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血の証明
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エルメスが眉をひそめて怪訝な顔をする。
プリシラはそんなエルメスに構わず、真面目な顔で話を続けた。
「吸血鬼には目が合った相手を操る魅了の魔眼があるわ。あの女はそれをフィレンツィオ様に使って、あることないことを言わせて私をハメたのよ!」
プリシラがドン、とテーブルを叩く。
憎しみに歪んだ顔で、プリシラは押し殺すような声で続けた。
「今まで散々助けてもらった恩も忘れて裏切りやがって……! 絶対許さない! 私が受けた以上の屈辱を味あわせてやる!」
怒りに打ち震えるプリシラをエルメスは冷めた目で見る。
エルメスは紅茶を一口啜ると、平坦な声で言った。
「……それで? あの女が吸血鬼だったとして、どうしようというの?」
「そんなの決まってるでしょ! 陛下や王妃様も見ている公衆の面前であの女が吸血鬼だっていうのをバラしてやるのよ!」
拳に爪を食い込ませながら、プリシラはさけぶ。
「この国の法では人外は見つけ次第即処刑! 正体がバレて絶望に歪むあの女の顔を間近で拝んで嘲笑ってやる! アンタもあの女が苦しむ姿が見たいんでしょ? ならあたしに協力しなさい!」
憎悪をにじませた上目使いで主張するプリシラに、エルメスは目を閉じた。
そして、口につけていたティーカップをテーブルに置くと一言。
「お前、もう帰っていいわよ」
「……は?」
呆然とするプリシラに、エルメスは「はぁ」とため息をついた。
不愉快そうに眉をひそめたエルメスは、うんざりとした声音で言う。
「所詮愚か者は愚か物でしたか。平民の手を借りようと思った私が浅はかでしたわ。言うに事欠いてあの女が吸血鬼などと。嫉妬で頭がおかしくなったのかしら? 聞きましたわよ、お前フィレンツィオ様に愛想を尽かされたんですって? それも陛下と王妃様の眼の前で」
「それとこれとはなんの関係も――!」
エルメスがプリシラを黙らせるようにパン、と勢いよく扇を開いた。
口ごもるプリシラにエルメスは足を組んで見下しながら口を開く。
「男に取り入る賢しさしか長所がなかったのに、それすら満足に果たせず、あまつさえ人形のようになすがままで抵抗すらしない女に敗北するなんて。どれだけ生き恥をさらせば気が済むのかしら。いい? 私にはね、そんな生きる価値のないゴミにかかずらっている暇なんてないの。失せなさい。そして二度と私に話しかけて来ないで頂戴。不愉快よ」
エルメスが話は終わりだといわんばかりにシッシッと手を払う。
怒りのあまり拳を振るいそうになるプリシラだったが、突然ビクッと身体を震わせるとイヤリングが付いている耳を押さえてテーブルに突っ伏した。
「わ、分かってるわよ……言う通りに、言う通りにするから……!」
小声でブツブツと何事かをつぶやくプリシラ。
その様を見て顔をしかめたエルメスは、身構えながら声をかける。
「……それはなんのつもり? 泣き脅しなど馬鹿な男には通用しても私には通用しませんよ」
顔をあげたプリシラは、顔を真っ青にしながらも冷静さを取り戻していた。
プリシラは胸に手を当てて一息つくと、言葉を選ぶように慎重に口を開く。
「……おかしいと思わない? どうして男爵家だったツェペル家がたった十年と少しの間に伯爵家まで成り上がることができたのか。アムネジアが第二王子であるフィレンツィオ様と婚約を交わし、陛下や王妃様のご寵愛まで受けているのか。それはあの女が人を操る魔眼の力を持っているからなのよ」
「お黙り。お前の妄言など聞きたくありません。いいからさっさと――」
「証拠ならあるわ」
そう言って、プリシラは血のついた白いハンカチを取り出した。
「アンタも聞いたことぐらいあるでしょ。絶滅したと言われている吸血鬼にとって銀は猛毒だったって話。これにはアムネジアの血が染み込んでるわ」
エルメスは思い出した。
夜会で自分の取り巻きが、アムネジアに向かってワイングラスを投げつけたことを。さらにそのワイングラスがアムネジアの鼻に当たって、流れ出た血をアムネジアがハンカチで拭っていたことを。
「……だから何だと言うの」
眉をひそめるエルメスの眼の前で、プリシラはカップの傍に置かれていた銀のスプーンを手に取る。
そしてハンカチの血が滲む部分に、スプーンの切っ先を近づけて言った。
「見てなさい」
血の部分にスプーンの切っ先が触れた。
すると、水が蒸発するような音と共に、血がぶくぶくと泡立ち始める。
「……っ!?」
エルメスが驚愕のあまり目を見開いた。
泡立った血はやがて赤い蒸気となって空気に溶けていき、数秒後。
ハンカチはシミひとつない真っ白の状態に戻っていた。
「吸血鬼の血は銀に触れると蒸発する……授業で習った通りよ。どう、これで分かったでしょう。あの女が本当に吸血鬼だってことが!」
エルメスは気づきもしない。
