39 / 42
開幕
しおりを挟む
含みのあるアムネジアの態度にガストンは顔をしかめる。
しかしただの強がりだと思ったのか、フン、と鼻を鳴らすと王に向き直った。
「話にならん! 陛下もまさか、このような証拠もないただの子供の言いがかりを鵜呑みにはしますまいな?」
ガストンの言葉に王は目を伏せて考える。
確かにガストンにとって真実の瞳を持つアムネジアの存在は、邪魔者極まりないだろう。証拠が出ていないとはいえ、ネェロ家が謀略に長け、宮廷闘争の末に他の貴族を追い落として、宰相の座に収まったのは公然の事実だ。
その証拠に当たる部分を暴かれかねないアムネジアを、亡き者にしようという考えも分からなくもない。
だが、ガストンの言う通り、フィレンツィオとアムネジアが言ったことはすべて確固たる証拠がない、言いがかりにも等しい。
証言に関しても自分に都合が悪いとなれば、ころころと意見を変える卒業生では信憑性も薄く、そもそも加害者であるエルメスがこの場にいない。
そもそも、ガストン程の者が、こんな大衆の面前で罪を問われるような行いを、今日この会場で起こすだろうか。
それこそアムネジアを殺したいのであれば、自分の娘に虐待させて自殺させるなどといった遠回しな手段を選ばず、静かに証拠を残さず闇から闇へと狡猾に行うだろう。
今までもそうしてきたように。
「……」
「ふははっ!」
黙り込む王を見て、ガストンはそれ見たことかとアムネジアを嘲笑う。
「それ見たことか。陛下もどうやら私と同じ意見らしいぞ? それで? 他に証拠とやらはあるのか? うん?」
黙り込む王を見て、ガストンはそれ見たことかとアムネジアを嘲笑う。
「大方その空き部屋とやらにある死体もでっちあげなのだろう? この場で追求し言質を取れば後でごまかせるとでも思ったのだろうがそうはいくものか!」
勝ち誇った顔でガストンはさけんだ。
アムネジアを指差しながら、高らかに。
「よくも宰相であるこの私に! そして愛する娘であるエルメスに恥をかかせてくれたな! いくらお前達が第二王子とその婚約者であっても、この国の政治を司る宰相である私を貶めようとした罪は許し難い! この一件は我がネェロ家の威信にかけても洗いざらい追求し! お前達にふさわしい裁きを受けさせてくれる! 王や貴族諸侯がいるこの場を断罪の場所に選んだことを後悔させてくれる!」
ガストンは驚いてはいるものの焦ってはいなかった。
それは先程言った通り、アムネジアとフィレンツィオが言ったことのほとんどを嘘だと思っていたからだ。
この茶番もおそらくは、虐待を指示していたエルメスを恨み、大勢の貴族や王が見ている前でその大本であるネェロ家に恥をかかせてやろうという、アムネジアの浅知恵だろう。
ガストンに気にかかることがあるとすれば、エルメスが自分に見せたい物があると言っていたのに、当人が未だに姿を表さないことであった。
そして同じタイミングで、フィレンツィオも王に見せたいものがあると言っていたことである。
その結果としてこの断罪劇が起こった。
これが無関係でないはずがない。
そんな風にガストンが考えを巡らせていると、事態についていけず不安そうな顔をしている生徒達の中から二人の女生徒が飛び出してきた。
「はぁ、はぁ……ま、待ってください!」
息を切らして出てきた二人はエルメスの取り巻きの中でも特に仲が良く、常に行動を共にしていた伯爵家の令嬢である。
彼女達は返り血を浴びたと思わしき制服を着ていて、その表情は真っ青であり、あきらかに余裕がなかった。
周囲のすべての人間の視線が集中する中、取り巻きの二人はその場にひざまづいて王に許しを乞うように頭を下げる。
ガストンが怪訝な顔をすると、二人は顔を下に向けたまま大声でさけんだ。
「フィレンツィオ様とアムネジア様が言っていたことはすべて偽りのない事実です! 私達はエルメス様に脅されてアムネジア様を亡き者にしようとしました!」
「そこにはガストン様に雇われたと言っていた三人組の男も一緒にいました! 口止めに殺そうとしてきたのも本当です! 空き部屋付近の廊下は殺された同級生の死体で血の海になっています!」
生徒達が一気にざわついた。
取り巻き二人がエルメスに心酔しているのは周知の事実である。
その二人がエルメスの立場を危うくする発言を認めたのだ。
となればフィレンツィオ達が語った突拍子もないような話も、俄然信憑性を帯びてくる。
「ま、まさか本当にエルメス様が……?」
「いくらエルメス様とはいえ、この会場でそんなに人を殺したなんて……」
会場の空気が変わり始めたことに、ガストンはチッと舌打ちをした。
取り巻き令嬢二人の親は、ガストンとも交流があり、ネェロ家に忠誠を誓っている一族である。
その娘達ともなれば、いかにネェロ家が、ガストンが恐ろしいかは身にしみて分かっているはずだった。
ガストンは貴族達の中にいる取り巻き二人の両親をにらみつける。
二人の両親は、顔面蒼白の様相で自分達の娘を見て固まっていた。
