が自室の壁を破壊してしまったのは言うまでもありません。
満点で一位を取るなどチョロい。
それは私への挑戦と受け取っていいのですよね?
我がヴァンディミオン公爵家の家訓にはこんな言葉があります。
やられたら十倍にしてやり返せ、と。
それから、私の闘争の日々が始まったのです。
確実に九十九点を取るために、暇な時間さえあればひたすら剣と魔法の技術を磨き上げました。
そして残りの一点を取るために、試験官になり得る学院中の教師の情報を調べ上げ、彼らが好むような剣術と魔法の傾向を必死に研究しました。
こうして迎えた試験当日。
私はかつてないほどの気合いで試験に臨み、試験官を完膚なきまでに打ちのめしました。
そのあまりの無双っぷりに、試験をご覧になっていた誰もがドン引きしていたと記憶しています。
その結果。成績優秀者ランキングの一位には、私の名前が返り咲きました。
しかも、全科目満点のおまけつき。
さあ、どうですかジュリアス様。私だって少し頑張れば、これぐらいの成績を取ることなど造作もないのですよ。
十倍返しとまではいきませんが、これで少しは溜飲が下がるというもの。
内心ほくそ笑みつつ、貼り出されたランキングからジュリアス様のお名前を探します。ところが、どこにもそのお名前はありませんでした。
困惑しながらその場で立ちすくんでいたところ、背後から肩をポンと叩かれます。
「スカーレット」
出ましたわね。今度という今度は、ふざけたことは言わせませんわよ。
高ぶる感情を隠しつつ、無表情のまま振り返ります。
するとそこには、満面の笑みを浮かべたジュリアス様が立っていらっしゃいました。
そして、いつかと同じように私の耳元に顔を寄せて囁きます。
「……放課後、みなに隠れて一心不乱に剣を振るうお前の姿は見物だったぞ? その時のお前の顔をスケッチしたから、あとで届けさせよう。期待していてくれ」
そう言うと、ジュリアス様は私の頭をポンポンと撫でて去っていきました。
その日の夜。鬼のような形相の女が描かれたスケッチを引き裂きながら、私は改修されたばかりの寮の壁に再び大穴を空けたのでした。
なにが『見物だったぞ?』ですか。
しかも人前で馴れ馴れしく頭まで撫でて。
おかげで周囲の方々に、実は二人はそういう関係? などとあらぬ疑いを持たれてしまったではないですか。
一体、どう始末をつけてくれるのですか?
ちなみに、ランキングにジュリアス様のお名前が載っていなかった理由ですが……
あのお方は普段は手を抜いて、クラス落ちさせられないギリギリの成績をわざと取っているのだとか。けれど時折本気を出しては、成績上位者のやる気を削ぐそうです。
なんと性格の悪いお方でしょう。
しかし、ジュリアス様の手口はもうわかりました。
要はあのお方の挑発に乗らなければいい。
ただそれだけです。つまりは無視。
「おはよう、スカーレット。気持ちのいい朝だな」
朝、校舎の前で出くわしても無視。
「こんにちは、スカーレット。いい陽気だな」
昼、廊下で出くわしても無視。
「こんばんは、スカーレット。綺麗な夕陽だな」
夕方、寮に向かう帰り道で出くわしても無視……って。
「あの、ジュリアス様」
「なんだ?」
「どうしていつも、私のいる場所に現れるのでしょう」
「どうしてだろうな。偶然としか言えんが」
そんなわけがないでしょう。
なにをとぼけていらっしゃるのですか?
絶対にわざとですよね?
特別科の男子寮は、女子寮と逆方向ですし。
もしかしてストーカーですか?
