いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ

文字の大きさ
上 下
24 / 42

揺らぐ心

しおりを挟む
(狩猟者……厄介な奴らに嗅ぎつかれたわね)


 アムネジアは内心で舌打ちをする。
 かつて吸血鬼を滅ぼそうとした者達の中で、最も直接的な脅威となったのが人外の天敵である狩猟者ハンターである。
 どこから現れたのか、その黒衣を纏う者達は、人外を滅ぼす術を熟知していた。
 そして捕らえて、殺した人外の首を人間達に差し出して金をもらう。

 アムネジアからしてみれば仇敵であり、殺してやりたい程に憎い相手だった。
 だが、全盛期だった吸血鬼ですら真正面から戦うのは分が悪かった相手。
 今の能力が劣化した吸血鬼であるアムネジアに勝てるはずがない。
 ゆえにアムネジアはなりゆきに身を任せて、抵抗しないことを選んだ。
 そうすればライエルが身を呈して守ってくれると計算して。


「私も多少剣に覚えはあるが、狩猟者として常に戦いの場に身を置いているヴェインとは比べるべくもない。あの時は君が傷つけられると思って、いてもたってもいられずについ剣を抜いてしまったが……正直今でも身体が震えているよ。情けないことにね」


 ライエルの言葉が示す通り、案の定、彼はアムネジアの思い通りに動いた。、
 その結果としてアムネジアは辛くも事なきを得たのである。
 もしアムネジアがウーを止めずにヴェインがやる気になっていたなら。
 その時は問答無用でアムネジアもウーも殺されていただろう。
 それほどまでに、ヴェインという男は冷徹で恐ろしい使い手だった。


「本来ならなんの証拠もなく、ただ魔の匂いがするなどという理由で、君に剣を向けた彼は処罰に値するのだけれど……ヴェインは元々父上に仕えている“王の剣キングスソード”。父上の許可なく処罰することはできないんだ。すまない」


 “王の剣”とは、王によって選出された王家直属の護衛兵である。
 王の剣に選ばれる者は腕もさることながら、王家に絶対の忠誠を誓っていた。
 ヴェインがアムネジア達を人外であると疑いながらも、殺すのをやめたのはそのためである。

 もし出会ったのがライエルがいないどことも知れない森の中だったとしたなら。
 やはりアムネジア達は殺されていただろう。
 たとえ人外だという確信がなかったとしても。
 疑わしきは殺す。それが狩猟者が人外を狩る際に掲げている鉄則だった。


「謝られる必要はありませんわ。あのお方はご自分の職務をまっとうしただけ。雰囲気に流されて、私が誤解されるような振る舞いをしたのが悪いのですから」

「誤解されるようなって……うっ」


 自分がしていたことを思い出したのか、ライエルが顔を赤くして口ごもる。


「わ、私は一体なぜあのようなことを……弟の婚約者である女性の傷口に口づけをするなど、なんと恥知らずな……」


 ライエルが頭を抱えてぶつぶつとつぶやいた。
 アムネジアは首を傾げてそんなライエルの顔を覗き込む。


「どうしました? 顔が赤いですわ、ライエル様」

「い、いや! な、なんでもない! 急に剣を振るったから少し身体が熱くなっただけさ!」


 慌てふためくライエルを見て、アムネジアはフッと口元を緩めた。
 そんなアムネジアの様子に気づくこともなく、ライエルは頭を振って気を取り直すと、打って変わって真剣な表情になる。


「そんなことより! 君の傷の方が心配だ。血の誓約と言っていたが……先程、かなり深く手首を切っていただろう? ほら、見せてご覧」


 そう言ってアムネジアの手を取ったライエルは、思わず目を見開いた。


「傷が……ふさがっている?」

「……っ!」


 アムネジアがとっさにライエルの手を振り払う。


「す、すまない!」


 とっさに謝りつつもライエルの頭には、血が止まって傷口に固まっているアムネジアの手首の映像がこびりついていた。
 しかしアムネジアが無言でうつむいているのを見たライエルは、そのことを一旦忘れて穏やかな口調で言う。


「すまない。心配だったから……でも、思ったより傷は浅かったみたいだね。安心したよ。さあ手当てを――」


 その時、ギィと音を立てて客間のドア開いた。
 すると、そこから紫色の髪をした、顔色の悪い執事姿の男が現れる。
 男はその場で会釈をすると、口元をニヤつかせながら口を開いた。


