いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ

文字の大きさ
上 下
30 / 42

服従

しおりを挟む
 日が暮れた夕方過ぎ。
 エルメスとサロンで話した後、プリシラは学校の敷地内にある女子寮に戻っていた。
 広く手入れの行き届いた木造の廊下に、人の姿はない。
 門限が厳しい令嬢達はすでに各々に割り当てられた部屋に戻っていた。

 夕日が窓から差し込む中、プリシラは無表情で廊下を行く。
 自分の部屋の前で立ち止まったプリシラは、顔に冷や汗をにじませながらドアを開いた。
 部屋の奥にはベッドがあり、そこには制服姿の銀髪の美少女――アムネジアが悠々と腰掛けている。

 プリシラはアムネジアの前まで歩み寄ると、緊張した面持ちで言った。


「言われた通り、エルメスに取り入ってきたわよ」


 その言葉にアムネジアは満足そうにうなずいて口を開く。


「ご苦労様でした。下僕のプリシラさん」


++++++


 時は遡り、夜会の翌日の夜のこと。
 会場から連行されたプリシラは、王都付近にある留置場の牢に入れられていた。
 冷たい石畳の上に座り込むプリシラは、頭を抱えていた。
 なぜ、どうしてこうなってしまったのかと。

 そんな彼女の耳に、牢の間に出入りする鉄のドアが開く音が聞こえてきた。
 その直後、男の叫び声が牢の間に響き渡る。


「プリシラ! 私の天使よ! どこだ! どこにいる!」


 聞き覚えのある声に、プリシラはハッと顔を上げた。
 慌てて髪を整え、ドレスの袖で顔の煤を払ったプリシラは鉄格子に駆け寄ってさけぶ。


「マジュンゴ様! あたしはここよ!」


 その声を聞いて、プリシラがいる牢に一人の貴族の子息が駆け寄っていった。
 茶髪の天然パーマで、いかにも育ちが良さげな顔をしたマジュンゴは、プリシラの姿を視界に収めると、感極まった表情を浮かべる。
 両手を広げて大げさな仕草で鉄格子に近づいたマジュンゴは、震える声で言った。


「おお、我が運命の人よ。なんというおいたわしい姿に……」

「マジュンゴ様……お願い、助けて! 夜会でのことは全部誤解なの! あたし、捕まるようなことなんて何もやってない! 本当よ!」


 プリシラが目に涙を浮かべて、マジュンゴに手を伸ばす。
 マジュンゴはその手を握りながら優しく微笑みかけた。


「分かっているさ。虫も殺せないような心優しい貴女が犯罪など犯すはずがない。待っていてくれ、今私の父上が陛下に、君を牢から出してもらえるように掛け合って――」


 その時、プリシラはマジュンゴの背後で影が揺らめくのを見た。
 それと同時に、ドンッと何かを叩く音が響き、マジュンゴが白目を剥いてその場に倒れる。


「ま、マジュンゴ様……?」


 プリシラが呆然としていると、コツコツと石畳を叩く靴音が聞こえてきた。
 そして暗がりの中から出てきた人物を見て、プリシラは目を見開く。


「あ、アムネジア……!」


 そこには学校の制服姿のアムネジアが立っていた。
 アムネジアは足元に倒れているマジュンゴを気にも留めずに、プリシラのいる牢に近づく。
 目を細めたいつも通りの笑顔を浮かべたアムネジアは、鉄格子の前で優雅に会釈した。


「ごきげんよう、こそ泥のプリシラ様。牢に入った気分はどうですか?とても良くお似合いですわよ」

「この……っ!」


 アムネジアのあからさまな挑発に、プリシラは思わず唾でも吐きかけたくなる衝動にかられる。
 だが、つい先程マジュンゴが突然倒れたことを思い出して踏みとどまった。
 プリシラは思い出す。

 目の前の女は普通の人間じゃない。
 妖しげな力を使って人を操る化物だ。
 うかつに何かをしようものなら、今度は何をされるか分かったものではない。

 そんな風に黙り込んでいるプリシラを見て、アムネジアは満足気にうなずいて言った。


「ご自分が置かれている立場はちゃんと理解されているようですわね。安心しました」

「……何の用よ。あたしを嘲笑いに来たってわけ?」


 フン、と顔を背けるプリシラに、アムネジアは首を横に振る。
 おもむろに制服のポケットに手を入れたアムネジアは、そこから鍵の束を取り出して言った。


「もし貴女が今後私がすることに協力すると誓うならば、今までの罪は不問にして、そこから出してあげましょう。陛下と王妃様にも夜会の一件は誤解だったと説明してあげます。いかがですか?」


 笑顔で問いかけてくるアムネジアに、プリシラは顔をしかめた。
 夜会であれだけのことをしてのけたアムネジアが、なぜ今更自分などを必要とするのかと。

 プリシラは自分を過大評価も過小評価もしない。
 それゆえに、自分ができることなどたかが知れていると分かっているし、アムネジアとてはそれは分かっているはずだ。
 放っておけば勝手に破滅するものを、わざわざ拾い上げてまで利用価値があるとは到底思えない。


「……協力って言ったけど、どんなことをさせるつもり?」


 プリシラの問いに、アムネジアは無言で答えた。
 そんなアムネジアの反応に、プリシラはちっ、と舌打ちをする。
 それは暗に救ってほしければ、無条件で自分に協力しろ、と言っているのと同義だったからだ。

 プリシラはしばらく目を閉じて考えこむ。
 そして悔しげに唇を噛むと、震える声で言った。


「……アンタに協力するわ。断ったら何されるか分かったもんじゃないし。ほら、さっさとこっから出しなさい」

「よろしい――と、言いたいところですが」


 アムネジアが鉄格子からプリシラに向かって手を差し出す。
 その手のひらには、何か石のような素材でできた白いイヤリングが乗っていた。


「盗人である貴女の言葉を額面通りに受けとるほど私は愚かではありません。今この時より、貴女は肌身離さずこれを耳に付けて生活してください。それが私への誓いとなります」

「別に構わないけど……何よ、このダサいイヤリングは。石? 骨? こんなもの付けろなんて、悪趣味なヤツね」


 不審に思いながらも、プリシラはイヤリングを手に取る。
 髪をかきあげたプリシラは、イヤリングを耳たぶに付けようとして――


「――今ここに、呪いの誓約は交わされました」

「は? なにを言って――うぎゃああああああ!?」


 禍々しく針のように変形したイヤリングが耳のいたるところに突き刺さって、絶叫した。


「み、耳がっ! 耳があああ!」


 床をのたうち回り、耳から血を垂れ流すプリシラを見て、アムネジアは笑う。
 薄く目を見開いて、口端を釣り上げたその顔は、正に人ならざる悪辣な存在が浮かべるそれであった。
しおりを挟む
感想 169

あなたにおすすめの小説

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です> 【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】 今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

処理中です...