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決意
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アムネジアの言葉を聞いて、暴れていたスタークが動きを止める。
「は? なんだそりゃ。それはこの先もずっと、俺達にこの国のクソッタレの人間共に怯えながらビクビク暮らせって言ってんのか?」
「……下ろしなさい、ウー」
「ウー」
ウーが手を離すと、スタークは音もなく床に着地する。
先程の暴れていた時とは違い、その顔は苛立たしげながらも冷静さを取り戻していた。
アムネジアは腕を組んで壁に寄りかかると、自らの二の腕を強く握りしめながる。
ともすれば溢れ出そうになる感情を押さえ込むように。
「……お父様は恐れているのです。力を弱めて隠れ潜むことによって、ようやく人間界に溶け込むことができた私達の一族が、表舞台に上がることで再び迫害されるのではないかと」
アムネジアは歯噛みする。
なにを今更臆病風に吹かれているのだと。
「私達吸血鬼の一族にとって、自分達の国を手に入れるというのは先祖代々受け継がれてきた悲願のはず。それなのにお父様は言いました。吸血鬼の国などいらない。出過ぎた真似はするなと」
アムネジアは思った。
それでは今まで自分がしてきたことは一体なんだったのかと。
何のために危険を犯して魔眼を使い、自分の価値を王家に認めさせたのかと。
何のために伯爵家まで地位を上げて、王位継承権を持つ第二王子のフィレンツィオと婚約まで結んだのかと。
「私が幼い頃、お父様は言いました。お前にやらせていることは、いずれ吸血鬼の一族が再興するために必要なことなのだと。私はその言葉を信じて、お父様の言う通りに行動してきました。すべてはこの国を手中に収めるためだと自らに言い聞かせて。ですが――」
朝日が差し込む暗い部屋の中で、アムネジアの紫紺の瞳が忙、と揺らめく。
固く結ばれたその唇と、薄く開かれた目は、暗く澱んだ決意に満ちていた。
「中途半端に富と権力を得てしまったことで、どうやらお父様は保守的な思想に毒されてしまったようですね。まあ、仕方ありませんか。所詮お父様は吸血鬼としての血も薄く、能力もまともに使えない半端者。自分が吸血鬼の一族だという自覚もなく、悲願などどうでも良いと思っているのでしょう」
アムネジアにとって今の状況は、ほんの始まりに過ぎない。
王子と婚約こそしているものの、相手は王位継承権二位で人望もない馬鹿者。
十年近くを費やして邪魔者を排除してきたものの、宮廷にはまだ吸血鬼の力が効かない者や、用心深く腹の中を探らせない者も両手で数えきれないほどにいた。
今年いっぱいで貴族学校を卒業するアムネジアは、来年から正式にフィレンツィオの妻として宮廷に入る。
国を奪えるかどうかは、それ以降のアムネジアの働き次第であり、越えなければならない壁が何枚も高くそびえ立っている状況だった。
そんな中で、唯一便りにしていた実家であるツェペル家からのこの報せに、アムネジアは大きな失望を感じずにはいられなかった。
「クソ! あの親父! 普段偉そうに上から目線で命令しときながら、そんな腑抜けたことを考えてやがったのか! 冗談じゃねえぞ! グルルゥ……!」
尖った犬歯を剥き出しにしてスタークが唸る。
その顔はみるみる長い毛で覆われていき、やがて狼の顔に変貌した。
アムネジアは狼男と化したスタークを諌めるように、鼻筋を撫でながら言う。
「こうなっては最早ツェペル家に支援を期待するのは難しいでしょう。できることといえば、せめて邪魔をされないように、お父様に“釘”を差しておくくらいのことです」
アムネジアは思う。
父は今ツェペル家がいかに危うい立ち位置にいるのかまるで理解していないと。
真実の瞳などという妖しい力を使って、無理矢理成り上がり、王子との婚約まで取り付けたツェペル家に対する他の貴族達の印象は、最早最悪と言っても良かった。
今はまだ自分達が追放されてはたまらないと、様子を見ている貴族達が多くいるために直接的に害されることはないが、今後どう転ぶかはまったくもって分からない。
人間は自分の敵を排除するためにはどんな汚いことだってする。
実際に迫害されて歴史の闇に葬られた一族の末裔であるアムネジアには、それがこの国の人間達のやり方だと良く理解していた。
「だからできるだけ早く、この手紙をお父様の下に届けて下さい。ツェペル家が何か動きを見せる前に。やってくれますね? “闇を裂く者”」
「……!」
アムネジアの言葉に、スタークは驚いたように目を見開く。
そして少しの間アムネジアと視線を交わした後。
スタークは狼の顔を人間の物に戻して言った。
「……その名前で呼ばれちゃ他のヤツに任せるわけにはいかねえか」
スタークはチッ、と舌打ちをすると、アムネジアから背を向ける。
部屋から出ていこうとするスタークに、アムネジアは見送りの言葉を掛けようとするが――
「ああ、そうだ。忘れてた。そういや客間に客を待たせてたんだった。なんかお嬢に謝りたいとかなんとか言ってたぜ。じゃ、そういうことで」
そう言って、逃げるように影に溶けたスタークに、眉をしかめてつぶやいた。
「……そういうことはもっと早く言いなさい。バカ犬」
アムネジアは急ぎ居間を出て客間に向かう。
こんな朝早くに、一体誰がこの別邸にやってきたのか。
謝りたい、ということは自分をいじめていた学校の関係者だろうか。
そんなことを考えながら、アムネジアが客間のドアを開けるとそこには――
「……一体どういう状況ですか、これは」
