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フィレンツィオと別れたアムネジアは校舎に入った。
三階建ての校舎は貴族が通うこともあって常に清潔に保たれているため、傷もなければほこり一つない。
そんな中、周囲からチラチラと視線を向けられながらも、アムネジアはまったく気にする素振りもなく悠々と歩いていった。
貴族学校は家柄と能力によって大体のクラスが分かれている。
アムネジアが授業を受けているのは一人の例外を除き、伯爵以上の貴族が集められた、特に家柄の優れたクラスだった。
幼少期から紳士淑女としての教育を受けている彼、または彼女らは、たとえ監督役の教師がいなかったとしても、騒ぎ立てることなど一切しない。
それゆえに、教室のすぐそばにアムネジアが近づいても、中から騒がしい声や音が聞こえてくることはなく。
そこにはただ風によって木々がざわめく音と、小鳥の鳴く声だけが時折流れる、朝の喧騒に満ちていた。
そんな中、静寂を断ち切るようにアムネジアは、教室のドアを開く。
「ごきげんよう、皆様」
中に入って会釈をすると、長机に座っていた生徒達が一斉にアムネジアを見た。
今までなら誰もが我先にと罵声を浴びせ、侮蔑の表情を浮かべたであろう。
しかし、今やその時のことが嘘のように、誰もが口を閉ざして顔をそむけていた。
そんな彼らを見て、アムネジアは首をかしげる。
アムネジアは入り口の一番近くの席にいた女子生徒の前まで歩み寄った。
「あの、ごきげんようと言ったのですけれど。聞こえませんでしたか?」
話しかけられた女子生徒が眼の前に立つアムネジアの姿を一瞥する。
フッと、口元に嘲笑を浮かべた彼女は、アムネジアを無視して隣を向いた。
「パニエ様、今日の授業が終わった後、王都のお菓子屋さんでタルトを食べにいきませんか?」
パニエと呼ばれた隣の席の女子生徒は、やはりアムネジアを一瞥すると馬鹿にするようにぷっと吹き出す。
そして、そこにアムネジアなどいないかのように会話を始めた。
「あら、いいですわね。丁度私もあそこのタルトは気になっていたのです。他の方も誘って皆さんで一緒に行きましょう」
「まあ素敵! 私もご一緒させてくださいな!」
「私も行きたいわ!」
周囲の女子生徒が次々に賛同して話に花を咲かせ始める。
無視されるアムネジアに、教室の生徒達はクスクスとほくそ笑んだ。
「――良い気味ねえ、アムネジア?」
教室の奥から聞こえてきた声にアムネジアが視線を向ける。
そこには長い金髪をたなびかせて、左右の取り巻きに扇を仰がせている公爵令嬢エルメスが座っていた。
アムネジアは笑顔のまま、エルメスに向かって会釈をする。
「エルメス様。ごきげんよ――」
「挨拶の必要はないわよぉ?」
アムネジアの言葉をさえぎって、エルメスの取り巻きの女子生徒が言った。
「だってこれから卒業するまで、このクラスの生徒は誰も……挨拶はおろか、視線一つだって貴女には返さないんだから! きゃっははは!」
アムネジアが学校を休んだ翌日。
エルメスはクラスの生徒達にとある命令を下した。
それは今後、アムネジアを徹底的に無視しろというものである。
「話しかけて無視された時の貴女のマヌケ面、ホント傑作だったわぁ」
「私思わず吹き出しちゃった。なにが聞こえませんでしたか? よ! 誰も貴女に挨拶を返す気なんてないっての! 調子乗ってんじゃないわよ、ばーか!」
「おやめなさい、貴女達。直接的な言葉は禁じられているでしょう? 後で告げ口でもされたら面倒だから、それくらいにしておきなさい」
「はぁい」
エルメスに咎められて取り巻き達が大人しくなった。
未だに口元をニヤニヤと歪めている取り巻き達を尻目に、エルメスはおもむろに席から立ち上がる。
「今はこのクラスだけにしか伝わっていないけれど、ゆくゆくは全生徒に貴女を無視するように言うつもりよ。どう? 生きながら存在を殺される気分は」
ツカツカと、皮の靴音を鳴らしながらエルメスが優雅に歩く。
エルメスはアムネジアの前に立つと、耳元に顔を寄せてささやいた。
「……陛下や王妃様にすり寄ってうまく逃れたつもりだったみたいだけれど、ご愁傷様ね。私はお前を逃さないわ。学校を卒業したら逃げられると思うんじゃないわよ。お前が自ら死を選ぶまでずっと、いじめていじめていじめ抜いてあげる。どんな手を使ってでもね」
ピクン、と。アムネジアの身体が震えた。
エルメスは口端を釣り上げながら、アムネジアの顔を見やる。
(さあ見せて御覧なさい。いけすかないその笑顔が、絶望に染まった様を!)
