いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ

文字の大きさ
上 下
29 / 42

血の証明

しおりを挟む
 エルメスが眉をひそめて怪訝な顔をする。
 プリシラはそんなエルメスに構わず、真面目な顔で話を続けた。


「吸血鬼には目が合った相手を操る魅了の魔眼があるわ。あの女はそれをフィレンツィオ様に使って、あることないことを言わせて私をハメたのよ!」


 プリシラがドン、とテーブルを叩く。
 憎しみに歪んだ顔で、プリシラは押し殺すような声で続けた。


「今まで散々助けてもらった恩も忘れて裏切りやがって……! 絶対許さない! 私が受けた以上の屈辱を味あわせてやる!」


 怒りに打ち震えるプリシラをエルメスは冷めた目で見る。
 エルメスは紅茶を一口啜ると、平坦な声で言った。


「……それで? あの女が吸血鬼だったとして、どうしようというの?」

「そんなの決まってるでしょ! 陛下や王妃様も見ている公衆の面前であの女が吸血鬼だっていうのをバラしてやるのよ!」


 拳に爪を食い込ませながら、プリシラはさけぶ。


「この国の法では人外は見つけ次第即処刑! 正体がバレて絶望に歪むあの女の顔を間近で拝んで嘲笑ってやる! アンタもあの女が苦しむ姿が見たいんでしょ? ならあたしに協力しなさい!」


 憎悪をにじませた上目使いで主張するプリシラに、エルメスは目を閉じた。
 そして、口につけていたティーカップをテーブルに置くと一言。


「お前、もう帰っていいわよ」

「……は?」


 呆然とするプリシラに、エルメスは「はぁ」とため息をついた。
 不愉快そうに眉をひそめたエルメスは、うんざりとした声音で言う。


「所詮愚か者は愚か物でしたか。平民の手を借りようと思った私が浅はかでしたわ。言うに事欠いてあの女が吸血鬼などと。嫉妬で頭がおかしくなったのかしら? 聞きましたわよ、お前フィレンツィオ様に愛想を尽かされたんですって? それも陛下と王妃様の眼の前で」

「それとこれとはなんの関係も――!」


 エルメスがプリシラを黙らせるようにパン、と勢いよく扇を開いた。
 口ごもるプリシラにエルメスは足を組んで見下しながら口を開く。


「男に取り入る賢しさしか長所がなかったのに、それすら満足に果たせず、あまつさえ人形のようになすがままで抵抗すらしない女に敗北するなんて。どれだけ生き恥をさらせば気が済むのかしら。いい? 私にはね、そんな生きる価値のないゴミにかかずらっている暇なんてないの。失せなさい。そして二度と私に話しかけて来ないで頂戴。不愉快よ」


 エルメスが話は終わりだといわんばかりにシッシッと手を払う。
 怒りのあまり拳を振るいそうになるプリシラだったが、突然ビクッと身体を震わせるとイヤリングが付いている耳を押さえてテーブルに突っ伏した。


「わ、分かってるわよ……言う通りに、言う通りにするから……!」


 小声でブツブツと何事かをつぶやくプリシラ。
 その様を見て顔をしかめたエルメスは、身構えながら声をかける。


「……それはなんのつもり? 泣き脅しなど馬鹿な男には通用しても私には通用しませんよ」


 顔をあげたプリシラは、顔を真っ青にしながらも冷静さを取り戻していた。
 プリシラは胸に手を当てて一息つくと、言葉を選ぶように慎重に口を開く。


「……おかしいと思わない? どうして男爵家だったツェペル家がたった十年と少しの間に伯爵家まで成り上がることができたのか。アムネジアが第二王子であるフィレンツィオ様と婚約を交わし、陛下や王妃様のご寵愛まで受けているのか。それはあの女が人を操る魔眼の力を持っているからなのよ」

「お黙り。お前の妄言など聞きたくありません。いいからさっさと――」

「証拠ならあるわ」


 そう言って、プリシラは血のついた白いハンカチを取り出した。


「アンタも聞いたことぐらいあるでしょ。絶滅したと言われている吸血鬼にとって銀は猛毒だったって話。これにはアムネジアの血が染み込んでるわ」


 エルメスは思い出した。
 夜会で自分の取り巻きが、アムネジアに向かってワイングラスを投げつけたことを。さらにそのワイングラスがアムネジアの鼻に当たって、流れ出た血をアムネジアがハンカチで拭っていたことを。


「……だから何だと言うの」


 眉をひそめるエルメスの眼の前で、プリシラはカップの傍に置かれていた銀のスプーンを手に取る。
 そしてハンカチの血が滲む部分に、スプーンの切っ先を近づけて言った。


「見てなさい」


 血の部分にスプーンの切っ先が触れた。
 すると、水が蒸発するような音と共に、血がぶくぶくと泡立ち始める。


「……っ!?」


 エルメスが驚愕のあまり目を見開いた。
 泡立った血はやがて赤い蒸気となって空気に溶けていき、数秒後。
 ハンカチはシミひとつない真っ白の状態に戻っていた。


「吸血鬼の血は銀に触れると蒸発する……授業で習った通りよ。どう、これで分かったでしょう。あの女が本当に吸血鬼だってことが!」


 エルメスは気づきもしない。
 過剰な身振り手振りで語るプリシラの耳の穴から。
 一筋の血が滴り落ちていたことに。
しおりを挟む
感想 169

あなたにおすすめの小説

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です> 【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】 今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

処理中です...