いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ

文字の大きさ
上 下
28 / 42

密会

しおりを挟む
 貴族学校の三階には女子生徒専用のサロンがある。
 制服と同じ臙脂色の絨毯が一面に敷かれたそこには、同じ色の高級ソファと丸いテーブル。
 王室御用達の紅茶やお菓子が、雇われた給仕達によって常に供給されていた。

 三十名程がくつろげる広さを持つこのサロンは、暗黙のルールがある。
 それは、入口から遠い奥に行くほど家柄が高い者が座るというものだった。
 この学校で最も家柄が高い者は誰か。
 それはいわずもがな、公爵令嬢のエルメスである。

 よってその日の昼休みも、サロンの一番奥のソファにはエルメスが優雅に腰掛けていた。
 普段なら自分の取り巻きだけを周囲に集めて、歓談をしているエルメスだったが、いつもと違い彼女の対面には、この場には場違いの男爵令嬢プリシラが座っている。
 そんなプリシラに胡散臭そうな視線を向けながら、エルメスはフンと鼻を鳴らして言った。


「それで、お前が握っているあの女の弱みってなにかしら。話してごらんなさい」

「くだらない話だったら叩き出すわよ!」

「本来ならここはアンタみたいな身分の低い貴族は入れない場所なんだからね!」


 エルメスに追従するように取り巻きの二人が声を荒げる。
 しかし完全に孤立したその状況で、プリシラはまるで動じた様子もなかった。
 プリシラは余裕の表情で紅茶を口に含み、ティーカップをテーブルに置く。
 そして「ふぅ」と一息ついてから口を開いた。


「話すのはアンタだけよ。このやかましい馬鹿二人は下がらせて。口軽そうだし」

「なっ!?」

「調子乗ってんじゃないわよ! エルメス様、この平民を追い出す許可をください!」


 プリシラの不遜な態度に、エルメスは形の良い眉をしかめる。
 典型的な家柄至上主義であるエルメスは、身分の低い者が口答えするのを何よりも嫌っていた。
 普段の彼女であればこの時点で、問答無用にプリシラを追い出していただろう。
 だがエルメスは少し考える素振りをした後、おもむろに口を開いた。


「……貴女達、下がりなさい」

「えっ!?」

「で、でもエルメス様! こんな平民の言う通りにするなんて!」

「下がれ、と私は言ったのよ。同じことを二度言わせないで」


 再度強い口調で言われれば、取り巻き達が口答えなどできるはずもない。
 席から立ちあがった二人は、恨めしい顔をしながらすごすごと離れて行った。
 その様を見て空気を読んだのか、近くのテーブルに座っていた女子生徒達も離れていく。
 やがてサロンにはエルメスとプリシラの二人だけが残された。

 エルメスは深々とソファに腰掛けながら、気だるそうに口を開く。


「お望み通り、有象無象の目は消してあげましたわよ。これで満足?」

「意外だわ。自分から言っておいてなんだけど、まさかあの夜会の女王があたしの言うことを聞いてくれるなんてね。一体どういった風の吹き回しですか?」


 プリシラが目を細めてそう言うと、エルメスは扇を取り出した。
 そして閉じた扇の先端でテーブルをコツコツと叩きながら言う。


「無駄なおしゃべりをするつもりはありません。お前はただ、あの女の弱みを話せば良いのです。知っているのでしょう?」


 プリシラはまだ弱みを握っているなどとは一言も言っていなかった。
 教室でアムネジアを貶める作戦があるから協力しろと言っただけである。
 にも関わらず、核心的な部分を突いてくるエルメスの勘の良さにプリシラは内心で舌を巻いた。


「聞かないんですね、あたしがどうやって牢から抜け出してここに戻ってこれたのか。貴女のことだから知ってるんでしょ? 夜会であたしが陛下と王妃様の前で――」

「とんだ恥を晒したようですわね。浅はかで頭の悪いお前らしい結末です。別に何も驚くようなことはありませんわ」

「っ!」


 顔をゆがめてギリ、とプリシラが歯を噛み締める。
 そんな彼女の表情を見て、エルメスは扇を開くと馬鹿にするように口端を釣り上げた。


「どうせどこぞの貴族の子息に泣きついて助けてもらったのでしょう? ああ、でも普通の貴族では無理ね。フィレンツィオ様……には捨てられたのだったかしら。ならばライエル様? まあ、そんな些細なことはどうでも良いですわ。興味もありませんし」


 パタパタと扇を仰ぎながら、エルメスは目を細める。
 そしてプリシラを値踏みするように、テーブルに頬杖を突きながら言った。


「今まで敵対していた私にわざわざ力を貸して欲しいと声をかけてきた、ということは。夜会で恥をかかされたあの女に復讐するために情報こそ掴んだものの、自分の手には余ると考えているのでしょう? 今となってはあの女に手出しすることはどんな貴族であってもできませんしねえ? どこかのおバカさんがやらかしたおかげで、いじめ禁止令などという前代未聞のおふれまで出てしまったわけですし」


 明らかに見下したエルメスの口調に、プリシラはテーブルの下で拳を握りしめる。
 悔しがっているプリシラを見てエルメスは勝ち誇った表情を浮かべた。


「本来なら私から玩具アムネジアを奪ったお前は万死に値するのだけれど……その情報がこの私を満足させるものであるならば、特別に許して差し上げます。さあ、言って御覧なさい――プリシラ」


 プリシラは大きく深呼吸する。
 怒りと悔しさで煮えくり返っていた心を落ち着かせるためだ。


「すぅ……はぁ」


 息を吐いたプリシラは、改めてエルメスと視線を合わせる。
 そして、真剣な表情で信じられないような言葉を口にした。


「あの女は……アムネジアは、吸血鬼なのよ」
しおりを挟む
感想 169

あなたにおすすめの小説

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です> 【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】 今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

処理中です...