その反応からガストンはこの自体が、娘達の独断であることを悟る。
ならば恫喝してまた黙らせればよいと、ガストンは怒鳴りつけようとした。
そこで今まで黙っていたアムネジアが口を開く。
「――ガストン様のおっしゃるとおりですわね」
アムネジアがおもむろにポケットから懐中時計を取り出した。
目を伏せたアムネジアは視線を落として時間を確認する。
「いくら証拠や証人を並べ立てようと、それがすでに過ぎ去ったものであれば真実は闇の中。どうとでも偽装できます。それならば――」
アムネジアの背後から、一際大きなざわめきが上がった。
ざわめきの中心にいた生徒達が怯えるように左右に道を開ける。
そこから制服を血で汚した一人の女生徒が、フラフラと歩み出てきた。
「この大衆の面前で、言い逃れができないように真実を暴いてみせましょう」
そう言って微笑むアムネジアの背後で。
歩み出てきた女生徒――エルメスが床にうずくまった。
「さあ、断罪の時です。覚悟は良いですか?」
しかしただの強がりだと思ったのか、フン、と鼻を鳴らすと王に向き直った。
「話にならん! 陛下もまさか、このような証拠もないただの子供の言いがかりを鵜呑みにはしますまいな?」
ガストンの言葉に王は目を伏せて考える。
確かにガストンにとって真実の瞳を持つアムネジアの存在は、邪魔者極まりないだろう。証拠が出ていないとはいえ、ネェロ家が謀略に長け、宮廷闘争の末に他の貴族を追い落として、宰相の座に収まったのは公然の事実だ。
その証拠に当たる部分を暴かれかねないアムネジアを、亡き者にしようという考えも分からなくもない。
だが、ガストンの言う通り、フィレンツィオとアムネジアが言ったことはすべて確固たる証拠がない、言いがかりにも等しい。
証言に関しても自分に都合が悪いとなれば、ころころと意見を変える卒業生では信憑性も薄く、そもそも加害者であるエルメスがこの場にいない。
そもそも、ガストン程の者が、こんな大衆の面前で罪を問われるような行いを、今日この会場で起こすだろうか。
それこそアムネジアを殺したいのであれば、自分の娘に虐待させて自殺させるなどといった遠回しな手段を選ばず、静かに証拠を残さず闇から闇へと狡猾に行うだろう。
今までもそうしてきたように。
「……」
「ふははっ!」
黙り込む王を見て、ガストンはそれ見たことかとアムネジアを嘲笑う。
「それ見たことか。陛下もどうやら私と同じ意見らしいぞ? それで? 他に証拠とやらはあるのか? うん?」
黙り込む王を見て、ガストンはそれ見たことかとアムネジアを嘲笑う。
「大方その空き部屋とやらにある死体もでっちあげなのだろう? この場で追求し言質を取れば後でごまかせるとでも思ったのだろうがそうはいくものか!」
勝ち誇った顔でガストンはさけんだ。
アムネジアを指差しながら、高らかに。
「よくも宰相であるこの私に! そして愛する娘であるエルメスに恥をかかせてくれたな! いくらお前達が第二王子とその婚約者であっても、この国の政治を司る宰相である私を貶めようとした罪は許し難い! この一件は我がネェロ家の威信にかけても洗いざらい追求し! お前達にふさわしい裁きを受けさせてくれる! 王や貴族諸侯がいるこの場を断罪の場所に選んだことを後悔させてくれる!」
ガストンは驚いてはいるものの焦ってはいなかった。
それは先程言った通り、アムネジアとフィレンツィオが言ったことのほとんどを嘘だと思っていたからだ。
この茶番もおそらくは、虐待を指示していたエルメスを恨み、大勢の貴族や王が見ている前でその大本であるネェロ家に恥をかかせてやろうという、アムネジアの浅知恵だろう。
ガストンに気にかかることがあるとすれば、エルメスが自分に見せたい物があると言っていたのに、当人が未だに姿を表さないことであった。
そして同じタイミングで、フィレンツィオも王に見せたいものがあると言っていたことである。
その結果としてこの断罪劇が起こった。
これが無関係でないはずがない。
そんな風にガストンが考えを巡らせていると、事態についていけず不安そうな顔をしている生徒達の中から二人の女生徒が飛び出してきた。
「はぁ、はぁ……ま、待ってください!」
息を切らして出てきた二人はエルメスの取り巻きの中でも特に仲が良く、常に行動を共にしていた伯爵家の令嬢である。
彼女達は返り血を浴びたと思わしき制服を着ていて、その表情は真っ青であり、あきらかに余裕がなかった。
周囲のすべての人間の視線が集中する中、取り巻きの二人はその場にひざまづいて王に許しを乞うように頭を下げる。
ガストンが怪訝な顔をすると、二人は顔を下に向けたまま大声でさけんだ。
「フィレンツィオ様とアムネジア様が言っていたことはすべて偽りのない事実です! 私達はエルメス様に脅されてアムネジア様を亡き者にしようとしました!」
「そこにはガストン様に雇われたと言っていた三人組の男も一緒にいました! 口止めに殺そうとしてきたのも本当です! 空き部屋付近の廊下は殺された同級生の死体で血の海になっています!」