「ぷっ」
「は?」
私の顔を見て噴き出したジュリアス様に、思わず素の反応をしてしまいました。
「クク……いや、〝氷の薔薇〟が百面相をしていたのでな。笑いをこらえられなかった。許せ」
ぺたぺたと自分の顔を触って確かめます。
私が百面相? まさか。
カイル様の婚約者として嫌がらせに耐えると決めた時、私の表情筋は完全に死んだはずなのに。
「自分では無表情を装っているつもりかもしれないが、観察していてわかったぞ。お前、実は考えていることがすべて顔に出るタイプだろう」
「……失礼な方。では私がいま、なにを考えているかわかりますか?」
「『腹黒王子め、さっさとどっかに消え失せなさい』だろう?」
正解です。
というか、それがわかっていてなぜこのお方は私に近づいてくるのでしょう。
まったくもって理解不能です。
「最近カイルとはうまくやっているか?」
今度は嫌味ですか。あんなお方とうまくやっていけるわけがないでしょう。
「カイル様が一般科に落とされてから、接点がほとんどなくなりましたから。あれほどうるさかった送り迎えに関しても、なぜかめっきり言ってこなくなりましたし。最近は顔を合わせてすらいませんわ」
「そうか。それならばよかった」
なにがよかったのかわかりませんが。
そういえばジュリアス様に助けていただいた日、カイル様は「覚えていろ」と恨みがましく言っておりました。その割には、最近まったく嫌がらせをされていませんね。
まあ、彼の苦手なジュリアス様が私にいつも付き纏っていれば、近づきたくもなくなるでしょうが。
「……あっ」
まさか。ジュリアス様がちょっかいをかけてくるのは、私からカイル様を遠ざけるためなのでしょうか。
私を、守るために?
「ほら、また顔に出ているぞ」
思索に耽っていた私の頭を、ジュリアス様の手がポンポンと撫でました。
また勝手に頭を撫でて。
猫かぶりな私もそろそろ怒りますよ。
ああ、そういえばジュリアス様は私の本性に気づいていらっしゃるのでしたね。
ならば少しくらいストレス発散に付き合っていただいても、問題ないのではありませんか? 具体的には一発ぐらいブン殴っても大丈夫ですよね? ね?
そんな風に黒い衝動に身を焦がしながら、拳を握りしめていると……
頭を撫でいたジュリアス様が、不意に私の長い髪を一房手に取り、優しく微笑まれました。
「お前の銀髪はとても美しい。これが愚か者の愚かな行いで失われるなど、この私が許さない」
その言葉にとくん、と……不覚にも胸を高鳴らせてしまいました。
殿方にそんなセリフを言われたのは、生まれて初めての経験でしたから。
「あの、ジュリアス様……」
「――それに、お前は私がいままで見てきた珍獣の中でも、一番面白い部類に入るからな」
……はい?
「これほど観察し甲斐がある生き物など、そうそうお目にかかれん。いや、父上やヴァンディミオン公爵もお人が悪い。こんなに価値のあるものをカイルにくれてやるなど、宝の持ち腐れもいいところだ。どうだ、いっそ私の婚約者にならぬか? いまよりもいい待遇を約束するぞ?」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら、勝手に盛り上がるジュリアス様。
一瞬、このお方はもしかしていい人なのでは、と思ってしまった自分を、思い切りブン殴りたい気分でした。
「謹んでお断り申し上げますわ、ジュリアス様」
――こうして私は、怒りとストレスをこれでもかというほど溜め込んできたのです。
そして、いま。
溜まりに溜まったそれらは、テレネッツァさんという火種によって、ついに爆発することになったのでした。
テレネッツァさんの顔面を殴り飛ばした私は、周囲をぐるりと見回しました。
そして、昼下がりのお茶会に出かける時のように、にこやかな顔で足を踏み出します。
すると、一際お太りになった、いかにも高慢そうな貴族が前に歩み出てこられました。
「小娘が! 調子に乗るのも大概にしろ! おい、近衛兵! こいつをひっ捕らえよ! カイル様の婚約者に暴行を働いた犯罪者だ!」
「はっ!」
成り行きを見守っていた近衛兵達が、私を捕らえようと一斉に向かってきます。剣や槍で武装していらっしゃいますし、この人数を相手に殴り合いをするというのも面倒ですね。
というわけで、彼らにはしばしの間眠っていただきましょう。
「微睡みよ、彼の者達を安らかな眠りへ誘いたまえ──」
手をかざして睡眠の魔法を唱えると、近衛兵の方々がパタリパタリと深い眠りに落ちていきます。
いけませんね。王族を警護する方々なんですから、肉体だけではなく、魔法に対抗する能力もしっかり鍛えておかなければ。貴方達は赤点です。
「この人数を一瞬で眠らせた、だと……? な、なんという規格外な魔力だ……」
驚いている場合ではありませんよ、カイル様。
この程度のことは、学院の成績上位者なら誰でもできます。一般科の貴方には信じられないことかもしれませんがね。
しかし魔法というものは相変わらず味気ないです。遠距離から相手を倒しても、なんの面白みもないですし。
やっぱり素手で殴らないと、全然スカッとしません。
よし、魔法は以降やめにしましょう。
「ご安心下さい。貴族のみなさまにおかれましては、ちゃんとこの拳で、意識を失うまで殴らせていただきますので」
そう言って足を踏み出すと、貴族の方々が青ざめた顔で一斉に後退りしました。そして、口々に騒ぎ出します。
「ひっ……! だ、誰か戦える者はおらんのか! こやつを倒した者には、私の娘を嫁にやっても構わんぞ!」
「わ、私もだ! 社交界の華と呼ばれた我が娘をくれてやる! だから私にあの女を近づけるな!」
「私は妻を差し出すぞ! 良家の才媛と称された美人の妻だ!」
「貴様らのブサイクな妻や娘などいるものか! 私を守れ! さすれば私が所有する奴隷を一ダースくれてやるぞ!」
「お、おい! 我が国では奴隷の売買は禁止されているはずだぞ! そんなことをここで喋っていいのか!?」
「構うものか! すべてカイル様に承諾を得たと言えばどうとでもなる! 次の国王陛下になられるお方だぞ!」
「それもそうだな! よし、私も秘蔵の奴隷をくれてやるぞ!」
「私も奴隷を――!」
「私はさらに――!」
ああ、ああ……っ。
権力に溺れ、堕落した方々が追い詰められる様をご覧下さい。
なんと、なんと醜い有様でしょう。
そう、彼らは畜生にも劣る豚野郎です。
そして、そんな豚野郎達をこれから思う存分、容赦なくボコボコにできるかと思うと――
最高の気分です。
「さあみなさま――踊りましょう?」
自らに身体強化の魔法をかけ、大きく一歩を踏み出しました。
拳を振るうたびに上がる、野太い悲鳴。
駄肉を叩きつけるたびに舞う、血の花弁。
バキッ、メキィ、ボキン、ズドォ。
豚野郎の悲鳴と打撃音が奏でるこの重奏。
なんと素晴らしいのでしょう。
貴方達は一流の演奏者になれますね。この私が保証いたします。
「…………ふぅ」
気がつけば、この場にいた第二王子派の貴族のほとんどが、血溜まりに倒れて気絶していました。
「楽しい時間が過ぎるのは、あっという間ですね――カイル様」
残ったのは、ホールの隅で震える顔面蒼白なカイル様。
意識の戻ったテレネッツァさんは、どさくさに紛れて窓から逃げ出したようですが、まああんな小物はどうでもいいです。
さて、楽しい舞踏会もこれで終わりかと思うと、寂しくもありますね。とはいえ、ここら辺で終幕といたしましょう。
「最期に一曲踊って下さいな。エスコートはお任せしてもよろしくて、王子様?」
怯えるカイル様にゆっくりと近づき、振りかぶった拳をその顔に叩きつけようとして──
「待て! そのお方を殴るな、スカーレット!」
ホールの入口から響いてきたその声に、思わず振り返りました。
「レオお兄様……?」
……しかし、それはそれとして、私はカイル様を殴りました。
まあ、振り下ろした拳はもう止められませんし、仕方ないですよね。
「ぶべらぁ!?」
拳から伝わるクリーンヒットの感触。
よそ見していたにもかかわらず、過たずに芯を撃ち抜いた私の拳は、カイル様の意識を速やかに刈り取りました。
「ふぅ……スッキリした」
深く息をついて脱力すると、心地好い疲労感を覚えます。
ずっと背負っていた肩の荷が下りたような、身も心も軽やかな気分です。
私をこんな気持ちにさせてくれた貴族のみなさま、そしてカイル様には格別の感謝をしなくてはいけませんね。
「みなさま、本当にありがとうございました」
「ありがとうございました、ではない! なぜカイル様を殴った!? 私は殴るなと言ったぞ!?」
腰まで届く長い髪をうしろで結わえた殿方が、眉間に皺を寄せながらツカツカと歩いてまいります。