メイド服を着た少女に両手を噛まれて青い顔をしている金髪の美青年が立っていた。
「は? なんだそりゃ。それはこの先もずっと、俺達にこの国のクソッタレの人間共に怯えながらビクビク暮らせって言ってんのか?」
「……下ろしなさい、ウー」
「ウー」
ウーが手を離すと、スタークは音もなく床に着地する。
先程の暴れていた時とは違い、その顔は苛立たしげながらも冷静さを取り戻していた。
アムネジアは腕を組んで壁に寄りかかると、自らの二の腕を強く握りしめながる。
ともすれば溢れ出そうになる感情を押さえ込むように。
「……お父様は恐れているのです。力を弱めて隠れ潜むことによって、ようやく人間界に溶け込むことができた私達の一族が、表舞台に上がることで再び迫害されるのではないかと」
アムネジアは歯噛みする。
なにを今更臆病風に吹かれているのだと。
「私達吸血鬼の一族にとって、自分達の国を手に入れるというのは先祖代々受け継がれてきた悲願のはず。それなのにお父様は言いました。吸血鬼の国などいらない。出過ぎた真似はするなと」
アムネジアは思った。
それでは今まで自分がしてきたことは一体なんだったのかと。
何のために危険を犯して魔眼を使い、自分の価値を王家に認めさせたのかと。
何のために伯爵家まで地位を上げて、王位継承権を持つ第二王子のフィレンツィオと婚約まで結んだのかと。
「私が幼い頃、お父様は言いました。お前にやらせていることは、いずれ吸血鬼の一族が再興するために必要なことなのだと。私はその言葉を信じて、お父様の言う通りに行動してきました。すべてはこの国を手中に収めるためだと自らに言い聞かせて。ですが――」
朝日が差し込む暗い部屋の中で、アムネジアの紫紺の瞳が忙、と揺らめく。
固く結ばれたその唇と、薄く開かれた目は、暗く澱んだ決意に満ちていた。
「中途半端に富と権力を得てしまったことで、どうやらお父様は保守的な思想に毒されてしまったようですね。まあ、仕方ありませんか。所詮お父様は吸血鬼としての血も薄く、能力もまともに使えない半端者。自分が吸血鬼の一族だという自覚もなく、悲願などどうでも良いと思っているのでしょう」
アムネジアにとって今の状況は、ほんの始まりに過ぎない。
王子と婚約こそしているものの、相手は王位継承権二位で人望もない馬鹿者。
十年近くを費やして邪魔者を排除してきたものの、宮廷にはまだ吸血鬼の力が効かない者や、用心深く腹の中を探らせない者も両手で数えきれないほどにいた。
今年いっぱいで貴族学校を卒業するアムネジアは、来年から正式にフィレンツィオの妻として宮廷に入る。
国を奪えるかどうかは、それ以降のアムネジアの働き次第であり、越えなければならない壁が何枚も高くそびえ立っている状況だった。
そんな中で、唯一便りにしていた実家であるツェペル家からのこの報せに、アムネジアは大きな失望を感じずにはいられなかった。
「クソ! あの親父! 普段偉そうに上から目線で命令しときながら、そんな腑抜けたことを考えてやがったのか! 冗談じゃねえぞ! グルルゥ……!」
尖った犬歯を剥き出しにしてスタークが唸る。
その顔はみるみる長い毛で覆われていき、やがて狼の顔に変貌した。
アムネジアは狼男と化したスタークを諌めるように、鼻筋を撫でながら言う。
「こうなっては最早ツェペル家に支援を期待するのは難しいでしょう。できることといえば、せめて邪魔をされないように、お父様に“釘”を差しておくくらいのことです」
アムネジアは思う。
父は今ツェペル家がいかに危うい立ち位置にいるのかまるで理解していないと。
真実の瞳などという妖しい力を使って、無理矢理成り上がり、王子との婚約まで取り付けたツェペル家に対する他の貴族達の印象は、最早最悪と言っても良かった。
今はまだ自分達が追放されてはたまらないと、様子を見ている貴族達が多くいるために直接的に害されることはないが、今後どう転ぶかはまったくもって分からない。
人間は自分の敵を排除するためにはどんな汚いことだってする。
実際に迫害されて歴史の闇に葬られた一族の末裔であるアムネジアには、それがこの国の人間達のやり方だと良く理解していた。
「だからできるだけ早く、この手紙をお父様の下に届けて下さい。ツェペル家が何か動きを見せる前に。やってくれますね? “闇を裂く者”」
「……!」
アムネジアの言葉に、スタークは驚いたように目を見開く。
そして少しの間アムネジアと視線を交わした後。
スタークは狼の顔を人間の物に戻して言った。
「……その名前で呼ばれちゃ他のヤツに任せるわけにはいかねえか」
スタークはチッ、と舌打ちをすると、アムネジアから背を向ける。
部屋から出ていこうとするスタークに、アムネジアは見送りの言葉を掛けようとするが――
「ああ、そうだ。忘れてた。そういや客間に客を待たせてたんだった。なんかお嬢に謝りたいとかなんとか言ってたぜ。じゃ、そういうことで」
そう言って、逃げるように影に溶けたスタークに、眉をしかめてつぶやいた。
「……そういうことはもっと早く言いなさい。バカ犬」
アムネジアは急ぎ居間を出て客間に向かう。
こんな朝早くに、一体誰がこの別邸にやってきたのか。
謝りたい、ということは自分をいじめていた学校の関係者だろうか。
そんなことを考えながら、アムネジアが客間のドアを開けるとそこには――
「……一体どういう状況ですか、これは」
メイド服を着た少女に両手を噛まれて青い顔をしている金髪の美青年が立っていた。
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