生徒達が一気にざわついた。
取り巻き二人がエルメスに心酔しているのは周知の事実である。
その二人がエルメスの立場を危うくする発言を認めたのだ。
となればフィレンツィオ達が語った突拍子もないような話も、俄然信憑性を帯びてくる。
「ま、まさか本当にエルメス様が……?」
「いくらエルメス様とはいえ、この会場でそんなに人を殺したなんて……」
会場の空気が変わり始めたことに、ガストンはチッと舌打ちをした。
取り巻き令嬢二人の親は、ガストンとも交流があり、ネェロ家に忠誠を誓っている一族である。
その娘達ともなれば、いかにネェロ家が、ガストンが恐ろしいかは身にしみて分かっているはずだった。
ガストンは貴族達の中にいる取り巻き二人の両親をにらみつける。
二人の両親は、顔面蒼白の様相で自分達の娘を見て固まっていた。
その反応からガストンはこの自体が、娘達の独断であることを悟る。
ならば恫喝してまた黙らせればよいと、ガストンは怒鳴りつけようとした。
そこで今まで黙っていたアムネジアが口を開く。
「――ガストン様のおっしゃるとおりですわね」
アムネジアがおもむろにポケットから懐中時計を取り出した。
目を伏せたアムネジアは視線を落として時間を確認する。
「いくら証拠や証人を並べ立てようと、それがすでに過ぎ去ったものであれば真実は闇の中。どうとでも偽装できます。それならば――」
アムネジアの背後から、一際大きなざわめきが上がった。
ざわめきの中心にいた生徒達が怯えるように左右に道を開ける。
そこから制服を血で汚した一人の女生徒が、フラフラと歩み出てきた。
「この大衆の面前で、言い逃れができないように真実を暴いてみせましょう」
そう言って微笑むアムネジアの背後で。
歩み出てきた女生徒――エルメスが床にうずくまった。
「さあ、断罪の時です。覚悟は良いですか?」
65
お気に入りに追加
3,248
あなたにおすすめの小説
お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です>
【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】
今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】
私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。
もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。
※マークは残酷シーン有り
※(他サイトでも投稿中)
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】
私には婚約中の王子がいた。
ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。
そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。
次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。
目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。
名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。
※他サイトでも投稿中

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね
さこの
恋愛
恋がしたい。
ウィルフレッド殿下が言った…
それではどうぞ、美しい恋をしてください。
婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました!
話の視点が回毎に変わることがあります。
緩い設定です。二十話程です。
本編+番外編の別視点
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
最後にひとつだけお願いしてもよろしいでしょうか
鳳ナナ
恋愛
第二王子カイルの婚約者、公爵令嬢スカーレットは舞踏会の最中突然婚約破棄を言い渡される。
王子が溺愛する見知らぬ男爵令嬢テレネッツァに嫌がらせをしたと言いがかりを付けられた上、
大勢の取り巻きに糾弾され、すべての罪を被れとまで言われた彼女は、ついに我慢することをやめた。
「この場を去る前に、最後に一つだけお願いしてもよろしいでしょうか」
乱れ飛ぶ罵声、弾け飛ぶイケメン──
手のひらはドリルのように回転し、舞踏会は血に染まった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる