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しおりを挟む第一章 最後にひとつだけお願いしてもよろしいでしょうか。
「……いま、なんとおっしゃいましたか?」
感情を押し殺しつつ、私は目の前の男性をじっと見据えます。
すると、夜会用の黒い燕尾服を纏い、踏ん反り返る私の婚約者――パリスタン王国第二王子、カイル・フォン・パリスタン様は、改めて声高らかに宣言されました。
「何度でも言ってやる! スカーレット・エル・ヴァンディミオン! いま、この瞬間をもって、貴様との婚約を破棄させてもらう!」
明るい茶色の髪に、目鼻立ちの整った凛々しいお顔。
お父君である国王陛下譲りの鳶色の目は鋭く、十七歳になったばかりとは思えないほどの風格を持っていらっしゃいます。
このように容姿だけを見れば、若かりし頃の国王陛下にそっくりだと言われているカイル様ではありますが、おつむのほうは少々……いえ、目も当てられぬほどに残念なお方だと、王宮内ではもっぱら笑いの種となっている始末。
一応婚約者である私としましては、そんな悪い噂が少しでも払拭されるようにと、陰に日向にカイル様のフォローと称した尻拭いをして、あちこち駆け回ってきたわけですが。
そのような努力も虚しく、よりにもよって上位貴族の方々が集うこの舞踏会で、カイル様はとんでもないことをやらかしてくれました。
「今宵、俺の招待でこの舞踏会に集まってくれた貴族の諸君、聞いてくれ!」
豪奢なシャンデリアに煌々と照らされた、華やかな会場。その隅々まで響き渡る大きなお声に、ダンスやお話を楽しんでいた方々は何事かとこちらに視線を向けてきます。
カイル様は会場中の視線が自分に集まったことを確認したあと、傍らに立つ、幼くも愛らしい顔立ちをしたピンクブロンドの女性を、人目もはばからず抱き寄せました。
そして、バカ丸出しのドヤ顔でこうおっしゃったのです。
「俺はここにいる女性、テレネッツァ・ホプキンス男爵令嬢と新たに婚約を交わし、妻として迎え入れることを宣言する!」
バカ王子のとんでも発言に、賑やかだった会場が一瞬で静寂に包まれます。
そしてしんと静まり返る中、純白のドレスを身に纏った男爵令嬢――テレネッツァさんは、カイル様に寄り添いながら満面の笑みで言いました。
「私もここに宣言します! カイル様の新しい婚約者となって愛を育み、末永く幸せな夫婦になってみせることを! みなさん、どうか私達を祝福して下さいっ!」
一体なにをほざいていらっしゃるのかしら、このお二人は。
あまりの出来事に私が呆然としていると、周囲にいた貴族の方々が機を見計らったかのように、一斉に拍手を始めました。
「美男美女同士、お似合いのお二人ね!」
「お二人の輝かしい未来に幸あれ!」
口々に称賛と祝福の言葉を投げかけるみなさまのお姿に、思わず眉を顰める私。
仮にも一国の王子が、国王陛下の許可もなく勝手に婚約破棄を宣言するなど言語道断。常識のある貴族なら、なんと恥知らずな真似をしているのだと、白い目を向けてしかるべきでしょう。
ところが、いま私達の周囲を取り囲んでいる方々は、婚約破棄したその場で即座に新しい婚約を結ぶなどといった、あまりにも非常識な事態に疑問さえ持たず、それどころか祝福していらっしゃる始末。
まったくもって不可解極まりないです。
というわけで、拍手しているみなさまのお顔をさり気なく拝見してみました。
案の定といいますか。
そこにいたのは、カイル様を日頃からなにかと持ち上げていらっしゃる、第二王子派と呼ばれる貴族の方々でございました。
つまりは、ただのサクラですね。バカバカしい。
一方、アホ王子のカイル様は煽てられてさらにテンションが上がったのか、テレネッツァさんの腰に手を回すと、感極まった様子で叫ばれました。
「おお、テレネッツァよ! お前はなんと甲斐甲斐しく、可愛らしい女なのだ! そこにいる可愛げの欠片もない、身分だけが取り柄の無表情女とは大違いだな!」