「おやおや、これはこれは。どれだけ経ってもお嬢様が一向に出てこないので馬車の馬が居眠りを始めた旨を伝えにきたのですが……お邪魔でしたかなぁ?」


 気がつけばアムネジアと恋人のように寄り添っていたライエルは、慌てて身を離す。


「いや、これはその、誤解だ。アムネジアが手首をナイフで切って、それで――」


 ライエルの言葉をさえぎるように、執事はわざとらしく両手を挙げて驚くポーズを取った。


「やや! お嬢様ぁ!? これはこれは! どうしたことでしょう! お怪我をなされているではありませんか!」


 さけびながら執事がアムネジアに駆け寄る。
 その勢いに気圧されてライエルは横に退いた。


「おお、おいたわしやお嬢様! 美しいお肌に痛々しい傷が! それに見るからに顔色も悪い!」


 ぐるんと顔を回して、執事はライエルに振り返る。
 ビクッとのけぞるライエルに、執事は再びにやつきながら言った。


「申し訳ございません、ライエル様。お嬢様はどうやら、体調が優れないようですので今日のところはお引取り願えますかぁ?」



■■■■■■



 ライエルが館から立ち去った後。
 アムネジアは座ったまま客間で顔色の悪い執事と向かい合っていた。
 執事はうつむいているアムネジアに顔を寄せる。


「いやはや危ないところでしたねぇ。勘の良いライエル様のこと、いくらお嬢様に心奪われているとはいえ、あの怪我の治りの速さは不審に思われたのではぁ?」

「――黙りなさい、ダリアン」


 アムネジアが冷たい声で言い放つ。
 ダリアンと呼ばれた執事は右へ左へとアムネジアの側面に回り込みながら、おどけた口調で言った。


「それに血の誓約! 耐性があるライエル様にいくら血を注いでも、確か眷属にできなかったのではぁ? それなのになぜ無意味に血を分け与えたのですぅ? おっかしいですねえ?」


 血の誓約――吸血鬼が人間に血を与えることで、自らに忠実な眷属を作り出す儀式である。これには単純に吸血鬼が手下を増やすこと以外にももう一つの意味があった。
 そのことを知っているダリアンは、したり顔で口を開く。


「あれれぇ? もしかして、お嬢様。人間の、しかもよりによって我ら影に生きる者を迫害してきた王族の末裔にぃ……恋をしてしまったのでは――」


 アムネジアがダリアンの顔に向かって腕を振るった。
 パンッ! と音を立てて顔色の悪い首が飛ぶ。


「黙れと言ったのが聞こえなかったの? 首なしデュラハン風情が」


 冷たい声音で告げたアムネジアの眼は、ライエルに向けていたものとは違い。
 ただただ深い闇と、暗い負の感情に満ちていた。


「もし次に一言でも喋ったら、二度とふざけた口をたたけないように口を縫い合わせます。いいですね?」

「ははははははッ! 安心しましたよぉ! それでこそ吸血鬼の姫ぇ! 我ら人ならざる者を統べる女王! 誰よりも残酷で美しく! 優雅で容赦のない貴女だからこそ! 我らは忠誠を誓ったのです! くれぐれも失望させないでくださいねぇ! アムネジア様ぁ! ぎひぃっ!?」


 アムネジアによって蹴り飛ばされたダリアンの首が、廊下に転がっていく。
 そんなダリアンを見向きもせずに、アムネジアは自分の首元に指で触れた。
 ヴェインの銀の剣が触れたそこは、火傷痕のようにただれている。
 一向に治る気配を見せないその傷痕を撫でながら、アムネジアは忌々しそうに言った。


「狩猟者ヴェイン……この借りは高くつきますよ」
しおりを挟む
感想 169

あなたにおすすめの小説

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です> 【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】 今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?

契約破棄された聖女は帰りますけど

基本二度寝
恋愛
「聖女エルディーナ!あなたとの婚約を破棄する」 「…かしこまりました」 王太子から婚約破棄を宣言され、聖女は自身の従者と目を合わせ、頷く。 では、と身を翻す聖女を訝しげに王太子は見つめた。 「…何故理由を聞かない」 ※短編(勢い)

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

処理中です...