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謀
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「――様。プリシラ様?」
下僕にされた日のことを思い出していたプリシラは、アムネジアの声で意識を現実に戻した。
アムネジアの骨で作られたというイヤリングは、今もプリシラの耳たぶに突き刺さっている。
もしプリシラがアムネジアの意に背くような振る舞いをした場合。
そのイヤリングは即座に無数の針に形を変えてプリシラの耳の穴に入り込み、脳を串刺しにして破壊する。
ゆえにプリシラは叛意を抱こうとも、アムネジアに逆らえない。
これはフィレンツィオがされた物と同じ、呪いの誓約によるものだった。
「どうなされましたか? 顔色が優れませんが」
「……なんでもないわよ」
わざとらしく問いかけてくるアムネジアに、プリシラは忌々しそうに答える。
屈辱を存分に味わっているプリシラの様を見て、アムネジアは微笑を浮かべた。
「それで、エルメス様はどんなご様子でしたか? 私が吸血鬼だということを聞いて」
「半信半疑って感じだったわ。ハンカチで血が蒸発するところを見せたけど、それでも完全に信じてはいないようだった」
プリシラの答えにアムネジアは目を細めて足を組み替える。
エルメスは疑り深く、自分が確信を持ったことしか信じない。
いじめられながらも、エルメスのことを深く観察してきたアムネジアには、当然そのことは予想できていた。
「貴女が追放された時にエルメス様もあの場にいれば、フィレンツィオ様が魅了されるところを見せられたのに。そうしていれば私が人ならざる存在だということに、もっと信憑性を帯びさせることができたかもしれません。まったく、ままなりませんわね、謀というものは」
楽しげにそう語るアムネジアに、プリシラは顔をしかめる。
自分の計画がいきなりつまづいたのだというもに、なぜそんなにも嬉しそうにしているのかと。
「わからないわね……アンタって吸血鬼なんでしょ? あの女に復讐したいなら、こんな回りくどいことなんてしないで、直接あの女にその魅了の魔眼ってやつを使って人生めちゃくちゃにしてやればいいじゃない。それか近くにいるやつを操って暗殺者に仕立てあげて殺すとか……」
プリシラの言葉にアムネジアは「はぁ」と、ため息をついた。
「これだから浅慮な人間は……まったく、なにも分かっていませんね貴女達は」
おもむろにアムネジアがベッドから立ち上がる。
ビクッと震えて後ずさるプリシラに、アムネジアは悠々と近づいた。
「な、なによ! わ、私は別に何も悪いことは言って――ひっ!?」
壁に背をつけたプリシラが、目前に迫ったアムネジアの顔を見て悲鳴をあげる。
その顔は無表情ながらも、口元だけが薄っすらと笑みの形をかたどっていた。
「……そんな簡単に復讐を遂げたら、つまらないでしょう?」
そういって、アムネジアがプリシラの頬に指を這わせる。
それは地を這う蛇のように、つつぅっと。
頬から首筋、耳のイヤリングへと向かっていった。
「あっさりと殺したら相手はたった一瞬の苦しみですんでしまう。それでは今まで私が受けてきた恨みつらみと釣り合いがとれません」
「わ、分かった! 分かったわよ! アンタの言う通りにするから! もう文句なんて二度と口にしないからぁ! だからやめて! 痛いことはしないで!」
アムネジアはプリシラの耳に突き刺さっているイヤリングを指先でつまむ。
そしてぐぐっと下の方向に引っ張った。
「エルメス様には私が今まで受けてきた屈辱と痛みをたっぷりと、その身で味わっていただきます。そして絶望にまみれた顔を私に嘲笑われながら、無様に死んでいくのです。ふふ。どうです、楽しそうでしょう?」
「~~~っ!」