「あはっ。カイル様、〝元〟婚約者のスカーレット様を悪く言っては可哀相ですよぉ? 元とはいえ、一応国王様がお決めになった婚約者だったんですからぁ」
テレネッツァさんが嘲笑を浮かべながら、露骨な上から目線で私を見下してきます。
正式な婚約の手続きも踏んでおりませんのに、すでに婚約者気取りでございますか。
いえ、いいんですけどね。
バカ王子をもらってくれるのなら、むしろ熨斗をつけて差し上げたいぐらいですし。
そのお方、それぐらいの不良物件ですから。
「ふん。今日に至るまでの十七年間、このようなつまらぬバカな女と、建前だけでも婚約者同士だったことは、俺の輝かしい人生における最大の汚点だ! その忌々しい銀髪も、吊り上がった青い瞳も、すべてが俺の癇に障る! 顔を見るだけでもむかっ腹が立つわ!」
そのお言葉、そっくりそのままお返しいたしますわ。
それに、たとえ貴方に好かれなくとも、お母様譲りのこの銀髪と青い瞳は、誰もが美しいと褒めてくれますもの。
貴方一人に否定されたところで、痛くも痒くもありません。
さて、ひとしきりこの方々の言い分を聞いてあげたところで、これからどうしましょうか。
一応私には、カイル様が暴走した時に窘めなければならないという、婚約者としての役目があるのですが、はっきり言って面倒くさいことこの上ないです。
だって、この方が聞く耳を持たないことなんて、わかりきっているじゃないですか。
とはいえ、なにも言わないでいると、あとであることないことをでっちあげられることは必至。仕方がないので言いましょう。
「忠告させていただきますが、私とカイル様の婚約は王家とヴァンディミオン公爵家の間で、私達が生まれる前から交わされていたものです。それをカイル様の一存で勝手に破棄できると、本気でお思いですか?」
私の問いにカイル様はフンと鼻を鳴らし、小バカにするかのように口元を歪められました。
なまじ顔立ちが整っているだけに、そんな表情も様になってはおります。
「破棄できるとも。貴様がいままで犯してきた罪を、いまここで告発することによってな!」
「……罪?」
思わず聞き返してしまいました。
罪とは一体なんのことでしょう。いえ、とぼけているわけではなく、本気で身に覚えがないのです。
「しらばっくれるな! すべてテレネッツァから聞いたぞ! 我が寵愛を一身に受けるテレネッツァに嫉妬し、貴様が学院内で数々の陰湿な嫌がらせをしていたことをな!」
激怒して真っ赤になりながらこちらを指さすカイル様に、私はますます首を傾げてしまいました。
一体このお方は、どこの世界のお話をなさっているのかしら。
「まったく身に覚えがないのですが。それと、そこにいらっしゃるご令嬢……テレネッツァさんといいましたか? 噂に聞いたことはありましたが、実際に顔を合わせたのは今日が初めてですわ」
「早くも馬脚を露したな! 同じ貴族学院に通っていて、しかも同学年の貴様とテレネッツァが、互いの顔を知らないはずがなかろう! 嘘をつくのであればもっとマシな嘘をつけ! このマヌケめ!」
そう言われましても……
バカ王子の支離滅裂な言葉に、私は内心ため息をつきました。
我がパリスタン王国の王都グランヒルデには、学院と呼ばれる教育機関が存在します。
正式名称、王立貴族学院というその施設では、魔法や剣術から王国の歴史、領地経営の方法といった将来必要となる知識まで、幅広く学ぶことができます。
また、学院に子供を通わせることは王侯貴族の義務とされており、貴族の家に生まれた子供は、十五歳からの三年間を、この全寮制の学院で過ごさなければなりません。
それは王族であろうと最下位の貴族であろうと例外はなく、カイル様も私も現在最上級生として学院に籍を置いております。
とはいえ、自分のクラスでもないお方の顔をいちいち覚えているわけもなく。
せめて校舎が同じであれば、顔ぐらい目にしたことがあると思うのですが、テレネッツァさんをお見かけしたことは一度もありませんし。
ということは恐らく――
「あの、テレネッツァさんは、一般科のクラスに通われているのではありませんか?」