希望を打ち砕かれたこの女が、一体どんな絶望の表情をしているのかと。
期待と興奮で、胸を高鳴らせながら。しかし――
「――――うふふ」
アムネジアは笑っていた。
身体を震わせながら。
本当はもっと大きな声を挙げて笑いたいのに、それを堪えるように。
それを見て、エルメスは怪訝な顔をしてつぶやいた。
「……あまりの絶望に気でも触れてしまったのかしら?」
「いいえ、エルメス様」
アムネジアは首を横に振ると、普段となにも変わらない笑顔で言った。
「これから起こることを考えたら楽しみで楽しみで。笑いが堪えられなかったのですわ」
「は……?」
その時、教室のドアがギィと木の軋む音と共に開かれる。
生徒達の視線が集中する中、そこから出てきたのは――
「みんな、おはよう! 今日も良い天気ね!」
花のような笑顔を振りまく、ピンク色の髪をした美少女――男爵令嬢プリシラの姿だった。
三階建ての校舎は貴族が通うこともあって常に清潔に保たれているため、傷もなければほこり一つない。
そんな中、周囲からチラチラと視線を向けられながらも、アムネジアはまったく気にする素振りもなく悠々と歩いていった。
貴族学校は家柄と能力によって大体のクラスが分かれている。
アムネジアが授業を受けているのは一人の例外を除き、伯爵以上の貴族が集められた、特に家柄の優れたクラスだった。
幼少期から紳士淑女としての教育を受けている彼、または彼女らは、たとえ監督役の教師がいなかったとしても、騒ぎ立てることなど一切しない。
それゆえに、教室のすぐそばにアムネジアが近づいても、中から騒がしい声や音が聞こえてくることはなく。
そこにはただ風によって木々がざわめく音と、小鳥の鳴く声だけが時折流れる、朝の喧騒に満ちていた。
そんな中、静寂を断ち切るようにアムネジアは、教室のドアを開く。
「ごきげんよう、皆様」
中に入って会釈をすると、長机に座っていた生徒達が一斉にアムネジアを見た。
今までなら誰もが我先にと罵声を浴びせ、侮蔑の表情を浮かべたであろう。
しかし、今やその時のことが嘘のように、誰もが口を閉ざして顔をそむけていた。
そんな彼らを見て、アムネジアは首をかしげる。
アムネジアは入り口の一番近くの席にいた女子生徒の前まで歩み寄った。
「あの、ごきげんようと言ったのですけれど。聞こえませんでしたか?」
話しかけられた女子生徒が眼の前に立つアムネジアの姿を一瞥する。
フッと、口元に嘲笑を浮かべた彼女は、アムネジアを無視して隣を向いた。
「パニエ様、今日の授業が終わった後、王都のお菓子屋さんでタルトを食べにいきませんか?」
パニエと呼ばれた隣の席の女子生徒は、やはりアムネジアを一瞥すると馬鹿にするようにぷっと吹き出す。
そして、そこにアムネジアなどいないかのように会話を始めた。
「あら、いいですわね。丁度私もあそこのタルトは気になっていたのです。他の方も誘って皆さんで一緒に行きましょう」
「まあ素敵! 私もご一緒させてくださいな!」
「私も行きたいわ!」
周囲の女子生徒が次々に賛同して話に花を咲かせ始める。
無視されるアムネジアに、教室の生徒達はクスクスとほくそ笑んだ。
「――良い気味ねえ、アムネジア?」
教室の奥から聞こえてきた声にアムネジアが視線を向ける。
そこには長い金髪をたなびかせて、左右の取り巻きに扇を仰がせている公爵令嬢エルメスが座っていた。
アムネジアは笑顔のまま、エルメスに向かって会釈をする。
「エルメス様。ごきげんよ――」
「挨拶の必要はないわよぉ?」
アムネジアの言葉をさえぎって、エルメスの取り巻きの女子生徒が言った。
「だってこれから卒業するまで、このクラスの生徒は誰も……挨拶はおろか、視線一つだって貴女には返さないんだから! きゃっははは!」
アムネジアが学校を休んだ翌日。
エルメスはクラスの生徒達にとある命令を下した。
それは今後、アムネジアを徹底的に無視しろというものである。
「話しかけて無視された時の貴女のマヌケ面、ホント傑作だったわぁ」
「私思わず吹き出しちゃった。なにが聞こえませんでしたか? よ! 誰も貴女に挨拶を返す気なんてないっての! 調子乗ってんじゃないわよ、ばーか!」
「おやめなさい、貴女達。直接的な言葉は禁じられているでしょう? 後で告げ口でもされたら面倒だから、それくらいにしておきなさい」
「はぁい」
エルメスに咎められて取り巻き達が大人しくなった。
未だに口元をニヤニヤと歪めている取り巻き達を尻目に、エルメスはおもむろに席から立ち上がる。
「今はこのクラスだけにしか伝わっていないけれど、ゆくゆくは全生徒に貴女を無視するように言うつもりよ。どう? 生きながら存在を殺される気分は」
ツカツカと、皮の靴音を鳴らしながらエルメスが優雅に歩く。
エルメスはアムネジアの前に立つと、耳元に顔を寄せてささやいた。
「……陛下や王妃様にすり寄ってうまく逃れたつもりだったみたいだけれど、ご愁傷様ね。私はお前を逃さないわ。学校を卒業したら逃げられると思うんじゃないわよ。お前が自ら死を選ぶまでずっと、いじめていじめていじめ抜いてあげる。どんな手を使ってでもね」
ピクン、と。アムネジアの身体が震えた。
エルメスは口端を釣り上げながら、アムネジアの顔を見やる。
(さあ見せて御覧なさい。いけすかないその笑顔が、絶望に染まった様を!)
希望を打ち砕かれたこの女が、一体どんな絶望の表情をしているのかと。
期待と興奮で、胸を高鳴らせながら。しかし――
「――――うふふ」
アムネジアは笑っていた。
身体を震わせながら。
本当はもっと大きな声を挙げて笑いたいのに、それを堪えるように。
それを見て、エルメスは怪訝な顔をしてつぶやいた。
「……あまりの絶望に気でも触れてしまったのかしら?」
「いいえ、エルメス様」
アムネジアは首を横に振ると、普段となにも変わらない笑顔で言った。
「これから起こることを考えたら楽しみで楽しみで。笑いが堪えられなかったのですわ」
「は……?」
その時、教室のドアがギィと木の軋む音と共に開かれる。
生徒達の視線が集中する中、そこから出てきたのは――
「みんな、おはよう! 今日も良い天気ね!」
花のような笑顔を振りまく、ピンク色の髪をした美少女――男爵令嬢プリシラの姿だった。
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