みちみちと音を立てて、耳の穴が広がっていき、肉が裂けて血が滲んでいく。
あまりの痛みに悲鳴をあげようとするプリシラだったが、アムネジアと視線が合ってしまった彼女は、言葉を封じられて声一つあげられなかった。
「私にとって、復讐とは甘い甘い果実のようなもの。しっかりと熟すまで育てて時を待ち、然るべき時に収穫するのです。今はそのために色々と下準備をしている段階。青い内に刈り取るなど、以ての外ですわ。ご理解いただけまして?」
「っ! っ!」
涙目で肯定を訴えるプリシラを見て、アムネジアは耳から手を離した。
「はーっ! はーっ!」
プリシラがその場にうずくまって、荒い息を吐きながら耳を押さえる。
床にはポタポタと血の雫が落ちて赤い染みを作った。
アムネジアはそんなプリシラの姿を見てくすりと微笑む。
そしてその場にしゃがみ込んで視線を合わせると、耳元でささやいた。
「……一つ貴女の疑問にお答えしましょう。魅了の魔眼ですが、どういったわけかエルメス様には効果がありません」
「……え?」
プリシラが弱々しい表情でアムネジアの顔を見る。
アムネジアは微笑みながらうなずいて、立ち上がった。
「それが体質によるものなのか、魔道具による精神耐性なのかはわかりませんが。ですから、エルメス様を直接操るといった手段は現状では不可能です。取り巻きを使って何かをする、というのは考えてはいますが。まだそれも準備の段階ですしね」
プリシラに背を向けて、アムネジアは窓に歩み寄る。
差し込んでくる夕日の眩しさに目を細めつつ、アムネジアは言った。
「どちらにしろ、今はまだ派手に動く時ではありません。不確定要素が多すぎます。然るべき復讐の舞台までには、それらを排除する必要はありますが」
「復讐の舞台……?」
プリシラの問いに、アムネジアは目を糸にして答える。
「……一ヶ月後の卒業記念パーティー。その日こそ、エルメス様にとって人生で最悪の一日となり、私にとっては最高の一日となることでしょう。うふふっ」
下僕にされた日のことを思い出していたプリシラは、アムネジアの声で意識を現実に戻した。
アムネジアの骨で作られたというイヤリングは、今もプリシラの耳たぶに突き刺さっている。
もしプリシラがアムネジアの意に背くような振る舞いをした場合。
そのイヤリングは即座に無数の針に形を変えてプリシラの耳の穴に入り込み、脳を串刺しにして破壊する。
ゆえにプリシラは叛意を抱こうとも、アムネジアに逆らえない。
これはフィレンツィオがされた物と同じ、呪いの誓約によるものだった。
「どうなされましたか? 顔色が優れませんが」
「……なんでもないわよ」
わざとらしく問いかけてくるアムネジアに、プリシラは忌々しそうに答える。
屈辱を存分に味わっているプリシラの様を見て、アムネジアは微笑を浮かべた。
「それで、エルメス様はどんなご様子でしたか? 私が吸血鬼だということを聞いて」
「半信半疑って感じだったわ。ハンカチで血が蒸発するところを見せたけど、それでも完全に信じてはいないようだった」
プリシラの答えにアムネジアは目を細めて足を組み替える。
エルメスは疑り深く、自分が確信を持ったことしか信じない。
いじめられながらも、エルメスのことを深く観察してきたアムネジアには、当然そのことは予想できていた。
「貴女が追放された時にエルメス様もあの場にいれば、フィレンツィオ様が魅了されるところを見せられたのに。そうしていれば私が人ならざる存在だということに、もっと信憑性を帯びさせることができたかもしれません。まったく、ままなりませんわね、謀というものは」
楽しげにそう語るアムネジアに、プリシラは顔をしかめる。
自分の計画がいきなりつまづいたのだというもに、なぜそんなにも嬉しそうにしているのかと。
「わからないわね……アンタって吸血鬼なんでしょ? あの女に復讐したいなら、こんな回りくどいことなんてしないで、直接あの女にその魅了の魔眼ってやつを使って人生めちゃくちゃにしてやればいいじゃない。それか近くにいるやつを操って暗殺者に仕立てあげて殺すとか……」
プリシラの言葉にアムネジアは「はぁ」と、ため息をついた。
「これだから浅慮な人間は……まったく、なにも分かっていませんね貴女達は」
おもむろにアムネジアがベッドから立ち上がる。
ビクッと震えて後ずさるプリシラに、アムネジアは悠々と近づいた。
「な、なによ! わ、私は別に何も悪いことは言って――ひっ!?」
壁に背をつけたプリシラが、目前に迫ったアムネジアの顔を見て悲鳴をあげる。
その顔は無表情ながらも、口元だけが薄っすらと笑みの形をかたどっていた。
「……そんな簡単に復讐を遂げたら、つまらないでしょう?」
そういって、アムネジアがプリシラの頬に指を這わせる。
それは地を這う蛇のように、つつぅっと。
頬から首筋、耳のイヤリングへと向かっていった。
「あっさりと殺したら相手はたった一瞬の苦しみですんでしまう。それでは今まで私が受けてきた恨みつらみと釣り合いがとれません」
「わ、分かった! 分かったわよ! アンタの言う通りにするから! もう文句なんて二度と口にしないからぁ! だからやめて! 痛いことはしないで!」
アムネジアはプリシラの耳に突き刺さっているイヤリングを指先でつまむ。
そしてぐぐっと下の方向に引っ張った。
「エルメス様には私が今まで受けてきた屈辱と痛みをたっぷりと、その身で味わっていただきます。そして絶望にまみれた顔を私に嘲笑われながら、無様に死んでいくのです。ふふ。どうです、楽しそうでしょう?」
「~~~っ!」
みちみちと音を立てて、耳の穴が広がっていき、肉が裂けて血が滲んでいく。
あまりの痛みに悲鳴をあげようとするプリシラだったが、アムネジアと視線が合ってしまった彼女は、言葉を封じられて声一つあげられなかった。
「私にとって、復讐とは甘い甘い果実のようなもの。しっかりと熟すまで育てて時を待ち、然るべき時に収穫するのです。今はそのために色々と下準備をしている段階。青い内に刈り取るなど、以ての外ですわ。ご理解いただけまして?」
「っ! っ!」
涙目で肯定を訴えるプリシラを見て、アムネジアは耳から手を離した。
「はーっ! はーっ!」
プリシラがその場にうずくまって、荒い息を吐きながら耳を押さえる。
床にはポタポタと血の雫が落ちて赤い染みを作った。
アムネジアはそんなプリシラの姿を見てくすりと微笑む。
そしてその場にしゃがみ込んで視線を合わせると、耳元でささやいた。
「……一つ貴女の疑問にお答えしましょう。魅了の魔眼ですが、どういったわけかエルメス様には効果がありません」
「……え?」
プリシラが弱々しい表情でアムネジアの顔を見る。
アムネジアは微笑みながらうなずいて、立ち上がった。
「それが体質によるものなのか、魔道具による精神耐性なのかはわかりませんが。ですから、エルメス様を直接操るといった手段は現状では不可能です。取り巻きを使って何かをする、というのは考えてはいますが。まだそれも準備の段階ですしね」
プリシラに背を向けて、アムネジアは窓に歩み寄る。
差し込んでくる夕日の眩しさに目を細めつつ、アムネジアは言った。
「どちらにしろ、今はまだ派手に動く時ではありません。不確定要素が多すぎます。然るべき復讐の舞台までには、それらを排除する必要はありますが」
「復讐の舞台……?」
プリシラの問いに、アムネジアは目を糸にして答える。
「……一ヶ月後の卒業記念パーティー。その日こそ、エルメス様にとって人生で最悪の一日となり、私にとっては最高の一日となることでしょう。うふふっ」
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