「だからどうした! もしや貴様、テレネッツァの成績が他の者に少し劣るというだけで差別する気か!? 己が特別科だからといって、調子に乗りおって……この差別主義者め! 恥を知れ!」
他国からの留学生も合わせて毎年百人以上の生徒が入学する学院では、それぞれの成績や能力別にクラスが分けられています。
平均かそれ以下の能力しか持たない生徒達が集まる一般科と、成績優秀かつあらゆる能力に優れた者が集められた特別科。これらは校舎の場所が離れているので、各クラスの生徒が顔を合わせることなどまずあり得ません。
と説明したところで、頭が沸騰しているいまのカイル様には、なにを言っても無駄でしょうが。
ちなみにカイル様は、入学時こそ特別科のクラスにおられましたが、遊び呆けてどんどん成績が下がり、あっという間に一般科のクラスに落とされました。
まったくなにをやっているのやら。
「ふん。都合が悪くなったと見るやだんまりを決め込むか? いいだろう。シラを切るというのであれば、貴様がいままでテレネッツァにしてきた悪行の数々を、ひとつひとつここで告発してやる。まずは――」
これ以上ないほどに自信満々なお顔をされたカイル様は、会場のみなさまに向かって朗々と語り出しました。
やれ座学のノートに落書きをしただの。
やれお手洗いに閉じ込めただの。
やれ悪い噂を流しただの。
極めつきは、私が彼女を階段から突き落としたというものでした。
違う校舎で、そもそも面識すらない方を、どうやって私が突き落とすというのでしょうか。
当然、告発された内容に具体的な証拠などなく、根拠はテレネッツァさんの証言のみ。
笑っちゃいますわ。そんな下らない嘘を真に受けて、この私を断罪しようとするだなんて。
……いえ、違いますね。嘘か真か。そんなことはカイル様にとってはもはやどうでもいいのでしょう。
ただ私という邪魔な存在をどこかへ追いやり、殿方の庇護欲を掻き立てるのがお上手なこの男爵令嬢と結婚できれば、それだけで。
「……もう、結構です」
まだまだ続く、聞くに堪えない告発という名の茶番の途中、私はカイル様にそう告げました。
カイル様の下らないお話を、これ以上聞いていてもなんの意味もない。そう思ったので。
当のカイル様はといいますと、私の冷めきった態度を見て、なにか勘違いでもされたのでしょう。ニヤリと口元を歪めて、それ見たことかと言わんばかりのお顔でおっしゃいました。
「それは自分の罪を認めるということでいいんだな?」
「どう解釈して下さっても結構です。婚約破棄の件に関しましても、承りました」
「開き直りか。いじめなどという低俗な真似を好む、性根の腐った貴様らしい振る舞いだな。知っているか? 貴様のような女のことを、歌劇や物語では悪役令嬢と呼ぶらしいぞ? 悪人面の貴様に相応しい配役だな! ふははっ!」
ひたすら責められることにうんざりして、私は視線を逸らしました。するとカイル様に身を寄せたテレネッツァさんが、こちらにだけ見える位置から勝ち誇った顔をして「ばーか」と口元を動かします。
ええ、わかっていますとも。それが貴女の本性だということは。
「これでようやく、誰にうしろ指をさされることもなく一緒になれるのだな、テレネッツァ。昨日、『私が欲しいならスカーレットと婚約破棄して下さい』などと懇願された時は、どうしたらいいものかと悩みもしたが。いまとなっては、なぜもっと早くこうしなかったのかと後悔しているくらいだぞ。政略結婚などクソくらえだ!」
「うふ。カイル様は真実の愛にお気づきになられたのですわ。私達はこうなる運命だったのです」
「くぅっ、テレネッツァ! 愛しさが止められぬ! ここでいますぐにでもお前のすべてを奪ってしまいたい! いいか!? いいよな!? 答えは聞かぬぞ!」
「あん、こんなところでいけませんわ、カイル様ぁ!」
バカ丸出しで乳繰り合う二人を冷めた目で見ていると、じわりじわりとある感情が漏れ出してくるのを感じました。
カイル様の婚約者として、王家に嫁ぐ身として、表に出してはならないと、幼少期からずっと抑えつけてきたその感情。
国王陛下、お父様、お母様。
もう、いいでしょう? 我慢しなくて。