過剰な身振り手振りで語るプリシラの耳の穴から。
一筋の血が滴り落ちていたことに。
プリシラはそんなエルメスに構わず、真面目な顔で話を続けた。
「吸血鬼には目が合った相手を操る魅了の魔眼があるわ。あの女はそれをフィレンツィオ様に使って、あることないことを言わせて私をハメたのよ!」
プリシラがドン、とテーブルを叩く。
憎しみに歪んだ顔で、プリシラは押し殺すような声で続けた。
「今まで散々助けてもらった恩も忘れて裏切りやがって……! 絶対許さない! 私が受けた以上の屈辱を味あわせてやる!」
怒りに打ち震えるプリシラをエルメスは冷めた目で見る。
エルメスは紅茶を一口啜ると、平坦な声で言った。
「……それで? あの女が吸血鬼だったとして、どうしようというの?」
「そんなの決まってるでしょ! 陛下や王妃様も見ている公衆の面前であの女が吸血鬼だっていうのをバラしてやるのよ!」
拳に爪を食い込ませながら、プリシラはさけぶ。
「この国の法では人外は見つけ次第即処刑! 正体がバレて絶望に歪むあの女の顔を間近で拝んで嘲笑ってやる! アンタもあの女が苦しむ姿が見たいんでしょ? ならあたしに協力しなさい!」
憎悪をにじませた上目使いで主張するプリシラに、エルメスは目を閉じた。
そして、口につけていたティーカップをテーブルに置くと一言。
「お前、もう帰っていいわよ」
「……は?」
呆然とするプリシラに、エルメスは「はぁ」とため息をついた。
不愉快そうに眉をひそめたエルメスは、うんざりとした声音で言う。
「所詮愚か者は愚か物でしたか。平民の手を借りようと思った私が浅はかでしたわ。言うに事欠いてあの女が吸血鬼などと。嫉妬で頭がおかしくなったのかしら? 聞きましたわよ、お前フィレンツィオ様に愛想を尽かされたんですって? それも陛下と王妃様の眼の前で」
「それとこれとはなんの関係も――!」
エルメスがプリシラを黙らせるようにパン、と勢いよく扇を開いた。
口ごもるプリシラにエルメスは足を組んで見下しながら口を開く。
「男に取り入る賢しさしか長所がなかったのに、それすら満足に果たせず、あまつさえ人形のようになすがままで抵抗すらしない女に敗北するなんて。どれだけ生き恥をさらせば気が済むのかしら。いい? 私にはね、そんな生きる価値のないゴミにかかずらっている暇なんてないの。失せなさい。そして二度と私に話しかけて来ないで頂戴。不愉快よ」
エルメスが話は終わりだといわんばかりにシッシッと手を払う。
怒りのあまり拳を振るいそうになるプリシラだったが、突然ビクッと身体を震わせるとイヤリングが付いている耳を押さえてテーブルに突っ伏した。
「わ、分かってるわよ……言う通りに、言う通りにするから……!」
小声でブツブツと何事かをつぶやくプリシラ。
その様を見て顔をしかめたエルメスは、身構えながら声をかける。
「……それはなんのつもり? 泣き脅しなど馬鹿な男には通用しても私には通用しませんよ」
顔をあげたプリシラは、顔を真っ青にしながらも冷静さを取り戻していた。
プリシラは胸に手を当てて一息つくと、言葉を選ぶように慎重に口を開く。
「……おかしいと思わない? どうして男爵家だったツェペル家がたった十年と少しの間に伯爵家まで成り上がることができたのか。アムネジアが第二王子であるフィレンツィオ様と婚約を交わし、陛下や王妃様のご寵愛まで受けているのか。それはあの女が人を操る魔眼の力を持っているからなのよ」
「お黙り。お前の妄言など聞きたくありません。いいからさっさと――」
「証拠ならあるわ」
そう言って、プリシラは血のついた白いハンカチを取り出した。
「アンタも聞いたことぐらいあるでしょ。絶滅したと言われている吸血鬼にとって銀は猛毒だったって話。これにはアムネジアの血が染み込んでるわ」
エルメスは思い出した。
夜会で自分の取り巻きが、アムネジアに向かってワイングラスを投げつけたことを。さらにそのワイングラスがアムネジアの鼻に当たって、流れ出た血をアムネジアがハンカチで拭っていたことを。
「……だから何だと言うの」
眉をひそめるエルメスの眼の前で、プリシラはカップの傍に置かれていた銀のスプーンを手に取る。
そしてハンカチの血が滲む部分に、スプーンの切っ先を近づけて言った。
「見てなさい」
血の部分にスプーンの切っ先が触れた。
すると、水が蒸発するような音と共に、血がぶくぶくと泡立ち始める。
「……っ!?」
エルメスが驚愕のあまり目を見開いた。
泡立った血はやがて赤い蒸気となって空気に溶けていき、数秒後。
ハンカチはシミひとつない真っ白の状態に戻っていた。
「吸血鬼の血は銀に触れると蒸発する……授業で習った通りよ。どう、これで分かったでしょう。あの女が本当に吸血鬼だってことが!」
エルメスは気づきもしない。
過剰な身振り手振りで語るプリシラの耳の穴から。
一筋の血が滴り落ちていたことに。
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