レオナルド・エル・ヴァンディミオン。
ヴァンディミオン公爵家の長子であり、私のお兄様でございます。
お兄様は私の二つ年上で、王立貴族学院の先輩でもありました。
卒業してからは、国王陛下の側近であるお父様の補佐として、王宮に勤めており、王都の別邸で暮らしています。
そのためここ一年ほど、寮住まいの私とはほとんど顔を合わせることもありませんでした。けれどこの通り、とても仲のいい兄妹なのですわ。
「レオお兄様、お久しぶりですね。どうしたのですか、そのように眉間に皺を寄せられて」
「話をはぐらかすな。どうしたと聞きたいのは私だ。この惨状は一体……」
レオお兄様は、血まみれになった舞踏会の会場を見回しました。
周囲には貴族の方々が、まるで浜辺に打ち上げられた魚のようにピクピクと痙攣しながら転がっております。
さらに、窓ガラスは一枚残らず砕け散り、さながら嵐が過ぎ去ったあとのよう。
「まさか、まさかとは思うが……これはすべて、お前が一人でやったのか……?」
「はい、その通りでございます」
「ああ――っ!」
しれっと告げると、お兄様は一瞬天を仰ぎ、両手で顔を覆われました。
「お兄様? 眩しいのですか? 突然天井なんて見上げるから、明かりで目が眩んだのかしら」
「いっそ私の両目が潰れて、この光景を見ることができなくなれば、どんなに幸せなことか……」
私と久しぶりに会えたことがそんなに嬉しいのかしら。
もう、お兄様ったら。
「くっくっく。だから言ったであろう、レオ。きっと私達の予想を超えて、遥かに面白いことになっているぞと」
とその時、金髪の美しい殿方が近づいてきて、ぷるぷると震えるお兄様の肩にポンッと手を置きました。
あら、どこの腹黒野郎かと思えば。
このお方もご一緒だったのですね。
「ご機嫌よう、ジュリアス様。珍しいですね、貴方が舞踏会に足をお運びになるなんて」
「愚弟に誘われたのだ。今日は面白い催し事があるので、絶対に出席せよとな。もっと早く到着するはずだったのだが、公務が立て込んでいて遅くなってしまった」
ジュリアス様は学院に入学した当初から、すでにその能力を見込まれ、王宮内で開かれている議会に参加なさっていたそうです。
学院で学ぶ意味があるのか疑問に思うほど、優秀な方でいらっしゃいますしね。
ただ、私のことを三年近くもからかい続けたことは、本当に許せません。
腹黒王子許すまじ、です。
「しかし、また随分と派手にやらかしたものだな。まるで天災が起きたあとのようだ。これは相当面白かったに違いない」
ジュリアス様が、倒れている貴族の方々の顔を一人ひとり確認しながらおっしゃいました。
「ジュリアス様! なにを残念そうに……これは由々しき事態ですよ。ああ……このようなこと、父上に一体どう報告すれば……」
「黙れレオ。そこらで倒れている者どもの顔をよく見てみろ。無様な命乞いをしたにもかかわらず、無慈悲に踏みにじられた三下のような面をしているではないか。ああ……愚か者どもが容赦なく蹂躙されていく様はさぞ見物だっただろうなぁ。そんな美味しい場面を見逃すとは、私は今日、一体なんのために、こんな微塵も興味のない舞踏会に足を運んだというのだ? 残念がることくらい許せ」
持ち前の性格の悪さに、さらに磨きがかかっていらっしゃいませんか、ジュリアス様。
「まったく、第一王子ともあろうお方が。趣味が悪いですよ」
「貴女に言われたくはないぞ、スカーレット。というか、ついに本性を現したのだな。初めて会話した時から、いつその握り込んだ拳を解放するのか、待っていたというのに。私がいない場で見せるなんてズルいぞ。やり直しを要求する」
不満そうなお顔で私を指さすジュリアス様。
なにがズルいですか、子供ですか貴方は。
「人聞きが悪いですわね。これは不可抗力です」
「不可抗力でこの面々を殴り倒すことになった一部始終を見たかったのだ、私は。だって絶対に面白いだろう」
「まあ、逃げ回る貴族の方々を殴り倒していくのは、それなりに気分がよかったですが」
「ほら見たことか。だからズルいと言ったのだ。まったく、とんだ無駄足になったな。チッ」
「ジュリアス様!」
お兄様が鬼のような形相で私とジュリアス様を睨みつけています。
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