「カイル様。この場を去る前に、最後にひとつだけお願いしてもよろしいでしょうか」
イチャつき続ける二人の間に、空気を読まず割って入ります。
愛の語らいを邪魔され、不機嫌そうなお顔でこちらを振り向かれたカイル様は、声を張り上げました。
「俺の婚約者を害した罪人という立場さえ弁えず、そのような要求をするとは、なんと浅ましい女だ! この痴れ者が! 近衛兵! この女をここから叩き出せ!」
カイル様の叫び声が響いて、すぐに鉄靴の音が聞こえてきます。
人波が割れると、そこには会場の入り口を守っていた警備の方々が集まっておいででした。
そうですか、この方々もカイル様の息のかかった者達なのですね。用意周到なことで。
「まあまあ、カイル様。最後と言っているのだし、いいんじゃありませんか?」
なにを思ったのか、したり顔でなだめるテレネッツァさんに、カイル様が顔を顰めます。
「どうせ大したことではないでしょうし。なんなら願い事を聞くのを条件に、この一件はすべて自分が悪いと、国王陛下の前で罪を自白してもらうというのはいかがでしょう。それならば私達にも利がありますわ」
「なるほど。お前は賢いな、テレネッツァ。よしスカーレット、いまの話は聞いたな? こちらの条件を呑むのであれば、貴様の願いとやらを聞いてやろう。寛大な俺達に感謝するのだな」
「それで結構です。感謝いたしますわ、カイル様、テレネッツァ様」
一礼をした私は、震える左手をもう片方の手で押さえながら、ゆっくりとお二方に歩み寄ります。
「で、貴様の願いとはなんだ。金か? 宝石か?」
「……本当に、よろしいのですね?」
「くどい! 俺の気が変わらぬうちに早く言え!」
「では遠慮なく……テレネッツァ様、覚悟なさいませ」
「は? 貴様はなにを言って――」
怪訝なお顔をなさるカイル様に、私はいままで一度も見せたことがない満面の笑みを向けます。
「この位置まで近づけたのなら……絶対に外しようがありませんから」
そして私はおもむろに腕を振り上げると──
「申し遅れましたが、これが私の最後のお願いです。このテレネッツァをブッ飛ばしてもよろしいですか?」
答えを待たず、私はテレネッツァさんの顔面に、握りしめた拳を全力で叩き込みました。
「ぎゃあっ!?」
舞踏会の会場に、彼女の絶叫が木霊します。
鼻血を噴き出しながら吹っ飛んでいき、仰向けに倒れてピクピクと痙攣するテレネッツァさん。
「――はー、スカッとした」
万感の思いを込めてつぶやきます。
人を殴ると自分の心も痛いなんて嘘ですね。
だっていま、ムカつく小娘をブン殴った私は、とても気分がいいのですから。
「き、貴様! な、な、なにをしている!?」
「腹が立ったのでブン殴ったのですけれど、なにか?」
そう答えた私に、カイル様はまるで別の生き物でも見るかのような視線を向けてきます。
まあそういう反応になりますか。
猫をかぶり始めてからもう十年は経ちますし、彼は、従順で婚約者を立てる私しか知らないでしょうから。
七歳までの私は、腹を立てるとなんのためらいもなく人を拳で殴るものだから、〝狂犬姫〟なんてあだ名で呼ばれていました。もっともそのあだ名も、いまや被害者以外は誰も覚えていないでしょう。
「この場にお集まりになった第二王子派のみなさまに、言いたいことがあります」
くるりと華麗にターンして、周囲を取り囲む方々に向き直ります。
「貴方達は最低の豚野郎です」
私がこんなにも自分の気持ちを押し殺して、国に身を捧げるつもりで生きてきたというのに。
なにもかもを諦めて、人形のように、ただただ言われるがまま苦痛に耐えてきたというのに。
他人の甘い汁を吸うことしか考えていない豚どもめ。ただ自分達の心証をよくしたいがために、このふざけた婚約破棄に加担して、私のいままでの苦労をすべて台無しにしようとするとは。
こんなの、ムカつかないわけがない。
「だから――全員ブッ飛ばしても構いませんわね?」
スカートのポケットに手を入れ、手袋を取り出します。
たくさんのお方を殴るのですから、手が傷つかないようにちゃんと保護しなくてはいけません。乙女の嗜みですわ。
「それでは、はりきってまいりましょうか。はじめに殴られたいのはどなたですか? 手を挙げて前に出てきて下さいな」
第二章 覚悟はよろしいですか、泥棒猫さん。
私、スカーレット・エル・ヴァンディミオンが、このたび感情を爆発させた理由。それはテレネッツァさんとバカ王子に腹を立てたからなのですが、私の怒りの度合いを伝えるには、過去に遡る必要があります。
パリスタン王国では、社交界デビューは早ければ早いほどいいとされ、ほとんどの貴族の子供は六歳になるまでに礼儀作法を叩き込まれて、夜会に出席します。
けれど狂犬姫と呼ばれていた私は周りより遅れて社交界デビューをすることとなり、七歳の時、お父様と一緒に初めて夜会へと足を運んだのです。
頭上を仰げば、煌めくシャンデリア。
豪奢なドレスを身に纏った淑女の方々はたおやかに扇子を傾け、燕尾服を着た殿方はワインを片手に華麗に微笑む。
そんな目も眩むような世界に酔ってしまい、早々に会場の隅で休んでいると、同い年くらいの男の子が話しかけてきました。
「おい、お前がスカーレットか」
明るい茶髪を短く切り揃えたその子は、顔立ちこそ整っているものの目つきが悪く、いかにも粗暴な印象を受けました。
ですが、どんな相手の前でも淑女としての立ち居振る舞いを忘れるなと、家庭教師にみっちり叩き込まれていた私。教えられた通り、微笑みながらスカートの裾を摘まみ、完璧な所作で一礼しました。
「はい、私がヴァンディミオン公爵家の娘、スカーレット・エル・ヴァンディミオンですわ」
そんな私の挨拶を見た男の子は、フンと小バカにするように鼻を鳴らすと、次の瞬間とんでもないことを口にしたのです。
「お前バカだろ」
「……えっ?」
突然罵倒されたので、一瞬理解が追いつきませんでした。
バカって言われた? 私が? なぜ?
「俺はスカーレットか? って聞いたんだから、返事は『はい』でいいんだよ。誰も自己紹介しろなんて言ってないだろうが、バカ者め」
あまりな物言いに、思わず閉口してしまいます。
確かに、はいと一言でよかったかもしれませんが、それでは少々礼を欠くというものでしょう。
そんなこともわからないなんて、この子は一体どれだけ程度の低いお家のご子息なのかしら。
眉を顰めると、男の子はこちらを指さしてさらに言いました。
「お前、今日から俺の付き人な」
「はあ?」
流石にこれ以上は黙っていられません。
「ふざけないで。誰が貴方みたいな無礼な子供の付き人なんかするものですか」
「なんだと! たかだか公爵家の娘如きが生意気な!」
「公爵家如きですって? では貴方のお家は、さぞご立派なのでしょうね?」
「俺の家はこの王国そのものだ!」
呆れてしまいました。言っていることがまったくもって意味不明です。
「付き合っていられませんわ。さようなら」
「待て! 逃げるのか!」
大声を上げながらうしろをついてくるその子に、私はもう我慢が限界に達しそうでした。その場で振り返って、物理的に黙らせなかった自分に拍手をしてあげたいくらいです。
そして当然のことながら、夜会でそんな風に騒いでいる子供がいれば悪目立ちするわけで……
騒ぎの渦中にいるのが私だと気づいたお父様が、こちらに歩いて来られました。
「お父様!」
助かったとばかりにお父様に駆け寄り、その大きな背中に隠れます。
「どうした、スカーレット。一体なんの騒ぎだ」
「変な子がずっと付き纏ってくるの。追い払って下さいませ」
お父様は私を追いかけてきた男の子を一瞥すると、ヒゲを蓄えた厳しいお顔を、さらに厳しく顰めておっしゃいました。
「スカーレット。あのお方への無礼な言動は慎め」
「え……?」
助けてくれると思っていたお父様に拒絶されて、私は困惑します。
そして、次に耳に飛び込んできた言葉に絶句しました。
「あのお方の名前はカイル・フォン・パリスタン殿下。我が国の第二王子にして、お前の婚約者でもあるお方だ」
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